学位論文要旨



No 214363
著者(漢字) 松本,潔
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,キヨシ
標題(和) 力のセンシングとアクチュエーションの統合に関する研究
標題(洋)
報告番号 214363
報告番号 乙14363
学位授与日 1999.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14363号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 光石,衛
 東京大学 助教授 中尾,政之
内容要旨

 機械加工の分野では、加工力を測定して加工状態を把握することが広く行われている。さらに受動的な測定にとどまらず、力の情報をアクチュエータにフィードバックし、加工状態を能動的に制御しようとする試みが始められている。しかし現在のところ、この加工状態を制御する試みは、ならい研削やバリ取りのように工具に柔らかいコンプライアンスを有しても加工できるものに限られている。しかも、その仕上がり表面形状は粗く加工速度も遅いため、満足のいく加工性能は得られていない。また、加工状態の制御を、硬いコンプライアンスを有する工具による加工、すなわち工具の経路を転写して寸法精度を出すような精密研削あるいは切削で行うことは難しい。その要因として、力のセンシングでは力センサの剛性不足が、制御では制御帯域の不足がそれぞれ考えられる。後者は、工作機械のアクチュエータ自身の制御帯域が一般に10Hz以下と低いこと、アクチュエータと力センサとの間に介在する構造体の振動特性の影響でさらに制御帯域が狭められること、が大きな要因である。本研究ではこれらの問題を解決するために、力センサと圧電素子によるアクチュエータとを一体化したアクティブ力センサを提案する。力センサの受圧面変位をアクチュエータで制御し高剛性化を行うだけでなく、圧電素子をアクチュエータに用いて制御帯域を広げ、力センサとアクチュエータを一体化して介在構造体の影響を排除する。さらに、アクティブ力センサのネガティプコンプライアンス特性を用いて、工作機械の構造体の剛性を上げることなく高精度の加工を実現する手法を提案する。

 アクティブ力センサに必要な機能は、力の検出、変位の検出、変位の発生の3つである。本研究では、力と変位の検出に平行平板構造を、変位の発生に圧電素子を用いたアクティブ力センサを開発した。アクティブ力センサの基本構造を、図1に示す。圧電素子が2枚の平行平板で支持され、可動部を構成する。平行平板端部には歪みゲージが貼付され、平板の変形を検出する。平行平板構造は、図の上下の変形方向の剛性が低く、他の方向の剛性が高いため、可動部の運動を1方向に拘束する働きをする。そのため、力の検出を行う場合には1方向の力成分のみを分離して高感度で検出でき、変位の発生を行う場合には発生変位の方向を1方向に拘束できる。平板部の形状の設計によって、力および変位に対する感度、剛性を自由に設定でき、さらに平板が弾性ばねとして働くので、直線性がよくヒステリシスも5%以下と少ない。力の検出および変位の発生を行うときのアクティブ力センサの変形を、それぞれ図2(a)、(b)に示す。上下の平板の歪み出力をExおよびEyとすると、Ex+Eyから外力、Exから受圧面の変位、Ey-Exから圧電素子の伸縮を検出する。アクティブ力センサは、図2の2つのモードの重ね合わせで動作する。力の検出に対する変位の発生からの干渉は、力の検出は上下の歪み出力の和Ex+Eyをとっており、変位の発生時のEx、Eyは逆符号で同じ値となるためキャンセルされる。

 動的な特性を解析するために、アクティブ力センサを図3に示すようにモデル化した。系への入力は、外力fおよび圧電素子の伸縮量vであり、出力は上下の平板の変位xおよびyである。変位xは力センサの受圧面の変位特性を、変位の和x+yは力の検出特性を表す。外力fに対するこれらの応答は、次式で表される。

 

 式(1)は力センサのコンプライアンスを、式(2)は力の検出特性をそれぞれ示している。また大文字は、ラプラス変換したことを表す。両式の第2項は、外力に応じて圧電素子を伸縮を行う場合の、V/Fに依存する項である。V/Fの制御則を次式(3)のようにパラメータaを用いて表すと、式(1)、(2)は次式(4)、(5)のように書き直すことができる。

 

 アクティブセンサでは受圧面に工具等が取り付けられるため、m>>nとした。式(4)から共振点が(2k/m)1/2であり、またパラメータaによりコンプライアンスを制御できることがわかる。図4は、パラメータaによる式(5)の力の検出特性の変化を、ボード線図で示したものである。a<1の場合、共振点は(2k/m)1/2であり、通常その1/10程度の周波数まではゲインはl/kで一定、位相遅れも0度として扱うことができる。a=1とした場合、極と零点が一致しモード消去が起こり高い周波数までフラットな検出特性となるため、力の検出帯域が拡大される。a>1の場合、零点が極より低い周波数となり、力の検出帯域が狭くなる。

図表図1 アクティブ力センサの基本構造 / 図2 アクティブ力センサの変形 / 図3 アクティブ力センサの力学モデル / 図4 コンプライアンス制御における力の検出特性

 図5は、実際の機械加工への応用を目的として開発したリング状アクティブ力センサの基本構造である。上下のリングの間に、4組のアクティブ力センサユットが90°ごとに配置された構造となっている。4つのユニットからの歪み出力を演算し、z軸方向とx軸およびy軸回りの、力および変位を検出する。また4つのユニットの圧電素子を駆動し、z軸方向とx軸およびy軸回りの変位を発生する。下側のリングがベースやフレーム等の固定部に接続され、上側リングに、加工工具が取り付けられる。図6は、リング状アクティブ力センサを用いて前出の式(3)の制御則に従うよう制御し、コンプライアンス制御を行った場合のz軸方向の外力と受圧面変位の関係を示す。センサの固有振動数は約1.5KHz、コンプライアンス制御系の帯域は200Hzである。パラメータaによって、コンプライアンス特性を変化できる。a=1の場合はコンプライアンスは0となり、力を加えても受圧面が変位しないという高剛性化が実現できている。また、a<1の場合は正のコンプライアンス(通常のばね特性)であるが、a>1とすると力と逆の方向に変位するネガティブコンプライアンスも実現できる。ただし、圧電素子の伸縮量に制限があるため、図に点線で示したように可動範囲に制約がある。

図表図5 リング状アクティブ力センサ / 図6 z軸方向のコンプライアンス制御特性

 精密機械加工において、加工力による工作機械の変形は、加工精度を低下させる大きな要因の一つである。一般に、加工精度を向上させるために工作機械の構造体や軸受の剛性を上げる受動的な手法がとられるが、その結果、装置の大形化・複雑化をまねいている。本研究ではそれに対して、ネガティブコンプライアンス特性を用いて、工作機械の剛性を上げずに能動的に高精度加工を実現する手法を提案する。これは、加工力に応じてネガティブコンプライアンス特性によって変位を発生させ、工作機械の変形を打ち消す能動的な補償を行うものである。

 従来の機械加工プロセスを、図7(a)に示す。工具は、加工目標の軌道を動くように制御されるが、加工面は目標形状から異なったものとなる。これは、加工力により工具やワーク、フレームなどの機械要素が変形し、これがスプリングバックとなり加工誤差として残るからである。それに対して、ネガティブコンプライアンスを用いた機械加工プロセスを、図7(b)に示す。ネガティブコンプライアンス特性を持ったアクティブ力センサが、加工力を検出し、それに応した追加切り込みを発生させる。この追加切り込みでスプリングバック分が補償され、加工誤差を低減できる。

 図7(b)に示すように記号を定める。Csは加工装置のコンプライアンス、Czは追加切り込みZcを発生させるアクティブ力センサのネガティブコンプライアンスとする。またCmは加工コンプライアンスとし、(切り込み量)/(加工力)の比として定義する。Zcは、加工力Fに応じてネガティブコンプライアンスCzにより発生される追加切り込み量である。追加切り込み量Zcにより加工力Fは増加するが、Czが-Cm<Cz<Cmの範囲にある場合には、一定値F∞に収束する。この時の加工誤差E∞は次式(6)で与えられる。

 

 式(6)は、Czを-Csに設定すると、切り込み深さZによらず加工誤差を0にできることを示している。すなわち、加工装置のコンプライアンスCsを測定しておけば加工誤差のない加工システムを実現でき、切り込み深さZや加工力Fにかかわらず、加工誤差は0に収束する。

図7 加工プロセスの解析

 平面研削盤を用いて、ネガティブコンプライアンスを用いた加工誤差低減法の検証実験を行った。実験装置の構成を図8に示す。カップ砥石を用い、シリコンウエハの研削を行った。砥石駆動のための水圧タービンモータとz軸送り機構の間にリング状アクティブ力センサが取り付けられ、それを用いて砥石のコンプライアンスを任意に設定できる。図9に実験条件を示す。基準面から高さ10mのステップを作っておき、そのステップを研削した後、基準面から測った削り残しの高さ(または削りすぎの深さ)を加工誤差とした。図10は、コンプライアンスCzを変化させて、砥石進行方向の中心線上で測定した加工誤差である。Czをネガティブ側にするにしたがい加工誤差が低減され、Czが-0.3m/Nのとき加工誤差は最小となった。研削装置のコンプライアンスはCs=-0.257m/Nであるので、これは式(6)の加工誤差低減条件に合致した結果である。

図表図8 平面研削実験装置 / 図9 平面研削実験条件図10 z軸方向コンプライアンスと加工誤差

 本研究を通して、以下に述べる結論を得た。平行平板構造による力センサと圧電素子によるアクチュエータとを組み合わせたアクティブ力センサを提案し、その機能・効果が設計通りであることを実証した。また、このアクティブ力センサがネガティブコンプライアンスの特性を出すよう制御して、工作機械の加工力による変形を補償する加工誤差低減法を提案し、それを平面研削盤に取り付けて誤差低減の効果を検証した。

審査要旨

 機械による加工は、造形加工、成形加工、接合加工、切除加工、の4つに分類できる。その中で切除加工は、他の加工法に比べて高い精度の加工を行うことができ、最も広く用いられる加工法である。切除加工では、刃物や砥粒などの工具が被加工物に切り込み、被加工物表面をなぞるように移動する。工具進行方向前方にすべり面(せん断面)が生じ、工具の移動にしたがい表層が削りとられる。このとき、工具と被加工物との間には加工力が発生する。切除加工では、工具の軌跡が被加工物の形状に転写され、軌跡の精度がそのまま被加工物の形状精度になる「母性原理」がはたらく。しかし、加工力が発生すると工具の軌跡が乱され、加工精度が低下するという問題が生じる。

 従来は、加工精度の低下を防ぐために、主に工作機械の剛性を高めることが行われてきた。しかしフレームや送り機構の剛性をあげた結果、装置は大きく、重いものとなった。また最近は、機械部品に要求される形状精度がmオーダ以下になっており、必要な加工精度を単に工作機械の高剛性化によって確保することが難しくなっている。さらに、機械部品の小形化、薄型化が要求されるようになっており、被加工物自体の低剛性化が起こっている。被加工物が加工力によって変形するため、単なる受動的な工作機械の高剛性化では、これに対応できない。

 本論文ではこれらの問題に対して、加工力を検出し、それに応じて変位を発生させて工作機械の変形を補償する、能動的な加工誤差の低減手法を提案している。すなわち、工作機械を流れる加工力のループの途中に、ネガティブコンプライアンス特性を持つ素子を挿入する。ネガティブコンプライアンスとは、力を受けるとその力とは逆の方向に伸縮する特性である。この素子を用いて、加工力による工作機械の変形を打ち消す、補償変位を発生させる。この手法を用いると、工作機械の剛性を上げることなく高精度の加工を実現でき、また被加工物自体の変形も一括して補償できる。

 本論文は、7章から構成されている。「第1章 序論」では、研究の背景と目的を述べている。

 「第2章 ネガティブコンプライアンスの原理」では、まずネガティブコンプライアンスを「力を入力した場合、力と逆の方向の変位を出力する」ものと定義している。ネガティブコンプライアンスは自然界には存在しないが、受けている外力の大きさを検出し、その外力に対抗する力を発生し、外力の方向に変位させることで人工的に実現できる。ネガティブコンプライアンスを実現するためには、力の検出、変位の検出、変位の発生、の3つの成能が必要であることを示し、これらの機能を兼ね備えたアクティブ力センサを提案している。アクティブ力センサは、2つの変位検出器付きバネと1つのアクチュエータで実現できる。またアクティブ力センサを用いたコンプライアンス制御の安定性の解析を行い、生成するコンプライアンスをCf、接触する環境のコンプライアンスをCaとすると、-Ca<Cf<Caの範囲であれば安定であることを導いている。さらにコンプライアンス制御を切除加工に適用した場合、加工コンプライアンスをCmとすると、安定動作範囲は-(Ca+Cm)<Cf<Ca+Cmであること、Cf=-Caとすれば加工誤差をゼロにできること、この場合の加工系は安定であること、を導いている

 「第3章 アクティブ力センサの機構の実現」では、圧電素子を用いてアクティブ力センサに必要な機能を実現する、具体的な機構の検討を行っている。圧電素子形アクティブ力センサ、変位検出板形アクティブ力センサ、平行平板形アクティブ力センサ、の3種の機構を開発した。性能評価を行った結果、平行平板と圧電素子を組み合わせた平行平板形アクティブ力センサが、安定性、設計自由度の点から優れているとの結論を得ている。

 「第4章 平行平板形アクティブ力センサの特性の解析」では、平行平板形アクティブ力センサについて、平行平板の力感度、変位感度をベースとした設計手法を提案している。また平行平板の構造解析を行い、力の分離性がよい、他軸方向に剛性が高いという優位性を確認している。さらに平行平板形アクティブ力センサの特性解析を行い、それをもとに制御系を開発し、ネガティブコンプライアンスを含めた任意のコンプライアンスが生成できることを確認している。

 「第5章 ネガティブコンプライアンスによる加工誤差低減の実証」では、ネガティブコンプライアンスを実際の機械加工に適用し、加工誤差の低減の効果を実証している。まず、小型のカップ砥石を用いて平面研削で広く平坦な面を研削する、局所平面研削法を提案している。ここにネガティブコンプライアンスを適用すれば、板厚方向の形状精度を向上させることが可能となる。次に局所平面研削装置に用いるため、1軸方向および2軸回転方向の、力と変位の検出および変位の発生の機能を持つリング状アクティブ力センサを開発し、3軸コンプライアンスの同時制御を実現している。さらに実際にシリコンウエハの研削実験を行い、10mの切り込みで非制御時に1mであった加工誤差が、ネガティブコンプライアンスを用いると0.1m以下に低減できることを実証している。

 「第6章 総括と展望」では本論文の内容を有用性、新規性、最適性、完結性の観点から総括し、さらに他の機械加工への展開を述べている。「第7章 結論」では、本論文で行われた研究の知見をまとめている。

 以上を要するに、本論文ではネガティブコンプライアンスを用いて切除加工における加工誤差を低減する手法を提案している。ネガティブコンプライアンスの実現手法を確立し、またネガティブコンプライアンスを生成するアクティブ力センサを開発し、実際に機械加工に適用して加工誤差の低減効果を実証している。本論文の手法は、従来の受動的な工作機械の高剛性化に代わる新規な加工誤差低減法であり、工業上非常に重要で、かつここで得られた知見は工学的にも非常に有用であると判断される。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51122