学位論文要旨



No 214370
著者(漢字) 本道,栄一
著者(英字)
著者(カナ) ホンドウ,エイイチ
標題(和) 哺乳類減数分裂機構解明への糸口の検索
標題(洋) Searching for Clues to Elucidate the Mechanism of Mammalian Meiosis
報告番号 214370
報告番号 乙14370
学位授与日 1999.06.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14370号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 酒井,仙吉
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
内容要旨

 減数分裂は真核生物に特有の現象で、雌雄の接合を介して双方の遺伝子が交叉することにより、環境への適応、ひいては生物の進化をもたらす重要な現象である。最近の分子生物学的手法により、酵母や真菌などの下等真核生物での知見が爆発的に増加しているが、哺乳類など高等真核生物での知見は少ない。本研究の目的は、哺乳動物の減数分裂機構解明への糸口を検索し発見することにある。

 本研究は二節で構成されている。第一部では、ラットを用いて、下垂体レベルでの減数分裂の制御機構について検討し、上記へのアプローチを行った。本研究では、下垂体ホルモンのうちプロラクチンに焦点を絞ったが、これはプロラクチンが減数分裂過程に作用する可能性を示すデータが古くから提示されていたことによる。本研究を始める時点では、プロラクチンの精巣におけるターゲットが明らかにされていなかったため、まずプロラクチン受容体の局在について検討した(第一章)。次に、プロラクチンの減数分裂過程に対する作用を検討する目的で、subtractive DNA hybridizationを行い、プロラクチンによって増加するmRNAの検出を行った(第二章)。Subtractionの過程で、興味深い二つのcDNA断片の単離に成功したので、これらについては章を別にして論じた(第三章、第四章)。第二部では、下等脊椎動物で得られてきた知見を効果的に哺乳動物に外挿すること、また哺乳動物の減数分裂過程における生殖細胞と体細胞との相関関係をよりよく理解し、今後の研究の促進を目的として系統進化学的側面から脊椎動物を通した精上皮の形態の相違について論じた。これまで、このような報告がなかったのは、爬虫類精上皮の細部にわたる検討がなされてこなかったため、脊椎動物を通した精上皮の形態の違いについて論じることが出来なかったためである。具体的には、第二部ではアオダイショウの精上皮の形態を光学顕微鏡および電子顕微鏡レベルで詳細に検討した。

 第一部第一章では、プロラクチン受容体の精巣における発現部位の検討を行った。結果、プロラクチン受容体は従来想定されてきた体細胞のみならず減数分裂過程にある生殖細胞でも発現が確認された。このことは、前述のようにプロラクチンが減数分裂過程に関与する可能性を支持するものである。またプロラクチン受容体は血液精巣関門で仕切られた傍腔区画に存在する生殖細胞でも発現が認められた。第二章では、72個の遺伝子断片が得られ、そのうちの1つの解析から、プロラクチンによってプロタミン2mRNAの誘導が起きることが明らかとなった。この誘導はプロラクチン投与後1時間で起こる現象であった。これまで、プロラクチンの精巣に対する作用は体細胞を介した二次的なもの(ライディッヒ細胞に作用して黄体刺激ホルモン(LH)受容体を増加させ、二次的にテストステロン合成を促す)と理解されてきたので、プロラクチン投与によるLH受容体mRNAの発現量の経時変化についても検討を行った。LH受容体mRNAは、プロラクチン投与後13時間で起こることが明らかとなった。これらの結果から、プロラクチンによるプロタミン2mRNAの誘導は、LH非依存的に起こる可能性が示唆された。プロタミン2は、減数分裂後の生殖細胞で活躍する物質であり、減数分裂過程に直接関与する物質ではないが、精子形成のホルモン制御機構の一角を明らかにしたものと思われる。第3章および第4章では前述の二つのcDNAについて検討を行った。第3章では、suppressor of potassium transport defect 3(SKD3)のクローニングと発現パターンについて検討した。全長配列の解析により、ラットSKD3は、ATP結合領域およびHSP104 consensus領域を持つHSP104ファミリーに属するタンパク質であることが明らかとなった。SKD3mRNAの発現は、体細胞と生殖細胞の双方で確認された。組織特異的発現について検討したところ、ラットSKD3は精巣特異的に発現している可能性が示唆された。現在、HSP関連タンパク質の発現が生殖細胞でいくつか報告されているが、今回体細胞でも発現が確認されたことは興味深い。第4章では新規転写調節因子と考えられる新規zinc fingerタンパク質(ZFP)cDNA断片を用いて、この断片の配列の検討とラット精巣における発現パターンについて解析を行った。cDNA断片の塩基配列から予測されるアミノ酸配列には4つのcys2/his2 zinc fingerモチーフを持ちさらにprotein kinase Cリン酸化部位を2つ持つことが明らかとなった。予測されたアミノ酸配列についてhomologの検索を行ったところ、既知のタンパク質とは、最高でも58%の相同性しか示さなかった。ZFP mRNAの発現は生殖細胞特異的に検出され、Northern blottingによる解析では、3.5および4.2kbs付近に強いシグナルが認められた。ZFPmRNAの局在が、特に減数分裂過程に強く現れていることは非常に興味深い。現在いくつかの転写調節因子が生殖細胞特異的に発現していることが知られているが、減数分裂過程に限局するものはほとんど知られていない。また、知られている転写調節因子の中で、精巣におけるターゲット遺伝子が明らかになっているものは皆無である。本研究の今後の展開が期待される。第二部の結果から爬虫類の精上皮における幹細胞(精祖細胞)は、基底膜と接触しておらず、この結果は、爬虫類の精上皮の形態が、魚類および両生類の特徴を持っていることを示している。また、爬虫類の生殖細胞は分化の過程で、魚類および両生類のようなclusterを作らず、これは哺乳類の特徴を持っていると言える。従って、爬虫類の精上皮の形態は、両生類と哺乳類の中間型をしていると結論付けた。また、爬虫類の精祖細胞は、哺乳類のように体細胞(セルトリ細胞)の間に存在していたが、精細管外部とは、セルトリ細胞が作る密着結合で隔てられていた。このことは、爬虫類以下のすべての生殖細胞は、精細管外部からの因子による分化の直接的な制御が受けられないことを意味している。従って、下等脊椎動物のセルトリ細胞には、物質の受け渡しをするか、外部刺激を変換して、生殖細胞の分化を直接誘導する機能があるに違いない。哺乳動物でも前者を想定しなければ、今回第一部第一章で得られた、プロラクチン受容体が傍腔区画に存在する生殖細胞にも存在するという事実を説明することが出来ない。後者は魚類で明確な経路の証明がなされている。11-ケトテストステロンはセルトリ細胞に作用し、セルトリ細胞はアクチビンBを誘導する。このアクチビンBが精祖細胞の増殖を促すというものである。哺乳動物ではこのような明確な経路の証明は全くなされていない。この魚類の一連の研究は、魚類精上皮の形態学的な理解から生まれたものである。下等脊椎動物でも減数分裂機構の解明はなされていないが、今後、哺乳類の機構を解明する上で、下等脊椎動物との比較を常に行うことが必要である。

 残念ながら、今回の第一部第二章の研究からは、減数分裂後期過程を制御する遺伝子の単離はまだ出来ないでいる。しかし、残った遺伝子断片の解析から新たな経路が見つかるかもしれない。新たに単離した興味深い二つのcDNA断片から、今後の減数分裂研究の新たな展開が期待される。SKD3は、セルトリ細胞にターゲットを絞って、生殖細胞とセルトリ細胞の相関関係を明らかにする糸口となりうるし、ZFPは、生殖細胞特異的な発現を示し、特に減数分裂過程に強い局在が確認されることから、生殖細胞の自動分化能を議論する手掛かりになりうるだろうと考えている。いずれの場合にも、下等脊椎動物との発現パターンの違いについて検討することが必要不可欠であろう。今後は、題目にある糸口としてSKD3およびZFを選定し、減数分裂機構解明に迫りたいと考えている。

審査要旨

 本論文は、哺乳類の減数分裂機構の解明を目指して、ラットの精巣を用いて、減数分裂を制御する新たな因子を同定し、精巣の形態の系統進化学的側面から、これら因子の今後の研究について指針を得ようと試みた論文である。

 まず第一部第一章にて、古くから減数分裂への関与が示唆されてきたプロラクチンに焦点を当て、まず、プロラクチン受容体の精巣における局在について遺伝子レベルとタンパク質のレベルで明らかにした。プロラクチン受容体は従来想定されてきた体細胞のみならず、減数分裂過程にある精細胞でも発現が確認された。このことは、プロラクチンが減数分裂過程に関与する可能性を支持するものであった。

 第一部第二章では、プロラクチン投与後に減数分裂過程に発現してくるmRNAの同定を目指してsubtractive DNA hybridizationを行った。結果、3つのクローンの単離に成功した。それぞれ、ラットプロタミン2、suppressor of potassium transport defect 3(SKD3)のhomolog、既知の物質とは相同性が60%未満と低いcys2/his2 zinc finger motifを持つと考えられる物質(NZFP)であった。これらが、実際に誘導されているかについて、プロラクチン投与後、経時的に採材したラットの精巣を用いてnorthern blottingを行ったところ、ラットプロタミン2mRNAのみ誘導されていた。ラットプロタミン2mRNAはプロラクチン投与後、1時間で誘導されることが明らかとなった。プロラクチンの精巣に対する作用が、LH依存的な経路で発現することが知られていたことから、LH受容体mRNAの発現の経時変化について、northern blottingを用いて検討を行うことで、ラットプロタミン2mRNAの想定される発現経路について検討を行った。結果、LH受容体mRNAは、プロラクチン投与後、13時間で誘導されることが明らかとなった。このことは、プロラクチンの作用経路の中には、LH依存的な経路とは別な経路が存在することを示唆していた。

 第一部第三章では、ラットSKD3 cDNAの全長塩基配列の決定と、精巣における発現部位の同定、組織特異的発現について検討を行った。全長配列の解析から、ラットSKD3 cDNAは、AおよびBモチーフ、Ankyrin様配列1-4のすべてが既知のマウスSKD3 cDNAとの間で保存されていた。精巣において、SKD3 mRNAは、体細胞(セルトリ細胞、ライディッヒ細胞)と精細胞の双方に局在が確認された。組織特異的発現について行ったnorthern blottingでは、精巣にのみ2.3kbsの位置に強いシグナルが確認された。

 第一部第四章では、NZFPについて解析を行った。得られた398bps cDNAフラグメントから予想されるアミノ酸について既知のタンパク質との相同性を検索したところ、一番相同性が高いものでも58.3%と低いことからNZFPを新規zinc finger proteinと位置付け、ラット精巣における発現パターンについて検索を行った。結果、NZFP mRNAは、3.5および4.2kbsの大きさを持ち、精細胞特異的に発現していた。

 第二部第一章では、爬虫類の代表としてアオダイショウの形態について検討することから、爬虫類精上皮の系統進化における位置付けを試みた。アオダイショウの精祖細胞は、基底膜と接触しておらず、また単独で分化する像を示していた。この結果は、アオダイショウの精上皮の形態が、両生類と哺乳類の中間型をしていることを示唆していた。また本章では、精上皮の系統進化に関する考察から、哺乳類の減数分裂過程におけるセルトリ細胞の重要性について再認識が必要であることを提起していた。

 総括では、今回得られたSKD3を、セルトリ細胞が減数分裂に及ぼす作用を検討する糸口として、またNZFPを、減数分裂過程の遺伝子発現の調節を解析する糸口として有用であることを述べていた。

 本論文によって、精子形成のホルモン制御機構のひとつが明らかになるとともに、精巣で新しいタンパク質が同定され、減数分裂過程における発現パターンについて明らかとなった。本研究は、減数分裂という種の適応にとって不可欠な現象を解明するための、価値ある基礎的なデータを残した。以上の研究内容は学術的に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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