本論文は、「軸流タービン翼列損失の簡易推定法に関する研究」と題し、5章より成り立っている。 地球環境保全、資源循環ミニマムが工学・工業の各分野において重要な目標の一つになり、また温暖化ガスの排出抑制が我が国にとっても切実な課題となる中、発電部門の一層の高効率化が要請されている。基幹の発電設備としての蒸気タービンやガスタービンに関しても、それらを組み合わせた、優れた熱効率を達成する複合サイクルプラントの導入が進んでいるが、これらのプラントの効率向上にも継続的な努力が要請されており、今後、要素技術及びシステム技術の双方における技術革新が望まれる。このような背景を踏まえて、本論文では、回転機械にとって中心的な要素の一つであるタービンの性能改善を目標として、主として設計段階における翼列損失の簡易的な推定方法の開発、提案、評価を行ったものである。 第1章は序論であり、従来のタービン翼列の損失推定法を概観している。これまでに提案され、実際に多くのタービン設計に供されてきた複数の方法、すなわち、速度三角形法、段落特性法、翼素性能法、数値流体力学的方法などを分類し、それらの歴史的な発展の推移をまとめている。その結果、各方法はそれぞれの目的、あるいは設計開発の異なる段階での有用性が認められるものの、タービン設計の中でも最も重要な初期設計段階の、主要設計項目を最適に決定するプロセスで用いられるべき簡易な翼列性能解析ツールが従来確立されていなかったことを指摘している。以上の背景から、本論文では、特に蒸気タービンの中間段階およびガスタービンのタービン段落に対して、翼列の最適化解析に有効な、簡易な損失推定法を構築することを目的としたことが述べられている。特に、翼面摩擦損失、前後翼形状損失、二次流れ損失、端壁摩擦損失などの各損失成分を分離して評価できる方法の開発が意図されている。 第2章では、後章の数値解析方法の妥当性確認、そして提案される簡易推定法による解析結果との比較検討のために行われた実験計測の詳細が述べられている。使用された空気タービン回転翼列試験装置、計測法、データ処理法に続しいて、供試翼列として10種類の単段落翼列と1種類の4段落翼列について詳述されている。基準段落として用いられたひとつの単段落翼列に関しては、靜翼、動翼各出口断面でピトー管によるトラバース測定が行われている。なお、段落効率を含む各試験結果は、標準的な解析手法によって、その不確かさが系統的に評価、報告されている。 第3章では、まず解析対象となる翼列流れに対する熱流体力学的な基礎方程式群を導き、次にk-2方程式乱流モデルを導入して簡易的な損失推定法である-エントロピー法を構築することが提案されている。すなわち、翼列で生じる熱流体力学的な諸損失の中で、乱流エネルギーを介して散逸される損失が支配的であることから、簡易的な方法としては乱流モデル計算から得られる乱流エネルギー散逸率を系のエントロピー生成の評価指標とすることが、工学的に妥当な手法であることが指摘されている。この点を定量的に明らかにするために、前節で得られた基準翼列の静翼、動翼を対象として、数値解析が行われている。計算領域、メッシュ生成、各境界条件の与え方、離散スキームなどに対する予備的検討を経て、一連の計算結果が示される。まず、計測された翼列全損失と、散逸率から求めたエントロピー生成の両者はよく一致することが示される。さらに数値計算において、翼面と翼端面での滑り無し条件を、個別に仮想的に滑り条件に変更して得られる結果との相互の差異から、翼面摩擦損失、端壁摩擦損失、二次流れ損失などの各損失成分を独立に分離推定が可能であること、また各損失の加算的な扱いが実用的には可能であると結んでいる。 第4章では、前章における仮想的な境界条件下で得られた数値計算結果の分析から、エントロピーを主変数とする段落損失の簡易推定法を具体的に構築する。翼面あるいは翼端上の境界層損失の簡易計算式を導出し、式中の実験定数を前章の数値分析から決定する。さらに、二次流れ損失、前縁形状損失、チップ漏洩損失などの新たな相関式や損失計算式をそれらの実験定数と共に導出する。最後に、開発された損失推定法を基準段落以外の10種類の試験段落に対して適用し、試験結果との比較から、本手法が一般的なタービン段落に対し有効性を有するものであると結んでいる。 第5章は、結論であり、本論文で得られた成果をまとめている。 以上要するに、本論文は、蒸気タービン、ガスタービンの初期設計段階で簡易に用いられるべき損失推定法を新たに提案し、試験計測の結果との系統的な比較検討から提案された手法の有効性を実証している。従って、本論文はエネルギー工学及び蒸気・ガスタービン工学の上で寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |