シリコンバイポーラトランジスタは、その優れた高周波特性・高速スイッチング特性により、半導体集積回路技術において重要な役割を果たしているデバイスである。現在の情報化社会を支える基幹技術として、光ファイバー通信システムの大容量化、大型計算機システム高性能化が急速に進展しているが、この中にあってバイポーラトランジスタには、更なる高速化が強く求められている。本論文は、「超高速自己整合バイポーラトランジスタの研究」と題し、自己整合方式の素子製作技術を独自に開発し、これに基づいてバイポーラトランジスタの微細化とともにバイポーラ集積回路の超高速化を実現した研究成果について纏めたもので、全文7章より構成されている。 第1章は序論であり、本研究の目的と背景を述べるとともに、バイポーラトランジスタ高速化の歴史を概観している。 第2章は、「自己整合型Siバイポーラ技術」と題し、トランジスタの横方向寸法微細化による高速化について述べている。エミッタ幅縮小による真性ベース抵抗の低減、外部ベース領域縮小によるコレクタ容量低減が高速化に有効であることを計算機実験で示すとともに、これらトランジスタの主要部分を、一枚のマスクパターンを用いて微細寸法で形成可能な自己整合技術を新たに考案、その製造プロセス技術を開発した。これを用いた試作実験により、従来技術と比較して2〜3倍の高速化が可能なことを実証した。この高速LSI技術は、1986年、世界に先駆けて開発された1.6Gb/s光ファイバー伝送システムの商用化に貢献したという実績を持つ。 第3章は、「自己整合Siバイポーラトランジスタの高fT化技術」と題し、トランジスタ縦方向寸法の微細化、即ち不純物分布制御による高速化について議論している。硼素のチャネリングで広がったベース層幅を、コレクタ部に選択的な燐イオン注入を施すことにより薄層化、これにより遮断周波数fTの高周波化が可能なことを、シミュレーション並びに試作実験で明らかにした。またこの技術を、4.2ns16ビット乗算器、2GHz6ビット高速A/Dコンバータ等の集積回路の実験試作に適用、これにより第2章の技術に比較して約2倍の高速化が実現できることを示した。これらの結果に基づき、バイポーラトランジスタ高速化のための不純物分布設計の手法を明らかにしている。 第4章は、「微細化による自己整合型バイポーラの高速化技術」と題し、0.3m電子ビーム露光技術導入による、更なる素子微細化技術を用いた高速化について論じている。ここでは、深い溝に酸化膜を埋め込んだトレンチ素子分離構造、並びに多結晶シリコン埋め込みにより形成したコレクタ電極等の新技術を導入することにより、実際に微細素子を実現した。第3章の1mトランジスタに比べ、素子寸法で約2.5分の1に微細化され、これにより各部浮遊容量が低減した結果ECLゲートでゲート遅延25ps/Gを実現、即ち約25%の高速化を達成した。 第5章は、「BiCMOS化技術」と題し、システム全体としての高性能化技術について論じている。CMOS技術主体で、これにバイポーラ技術を補助的に付加して組み合わせていた従来のBiCMOS複合ゲート技術とは異なり、バイポーラの高速性能とCMOSの持つ低消費電力・高集積性を同一チップ上に統合させる、新たな製造プロセス技術を開発した。シンクロトロン放射光を用いたX線露光技術を導入し、第4章で述べた0.3m最高速バイポーラ技術と最先端0.2mCMOS技術を統合し、ゲート遅延25.4psのECLと44.5psのCMOSロジックが混載できることを実証した。これは集積回路システム高性能化への重要な指針を示した成果である。 第6章は、「超高速Siバイポーラ技術の将来展開」と題し、本論文で得られた成果の波及効果とともに、その将来展開について述べている。自己整合技術は、第4章の成果をベースに、さらに超高速のECL実現に展開され、また第3章で述べたコレクタ選択イオン注入技術は、その後各研究機関で新たなデバイスに応用されている。また、第5章のECL/CMOS型BiCMOSは、BiCMOSの新たな基本構造としてRF応用等に展開されていることを述べている。 第7章は結論である。 以上要するに本論文は、独自の自己整合技術を開発することにより、バイポーラトランジスタの横方向寸法微細化による高速化、不純物分布制御による縦方向寸法微細化による高速化、さらに高速性能と高密度集積化を同時に実現するECL/CMOS混載型BiCMOS技術の開発とその構成手法等を確立、これによって、1980年代半ばから90年初頭にかけてシリコンバイポーラ集積回路の高速化に関し世界を先導した技術について述べたものであり、半導体集積回路技術並びに電子工学の発展に寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |