学位論文要旨



No 214366
著者(漢字) 八重樫,誠司
著者(英字)
著者(カナ) ヤエガシ,セイジ
標題(和) Fe系単結晶磁性薄膜の成長方法とその磁気特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214366
報告番号 乙14366
学位授与日 1999.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14366号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 助教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 本論文は,工業的成膜方法として一般的なスパッタ法を用いて,磁気ヘッド用薄膜材料等への応用を念頭において,高い飽和磁束密度Bsと大きな透磁率を示す軟磁性薄膜材料を作製する方法に関して研究を行った結果に関する報告である.

 一般に軟磁性を達成するためには,結晶磁気異方性と磁歪の双方が小さいことが要求される.パーマロイ(Ni-Fe合金)やセンダスト(Fe-Si-Al合金)はこれらの要求を満たし,実際に磁気ヘッドに適用されている.これらの合金の磁束密度は1.0T程度であり,それ以上高い磁束密度を有し,結晶磁気異方性と磁歪が小さい材料は見つかっていない.しかし,結晶磁気異方性に関しては,結晶粒径の微細化,アモルファス化により,実効的に小さくできることが分かってきている.Fe-Ta-N(C)系の合金は微結晶化することにより飽和磁束密度が1.5T以上で,かつ,軟磁性を示すことから,磁気ヘッド用薄膜として実際に使用されるようになった.しかし,この微結晶系軟磁性材料は,スパッタ法で成膜を行った後,熱処理を施さないと軟磁性を得ることができない.このことが,製造プロセス上の制約になっている.実効的な結晶磁気異方性を小さくする方法として,理論的見地から考察を行った結果,結晶面方位の配向制御を行うことが有効であることが明らかになった.bcc構造を持つ場合には(111)面配向させることにより,その面内の結晶磁気異方性がK1には依存せずK2にだけ支配される.Feに関してはK2はK1と比較すると2桁程度小さい値を持っていることから,従って,(111)面の結晶磁気異方性は必然的に小さくなる.

 本研究は,単結晶基板に飽和磁束密度の高いFe基合金をエピタキシャルさせることにより配向制御を行い,軟磁性薄膜を得ることを最終目標として行われたものである.磁性材料は,薄膜化することでバルク材料から予想される磁気特性とは異なった特性を示すことがある.また,その磁気特性は成膜条件によっても敏感に変化する.本論文ではバルクから予想される磁気特性と実際に得られた磁気特性の違い,成膜条件の依存性に関しての考察を行った.

 第2章では,まず最初に単結晶膜の基礎的な磁気特性を明らかにするために,MgO(100),及びMgO(110)基板上に単結晶Fe膜を作製した.Fe(100)/MgO(100)に関しては,成膜時の基板RFバイアスの印加により結晶磁気異方性が小さくなる傾向が見られたが,基本的にはバルクFeの結晶磁気異方性と同様な異方性エネルギーを示すことが確かめられた.MgO(110)基板上に関しては,これまでに直接Feをエピタキシャル成長させた報告がなかった.本研究において,全ての成膜条件でFe(211)/MgO(110)が作製されることを明らかにした.Fe(211)/MgO(110)では成膜時に基板へRFバイアスを印加することにより,結晶磁気異方性が小さくなるだけではなく,大きな一軸異方性が誘導され,バルクFeとは容易軸と困難軸が逆になる結果が得られた.一軸異方性が誘導される原因に関して,格子不整合が面内の直交する方向で異方性を持つことに関係していると推測しな.

 第3章では,単結晶基板としては安価でかつ最も工業的に用いられており,デバイズ応用としても有望であるSi基板上へのFe膜の作製について検討した.その結果,成膜時に最適な基板DCバイアスを印加することにより,スパッタ法で初めてSi(100),Si(110),Si(111)基板上に同じ面方位関係を持ちながらFe膜をエピタキシャル成長させることに成功した.それらの膜の磁気特性を評価した結果,Fe(110)/Si(110)に関しては,バルクと全く異なる異方性が観測され,磁歪による磁気弾性効果や一軸異方性の効果を考慮しても説明することはできなかった.Fe(111)/Si(111)に関しては,膜厚が100nm程度と薄い場合には,バルクから予想される通り小さな結晶磁気異方性が観測された.また,膜厚が増加するとバルクFeから予想されるよりも大きな異方性を示すことが明らかになった.膜厚の増加に伴い異方性が増大するのは,磁化が(111)膜面内に存在しない磁化容易軸を向くためであることを明らかにした.

 第4章では,高周波において透磁率の低下を防ぐための手段についで検討を行った.このためには,エピタキシャル成長を保ったまま,絶縁性の非磁性膜で多層化することが有効であると考えた.そこでSi(111)基板上に,格子整合の良い絶縁膜であるCeO2を作製することを試みた.その結果,薄い金属Ce膜を最初にSi(111)基板上に形成し,その後酸素を導入して酸化を行い,その上に反応性スパッタでCeO2を形成する方法により,初めてスパッタ法でSi(111)基板上CeO2のエピタキシャル成長に成功した.しかし,その上に堆積したFe-Si合金はエピタキシャル成長が起こらなかったため,CeO2とFe-Si合金膜を用いた単結晶多層膜の作製は実現できなかった.

 第5章では,Fe-Si合金(111)薄膜の作製を行った結果を報告する.Fe(111)/Si(111)では理論通り結晶磁気異方性エネルギーが小さくなることが確かめられたので,飽和磁束密度が大きく,磁歪がゼロとなる組成を持つFe-Si合金を選んで,Si(111)基板上に作製を行った.その結果,バルクの磁歪データから計算した磁歪ゼロ組成であるFe-2%Si及びFe-7%Siにおいて,軟磁性を示すことを明らかにした.しかし,Fe(111)膜同様,膜厚の増加に伴い軟磁性が劣化することが問題点として明らかになった.

 第6章では,Fe-Si合金(111)/Cr(111)エピタキシャル多層膜の作製を行った結果を報告する.全膜厚が厚い場合でも軟磁性を示す膜を作製するために,Fe-Si合金と格子整合が良く同じ結晶構造を持ち非磁性(反強磁性)であるCrを,エピタキシャル成長を保ちながらFe-Siと多層化することを試みた.その結果,優れた結晶性を保ちながら単結晶多層膜が作製できることが明らかになった.さらに積層するCr層の膜厚を15〜20nm程度にすることにより,Fe-Si膜の全膜厚が460nmで1.4Tの飽和磁束密度を持ち良好な軟磁性を示すことが明らかになった.Cr層で積層することによりFe-Si層の層間の交換結合が消失し,100nm程度の薄い膜同様に軟磁性を示すと結論した.

 第7章はこれらの研究全体を通じて,材料科学-磁気物性的観点から検討を行った.その結果,Fe(110)/Si(110)以外の単結晶Fe膜(Fe(100)/MgO(100),Fe(211)/MgO(110),Fe(100)/Si(100),Fe(111)/Si(111))の磁気特性は,結晶磁気異方性定数K1の変化と一軸異方性の誘導により説明が可能であると結論した.また,膜厚の増加に伴い軟磁性の劣化が起こるのは,膜面内に存在しない容易軸を経由して磁化が反転することに起因すると結論し,この現象を異方性エネルギー,反磁場エネルギー,静磁エネルギーからなる系全体のエネルギーを考慮することにより定量的な裏付けを行った.

 Si(111)基板上にCeO2膜をエピタキシャル成長させるために,薄いCe膜を形成し,酸素導入を行いCeO2シード層を形成し,さらに反応性スパッタを行う方法を開発した.この方法でエピタキシャル成長が達成されるのは,酸化されて形成されるCeO2シード層がSi基板に対して固相反応でエピタキシャル成長しているからであると結論した.

 以上

審査要旨

 本論文は,薄膜磁気ヘッド等への応用を念頭において,工業的成膜方法として一般的なスパッタ法を用いて,高い飽和磁束密度Bsと大きな透磁率を示す軟磁性薄膜材料を作製する種々の方法と得られた膜の特性に関して考察し、新しい手法での軟磁性膜作製を提案している.

 論文は全7章からなり,第1章では磁気ヘッド用薄膜材料の現状,高密度記録を達成するための要求性能,さらに,その性能を得るための手法とその理論的な背景に関してまとめられている.

 第2章では,まず、単結晶膜の基礎的な磁気特性を明らかにするために,MgO(100),及びMgO(110)基板上に単結晶Fe膜が作製された.Fe(100)/MgO(100)に関しては,成膜時の基板RFバイアスの印加により結晶磁気異方性が小さくなる傾向が見られたが,基本的にはバルクFeの結晶磁気異方性と同様な異方性エネルギーを示すことが明らかにされた.MgO(110)基板上では,これまでに直接Feをエピタキシャル成長させた報告がなかったが,幅広い成膜条件下でFe(211)/MgO(110)が作製されることを明らかにした.Fe(211)/MgO(110)では成膜時に基板へRFバイアスを印加することにより,結晶磁気異方性が小さくなるだけではなく,大きな一軸異方性が誘導され,磁化容易軸と困難軸がバルクFeとは逆になることが示された.一軸異方性が誘導される原因に関して,格子不整合が面内の直交する方向で異方性を持つことによることが示された.

 第3章では,単結晶基板としては安価でかつ工業的に最も汎用され,デバイス応用としても有望なSi基板上でのFe膜の作製について検討された.その結果,成膜時に最適な基板DCバイアスを印加することにより,スパッタ法で初めてSi(100),Si(110),Si(111)基板上に同じ面方位関係を持ちながらFe膜をエピタキシャル成長させることに成功した.それらの膜の磁気特性を評価した結果,Fe(110)/Si(110)に関しては,バルクと全く異なる異方性が観測されたが,磁歪による磁気弾性効果や、一軸異方性の効果を考慮してもこの結果を説明することはできなかった。Fe(111)/Si(111)に関しては,膜厚が100nm程度と薄い場合には,バルクから予想されるとおり、小さな結晶磁気異方性が観測された.また,膜厚が増加するとバルクFeから予想されるよりも大きな異方性が得られることが明らかになった.膜厚の増加に伴い異方性が増大するのは,(111)膜面内に存在しない磁化容易軸方向に磁化が向くためであることが示された.

 第4章では,熱処理による界面拡散,高周波において透磁率の低下を防ぐための手段について検討がされた.このためには,エピタキシャル成長を保ったまま,絶縁性の非磁性膜で多層化することが有効であると提案された.そこでSi(111)基板上に,格子整合の良い絶縁膜であるCeO2を作製することを試みた.その結果,薄い金属Ce膜を最初にSi(111)基板上に形成し,その後酸素を導入して酸化を行い,その上に反応性スパッタでCeO2を形成する方法により,初めてスパッタ法でSi(111)基板上CeO2のエピタキシャル成長に成功した.しかし,その上に堆積したFe-Si合金はエピタキシャル成長が起こらなかったため,CeO2とFe-Si合金膜を用いた単結晶多層膜の作製までには至らなかった.

 第5章では,Fe-Si合金(111)薄膜の作製を行った結果が報告されている.Fe(111)/Si(111)では理論からの予測通り結晶磁気異方性エネルギーが小さくなることが確かめられたため,飽和磁束密度が大きく,磁歪がゼロとなる組成を持つFe-Si合金を選んで,Si(111)基板上でのエピタキシャル薄膜成長が試みられた.その結果,バルクの磁歪データから推測される磁歪ゼロ組成であるFe-2%Si及びFe-7%Siにおいて,軟磁性を示すことが明らかになった.しかし、Fe(111)膜同様,膜厚の増加に伴い軟磁性が劣化することが問題点として指摘された.

 第6章では,Fe-Si合金(111)/Cr(111)エピタキシャル多層膜の作製を行った結果を報告している.全膜厚が厚い場合でも軟磁性を示す膜を作製するために,Fe-Si合金と格子整合が良く同じ結晶構造を持ち非磁性(反強磁性)であるCrを,エピタキシャル成長を保ちながらFe-Siと多層化することを試みた.その結果,優れた結晶性を保ちながら単結晶多層膜が作製できることが明らかにされた.さらに積層するCr層の膜厚を15〜20nm程度にすることにより,Fe-Si膜の全膜厚が460nmで1.4Tの飽和磁束密度を持ち良好な軟磁性を示すことが明らかにされた.Cr層で積層することによりFe-Si層の層間交換結合が消失し,100nm程度の薄い膜同様に軟磁性を示すと結論された.この手法により全膜厚が厚い場合でも軟磁性が得られることが示され,工業的に有用な軟磁性膜の作製方法が提示された.

 第7章はこれらの研究全体を通じて,製造の手法-膜構造-磁気物性的観点から検討を行った.その結果,Fe(110)/Si(110)以外の単結晶Fe膜(Fe(100)/MgO(100),Fe(211)/MgO(110),Fe(100)/Si(100),Fe(111)/Si(111))の磁気特性は,結晶磁気異方性定数K1の変化と一軸異方性の誘導により説明が可能であると結論された.また,膜厚の増加に伴い軟磁性の劣化が起こるのは,膜面内より角度のずれた容易軸を経由して磁化方向が変化することに起因すると結論し,この現象を異方性エネルギー,反磁場エネルギー,静磁エネルギーからなる系全体のエネルギーを最小化することにより定量的な裏付けが行われた.

 以上述べたように本研究は軟磁性薄膜の実用化に向けて重要な知見を与えるものであり,特に応用の見地から,この分野における今後の発展に寄与すると認められ,高く評価できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク