木材は生物材料自身のもつ個性によってばらつきが大きく、樹種間はもとより、同一樹種の同一林分内においても個体間に材質の差がみられる。このようなばらつきの大きな材料を構造用材料として強度保証を精度よく行うためには実大試験に基づく強度等級区分の検証が必要とされている。本論文においては、長野県において最も主要な人工林樹種であるカラマツ実大材の強度分布、特に、下限域におけるヤング係数依存性に着目して、寸法効果および機械等級区分について検討したものである。 信州産カラマツ正角材の曲げ、圧縮及び引張強度における5th Percentile値を推定するため強度分布の差異を検討した。曲げ強度は対数正規分布と下限域15%データを2パラメータワイブル分布(W-15)にフィットした場合、圧縮強度は正規分布、対数正規分布、2パラメータ・ワイブル分布およびW-15のすべての場合、引張強度は対数正規分布とW-15の場合、それぞれの分布関数から求めた5%下限値がノンパラメトリック法による5%下限値とほぼ等しい値を示した。 ヤング係数により上位・中位・下位に区分した場合の強度分布の5%下限値を比較すると、曲げ強度と引張強度については、上位と中位の差より中位と下位の差が小さく、圧縮強度と異なる傾向を示した。逆に、強度区分別のヤング係数分布を求めた結果、圧縮強度ではほぼ正規分布となったのに対して、曲げ強度では下限域15%、引張強度では下側50%の領域ではヤング係数値がほぼ等しくなった。このことから、強度分布下限域を構成する強度データと同一のグループとして扱うことが可能な範囲について、曲げ強度は下限域15%程度、圧縮強度は100%、引張強度は下側50%程度であることが明らかになった。したがって分布関数については、曲げ強度は2P-Weibullを下限域15%のデータに、圧縮強度は対数正規分布を全データに、引張強度は2P-Weibullを下側50%のデータに適用すると強度下限域の推定精度が向上することが示唆された。 カラマツ同一等級構成集成材の強度特性に及ぼす積層効果を縦振動ヤング係数と圧縮強度について検討した。静的曲げヤング係数に対する縦振動ヤング係数の比は、水平積層材では積層数の増加に伴って増加する傾向がみられたのに対して、垂直積層材についてほぼ一定の値を示した。また、静的曲げ試験における加力方向と、たわみ振動測定時における打撃方向が一致している場合は、静的曲げヤング係数に対するたわみ振動ヤング係数の比は積層数の影響を受けず、ほぼ一定の値を示し、この比のばらつきも小さくなった。縦振動ヤング係数が集成材の断面内における各ラミナのヤング係数の最大値に支配されると仮定して、静的曲げヤング係数と縦振動ヤング係数の関係についてシミュレーションを行い、実験結果とほぼ同様の傾向を示した。グレーディング・マシンを用いて測定したヤング係数によるラミナの等級区分は、圧縮強度に対しても有効であり、圧縮強度は積層数に関わらず比重と高い相関が認められた。また、積層数の増加に伴い、圧縮強度の標準偏差は小さくなり5th Percentile値も上昇した。しかしながら圧縮強度における積層効果は比重の積層効果と比較すると小さかった。 カラマツラミナの強度性能に及ぼす長さ方向の材質変動の影響について局所ヤング係数の変動パターンを明らかにし、上位等級材と下位等級材では、異なる長さ効果係数を用いるべきことを明らかにした。カラマツラミナの引張強度に及ぼす節の影響を最弱リンク理論に基づいて検討すると、節の個数は下位等級で多く、スパンの長さに伴って大きくなる傾向がみられた。平均年輪幅、髄からの距離、比重、動的ヤング係数および節と引張強度の相関係数を計算した結果、節がもっとも引張強度に影響を与えることが示された。仮想節強度の概念を適用したとき、50th Percentile値における長さ効果には3P-Weibullをフィットさせるとよく推定できる。一方、5th-percentile値については下限域10%のデータに対して2P-Weibullを最尤法によってフィットした場合に実験結果とよい一致を示した。以上の一連の研究成果から、機械等級区分が単にヤング係数の高いものと低いものを区分するという機能に加えて、節や比重などヤング係数以外の強度に関連している因子を含めた選別方法であること、各強度の平均値におけるヤング係数依存性は必ずしも下限値におけるヤング係数依存性と同等ではないことが明らかになった。 以上本論文は信州産カラマツ実大材の強度評価における寸法効果と機械等級区分の適用を実験および理論的に検証したものであり、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査委員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。 |