学位論文要旨



No 214388
著者(漢字) 泉,聡志
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,サトシ
標題(和) 分子動力学によるシリコンの原子レベルの弾性の解明と有限要素法との結合手法の研究
標題(洋)
報告番号 214388
報告番号 乙14388
学位授与日 1999.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14388号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 渡邉,勝彦
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨 1研究の目的

 近年、固体材料の特性を明らかにするために、材料の微視的評価が盛んになってきている。分子動力学(Molecular Dynamics:以後MD)は、原子の動きを直接シミュレーションする手法であり、有限要素法(Finite Element Method:以後FEM)などの連読体力学では取り扱えなかった、き裂先端や転位発生などが取り扱えることから、数多くの研究がなされてきている。

 しかしながら、MD法のみによって、現実の系の大きさを取り扱うことは不可能であり、現実の系へのMDの適用のためには、必要な部分はMD用い、それ以外の部分はFEM等の連続体力学で近似する階層的なモデルの構築が必要である。本論文の目的はシリコンの原子レベルの弾性を解明し、マクロな連続体力学(FEM)とミクロな原子系の力学(MD)を弾性的に結合する手法を作成することである。

2原子系の弾性的性質2.1原子系と連続体の相違

 原子系と連続体との最も大きい違いは、原子系では原子が離散的にかつ不均質に配列するが、連続体では無限小の物質点が均質に連続的に存在しているという点である。このため、原子変位と連続体の変位は異なり、ひずみの定義も異なることになる。

 原子変位には、内部変位という原子系特有の変位が存在する。弾性論においては弾性体の物質点の変位は変形に対して線形である。しかし、一般に分子動力学で扱うような原子系においては、物質点=原子と考えると、変形に際して物質点(原子)の変位は弾性体のように線形とならず、それぞれ最も安定な位置へと移動する(図1)。応力・ひずみや弾性定数の定義においては内部変位の効果を考慮する必要がある。本論文ではMartinの手法が、内部変位を考慮出来ることに着目し、これを新たにシリコンを表す多体ポテンシャルを使った分子動力学へ適用して弾性定数・内部変位を求める手法を開発した。

図1:Internal displacement of the atomic systems
2.2結晶シリコンへの適用[1]

 上記弾性定数算出法を結晶シリコンに適用した結果として、表1に温度300K,1477Kの弾性定数を示す。検証のため、fluctuation formulaの結果と比較した。両者は一致し、本手法の妥当性が証明された。C44においてfluctuation formulaは、収束性が悪くばらつきが大きいが、本論文の手法は収束性に優れ有効である。

表1:Comparison of the elastic constants with out method and fluctuation formula「GPa]
2.3薄膜リコンへの適用[2]

 上記弾性定数算出法を薄膜シリコンに適用した結果として、図2に弾性定数の膜厚さ依存性を示す。表面の不均質な構造の影響を受け、薄膜シリコンの弾性定数は膜厚の低下とともに低下する。原子弾性定数の分布より表面2〜3層の影響で弾性定数が低下していることがわかった。

図2:The thickness dependence of thin film’s elastic constants
3FEM-MD結合手法の開発[3]

 原子系と連続体の弾性的性質の相違を考慮したFEM-MD結合手法を提案した。

3.1提案する手法

 応力は非局所性の問題が生じるため、変位を用いて結合させた。不均質な結晶構造に対応するため、FEM-MD結合部においては、アイソパラメトリック要素に原子を埋め込んだ。また、原子系と連続体の変位の違いを考慮するため、上記の弾性定数算出法より内部変位を求めた。FEMとMD領域の変位のやりとりには、遷移層を設けるPatch法を用いた。連成計算の収束性を高めるために、ニュートンラプソン法に加速条件を設定した。

3.2適用結果

 図3の検証モデルに本FEM-MD結合手法を適用した。図4に図3のプロットライン上の原子応力(MD)節点平均応力(FEM)分布を示す。応力は遷移層においてなめらかにつながり、かつ定量値は点線で示した理論解と一致することがわかる。本手法の妥当性が示された。

図表図3:Analysis model / 図4:Averaged node stress(FEM)and atomistic stress(MD)xy distribution along a plot-line(see Fig.3)
4結論

 (1)内部変位を考慮した、分子動力学法による原子系の弾性定数算出法を開発した。

 (2)上記弾性定数算出法を結晶シリコンに適用し、妥当性と有効性を示した。

 (3)上記弾性定数算出法により薄膜の軟化現象を予測した。

 (4)不均質な結晶構造に対応するFEM-MD結合手法を開発した。

文献[1]泉聡志,川上崇,酒井信介,機論,64-620,A(1998),988[2]泉聡志,川上崇,酒井信介,機論,64-620,A(1998),995[3]泉聡志,川上崇,酒井信介,機論,投稿中
審査要旨

 固体材料の特性を明らかにするために、材料の微視的評価を行うことを避けて通ることができず、近年、分子動力学法(MD法)がさかんにミクロ破壊強度の解明に用いられるようになってきている。MD、つまり経験的ポテンシャルを用いる古典的分子動力学法や非経験的に計算する第一原理分子動力学法は、原子レベルの挙動を直接シミュレートするため、新しい材料の設計や、実験不可能な現象のメカニズム解明に有用であると考えられているものの、実現象の解明を行うためには現状の計算機システムでは十分な数の原子数を表現できないこと、マクロスケールの材料挙動の関係が十分に把握されていないこと、などが問題点として指摘されている。本論文ではマクロな連続体力学として有限要素法(FEM)を、ミクロな原子系の力学としてMDを階層化のモデルとして採用し、FEMとMDを弾性的に結合する手法を作成するための基礎的検討を行うとともに、システム化を行い解析に結びつけたものである。

 本論文は7章から構成される。まず、第1章で研究の目的、背景を述べた後、第2章では、ミクロレベルで現象を捉える分子動力学シミュレータの開発について述べている。さらに、シリコンの複雑な共有結合の挙動を表すTersoffポテンシャルに適用し、統計集合の応力・弾性定数・比熱・熱膨張率の算出が可能になることを示した。第3章では、ポテンシャルに改良を加えることによって、温度依存性を正しく表現させ、弾性定数の温度依存性を合理的に表現できることを示した。第4章では、第2,3章で開発したシミュレータを用いて原子系の応力・弾性に関する基礎的な検討を行っている。原子系と連続体との最も大きな違いは、原子系では原子が離散的にかつ不均質に配列するが、連続体では無限小の物質点が均質に連続的に存在しているという点に着目し、原子変位と連続体の変位は異なり、ひずみが変位から定義できなくなることが問題となることを示した。つまり、原子領域にひずみの定義を持ち込む場合、あるひずみを規定する最小単位領域の設定が必要になる。ひずみは領域内で一定であり、応力も領域の平均応力となる。この時、原子変位はひずみに線形にならず、内部変位が生じる。内部変位は応力には影響しないが、弾性定数に影響する。一方、連続体は無限に細かい物質点の集合であるため、ひずみも応力も局所量として定義され、内部変位も存在しないことになる。この問題を解決するため、統計熱力学的手法では取り扱うことが不可能であった原子系特有の内部変位を扱うことができるMartinの手法を分子動力学法(Tersoffポテンシャル)に適用し、内部変位の影響を明らかにしつつ、原子系の弾性定数を算出する手法を確立した。この弾性定数算出手法を結晶シリコン・シリコン粒界・薄膜シリコンに適用することによって、複雑/不均質な原子構造における弾性的性質を明らかにした。また、原子の局所量として原子応力を定義した上で、原子応力は均質な領域において連続体応力と一致することを明らかにした。第5章では、第4章で検討した原子系の弾性と連続体弾性の相違を考慮したシリコンの有限要素法-分子動力学結合手法の開発法について述べている。応力は非局所性の問題が生じるため、変位を用いて結合させた。複雑な結晶構造への対応を可能にするため、FEM-MD結合部においては、アイソパラメトリック要素に原子を埋め込む方法を提案している。また、第4章の弾性定数算出法より内部変位を求め、原子系と連続体の変位の違いを考慮した。FEMとMD領域の変位のやりとりには、遷移層を設けて変位を相互にやりとりするPatch法の適用を提案している。また、MDには共役勾配法、FEMはニュートンラプソン法を用い、連成計算の収束性を高めるために、ニュートンラプソン法に加速条件を設定することにより、効率的に解が得られることを示している。作成したFEM-MD結合シミュレータを検証モデルに適用した結果、FEMとMDの変位・応力はなめらかにつながり、かつ定量値は理論解と一致することを示した。また、収束計算の加速条件により、収束性は2倍程度向上することを明らかにした。これにより、FEMとMDのマクローミクロ階層モデルの弾性的結合が実現できることを実証した。第6章ではFEM-MD結合手法の応用として、炭素原子回りの応力分布変化の評価に適用した。その結果FEMとMDの結合が実現し、炭素原子から離れた領域では弾性論で予測される傾向と同じ、変位・応力分布が得られるとを示した。さらに、炭素原子近傍では、弾性論では予測できない非線形性による効果が生じることも明らかとなった。従って提案するFEM-MD結合手法によって、弾性的結合が実現されたことを確認するとともに、弾性論からは予測もできない現象の解明に結びつけられることを示した。第7章は結論である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51125