学位論文要旨



No 214381
著者(漢字) 武田,孝志
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,タカシ
標題(和) 信州産カラマツ実大材の強度評価の寸法効果と機械等級区分
標題(洋)
報告番号 214381
報告番号 乙14381
学位授与日 1999.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14381号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 1.研究のスキーム

 木材は、古くから人間の身近かな材料として馴れ親しんできた一方、生物材料自身のもつ個性によってばらつきが大きく、樹種間はもとより、同一樹種の同一林分内においても個体間に材質の差がみられる。このようなばらつきの大きな材料を構造用材料として、鉄、コンクリート等の工業製品と同等に強度保証を精度よく行うためには、まだ残されている課題は多い。本論文においては、長野県において最も主要な人工林樹種であるカラマツ実大材強度の強度分布、特に、下限域におけるヤング係数依存性に着目して、カラマツ材における寸法効果を実験的に明らかにし、この結果に基づいて機械等級区分の効用について検討した。

 まず、在来軸組構法住宅用の構造用材の中で最も使用頻度の高い正角材の曲げ、圧縮および引張強度下限値の推定方法について検討した。これから、各強度区分ごとのヤング係数値の分布が、曲げ強度は、圧縮強度と引張強度の中間的な傾向を示したことから、以後は、圧縮強度と引張強度に焦点を絞った。圧縮強度については、カラマツ同一等級構成集成材を用い、引張強度については構造用集成材に用いられるラミナ材を用いて検討した。

2.信州産カラマツ正角材の曲げ、圧縮及び引張強度における5th Percentile値の推定

 強度分布の下限域の特性について、曲げ・圧縮・引張強度に対するヤング係数の関与の差異を明らかにするため、構造設計における強度計算上重要な指標である基準強度値、すなわち、5th-percentile値(5%下限値)を対象として、カラマツ正角材の実験データに基づき、各強度分布間の差異について検討した。

 曲げ強度については、対数正規分布と下限域15%データを2パラメータワイブル分布(W-15)にフィットした場合、圧縮強度は、正規分布、対数正規分布、2パラメータ・ワイブル分布およびW-15のすべて、引張強度は、対数正規分布とW-15のそれぞれの分布関数から求めた5%下限値がノンパラメトリック法による5%下限値とほぼ等しい値を示した。また、ヤング係数により、上位・中位・下位(上位と中位の境界=平均値+標準偏差、中位と下位の境界=平均値-標準偏差)に区分した場合、各区分ごとの強度分布の5%下限値を比較すると、曲げ強度と引張強度については、上位と中位の差より中位と下位の差が小さく、圧縮強度と異なる傾向を示した。逆に、強度区分別のヤング係数分布を求めた結果、圧縮強度ではほぼ正規分布となったのに対して、曲げ強度では、下限域15%、引張強度では下側50%の領域では、ヤング係数値がほぼ等しくなった。このことから、強度分布下限域を構成する強度データと同一のグループとして扱うことが可能な範囲について、曲げ強度は下限域15%程度、圧縮強度は100%、引張強度は下側50%程度であることが明らかになった。以上のことから、フィットさせる分布関数については、曲げ強度は2P-Weibullを下限域15%のデータに、圧縮強度は対数正規分布を全データのデータに、引張強度は2P-Weibullを下側50%のデータにそれぞれフィットさせることにより、強度下限域の推定精度が向上する可能性が示唆された。

3.カラマツ同一等級構成集成材の強度特性に及ぼす積層数の影響

 一般に、カラマツ材においては、髄から15年輪の範囲と考えられている未成熟材は成熟材と比較して強度特性が劣ることから、これと比較して、断面内の強度特性がより均質な部材を得るために、機械等級区分によるカラマツ同一等級ラミナを用いた集成材を作製した。この同一等級集成材を用いて、集成材を構成する各ラミナの平均的な強度特性を表す指標と考えられている縦振動ヤング係数と圧縮強度における積層効果について検討した。

 静的曲げヤング係数に対する縦振動ヤング係数の比は、水平積層材では積層数の増加に伴って増加する傾向がみられたのに対して、垂直積層材についてほぼ一定の値を示した。また、静的曲げ試験における加力方向と、たわみ振動測定時における打撃方向が一致している場合は、静的曲げヤング係数に対するたわみ振動ヤング係数の比は積層数の影響を受けず、ほぼ一定の値を示し、この比のばらつきも小さくなった。ラミナから採取した小試験体の曲げ試験結果から、ラミナ内のヤング係数については、幅方向では、中央部が低く、材縁部に向かって高くなる傾向がみられ、長さ方向では変動が大きい傾向がみられたことから、縦振動ヤング係数が集成材の断面内における各ラミナのヤング係数の最大値に支配されると仮定して、静的曲げヤング係数と縦振動ヤング係数の関係についてシミュレーションを行った。このシミュレーション結果は実験結果とほぼ同様の傾向を示した。比較的断面内のヤング係数のバラツキの小さな集成材においても、縦振動ヤング係数に対するラミナ内の長さ方向のヤング係数変動の影響がみられると推察された。

 縦圧縮強度については、グレーディング・マシンを用いて測定したヤング係数によるラミナの等級区分は、圧縮強度に対しても有効であり、圧縮強度は積層数に関わらず比重と高い相関が認められた。また、積層数の増加に伴い、圧縮強度の標準偏差は小さくなり5th Percentile値も上昇した。比重の標準偏差は積層効果(標準偏差の減少)の理論値である1/(nは積層数)に近い値を示したが、圧縮強度における積層効果は比重の積層効果と比較すると小さかった。圧縮強度平均値における寸法効果は認められず、理論値に対する実験値の比で表した下限値における寸法効果も非常に小さかった。

4.カラマツラミナの強度性能に及ぼす長さ方向の材質変動の影響

 前節において、カラマツの長さ方向のヤング係数の変動が大きいことが明らかになったことから、この局所ヤング係数の変動パターンを明らかにするとともに、引張強度における長さ効果について検討した。試験体に用いたラミナ材は、長野県内の日常的に構造用集成材を製造している工場から、グレーディング・マシンを用いてヤング係数の高いもの(H:構造用集成材JASのL125相当)と低いもの(L:同L70相当)に対象を絞ってサンプリングを行った。

 ラミナ内の局所ヤング係数変動(E)については、上位等級(H)と下位等級(L)で以下のような差異が認められた。Eの標準偏差の分布は正のひずみをもち、歪み度はHとLでそれぞれ1.62と0.90であった。Eの傾きの分布も正のひずみをもち、歪み度はHとLでそれぞれ1.30と1.00であった。Eの標準偏差とEの傾きの関係から、標準偏差は主としてこの傾きに依存していることが明らかになった。ラミナ内ヤング係数の周期性について自己相関係数を求めた結果、約60cm周期のものが多く含まれていることが明らかになった。ヤング係数の回帰残差および節の出現率についても同様の傾向がみられた。

 カラマツラミナの引張強度における長さ効果について、H、L両者ともスパン長さが長くなるにつれて増加し、Hの5%下限値における長さ効果はLより小さかった。従って、上位等級材と下位等級材では、異なる長さ効果係数を用いるべきであると考えられる。

 カラマツラミナの引張強度に及ぼす節の影響を最弱リンク理論に基づいて検討を行った。節の個数はLはHより多く、LはHと比較して、スパンの長さに伴って大きく増加する傾向がみられた。物理的特性(平均年輪幅、髄からの距離、比重、動的ヤング係数および節)と引張強度の相関係数を計算した結果、節がもっとも引張強度に影響を与える特性と考えられる。仮想節強度の概念を提案し、長さ効果パラメータの推定を試みた。50th Percentile値における長さ効果パラメータについては3P-Weibullをフィットしてよく推定できることが明らかになった。一方、5th-percentile値については下限域10%のデータに対して2P-Weibullを最尤法によってフィットした場合に実験結果とよい一致を示した。HとLの引張強度における長さ効果の差は節の存在いかんに依存しているといえる。また、仮想節強度の概念に基づく独立モデルによれば、長さの異なる製材の引張強度分布を予測することが可能と考えられる。

5.まとめ

 以上の一連の研究成果から、機械等級区分が単にヤング係数の高いものと低いものを区分するという機能に加えて、節や比重などヤング係数以外の強度に関連している因子を含めた選別方法であることが明らかになった。また、各強度の平均値におけるヤング係数依存性は必ずしも下限値におけるヤング係数依存性と同等ではないことが明らかになった。これは、カラマツのように、比較的ヤング係数が高く、節径が大きく、早材から晩材への移行が急であるという樹種特性に起因しているものと思われる。

審査要旨

 木材は生物材料自身のもつ個性によってばらつきが大きく、樹種間はもとより、同一樹種の同一林分内においても個体間に材質の差がみられる。このようなばらつきの大きな材料を構造用材料として強度保証を精度よく行うためには実大試験に基づく強度等級区分の検証が必要とされている。本論文においては、長野県において最も主要な人工林樹種であるカラマツ実大材の強度分布、特に、下限域におけるヤング係数依存性に着目して、寸法効果および機械等級区分について検討したものである。

 信州産カラマツ正角材の曲げ、圧縮及び引張強度における5th Percentile値を推定するため強度分布の差異を検討した。曲げ強度は対数正規分布と下限域15%データを2パラメータワイブル分布(W-15)にフィットした場合、圧縮強度は正規分布、対数正規分布、2パラメータ・ワイブル分布およびW-15のすべての場合、引張強度は対数正規分布とW-15の場合、それぞれの分布関数から求めた5%下限値がノンパラメトリック法による5%下限値とほぼ等しい値を示した。

 ヤング係数により上位・中位・下位に区分した場合の強度分布の5%下限値を比較すると、曲げ強度と引張強度については、上位と中位の差より中位と下位の差が小さく、圧縮強度と異なる傾向を示した。逆に、強度区分別のヤング係数分布を求めた結果、圧縮強度ではほぼ正規分布となったのに対して、曲げ強度では下限域15%、引張強度では下側50%の領域ではヤング係数値がほぼ等しくなった。このことから、強度分布下限域を構成する強度データと同一のグループとして扱うことが可能な範囲について、曲げ強度は下限域15%程度、圧縮強度は100%、引張強度は下側50%程度であることが明らかになった。したがって分布関数については、曲げ強度は2P-Weibullを下限域15%のデータに、圧縮強度は対数正規分布を全データに、引張強度は2P-Weibullを下側50%のデータに適用すると強度下限域の推定精度が向上することが示唆された。

 カラマツ同一等級構成集成材の強度特性に及ぼす積層効果を縦振動ヤング係数と圧縮強度について検討した。静的曲げヤング係数に対する縦振動ヤング係数の比は、水平積層材では積層数の増加に伴って増加する傾向がみられたのに対して、垂直積層材についてほぼ一定の値を示した。また、静的曲げ試験における加力方向と、たわみ振動測定時における打撃方向が一致している場合は、静的曲げヤング係数に対するたわみ振動ヤング係数の比は積層数の影響を受けず、ほぼ一定の値を示し、この比のばらつきも小さくなった。縦振動ヤング係数が集成材の断面内における各ラミナのヤング係数の最大値に支配されると仮定して、静的曲げヤング係数と縦振動ヤング係数の関係についてシミュレーションを行い、実験結果とほぼ同様の傾向を示した。グレーディング・マシンを用いて測定したヤング係数によるラミナの等級区分は、圧縮強度に対しても有効であり、圧縮強度は積層数に関わらず比重と高い相関が認められた。また、積層数の増加に伴い、圧縮強度の標準偏差は小さくなり5th Percentile値も上昇した。しかしながら圧縮強度における積層効果は比重の積層効果と比較すると小さかった。

 カラマツラミナの強度性能に及ぼす長さ方向の材質変動の影響について局所ヤング係数の変動パターンを明らかにし、上位等級材と下位等級材では、異なる長さ効果係数を用いるべきことを明らかにした。カラマツラミナの引張強度に及ぼす節の影響を最弱リンク理論に基づいて検討すると、節の個数は下位等級で多く、スパンの長さに伴って大きくなる傾向がみられた。平均年輪幅、髄からの距離、比重、動的ヤング係数および節と引張強度の相関係数を計算した結果、節がもっとも引張強度に影響を与えることが示された。仮想節強度の概念を適用したとき、50th Percentile値における長さ効果には3P-Weibullをフィットさせるとよく推定できる。一方、5th-percentile値については下限域10%のデータに対して2P-Weibullを最尤法によってフィットした場合に実験結果とよい一致を示した。以上の一連の研究成果から、機械等級区分が単にヤング係数の高いものと低いものを区分するという機能に加えて、節や比重などヤング係数以外の強度に関連している因子を含めた選別方法であること、各強度の平均値におけるヤング係数依存性は必ずしも下限値におけるヤング係数依存性と同等ではないことが明らかになった。

 以上本論文は信州産カラマツ実大材の強度評価における寸法効果と機械等級区分の適用を実験および理論的に検証したものであり、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査委員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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