学位論文要旨



No 214372
著者(漢字) 津久井,元
著者(英字)
著者(カナ) ツクイ,ハジメ
標題(和) 新しい大腸癌移植モデルの確立ならびに同モデルを用いた腫瘍増殖と5FUに対する化学感受性の研究
標題(洋)
報告番号 214372
報告番号 乙14372
学位授与日 1999.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14372号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 講師 河原,正樹
 東京大学 講師 真船,健一
内容要旨

 消化器癌治療において原発腫瘍の特質(生理、病理、代謝等)を知る事は大変重要であり、それは治療上大きな効果をもたらす。その為にはヒトの腫瘍発育に少しでも近似した動物実験モデルが必要となる。ヌードマウスの発見以来、人間の腫瘍をマウスに移植しその発育様式、生物学的性質の詳細を知る事が可能になった。このモデルに於ける移植場所の多くは背部及腹部皮下であった。しかしながらMorikawaらが示したように一般に原発腫瘍が浸潤性、転移性であっても皮下移植モデルでは移植腫瘍は被膜に覆われ非浸潤性の発育しか示さない。そこを解決すべくFidlerらにより大腸癌培養細胞(1〜50)×106個をヒトの原発臓器と同じヌードマウスの盲腸部に移植(粘膜下注入)する同所移植のモデルが考案された。この腫瘍モデルでは移植腫瘍は浸潤性、転移性の発育を示し、生体の腫瘍により近似したモデルである事が示された。しかし培養細胞をヌードマウスの盲腸部粘膜下に注入するには技術を要し、また腸管内腔への注入や注入細胞懸濁液の逆流による腹膜播種などの可能性も考えられる。そこで今回の研究は小腫瘍片を用いた新しい大腸癌移植モデルの確立とこのモデルを用い以下の検討を行う事を目的とした。

 I.新しい大腸癌移植モデルの生物学的性質と安定性の検討

 II.この同所(盲腸部)移植モデルと皮下移植モデルに於ける腫瘍増殖の比較

 III.同所移植モデルと皮下移植モデルに於ける5FU(5-Fluorouracil)に対する化学感受性及びin vitroに於ける感受性との比較検討

方法と結果I.新しい大腸癌移植モデルの生物学的性質と安定性の検討

 ヌードマウスの背部皮下にて継代された6種のヒト大腸癌株(LoVo,HT29,TC33,TC37,TC70,TC71)を6〜8週齢(体重25〜30g)のヌードマウス(nu/nu,Swiss genetic background)の盲腸部漿膜面に移植した。まず麻酔したマウスの下腹正中に約1cmの開腹創をおき、盲腸部を腹腔外に露出し3mm×3mm×3mmに準備した腫瘍移植片を盲腸漿膜面に縫着、腹膜播種防止用に生物糊を滴下した(図1)。移植後30日以降解剖し腫瘍生着、浸潤性を調べた。また対照として同様に皮下移植を行った。盲腸部149匹/154匹(96.8%)、皮下107匹/115匹(93.0%)と盲腸部において皮下より高い腫瘍生着率が認められた(表1)。病理組織学的検索では盲腸部腫瘍片は漿膜側から粘膜層へ浸潤し、脈管浸襲を伴っていた。また移植後15日までの生存率は盲腸部97%、皮下98.5%であった。

図表表1.-皮下移植と盲腸部移植における腫瘍生着率の比較 表1-皮下と盲腸部における各大腸癌株移植腫瘍片の生着率を示す。盲腸部移植において皮下移植以上に高い生着率が認められた。 / 図1-ヌードマウス盲腸部移植法
II.この同所(盲腸部)移植モデルを使用した皮下移植モデルに於ける腫瘍増殖との比較

 継代大腸癌株TC33とTC37を用い各々8匹ずつ前述の方法に従い盲腸部と皮下に移植し各々52日後、53日後に解剖し平均腫瘍体積(mm3)を調べた。皮下においては922±644、926±269と増殖率に差は認めなかったが、盲腸部においては487±110,1222±217と増殖率に著明な差をみとめた(p=0.009)(図2)。同様にTC71を用い9匹ずつ盲腸部と皮下に移植を行い、29日後に解剖し各腫瘍片の増殖率を調べた。盲腸部、皮下各々854±120、461±124と増殖率の解離を認めた(p=0,016)。

図2 TC33とTC37に用いた皮下と盲腸部の腫瘍増殖比較図2-腫瘍系TC33とTC37を各々皮下と盲腸部に移植し増殖率を比較した。ヌードマウスは各々移植後53日と52日に解剖された。盲腸部移植片の増殖率に有意差を認める。
III.同所移植モデルと皮下移植モデルに於ける5FU(5-Fluorouracil)に対する化学感受性及びin vitroに於ける感受性との比較検討

 大腸癌培養細胞株TC71, LoVo,HT29、ヒト繊維芽細胞株AF11を用い異なる5FU濃度に於ける増殖抑制をしらべた。AF11は50%増殖抑制濃度(IC50)が100g/mlと低感受性を示し、LoVo、TC71のIC50,2.5g/ml,0.5g/ml、HT29のIC90,1g/mlと著明な差を認めた。また前述の方法にて腫瘍片TC70,TC71,LoVo,HT29を盲腸部に移植し2週間目よりし5Fuを(40mg/Kg)の濃度で腹腔内注入し30日以降解剖5%ブドウ糖注入群と腫瘍増殖を比較した。またTC70,TC71を用い皮下移植モデルにおいて同様の実験を行った。5FUはTC71において皮下より盲腸部で腫瘍増殖抑制が認められ、HT29でも抑制傾向が認められる一方LoVoでは抑制傾向は認められなかった(表2)。

表2.各大腸癌株移植片に対する5-FUの増殖抑制抑制効果の比較-皮下および盲腸部表2-皮下と盲腸部における各大腸癌移植片に対する5-FUの増殖抑制効果を比較した。検定はstudent-t-testおよびwelch-t-testにより行った。盲腸部移植において皮下移植より強い5-FUの増殖抑制効果がみられた。
考察

 この新しい盲腸部移植モデルは154例のうち149例に腫瘍の生着が見られ皮下に於ける結果を上回る成績を示し安定したモデルと言える。生物糊は腹膜播種を防止し死亡率を減少させたと考えられる。腫瘍片は浸潤性に増殖し脈管侵襲も見られ、より生体に近いモデルと言えるが同所においてなぜそのような発育を示すかは今後の解明が待たれる。同じ腫瘍でも皮下と盲腸部では増殖率も異なり、5FUに対する感受性も異なる事を示した今回の結果は興味深い。この同所移植モデルは今後抗癌剤の感受性試験等、臨床への応用に非常に有用と考えられる。

まとめ

 1.このヒト腫瘍片を用いた新しい盲腸部移植モデルは低死亡率かつ100%近い生着率を持つ安定した大腸癌実験モデルと言える。

 2.この盲腸部移植片は漿膜側から粘膜に向い浸潤性に発育し脈管侵襲も認められた。

 3.皮下移植と盲腸部移植のモデルの比較におき、腫瘍増殖率及び5FUに対する感受性において皮下と盲腸部間に解離が認められた。

 4.この盲腸部移植実験モデルは従来のモデルに比べ作成も簡易でかつ安定性も高く、生体のモデルに近似したモデルとして今後有用と思われる。

審査要旨

 本研究はヌードマウスを用いてヒト大腸癌小腫瘍片を直接マウス盲腸部に移植する新しい移植モデルの樹立を試みたものであり、合わせて同モデルを用いた5-Fluorouracilの化学感受性の検討を行い下記の結果を得ている。

 1.ヒト大腸癌(培養細胞株および継代腫瘍株)を3mm角の腫瘍片としてヌードマウス盲腸部に縫着する方法による新しい同所移植モデルは非常に低死亡率(早期死亡率0.74%、中期死亡率2.2%)かつ生着率96.8%(148/154)と安定した実験モデルと言える。生物糊の使用は腫瘍片からの腹膜播種を防止していた。また腫瘍片を用いる事により原腫瘍の生物生理学的性質が移植腫瘍上でも保持されている。この移植手技自身も細胞懸濁液注入の従来の方法に比べ簡易化されたモデルと言える。

 2.この盲腸部腫瘍片移植モデルでは、組織学的検索で腫瘍塊は盲腸部奨膜面から粘膜面へと腸管の筋層、粘膜筋板を破壊し浸潤性の発育を示している事が認められた。また粘膜下層での脈管侵襲も認められ生体における大腸癌の浸潤様式と同様な発育を示すと考えられた。

 3.皮下移植モデルと盲腸部移植モデルの増殖率の比較では腫瘍株TC70,TC71、培養細胞株LoVo,HT29において皮下と盲腸部の移植片の増殖率に解離が認められた。また同時移植された腫瘍株TC33とTC37で皮下移植された腫瘍片の増大率はほぼ同等であるのに対し盲腸部移植された腫瘍片の増殖率に大きな解離(p=0.09)が認められた。またこれは同じ腫瘍移植片に対する皮下と盲腸部という異なる環境の移植片に対する作用の違いを示していると考えられる。特にこのTC33とTC37の比較の結果は、皮下という環境には無い盲腸部環境因子に対する腫瘍株の反応の違いを示している。

 4.この盲腸部移植モデルと皮下移植モデルにおける5FUに対する感受性の比較において皮下移植モデルでは5FUは腫瘍増殖抑制効果が低いのに対し盲腸部移植モデルではTC71,HT29の両株で強い腫瘍増殖抑制効果が認められた。

 以上、本論文は大腸癌の発育浸潤様式および腫瘍に対する化学療法の研究に於いて新しい移植モデルを考案したものであり、皮下移植では認められないヒトの大腸癌と共通する強い浸潤様式が認められた。本研究は今後の大腸癌の治療に多くの貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク