学位論文要旨



No 214387
著者(漢字) 池田,隆
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,タカシ
標題(和) 軸流タービン翼列損失の簡易推定法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214387
報告番号 乙14387
学位授与日 1999.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14387号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 飛原,英治
内容要旨 研究の背景と意義

 地球のエネルギー資源と環境保全に関連して、一次エネルギーから電気エネルギーへの変換効率の向上が強く叫ばれている。その向上技術は熱サイクル改善と機器効率改善に分けられる。後者の諸機器の効率はいずれも100%に近づいているが、その中でタービン翼列の効率は90%前後であり、改善の余地は決して小さくない。

 タービン機器効率を向上させる技術として、翼列損失の推定法は翼型やフローパターンの改善技術と並び重要な課題である。すなわち翼列損失の推定法を精緻化、簡易化する事は設計諸元や形状の最適化を通して、機器効率の向上に大いに貢献する。とくにタービン設計の初期段階において段落数、平均径、翼高、速度三角形などの主要諸元を最適化する過程は、機器効率を決定する上で最も重視しなければならない。

 かかるタービン翼列の損失推定法として、Ainley等が1951年に公表した論文以来、試験や実験のデータを基にした多数の経験相関法が提案され、また多くのタービン製造会社はそれらを採用してきた。このような経験的方法は一定の範疇の下で翼列設計を行う時には有効である。しかし新たなコンセプトや従来の範疇を越える条件下で翼列の最適設計を行う場合、一般性と発展性に欠ける面がある。一方、進展が昨今著しいCFD解析を用いると、任意の翼列に対して詳細な損失推定を行う事が出来る。ただCFDを直接適用する方法は簡易性に乏しく、頻繁に用いる通常設計の初期段階のツールとしては不適である。

研究目的

 本研究の目的はタービン設計の初期段階において翼列諸元を最適化するのに有効な、一般性と発展性を持つ翼列損失の簡易推定法を構築する事である。

研究方法と成果

 研究の手順と各ステップにおける成果を以下に示す。

 (1)損失をエントロピー生成量として直接求める事が可能なように、k-乱流モデルと壁法則を用いたCFD解析の結果からエントロピー生成量を導く新たな方法(-エントロピー法)を考案する。

 (2)典型的な設計がなされた一つのタービン段落(基準段落)に関して実態的な条件を与え、汎用CFDコードによる解析を行う。その解析結果を空気タービン実験のデータと比較し、CFDコードの適用性と-エントロピー法の有効性を確認する。

 (3)次に同CFDコードを用いて、幾つかの仮想的な条件の下で数値解析を行い、-エントロピー法によってエントロピー生成量を求める。すなわち翼列表面の全面あるいは一部に対して"滑り条件"(壁面摩擦が無い物体表面)を仮想する。相異なる仮想条件での解析結果を相互に組合せ、発生メカニズムによって区別される個別損失を求める。たとえば翼型損失を"滑り有り端壁面と滑り無し翼面"条件の解析によって求め、二次損失を"滑り無し端壁面と滑り有り翼面"の条件によって得る。かかる個別損失は相互に加算性があり、また全てを合計すると実態条件解析で求めた損失とほぼ一致する事を示す。動翼についての解析結果を一例として図1に示す。横軸は動翼部の軸方向位置で、縦軸はエントロピー生成量の累積値である。ここで全損失はステップ(2)で実態条件を与えて求めた値であり、翼面摩擦損失、前後縁形状損失、端壁摩擦損失、二次流れ損失は適宜仮想条件を与えて得た各個別損失である。全損失から各個別損失の総和を差し引いた値を差異として示す。差異がほぼゼロである事は個別損失に加算性が有る事を意味する。

図1 翼列損失・軸方向分布(動翼)(まとめ)

 (4)翼面と端壁面の境界層損失の一般式を平板境界層理論から導き、その式中に含まれる経験定数を上述のCFD解析結果を用いて決定する。図2はその一例として、動翼内周の端壁摩擦損失について平板境界層理論の経験定数(Cde)を適当値に定め、ステップ(3)のCFDの結果と比較した結果を示す。両者は良く一致し、境界層損失の一般式の有効性を示している。また二次流れ混合損失については、形状を変えた幾つかのCFD計算によって数値相関式を導く。内部漏洩損失については空気タービン実験から実験定数を定める。

 全翼列損失はかかる方法で求めた各個別損失を合計して求める。以上の計算をパソコンの表計算として簡易的に行えるようにする。

 (5)最後に予測法の精度を評価するため、基準段落以外に10種のタービン段落について予測と実験の両結果を比較し、有効性を確かめる。

図2 端壁摩擦損失・計算法比較(動翼内周)
結論

 従来の経験相関法と比べ、本研究による主要成果を以下に纏める。

 ・従来法が特定の設計的制約の下で平均径2次元設計に限り適用できるのに対し、本方法は任意の条件を持つ3次元翼列設計に対して適用可能である。それにより設計の初期段階において最適化する設計諸元の対象範囲を著しく広げた。

 ・計算方法として従来法が全圧やエンタルピーを主変数とする実験相関式であるのに対し、本方法はエントロピーを主変数とする境界層簡易計算式やCFD数値実験式を主体とする。それにより段落損失を精度良く簡易に求める事を可能にした。

 ・本研究においてはCFDの仮想条件解析によって従来法よりも損失発生のメカニズムの細分化と定量化を一層と進めた。それにより翼型やフローパターンの最適化に必要な詳細情報を設計者に提供出来るようにした。

 ・タービン翼列以外の流動問題に対しても広く適用可能と考えられる-エントロピー法を提示した。

審査要旨

 本論文は、「軸流タービン翼列損失の簡易推定法に関する研究」と題し、5章より成り立っている。

 地球環境保全、資源循環ミニマムが工学・工業の各分野において重要な目標の一つになり、また温暖化ガスの排出抑制が我が国にとっても切実な課題となる中、発電部門の一層の高効率化が要請されている。基幹の発電設備としての蒸気タービンやガスタービンに関しても、それらを組み合わせた、優れた熱効率を達成する複合サイクルプラントの導入が進んでいるが、これらのプラントの効率向上にも継続的な努力が要請されており、今後、要素技術及びシステム技術の双方における技術革新が望まれる。このような背景を踏まえて、本論文では、回転機械にとって中心的な要素の一つであるタービンの性能改善を目標として、主として設計段階における翼列損失の簡易的な推定方法の開発、提案、評価を行ったものである。

 第1章は序論であり、従来のタービン翼列の損失推定法を概観している。これまでに提案され、実際に多くのタービン設計に供されてきた複数の方法、すなわち、速度三角形法、段落特性法、翼素性能法、数値流体力学的方法などを分類し、それらの歴史的な発展の推移をまとめている。その結果、各方法はそれぞれの目的、あるいは設計開発の異なる段階での有用性が認められるものの、タービン設計の中でも最も重要な初期設計段階の、主要設計項目を最適に決定するプロセスで用いられるべき簡易な翼列性能解析ツールが従来確立されていなかったことを指摘している。以上の背景から、本論文では、特に蒸気タービンの中間段階およびガスタービンのタービン段落に対して、翼列の最適化解析に有効な、簡易な損失推定法を構築することを目的としたことが述べられている。特に、翼面摩擦損失、前後翼形状損失、二次流れ損失、端壁摩擦損失などの各損失成分を分離して評価できる方法の開発が意図されている。

 第2章では、後章の数値解析方法の妥当性確認、そして提案される簡易推定法による解析結果との比較検討のために行われた実験計測の詳細が述べられている。使用された空気タービン回転翼列試験装置、計測法、データ処理法に続しいて、供試翼列として10種類の単段落翼列と1種類の4段落翼列について詳述されている。基準段落として用いられたひとつの単段落翼列に関しては、靜翼、動翼各出口断面でピトー管によるトラバース測定が行われている。なお、段落効率を含む各試験結果は、標準的な解析手法によって、その不確かさが系統的に評価、報告されている。

 第3章では、まず解析対象となる翼列流れに対する熱流体力学的な基礎方程式群を導き、次にk-2方程式乱流モデルを導入して簡易的な損失推定法である-エントロピー法を構築することが提案されている。すなわち、翼列で生じる熱流体力学的な諸損失の中で、乱流エネルギーを介して散逸される損失が支配的であることから、簡易的な方法としては乱流モデル計算から得られる乱流エネルギー散逸率を系のエントロピー生成の評価指標とすることが、工学的に妥当な手法であることが指摘されている。この点を定量的に明らかにするために、前節で得られた基準翼列の静翼、動翼を対象として、数値解析が行われている。計算領域、メッシュ生成、各境界条件の与え方、離散スキームなどに対する予備的検討を経て、一連の計算結果が示される。まず、計測された翼列全損失と、散逸率から求めたエントロピー生成の両者はよく一致することが示される。さらに数値計算において、翼面と翼端面での滑り無し条件を、個別に仮想的に滑り条件に変更して得られる結果との相互の差異から、翼面摩擦損失、端壁摩擦損失、二次流れ損失などの各損失成分を独立に分離推定が可能であること、また各損失の加算的な扱いが実用的には可能であると結んでいる。

 第4章では、前章における仮想的な境界条件下で得られた数値計算結果の分析から、エントロピーを主変数とする段落損失の簡易推定法を具体的に構築する。翼面あるいは翼端上の境界層損失の簡易計算式を導出し、式中の実験定数を前章の数値分析から決定する。さらに、二次流れ損失、前縁形状損失、チップ漏洩損失などの新たな相関式や損失計算式をそれらの実験定数と共に導出する。最後に、開発された損失推定法を基準段落以外の10種類の試験段落に対して適用し、試験結果との比較から、本手法が一般的なタービン段落に対し有効性を有するものであると結んでいる。

 第5章は、結論であり、本論文で得られた成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、蒸気タービン、ガスタービンの初期設計段階で簡易に用いられるべき損失推定法を新たに提案し、試験計測の結果との系統的な比較検討から提案された手法の有効性を実証している。従って、本論文はエネルギー工学及び蒸気・ガスタービン工学の上で寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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