学位論文要旨



No 214377
著者(漢字) 竹内,文生
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,フミオ
標題(和) 標榜科目パターンによる一般診療所の類型と患者紹介機能の関連性について
標題(洋)
報告番号 214377
報告番号 乙14377
学位授与日 1999.06.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14377号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒記,俊一
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助教授 中村,安秀
 東京大学 助教授 菅田,勝也
 東京大学 助教授 橋本,修二
内容要旨

 地域医療活動における医療機関相互の機能的な連携については、具体的な患者紹介の実態分析や患者紹介システムの開発などの観点から既に多くの議論がなされている。しかし、地域での一般診療所の患者紹介活動を見ると必ずしも、地域の医療活動を一次、二次及び三次医療として階層的にとらえるような機能分化がなされていない側面もある。とりわけ都市部においては、一般診療所の機能が多様化し独自性を持つようになっており、一般診療所の診療機能の特性に注目した上で医療機関相互の連携の構造を明らかにすることは、今後の地域医療における一般診療所の役割を明確にするためにも、また福祉をも含めた連携を考える上でも基礎的な検討課題と考える。そこで、本論では、一般診療所の診療機能特性を診療所が標榜する診療科目名の組合せから把握し、類型化を行い、その類型と診療所における患者紹介機能の関連性を検討した。診療機能特性はもちろん診療統計や診療に従事する医師の専門分野、診療スタッフの構成、診療機器、入院施設などの設備、診療時間などによっても把握されるが、受診患者の特性や患者の紹介を考える上ではその標榜診療科目が意味するところは大きいと考え、本論では、標榜診療科目に特に注目した。

 本研究の分析資料としては、平成3年3月に実施した、Y市西部医療圏における「医療施設間連携と診療機能に関する調査」の結果を用いた。この調査は、圏域内の一般診療所 557診療所を対象に郵送による質問紙調査法で実施した。診療所の概況などについては平成3年2月末日現在で、患者紹介の実績等については平成3年2月分で回答を得ている。調査票は264票が回収され、回収率は47.4%である。このうち16診療所は、特定の患者を診療している事業所内診療所であり、診療所の地域活動はないと判断し、これらを除いた248診療所を分析客体とした。回収率が低かったことから、対象集団を代表するか否か比較検討した結果、有床か無床か、開設者の種類及び標榜診療科の分布についていずれも有意な差はなく、代表性が確保されているものと考えた。また、この地域が患者紹介を考える上でどのような医療環境にあるか検討したが、大学病院の数など全国の平均的な地域と考えられ、患者紹介を考える場合においても、特殊な地域でないことが確認できた。

 回答のあった診療所の特徴としては、開設者が個人であるものが89.9%、常勤医師数が1人の診療所が91.1%、無床診療所が82.3%で、ほとんどが開設者自らが1人で診療に従事している診療所であった。標榜診療科目の状況は、単科標榜の診療所も29.4%あったが、多くは複数の診療科目を標榜している。最も多くの診療科目を標榜している診療所では9科目を標榜しており、最頻値は2科目標榜する診療所で31.5%であった。本調査で回答されてきた標榜診療科目の組合せのパターンは97種類であった。

 この標榜診療科目の組合せパターンに注目し、個々の診療科目名の有無を二値データとしてそれぞれのパターン間の距離を平方ユークリッド距離としてグループ間平均連結法でクラスター分析を試みた。しかし、この分析結果では、それぞれの標榜診療科目組合せパターン毎の診療所数が反映されていないことや診療科目相互の関連性が反映されていないことからそのままでは妥当な類型化とは言えないので、クラスター分析の結果を尊重しながら11類型に標榜診療科目パターンを類型化した。主たる類型としては、内科を中心とし関連のある診療科を標榜する「内科・小児科標榜」、「内科・小児科・その他標榜」、「内科系標榜」、「内科・外科標榜」、外科を中心とした診療科目を組み合わせる「外科・整形外科系標榜」、その他単科標榜と言いうる「眼科標榜」、「耳鼻咽喉科標榜」、「皮膚科標榜」等に類型化された。

 このような類型に注目しつつ、診療所の機能を改めて検討すると、その特徴が反映されているのが分かる。1診療所当たりの1日当たり外来患者数や紹介患者数、指定医療機関としての指定状況、診療機器の整備状況などに診療所の類型毎に特徴が認められた。「耳鼻咽喉科標榜」、「皮膚科系標榜」では1日当たり外来患者数が多く、「眼科系標榜」、「内科系標榜」ではそれが少ない傾向にある。また、診療機器の整備状況も診療科の特徴をよく表す結果となった。こうした結果から、この類型化には診療所の診療機能を反映するある程度の妥当性があるものと考えられた。

 本論ではさらにこの類型化と一般診療所での患者紹介の関連性についても分析した。

 患者紹介の理由について見てみると、「入院治療が必要」、「他科の受診が適切」、「検査目的」等の理由が3割程度ずつあり、紹介元の診療機能に欠ける機能を他の医療機関に期待していることが分かる。一方、「手術が必要」と言う理由は1割強であり、診療所においては、手術の適否についての判断は慎重であることが伺われる。標榜診療科類型毎の患者紹介理由を見ると類型の違いによる特徴が読みとれる。「眼科標榜」や「耳鼻咽喉科標榜」では「手術が必要」という理由が重視され、「内科・小児科標榜」や「内科系標榜」では、「入院治療が必要」という理由が挙げられ、「内科・小児科・その他標榜」、「内科・外科系標榜」及び「外科・整形外科系」等では「検査目的」といった理由が高い割合を示す傾向にあった。専門特化した診療科目では、診療所では実施し得ない手術機能を紹介先に求め、内科、小児科などでは、入院加療の機能を紹介先の病院に求める傾向がある。これに対して、外科系の診療科目であったり、複合的な標榜を行っている一般診療所では病院の機能について入院機能も重要であるが検査機能への期待も大きいことが推察される。このことは、類型化された診療所がそれぞれの患者特性及び診療機能から紹介先の医療機関へ期待する診療機能に違いがあることを示唆するものと考えられる。

 標榜診療科目類型と紹介先診療科の関係では、「眼科標榜」、「耳鼻咽喉科標榜」及び「皮膚科標榜」等の専門分化が明らかな単科標榜の場合は、それぞれ同じ診療科へ患者を紹介しており、これらの診療所を受診する患者がその傷病と受診科の関連性を比較的明瞭に捉えており、受診先の診療科を適切に選択していることが推察される。これに対して、「小児科標榜」、「内科系標榜」では、紹介元の診療科目と紹介先の診療科目の一致率が低く、診療所で必要に応じてさらに適切な医療機関を紹介していることが読みとれる。傷病の特徴が明らかで、専門性が明示的な「眼科」、「耳鼻咽喉科」、「皮膚科」等では、より高度な医療を紹介先医療機関に期待する患者紹介を行い、傷病の特徴が非明示的で、多様々患者の診察をしている「小児科」、「内科」等を標榜する診療所では、患者紹介に際し適切な診療科への振り分け機能が働いていることが示唆された。

 本研究では、紹介した傷病についてその傷病名についても調査した。最近の紹介事例5例を具体的に記載してもらい、併せて紹介先医療機関、紹介時期等についても調査した。各標榜診療科目類型とその紹介した傷病群の関連性は、それぞれの標榜診療科目類型毎に特徴があり、「眼科」、「耳鼻咽喉科」及び「皮膚科系」では、本来当該診療科で治療される傷病が紹介された傷病に多く含まれていた。「耳鼻科」及び「皮膚科系」に多かった「新生物」についても多くは、耳鼻咽喉及び皮膚の新生物であった。これに対して、「内科・小児科」、「内科・小児科・その他」及び「内科系」では傷病群が「循環系の疾患」、「呼吸系の疾患」及び「消化系の疾患」が多くを占め、その他特徴的な疾患としては「新生物」が挙げられた。これらの標榜診療科目類型で診療されている傷病群を反映していると同時にこの3類型間では標榜診療科目名での類型化では差があるものの実際の診療に当たってみている患者群は近似しているものと考えられる。このことは「内科」あるいはこの診療科目の下位概念であるところの「消化器科」、「呼吸器科」、「循環器科」と標榜することで受診する患者は結局は上位概念としての標榜科目「内科」に引っ張られ、多様な疾患の患者が受診することとなっているものと考えられる。その結果、標榜診療科目名の組合せでは類型化されるものの、診療している患者の傷病群は近似したものとなったと考えられる。これに対して、「産婦人科系」及び「外科・整形外科系」では、それぞれの診療科目の特徴を反映する傷病群が挙げられており、標榜診療科目類型が独自の類型として析出されていると読みとれる。

 以上のことから、一般診療所の診療機能をその標榜診療科目のされ方から類型化し、患者紹介との関連性を分析したが、ここで類型化された一般診療所の類型が一般診療所の機能、特に患者紹介における一般診療所の活動と相互に関連性のあることが分かった。特に医療機関相互の連携を議論する場合、一般診療所を病院と単純に対置する傾向にあるが、一般診療所であっても患者紹介にあっては多様な活動あるいは行動をしていることが明らかになった。今後、一般診療所が地域での福祉をも含めた連携の枠組みのなかで機能していくことが予想されるわけであるが、一般診療所の機能を多面的にとらえる必要性が改めて認識された。

審査要旨

 本研究は地域医療活動における医療機関相互の機能的な連携について一般診療所でなされる患者紹介機能に注目し、一般診療所の診療機能類型と患者紹介の関連性について検討を加えたもので、特に一般診療所の機能を標榜科目の標榜組合せから把握し、それぞれの類型と患者紹介の関連性について明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

 1.一般診療所の診療機能は標榜診療科目の標榜の仕方により類型化することができ、大別して眼科、耳鼻咽喉科など専門分化の明確な単科標榜と、小児科及び内科を基本とする家庭医機能を中核にする標榜、内科を基盤とし消化器科などの下位概念に当たる診療科を標榜する例及び外科・整形外科を核とする標榜に大別される。より細分化してみると12の標榜診療科目類型に整理された。

 2.それぞれの標榜診療科目類型には、外来患者数、保有している診療機器、指定医療機関としての指定など、それぞれの診療機能と係わる特徴が示された。

 3.それぞれの標榜診療科目類型毎に、患者紹介機能を見ると、眼科、耳鼻咽喉科などの単科標榜の診療所では、手術などの高次医療機能を紹介先の医療機関に求める傾向がある。これに対して、内科、小児科などを標榜する診療所では、入院加療が可能な施設設備を紹介先医療機関に求める傾向がある。

 4.単科を標榜する場合は、紹介先の診療科が同一の科であり、紹介先の診療機能に高次機能を期待することと通じる。内科、小児科などでは、適切な診療科への振り分け機能があることが明らかとなった。

 5.診診紹介は、多くは内科、小児科及びその他の診療科から専門性の明らかな眼科、耳鼻咽喉科などへの紹介の場合が多い傾向にあった。

 以上、本論文は一般診療所の診療機能類型について、その標榜科目の組合せに注目した類型を提示し、その類型に基づいた一般診療所における患者紹介の特徴について明らかにしたものである。患者紹介は地域医療においてごく日常的に行われる活動であるが、一般診療所の診療機能に注目した検討はほとんどなされておらず、今後の患者紹介に関する研究に一つの方向性を示すものと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51124