本論文は、哺乳類の減数分裂機構の解明を目指して、ラットの精巣を用いて、減数分裂を制御する新たな因子を同定し、精巣の形態の系統進化学的側面から、これら因子の今後の研究について指針を得ようと試みた論文である。 まず第一部第一章にて、古くから減数分裂への関与が示唆されてきたプロラクチンに焦点を当て、まず、プロラクチン受容体の精巣における局在について遺伝子レベルとタンパク質のレベルで明らかにした。プロラクチン受容体は従来想定されてきた体細胞のみならず、減数分裂過程にある精細胞でも発現が確認された。このことは、プロラクチンが減数分裂過程に関与する可能性を支持するものであった。 第一部第二章では、プロラクチン投与後に減数分裂過程に発現してくるmRNAの同定を目指してsubtractive DNA hybridizationを行った。結果、3つのクローンの単離に成功した。それぞれ、ラットプロタミン2、suppressor of potassium transport defect 3(SKD3)のhomolog、既知の物質とは相同性が60%未満と低いcys2/his2 zinc finger motifを持つと考えられる物質(NZFP)であった。これらが、実際に誘導されているかについて、プロラクチン投与後、経時的に採材したラットの精巣を用いてnorthern blottingを行ったところ、ラットプロタミン2mRNAのみ誘導されていた。ラットプロタミン2mRNAはプロラクチン投与後、1時間で誘導されることが明らかとなった。プロラクチンの精巣に対する作用が、LH依存的な経路で発現することが知られていたことから、LH受容体mRNAの発現の経時変化について、northern blottingを用いて検討を行うことで、ラットプロタミン2mRNAの想定される発現経路について検討を行った。結果、LH受容体mRNAは、プロラクチン投与後、13時間で誘導されることが明らかとなった。このことは、プロラクチンの作用経路の中には、LH依存的な経路とは別な経路が存在することを示唆していた。 第一部第三章では、ラットSKD3 cDNAの全長塩基配列の決定と、精巣における発現部位の同定、組織特異的発現について検討を行った。全長配列の解析から、ラットSKD3 cDNAは、AおよびBモチーフ、Ankyrin様配列1-4のすべてが既知のマウスSKD3 cDNAとの間で保存されていた。精巣において、SKD3 mRNAは、体細胞(セルトリ細胞、ライディッヒ細胞)と精細胞の双方に局在が確認された。組織特異的発現について行ったnorthern blottingでは、精巣にのみ2.3kbsの位置に強いシグナルが確認された。 第一部第四章では、NZFPについて解析を行った。得られた398bps cDNAフラグメントから予想されるアミノ酸について既知のタンパク質との相同性を検索したところ、一番相同性が高いものでも58.3%と低いことからNZFPを新規zinc finger proteinと位置付け、ラット精巣における発現パターンについて検索を行った。結果、NZFP mRNAは、3.5および4.2kbsの大きさを持ち、精細胞特異的に発現していた。 第二部第一章では、爬虫類の代表としてアオダイショウの形態について検討することから、爬虫類精上皮の系統進化における位置付けを試みた。アオダイショウの精祖細胞は、基底膜と接触しておらず、また単独で分化する像を示していた。この結果は、アオダイショウの精上皮の形態が、両生類と哺乳類の中間型をしていることを示唆していた。また本章では、精上皮の系統進化に関する考察から、哺乳類の減数分裂過程におけるセルトリ細胞の重要性について再認識が必要であることを提起していた。 総括では、今回得られたSKD3を、セルトリ細胞が減数分裂に及ぼす作用を検討する糸口として、またNZFPを、減数分裂過程の遺伝子発現の調節を解析する糸口として有用であることを述べていた。 本論文によって、精子形成のホルモン制御機構のひとつが明らかになるとともに、精巣で新しいタンパク質が同定され、減数分裂過程における発現パターンについて明らかとなった。本研究は、減数分裂という種の適応にとって不可欠な現象を解明するための、価値ある基礎的なデータを残した。以上の研究内容は学術的に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |