本研究は外傷あるいは手術侵襲に伴う主要な合併症である癒着について、その形成に成長因子の一つTGF-が関与することを仮定し、この仮定に基づいて癒着の形成過程における内因性TGF-の活性を抑制することで癒着の軽減が可能かを動物実験によって検討したものであり、以下の結論を得ている。 1.癒着を検討するための動物モデルとして、家兎膝関節内において大腿骨顆部側壁の骨皮質を10mm×5mmの矩形の範囲切削したのち関節を合成樹脂製ギプスにより4週間にわたり固定するという方法により、関節内に外傷性癒着を近似する癒着を一定の再現性をもって誘導するモデルを確立した。 2.このモデルにおいて、中和活性を有する抗体溶液を浸透圧を利用した体内埋め込み式の小型ポンプによって持続投与するという方法により、癒着形成部位における内因性TGF-1の活性を癒着形成期間中継続的に抑制する手法を確立した。 3.本研究では中和抗体溶液の濃度を3通りに設定して投与しており、これらの個体では対照に比して以下のような変化を観察した。 (1)肉眼的に観察した癒着組織は、中および高濃度の中和抗体溶液を投与した場合、その形成量が軽減し、また癒着組織自体も柔らかになる傾向があった。 (2)癒着組織の組織像では、対照が未成熟な線維芽細胞を含む密な線維性組織であったのに対し、中および高濃度の抗体溶液を投与した個体では癒着組織は本質的には同等な線維性組織ではあるがその密度が低下し、疎な組織となる傾向がみられた。 (3)本研究で確立したモデルでは、癒着の形成に伴って関節の伸展制限が生じる。これを生体力学的手法により検討したところ、伸展制限の程度は抗体の投与量に応じて軽減する傾向があり、中および高濃度の抗体溶液投与を行った個体では対照に比して伸展制限の程度は統計学的に有意に軽度であった。 (4)癒着組織についてその力学的特性と密接に関連すると考えられる組織中の総コラーゲン含有量とI型およびIII型コラーゲンの比率を検討した。中和抗体を投与した個体において総コラーゲン含有量は投与量依存性に低下する傾向があり、中および高濃度の抗体溶液を投与した個体ではこの低下は統計学的に有意であった。また抗体投与に伴ってコラーゲンの比率にも変化が生じ、投与量が増加するにつれIII型コラーゲンの比率が増加する傾向があった。高濃度の抗体を投与した場合のIII型コラーゲンの比率の上昇は対照に比して統計学的に有意であった。 4.本研究で観察された関節可動域の制限の改善は、肉眼的に観察された癒着組織の形成量の低下と組織所見および生化学的分析によって示された癒着組織自体の質的な変化の2つの機序によってもたらされたものであることが考察された。 以上、この研究は癒着の形成に内因性TGF-1が中心的な役割を果たしていること、さらにその活性を抑制することによって癒着の形成が軽減されうることを運動器の領域において初めて実証したものである。その成果は臨床において活用されることが十分期待されるものであって、本研究は学位の授与に値すると考えられる。 |