審査要旨 | | 世界人口の約30%は鉄不足による貧血などの問題を抱えている.植物質のみを食物の基本としている地帯では,特に問題となっている. 第1章は総論で,その解決策として,生物的に吸収されやすい鉄を多く含有する作物を遺伝子工学的に作出する事を考え,植物体中の鉄貯蔵タンパクであるフェリチン含有量を高めることで,フェレドキシンなどの機能分子に影響を与えることなく,鉄含有量だけを向上できるはずである,と考えた本論文の研究方針について述べている. フェリチンは分子量的540kDaの巨大なタンパクであり,1分子に最高4500の鉄原子を蓄積することが出来る. 第2章では,遺伝子工学的手法が高鉄含有植物の育種に適切であるかどうかを評価するために,植物へ導入した遺伝子の核ゲノムへの組み込み様式と,その後代への遺伝を3世代にわたりサザンブロット法により解析した. つぎに第3章ではダイズからクローニングしたフェリチン遺伝子をタバコへ導入し,その発現と鉄含有量との関係について解析した. 第4章では,タバコと同じ双子葉植物であり食用植物であるレタスヘフェリチン遺伝子を導入し,フェリチン遺伝子の発現による他の一般形質への影響を検討した. 最後に,第5章では,日本人にとって最重要穀物であるイネを材料に,単子葉植物においても,フェリチン遺伝子が発現するか,発現した場合,組織特異的なプロモーターによる制御を受けているのかを,mRNAおよびタンパク質レベルで解析した.更に結果として,コメに特異的に鉄を蓄積できるかどうかを検討した. 以上の結果,フェリチンを遺伝し導入した植物では,鉄の含有量が増加し,その形質が安定して後代へ遺伝することが想定された.またダイズフェリチンは,形質転換した双子葉植物と単子葉植物の両方で差が無く,機能することが分かった.さらに,プロモーターを選択することで,植物全体に(35Sプロモーターの場合),または.組織特異的(イネグルテリンのプロモーター,GluB-1,の場合)にフェリチン遺伝子を発現させ,その組織にのみ,鉄を蓄積できることが示された.また,フェリチン遺伝子を恒常的に発現させると,旺盛な生育を示すことが分かった. これらの知見は,外来フェリチン遺伝子を用いて,鉄含有量が高い作物の分子育種が可能なことを示しただけでなく,成長の早い植物を作出する可能性を明らかにしたもので,学術上,ならびに,応用上貢献するところが少なくなく,よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた. |