学位論文要旨



No 214385
著者(漢字) 六笠,隆太
著者(英字)
著者(カナ) ムカサ,リュウタ
標題(和) コア2を有するo-結合型糖鎖のヒトメモリーCD4T細胞における選択的発現と炎症局所への浸潤への関与
標題(洋)
報告番号 214385
報告番号 乙14385
学位授与日 1999.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14385号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 新井,洋由
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨

 ヒトCD4T細胞は、免疫応答の調節において中心的な役割を果たしている細胞であり、その細胞表面抗原のphenotypeにより、CD45RO+(CD45RA-)のメモリーサブセットとCD45RA+(CD45RO-)のナイーブサブセットという機能的に異なる2つのサブセットに分類される。このうちメモリーCD4T細胞は、炎症局所に選択的に浸潤すること、可溶性抗原に強く応答すること、およびB細胞の抗体産生に対するヘルパー機能を有することなどが明らかになっており、慢性関節リウマチをはじめとする多くの慢性炎症性疾患の病態形成に深く関与していると考えられている。このメモリーCD4T細胞上に選択的に発現する分子を同定しその機能を明らかにしていくことは、ヒトCD4T細胞による免疫応答の調節機構の解明および慢性炎症性疾患の制御のための新たな薬剤の開発につながる可能性を有しており、有意義なことであると考えられる。

 本研究では、新たに作製したモノクローナル抗体を用いて、ヒトCD4T細胞のメモリーサブセットに選択的に発現する抗原(ID4抗原)を同定し、この抗原の構造を解析することにより、コア2という骨格を有するO-結合型糖鎖がヒトCD4T細胞のメモリーサブセットに選択的に発現していることを明らかにした。さらにこの骨格を有する糖鎖が、ヒトCD4T細胞のメモリーサブセットに選択的に発現していることの意義について検討した。

第1章モノクローナル抗体を用いたヒトCD4T細胞のメモリーサブセットに選択的に発現する抗原(ID4抗原)の同定

 これまでに多くの細胞表面分子の同定および機能解析に、特異的モノクローナル抗体が用いられ大きな威力を発揮してきた。そこでヒトT細胞をマウスに免疫して新たにモノクローナル抗体を作製したところ、そのなかの1つのモノクローナル抗体が認識する抗原(ID4抗原)が興味深い特徴的な分布を示した。すなわちフローサイトメトリーによる解析の結果、ID4抗原はヒトCD4T細胞の一部にのみ発現し、なかでもCD45RO+(CD45RA-)のメモリーサブセットに選択的に発現していることが明らかになった。さらにヒト末梢血CD4T細胞をID4抗原陽性および陰性のpopulationに分け、各々の細胞をテタヌス・トキソイドで刺激したときの増殖反応を検討したところ、ID4抗原陽性の細胞はメモリー抗原であるテタヌス・トキソイドにより強く応答し、機能的にもメモリーCD4T細胞に対応していた。ID4抗原を比較的多量に発現しているヒトT細胞株H9を材料に用いた免疫沈降実験により、ID4抗原が分子量135kDaの単一のポリペブチド鎖からなるタンパク質であることが明らかになった。以上のような諸性質から、ID4抗原は新規の分子であると考えられた。

第2章ID4抗原の構造に関する解析

 そこでレトロウイルスベクターを用いた発現クローニング法によりID4抗原のcDNAクローニングを行った。すなわちH9細胞のcDNAライブラリーを導入したマウスpre-B cell line Ba/F3のうちID4抗原陽性となった細胞を、フローサイトメトリーを繰り返すことにより濃縮したのち、クローン化した。その細胞からgenomic DNAを抽出し、レトロウイルスベクターの部分配列に対応するプライマーでPCRを行うことにより、cDNAインサートを増幅・単離した。その塩基配列の決定を行ったところ、2つの独立したID4抗原陽性細胞のクローンからいずれもヒトCD43の塩基配列と一致する配列が得られ、ID4抗原がヒトCD43であることが示唆された。このことを確認するために、単離したcDNAをあらためてBa/F3細胞に導入し、フローサイトメトリーによる解析を行った。その結果、単離したcDNAを導入した細胞には、ID4抗原およびヒトCD43の発現が認められ、ID4抗原がヒトCD43であることが明らかになった。さらにH9細胞のlysateを材料に用いて、抗ID4抗体および抗ヒトCD43抗体でイムノブロッティングを行ったところ、同じ移動度を示すバンドが検出されることも確認された。

 CD43分子はその細胞外ドメインに1分子あたり70-85本もの多量のO-結合型糖鎖を含み、その糖鎖構造は細胞の種類により異なることが知られている。特にヒトT細胞を抗CD3抗体とインターロイキン-2で刺激(96時間)すると、C2GnT(core21,6-N-acetylglucosaminyltransferase)の活性およびその作用により形成されるGlcNAc1→6の分枝(コア2の骨格)を有する糖鎖の比率が大きく上昇することが報告されている。ヒト末梢血単核細胞をPHA(phytohemagglutinin)で刺激するとID4陽性細胞の割合が大きく増大するというデータが得られていたことなどから、「ID4抗原はヒトCD43分子上のコア2の骨格を有するO-結合型糖鎖からなっているのではないか」との仮説をたて、その構造についてさらに解析を行った。まずH9細胞をneuraminidase処理することにより抗ID4抗体の反応性が消失したことから、ID4抗原がシアル酸を含む糖鎖抗原であることが明らかになった。さらにC2GnTを発現していないことが知られているCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)にヒトCD43の遺伝子を導入して安定に発現させたCHO-leu細胞にはID4抗原の発現が認められなかったのに対し、この細胞にC2GnTのcDNAを導入するとID4抗原の発現が認められるようになった。このことから、ID4抗原の発現はC2GnTに依存していること、すなわちID4抗原はCD43分子上のコア2を有するO-結合型糖鎖からなっていることが明らかになった。またヒト末梢血T細胞をID4抗原陽性および陰性の細胞に分けて、RT-PCRを行ったところ、ID4抗原陽性の細胞にのみC2GnTのmRNAが検出され、ヒト末梢血T細胞においてもID4抗原の発現がC2GnTに依存していることが明らかになった。

第3章コア2を有するO-結合型糖鎖のセレクチンとの結合およびヒトT細胞の炎症局所への浸潤への関与の可能性の検討

 白血球が血管内から炎症組織に浸潤する際には、血管内皮細胞上に発現するP-あるいはE-セレクチンと白血球上の糖鎖を含むリガンドとの結合が重要な役割を果たしていることが知られている。最近、ノックアウトマウスを用いた解析から、コア2を有するO-結合型糖鎖が、好中球においてこのプロセスに関与していることが明らかにされた。そこで「コア2を有するO-結合型糖鎖はヒトT細胞においてもセレクチンとの結合および炎症局所への細胞浸潤に関与しているのではないか」との仮説のもとに、抗ID4抗体をプローブとして以下の検討を行った。まずヒトT細胞のp-およびE-セレクチン結合画分および非結合画分におけるID4抗原の発現を検討したところ、P-およびE-セレクチンに結合する細胞集団にはID4抗原陽性の細胞が濃縮されており、P-およびE-セレクチンに結合するヒトT細胞は確かにコア2を有するO-結合型糖鎖を発現していることが明らかになった。しかしながら抗ID4抗体はヒトT細胞のP-およびE-セレクチンへの結合を抑制しなかったことから、ID4抗原自体はヒトT細胞のP-およびE-セレクチンへの結合には関与していないことが明らかになった。さらに慢性関節リウマチ患者の滑液T細胞におけるID4抗原の発現を検討したところ、これらの細胞におけるID4抗原陽性細胞の割合は、健常人末梢血T細胞におけるそれと比較して有意に高くなっており、ヒトの炎症局所に浸潤してくるT細胞にはコア2を有するO-結合型糖鎖が発現していることが明らかになった。以上の結果は、「コア2を有するO-結合型糖鎖(ただしID4抗原とは別の部位に存在するもの)は、好中球(マウス)のみならずヒトT細胞においても、セレクチンとの結合を介して炎症組織への細胞浸潤に関与している」という仮説を支持するものである。

まとめと考察

 本研究の結果、C2GnTの作用により生成するコア2を有するO-結合型糖鎖が、ヒトCD4T細胞のメモリーサブセットに選択的に発現していることが初めて明らかになった。C2GnTをはじめとする糖転移酵素は一般的に発現量が低く特にタンパクレベルで検出することは容易でないことを考えると、今回解析に用いた抗ID4抗体は、CD43陽性細胞においてC2GnTの発現を個々の細胞レベルでモニターできる有用なプローブとなると考えられる。コア2を有するO-結合型糖鎖は、ノックアウトマウスを用いた解析から好中球のセレクチンとの結合を介した炎症組織への浸潤に関与していることが明らかにされているが、第3章の結果はヒトT細胞においても同様の経路が存在している可能性を支持するものである。これらのことから考察すると、今回明らかになった、コア2を有するO-結合型糖鎖のヒトメモリーCD4T細胞における選択的な発現は、これらの細胞が炎症部位へ選択的に浸潤するメカニズムを説明できる可能性がある。

審査要旨

 メモリーCD4T細胞は炎症局所に浸潤し、B細胞の抗体産生に対するヘルパー機能を発揮し、関節リュウマチなど慢性炎症性疾患の病態形成に深く関与しているT細胞サブセットの一種である。本研究は、このメモリーCD4T細胞上にコア2を有するO-結合型糖鎖が選択的に発現している事を見出し、その意義を探ったものである。

CD4T細胞のメモリーサブセットに選択的に発現するID4抗原の同定

 ヒトT細胞をマウスに免疫してモノクローン抗体を作製したところ、その内のひとつがT細胞メモリーサブセットに選択的に反応することを見出した。発現クローニング法により本抗体と反応する細胞表面抗原(ID4抗原)のcDNAクローニングを行い、タンパク質部分がCD43として知られる膜タンパク質であることを明らかにした。CHO細胞にCD43遺伝子を導入してもID4抗原の発現は認められず、この細胞にC2GnT(core21,6-N-acetylglucosaminyltransferase)のcDNAを導入するとID4抗原が発現するようになったことから、ID4抗原のエピトープはCD43分子上のコア2を有するO-結合型糖鎖構造からなることが明らかとなった。ヒト末梢血T細胞をID4抗原陽性、陰性細胞に分けて、RT-PCRを行ったところ、陽性細胞にのみC2GnTのmRNAが検出され、ヒトT細胞においてもID4抗原の発現がC2GnTに依存していることが判明した。

コア2を有するO-結合型糖鎖のセレクチンとの結合、およびヒトT細胞の炎症局所への浸潤への関与

 ヒトT細胞を、血管内皮細胞上に発現するP-およびE-セレクチンに結合する画分と結合しない画分に分けて、ID4抗原の発現を検討したところ、セレクチンに結合する細胞集団にID4陽性細胞が濃縮されており、T細胞上のコア2を有するO-結合型糖鎖構造が血管内皮細胞との結合に関わっている可能性が示された。さらに慢性関節リウマチ患者の滑液T細胞におけるID4抗原の発現を検討したところ、これらの細胞におけるID4抗原陽性細胞の割合は健常人末梢血T細胞における割合と比較して高くなっており、ヒト炎症局所に浸潤してくるT細胞にはコア2を有するO-結合型糖鎖が発現していることも示された。これらの事実はコア2を有するO-結合型糖鎖構造が好中球のみならず、T細胞においてもセレクチンとの結合を介して炎症組織への細胞浸潤に関わっている可能性が高い事を示している。

 以上本研究はヒトT細胞メモリーサブセット.にC2GnTの作用によりコア2を有するO-結合型糖鎖が選択的に発現していることを発見し、それがT細胞の炎症部位への選択的浸潤に関わる可能性を示したもので、炎症生化学、免疫学、生物薬学に寄与するところがあり、博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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