学位論文要旨



No 214384
著者(漢字) 露木,省吾
著者(英字)
著者(カナ) ツユキ,ショウゴ
標題(和) 新規喘息モデル-マウス抗原誘発肺好酸球症-の分子免疫学的研究
標題(洋)
報告番号 214384
報告番号 乙14384
学位授与日 1999.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14384号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 西山,信好
内容要旨

 気管支喘息は幼年期から老年期にいたるまで広範囲に発症する難治性の呼吸器疾患である.その病型はアトピー型,非アトピー型に大別される.人口動態統計によれば,本邦における喘息死総数は年間6000人前後とされている.1980年代以前には,「可逆的気道狭窄」,「気道反応性の亢進」が本疾患の本態であると考えられていたが,90年代に入り「気道の慢性炎症」が本態であるとする見方が主流となっている.現在では,気道炎症において好酸球が中心的役割を果たすことが明らかにされている.

 実験的喘息研究において動物モデルとして多用されているモルモットモデルは呼吸機能の測定には適するものの,しかしながら,免疫学的・遺伝学的な情報の不足から好酸球性炎症のメカニズムを研究するのには不十分であった.そこで,マウスを用いることにより,各種特異抗体あるいは遺伝子ターゲティングといった,この動物の持つ免疫学的・遺伝子工学的特性を活用できると考え,肺好酸球症におけるTh2タイプサイトカイン,CD28-B7コスティミュレーション,IFN-およびFas受容体の役割を検討した.本研究では,1)これらの実験結果からマウス抗原誘発肺好酸球症の喘息モデルとしての妥当性を示すこと,および,2)実際の喘息病態の理解に寄与するような分子レベルでのメカニズムの解明を目的とした.

材料と方法

 Nkajimaらによって報告された方法に,以下の検討を加え肺好酸球症の誘導をおこなった.実験0日および14日目に,マウス近交系であるBALB/c,C57BL/6あるいはSvl29にOVA-alum(10gのオボアルブミンを0.2mlの水酸化アルミニウムゲルに溶解,吸着させたもの)を腹腔内注射することにより感作した.2回目の感作から7〜10日後に,3mg/mlのオボアルブミン生理食塩水溶液をネブライザーにてエアロソル化し,マウスに20分間吸入させた.気道反応性を測定する場合には,1日1回,5日間操返して抗原吸入をおこなった.最後の抗原吸入から3日後にマウスを麻酔し,採血,気道洗浄,肺リンパ球の精製をおこなった.これらの標本から,常法にて血中イムノグロブリン値の測定,気道洗浄液中の細胞計数,肺T細胞産生のサイトカイン測定をおこなった.

結果1)IL-4の役割とTh2タイプ免疫応答の成立

 マウス抗原誘発肺好酸球症において,肺T細胞のサイトカイン産生を調べると,Th2タイプであるIL-4,IL-5産生が増強されており,逆に代表的Th1サイトカインであるIFN-産生は仰制傾向にあることが明らかにされた,肺好酸球症の誘導とT細胞免疫応答の関係を調べるために,中和抗体を用いた実験をおこなったところ,抗原吸入前24時間に抗CD4抗体,あるいは抗IL-5抗体(いずれも個体あたり1mg)を投与することにより好酸球症は著しく抑制されたが,抗CD8抗体は作用をみとめなかった.一方,IL-4欠損マウス(IL-4-/-)を用いた実験においても,好酸球浸潤は低下し,またこのとき肺T細胞のIL-5産生は著しく抑制されていることが明らかにされた(Fig.1).以上のことから,抗原刺激により産生されたIL-4がCD4T細胞のTh2細胞への分化を誘導し,それに引続いて起こるTh2細胞からのIL-5産生が肺への好酸球浸潤をもたらすことが示唆された.

2)CD28-B7コスティミュレーションの役割

 CD28-B7コスティミュレーションは抗原提示時に起こり,その後のT細胞の活性化・増殖に重要な役割を果たすことが知られているが,Th細胞の分化,さらに好酸球性炎症への関わりはまったく明らかにされていない.B7分子のサブクラスであるB7-1およびB7-2を阻害する組換え蛋白,CTLA-4 Igを気道投与すると,肺への好酸球浸潤が顕著に低下し,このとき,肺T細胞のIL-4,IL-5,IL-10産生が抑制され,一方,IFN-産生は増強されることが明らかにされた.抗原吸入前後において,肺における抗原提示細胞であるB細胞を精製し,B7-1およびB7-2の発現をフローサイトメトリーにて分析したところ,抗原吸入後B7-2のみ発現が誘導されることが示された.特異的モノクローナル抗体を気道に投与してB7-1あるいはB7-2を単独に阻害したところ,B7-2を阻害した場合にのみ,好酸球浸潤の低下,T細胞のIL-4,IL-5産生の抑制そして気道反応性亢進の抑制がみられたが,B7-1の阻害は何ら影饗を及ぼさなかった.以上,マウス肺好酸球症において,CD28-B7コスティミュレーションの阻害はT細胞免疫応答をTh2タイプからTh1タイプにシフトさせ,好酸球症を抑制することが明らかにされた.特異抗体を用いた実験から,特にB7-2が好酸球性炎症の誘導,気道反応性の亢進に重要であることが示された(Fig.2).

3)IFN-の役割

 IFN-は代表的Th1タイプサイトカインであり,IL-4に拮抗的な免疫調節作用を持つことが知られている.IFN-受容体欠損マウス(IFN-R-/-)では抗原感作後IgE産生の増強,IgG2a産生の抑制がみられたものの,肺好酸球症および肺T細胞のIL-4,IL-5産生は,野生型と同程度のものであった.ところが抗原吸入後30日において気道細胞を観察すると,野生型の好酸球症はほぼ終息していたのに対して,IFN-R-/-マウスでは依然多数の好酸球が検出された.野生型では抗原吸入後60日において肺T細胞のサイトカイン産生がTh1タイプに回復していたが,IFN-R-/-マウスではTh2タイプのままであった.以上のことから,IFN-は,IL-4とのバランスによって抗原刺激によるIgEおよびIgG2a産生を調節するものの,肺好酸球症の発症期には作用しないことが示された.一方,好酸球症が確立した後,IFN-はTh2タイプ免疫応答を抑制的に制御することにより好酸球症を緩解させることが明らかにされた.

4)Fas受容体刺激による好酸球のアポトーシス誘導,好酸球症の緩解

 肺好酸球症から精製された好酸球を用いて,各種細胞表面抗原の発現をフローサイトメトリーにて探索したところ,Fas受容体陽性であることが明らかにされた.Fas受容体は45kDのTNF/NGFレセプターファミリーに属する細胞表面分子であり,Fasリガンドあるいは特異的抗体により刺激を受けるとその細胞にアポトーシスを誘導することが知られている.In vitroにおいてFas特異的抗体であるJo2によりFasを刺激すると好酸球にアポトーシスが誘導された.このアポトーシスは好酸球のサバイバルファクターであるIL-3,IL-5,GM-CSFによっても抑制されなかった(Fig.3).Jo2をマウス喘息モデルに気道投与すると気道洗浄液中および肺組織中の好酸球が顕著に減少した.このとき気道洗浄液中のマクロファージ,あるいは末梢血中のリンパ球,好酸球数は変化しなかった.

図表Fig.1 好酸球症誘導にはTh2型免疫応答が必要である. ・IL-4はヘルパーT細胞のTh2分化に必須のサイトカインである. ・IL-4 -/-マウスでは好酸球性炎症は著しく抑制された. ・IL-4 -/-マウスの肺T細胞はTh1型サイトカインを産出した. / Fig.2 モノクローナル抗体によるCD86の特異的阻害は抗原吸入後の気道反応性亢進を抑制する. ・抗原吸入後24時間に覚醒下でメサコリンに対する気道反応性を測定した. / Fig.3 IL-3,IL-5,GM-CSF存在下においてもFas刺激により好酸球にアポトーシスを誘導できる. ・精製後直ちに諸条件で6時間培養した好酸球をPropidium lodide染色法にて分析した. ・培養液のみ,あるいは好酸球のサバイバルファクターであるIL-3,IL-5,GM-CSF存在下においてもアポトーシスが誘導された.
結論

 本研究において,抗原吸入後のマウス肺にみられた所見,つまりCD4+T細胞およびIL-5依存的好酸球浸潤,Th2タイプ免疫応答,そして気道反応性の亢進は,喘息患者にみられる病態・病理的所見に酷似するものである.また,血中および気道上のIgE価の上昇は,特にアトピー性喘息の主要な特徴とされている.

 本研究では,気道への好酸球浸潤およびIgE分泌,さらには気道反応性の亢進においてCD28-B7-2のコスティミュレーションの重要性が明らかにされた.その後の臨床研究では,やはり喘息患者のB細胞においてもB7-2の発現が増強されており,このB7-2を介したシグナリングがT細胞の活性化,Th2タイプサイトカインの産生に必要であることが明らかにされている.また,喘息のみならずアレルギー性皮膚炎患者においてもB細胞のB7-2発現が特異的に増強されており,IgE産生に重要な役割を持つことが報告されている.一方,マウスにおいて気道に浸潤した好酸球はFas受容体を発現し,その刺激により,in vitroにおいて好酸球にアポトーシスが誘導され,in vivoでは好酸球症が急速に緩解されることが明らかにされた.この報告と同時期に健常人の末梢血中の好酸球も同じくFas受容体を発現していることが報告されている.その後,健常人の末梢血好酸球ではIFN-あるいはTNF-によってFas受容体の発現が増強され,また,NOはFas受容体刺激によるアポトーシスを抑制することが示されている.最近,日本国内の製薬メーカーにより,肝障害性のない抗Fas抗体が開発されたことから,肺局所でのFas受容体刺激による好酸球の除去といった新たな喘息治療法の開発へ道が開かれたといえる.

 以上のように,マウス抗原誘発肺好酸球症は喘息病態の主要な特徴を有し,また,マウスならではの広範囲な抗体等試薬および遺伝子工学的手法を使用できることから,実験的喘息研究,特に好酸球性炎症の研究において従来のモルモットモデルにはない可能性を提供するものである.また,本研究にて見出された新たな知見は,喘息およびその他のアレルギー疾患にも当てはまることがその後報告されている.これらの知見が,喘息研究そして将来の喘息治療に寄与することを切に望む.

審査要旨

 気管支喘息は幼年期から老年期にいたるまで広範囲に発症する難治性の呼吸器疾患であり、本邦では年間およそ6,000人が喘息発作により死亡している。かつては、可逆的気道狭窄および気道反応性の亢進が本疾患の本態であると考えられていたが、近年、好酸球を中心とした気道の慢性炎症が本態であるとする考えが主流となっている。

 マウスを材料として疾患モデルを作成することにより、各種特異抗体さらに遺伝子ターゲティング/トランスジェニックといった遺伝子工学的手法の活用が可能となり、従来のモルモット喘息モデルでは困難であった肺好酸球症の分子免疫学的解析ができると考えた。そこで本研究では、Nakajimaらによって報告された方法をもとにしてオボアルブミンを抗原とした肺好酸球症の誘導を行い、肺好酸球症におけるTh2サイトカイン、CD28-B7コスティミュレーション、IFN-およびFas受容体の役割を検討し、これらの実験結果からマウス抗原誘発肺好酸球症の喘息モデルとしての妥当性を示すこと、および実際の喘息病態の理解に寄与するような分子レベルでのメカニズムを解明することを目的とした。

 マウス抗原誘発肺好酸球症において、肺T細胞のサイトカイン産生を調べると、Th2タイプであるIL-4、IL-5産生が増強されており、逆に代表的Th1サイトカインであるIFN-産生は抑制傾向にあることが明らかにされた。IL-4欠損マウスでは好酸球浸潤は低下し、またこのとき肺T細胞のIL-5産生は著しく仰制されていることが明らかにされた。肺好酸球症の誘導とT細胞免疫応答の関係を調べるために、中和抗体を用いた実験を行ったところ、抗原吸入前24時間に抗CD4抗体、あるいは抗IL-5抗体を投与することにより好酸球症は著しく抑制されたが、抗CD8抗体は作用しなかった。

 CD28-B7コスティミュレーションは抗原提示時に起こり、その後のT細胞の活性化・増殖に重要な役割を果たすことが知られているが、好酸球性炎症への関わりはまったく明らかにされていない。B7分子のサブクラスであるB7-1およびB7-2を共に阻害する組換え蛋白質であるCTLA-4Igを気道投与すると、肺への好酸球浸潤が顕著に減少し、このとき、肺T細胞のIL-4、IL-5、IL-10産生が抑制され、一方、IFN-産生は増強されることを明らかにした。抗原吸入前後において、肺における抗原提示細胞であるB細胞を精製し、B7-1およびB7-2の発現をフローサイトメトリーにて分析したところ、抗原吸入後B7-2のみ発現が誘導されることが示された。特異的モノクローナル抗体を気道に投与してB7-1あるいはB7-2を単独に阻害したところ、B7-2を阻害した場合に好酸球浸潤の減少、T細胞のIL-4、IL-5産生の抑制そして気道反応性亢進の抑制が認められたが、B7-1の阻害は全く影響を及ぼさなかった。

 IFN-は代表的Th1タイプサイトカインであり、IL-4拮抗的な免疫調節作用をもつことが知られている。IFN-受容体欠損マウスでは抗原感作後IgE産生の増強、IgG2a産生の抑制がみられたものの、肺好酸球症および肺T細胞のIL-4、IL-5産生は、野生型と同程度のものであった。ところが抗原吸入後30日において気道細胞を観察すると、野生型の好酸球症はほぼ終息していたのに対して、IFN-受容体欠損マウスでは依然多数の好酸球が検出された。野生型では抗原吸入後60日において肺T細胞のサイトカイン産生がTh1タイプに回復していたが、IFN-受容体欠損マウスではTh2タイプのままであった。

 Fas受容体は45kDaのTNF/NGEレセプターファミリーに属する細胞表面分子であり、Fasリガンドあるいは特異的抗体により刺激を受けるとその細胞にアポトーシスを誘導することが知られている。肺好酸球症から精製された好酸球の各種細胞表面抗原をフローサイトメトリーにて探索したところ、Fas受容体陽性であることが明らかにされ、in vitroにおいてFas特異的抗体であるJo2によりFasを刺激すると好酸球にアポトーシスが誘導された。このアポトーシスは好酸球のサバイバルファクターであるIL-3、IL-5、GM-CSFによっても抑制されなかった。Jo2をマウス喘息モデルに気道投与すると気道洗浄液中および肺組織中の好酸球数を顕著に減少させ、一方気道洗浄液中マクロファージ、あるいは末梢血中リンパ球、好酸球数は影響されなかった。

 以上のことから、抗原刺激により産生されたIL-4がCD4+T細胞のTh2細胞への分化を誘導し、それに引続いて起こるTh2細胞からのIL-5産生が肺への好酸球浸潤をもたらすことが示唆された。マウス肺好酸球症において、CD28-B7コスティミュレーションの阻害はT細胞免疫応答をTh2タイプからTh1タイプにシフトさせ、好酸球症を仰制することを明らかにし、さらに特異抗体を用いた実験から、B7-2が好酸球性炎症の誘導、気道反応性の亢進に重要であることを示した。IFN-は肺好酸球症の発症期には作用しないが、好酸球症が確立した後にTh2タイプ免疫応答を抑制的に制御することにより好酸球症を緩解させることを明らかにした。マウスにおいて気道に浸潤した好酸球はFas受容体を発現し、その刺激により、in vitroにおいて好酸球にアポトーシスが誘導され、in vivoでは好酸球症が急速に緩解されることも明らかにした。

 以上、本研究ではマウス抗原誘発肺好酸球症が喘息病態の主要な特徴を有することを明らかにした。また、本研究にて見出されたB7-2およびFasに関する知見は、その後の臨床研究において確認がなされている。本疾患モデルはマウスならではの広範囲な抗体や遺伝子工学的手法などを使用できることから、実験的喘息研究において従来のモルモットモデルでは困難であった分子免疫学的解析を可能とする点においてユニークである。よって、気管支喘息の発生のメカニズム解明および治療薬開発に大きく貢献するものであり、博士(薬学)に値すると判断した。

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