学位論文要旨



No 214389
著者(漢字) 渡邉,匡人
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マサヒト
標題(和) X線透視法によるシリコン単結晶育成時における融液内熱物質輸送の研究
標題(洋)
報告番号 214389
報告番号 乙14389
学位授与日 1999.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14389号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 シリコン半導体デバイスは,大部分がチョクラルスキー法(CZ法)で育成されたシリコン単結晶から切り出されたウエハを用いて作製されている.これらのデバイスは,高集積化と微細化が急速に進展しており,シリコンウエハには高品質化と大口径化が求められてきている.これらのシリコンウエハへの要求を満たすには,高品質のシリコン単結晶育成技術の確立が必要である.特に,結晶中の酸素不純物濃度分布を均質化させることが,非常に重要な問題となってきている.これは,酸素が結晶育成時に石英るつぼから溶解し結晶中へ導入されること,結晶内での分布がシリコン融液の流れに大きく影響を受けることの2つの理由により,その制御が困難な現状にある.従って,酸素濃度分布が均一な高品質シリコン単結晶を育成するには,結晶育成時におけるシリコン融液内の熱と物質輸送を解明し制御することが最も重要である.

 本論文は,CZ法によるシリコン単結晶育成時におけるシリコン融液内の熱物質輸送現象とその磁場印加効果,およびこれ等と育成したシリコン単結晶中の酸素濃度分布との相関を明らかにすることにより,シリコン単結晶中の酸素濃度を均質化する結晶成長技術の確立を目的とした研究成果をまとめたものである.本論文で明らかにしたことは各章ごとに以下のように要約される.

 第1章では,CZ法により育成したシリコン単結晶の特性,特に結晶内での不純物分布について述べ,結晶育成時における熱と物質輸送の制御に関する問題点を概観し,次にCZ法によるシリコン単結晶育成時における熱物質輸送現象解明に関する本研究の目的,および本論文の構成と展開を述べた.

 第2章では,CZ法によるシリコン単結晶育成時におけるシリコン融液の流れを直接観察するために開発した三次元化X線透視法について述べた.まず,シリコン融液の物性値を概観し,その特徴からシリコン融液の流れの直接観察が困難な原因を述べ,X線を使用した場合の融液流れの観察に必要な条件を示した.また,これらの物性値において不確定な値である,体積膨張率が融液流れの数値計算に与える影響についても述べ,その正確な値を確定することの重要性を示した.さらに,本研究で開発した三次元化X線透視法の基となる,X線透視法によるシリコン単結晶育成中の流れの観察方法について述べ,特にシリコン融液を透視するために必要な結晶育成炉の構造条件,および流れを可視化するためのトレーサー粒子の構造について説明した.また,トレーサー粒子がシリコン融液の流れへにどのように追従するかについて解析的な見地から考察した.さらに,X線透視像からトレーサー粒子の三次元座標を算出する方法について説明し,シリコン融液の流れを三次元観察する実際の処理手順を示した.また,磁場印加による結晶育成中のシリコン融液の流れを観察するために必要な,X線源とX線カメラ周りの漏洩磁場の強さと,これらをX線透視観察可能な漏洩磁場強度まで低減させる方法について述べ,さらに軸対称的な磁場分布を持った縦磁場およびカスプ磁場を実際に印加したときの,シリコン融液の流れの観察をおこなうための方法についても説明した.

 第3章では,第2章で述べた方法を用いてCZ法によるシリコン単結晶育成時における流れを観察した結果について述べた.まず,CZ法配置においてシリコン融液は外側から加熱されるために浮力による自然対流が支配的になることを示し,X線透視法による三次元観察によりこの自然対流を観察した結果とその流れのパターンの特徴を述べた.実験から得られた流速値を有限要素法による結晶育成炉内総合伝熱解析モデルを使用した数値計算値と比較し,シリコン融液の物性定数のうちでパラメータとして扱われてきた体積膨張率の値を決定した.また,回転しているるつぼ内でのシリコン融液の流れは,るつぼ回転によるコリオリ力の影響を受け非剛体回転していることを示した.さらに,るつぼ回転の影響が大きくなりコリオリ力が浮力に勝る条件となると,シリコン融液の流れが軸対称流から非軸対称流へ転移する現象を実験的に見出した.この現象について,直接観察と差分法による融液流れの三次元数値計算の結果とを比較することによりその原因を議論し,傾圧不安定性という大気中の低気圧発生と同様のメカニズムにより生じることを示した.また,このメカニズムの解明により,CZ法の配置でのシリコン融液の軸対称流から非軸対称流へ流れが転移する条件を,コリオリ力と浮力との比を表す熱ロスビー数,および粘性力のとコリオリ力との比を表すテイラー数という2つの無次元数を用いた解析により決定した.この無次元数によるシリコン融液流れの転移条件が,水などを使用したモデル実験で得られた条件と異なることも示し,その原因についてCZ法とモデル実験での熱環境の違いとそれぞれの場合で流体表面での境界条件が異なる点から考察し,CZ法におけるシリコン融液流れの場合は,不安定な条件下となるため流れの転移条件が厳しくなっていることを述べた.

 第4章では,結晶引き上げ軸に対して軸対称な磁場である縦磁場とカスプ磁場を印加した場合のシリコン融液の流れについて,前章と同様にX線透視法により直接観察した結果からその流れの変化を詳しく調べた.まず,縦磁場とカスプ磁場を印加するための,磁石と結晶育成炉について説明し,印加する磁場の引き上げ軸に対する対称性と磁束密度の均一性について検討し,磁場の付均一性が融液流れに影響を及ぼさないことを確認した.これを使用し,縦磁場を印加した時のシリコン融液の流れを直接観察した結果について述べ,磁場の強さと共にシリコン融液の流速が減少することを明らかした.この実験結果と融液流れの差分法による三次元非定常数値計算とを比較し,両者の結果が良く一致することを示し,さらにこれまでに報告されていたハルトマン数ではなく,マグネット数という無次元数を使用し新たな解析式を導出し,これによりCZ法配置での流速の減少を精度良く記述できることを示した.また,この新たに導出した解析式により,直接観察できない程強い磁場の場合にまで流速の減少を予測できることを示した.さらに,カスプ磁場を印加した場合のシリコン融液流れの観察から,カスプ磁場の印加配置により融液の流れに与える磁場の影響が異なり,磁場により流れが抑制される場合と逆に流れが加速され流れのパターンが変化してしまう場合があることを実験的に見出し,カスプ磁場は縦磁場印加と比較しシリコン融液の流れに与える影響が大きく異なっていることを示した.また,カスプ磁場により流れのパターンが変化する原因について,これまでの数値計算による報告と比較し,カスプ磁場がもつ磁束密度の勾配の影響と,融液内での電流密度の時空間的な変動からシリコン融液流れに作用するローレンツ力の時空間的変動の影響を考察した.

 第5章では,シリコン融液の流れと育成した結晶中の酸素濃度分布との相関について述べた.ここでは,シリコン融液の流れを観察したのと同一条件下で育成したシリコン単結晶中の酸素濃度分布をマイクロFT-IRで測定した結果から,軸対称流と非軸対称流のもとで育成した場合では,酸素濃度の分布が異なることを明らかにした.また,これらの流れのもとでのシリコン融液中の温度分布を計算することにより,それぞれの流れにおいて酸素濃度分布が異なる原因について考察した.次に,固液界面形状も軸対称流と非軸対称流の条件下では異なることを示し,育成したシリコン単結晶中の成長縞の形状と結晶育成炉内総合伝熱解析モデルを用いた数値計算による固液界面形状の比較から,固液界面がそれぞれの流れの条件で異なる原因が,シリコン融液内の熱輸送が融液流れのモードにより変化することにあることを示した.また,磁場印加によるシリコン単結晶中の酸素濃度分布の変化についても述べ,磁場がシリコン融液の流れと酸素の輸送に与える影響を明らかにした.特に,カスプ磁場の印加配置の違いによる流れの変化と酸素濃度分布の変化の相関を詳しく調べ,カスプ磁場印加配置による融液流れの変化が融液内部の温度分布を変化させ,この結果として結晶中の酸素濃度分布にも影響を与えていることを示した.シリコン融液流れと結晶中酸素濃度分布の関係から,カスプ磁場中心が融液表面よりも内部に印加されるの配置において,最も均一な酸素濃度分布を持った結晶を育成できることを結論として述べた.

 第6章では本研究の結論を述べ,CZ法によるシリコン単結晶育成時における融液の流れの直接観察が,シリコン単結晶育成技術の確立に必須であることを述べた.

 以上のように,本研究ではCZ法によるシリコン単結晶育成時における融液内の熱物質輸送現象およびその磁場印加効果をX線透視法により調べ,育成したシリコン単結晶中の酸素濃度分布と熱物質輸送との相関を明らかにすることにより.シリコン融液流れを制御し結晶中の酸素濃度分布を均一化するシリコン単結晶成長技術を確立した.

 以上

審査要旨

 本論文は,結晶引き上げ法(チョクラルスキー法,CZ法)によるシリコン単結晶育成時におけるシリコン融液内の熱物質輸送現象とその磁場印加効果,および育成したシリコン単結晶中の酸素濃度分布を調べ,シリコン単結晶中の酸素濃度を均質化する結晶成長技術の確立を目的とした研究成果をまとめたもので6章からなる.

 第1章は,序論であり,本研究の目的,および本論文の構成と展開を述べている.

 第2章では,CZ法によるシリコン単結晶育成時におけるシリコン融液の流れを直接観察するために開発した三次元化X線透視法について述べている.まず,シリコン融液の物性値を概観し,その特徴からシリコン融液の流れの直接観察が困難な原因を述べ,X線を使用した場合の融液流れの観察に必要な条件を示した.次に,本研究で開発した三次元X線透視法によるシリコン単結晶育成中の流れの観察方法について述べ,シリコン融液を透視するために必要な結晶育成炉の構造条件,および流れを可視化するためのトレーサー粒子の構造について説明している.また,トレーサー粒子がシリコン融液の流れにどのように追従するかについて解析的な見地から考察し,X線透視像からトレーサー粒子の三次元座標を算出し,シリコン融液の流れを三次元観察する実際の処理手順を示している.

 第3章では,第2章で述べた方法を用いてCZ法によるシリコン単結晶育成時における流れを観察した結果について述べている.まず,CZ法配置においてシリコン融液は外側から加熱されるために浮力による自然対流が支配的になることを示し,X線透視法による三次元観察によりこの自然対流を観察した結果とその流れのパターンの特徴を明らかにした.次に実験から得られた流速値を有限要素法による結晶育成炉内総合伝熱解析モデルを使用した数値計算値と比較し,シリコン融液の物性定数のうちでパラメータとして扱われてきた体積膨張率を決定している.また,回転しているるつぼ内でのシリコン融液の流れは,るつぼ回転によるコリオリ力の影響を受け非剛体回転していること,るつぼ回転の影響が大きくなりコリオリ力が浮力に勝る条件となると,シリコン融液の流れが軸対称流から非軸対称流へ転移すること等を実験的に見出している.さらにこの転移の原因を議論し,傾圧不安定性という大気中の低気圧発生と同様のメカニズムにより生じることを明らかにした.

 第4章では,まず縦磁場を印加した時のシリコン融液の流れをX線透視法により直接観察した結果について述べ,磁場の強さと共にシリコン融液の流速が減少することを明らかしている.この実験結果と融液流れの差分法による三次元非定常数値計算とを比較し,両者の結果が良く一致すること,マグネット数という無次元数を使用した新たな解析式によりCZ法配置での流速の減少を精度良く記述できることを示した.さらに,カスプ磁場を印加した場合のシリコン融液流れの観察から,カスプ磁場の印加配置により融液の流れに与える磁場の影響が異なり,磁場により流れが抑制される場合と逆に流れが加速され流れのパターンが変化してしまう場合があることを実験的に見出し,カスプ磁場は縦磁場印加と比較しシリコン融液の流れに与える影響が大きく異なっていることを示している.

 第5章では,シリコン融液の流れを観察したのと同一条件下で育成したシリコン単結晶中の酸素濃度分布をマイクロFT-IRで測定した結果から,軸対称流と非軸対称流のもとで育成した場合では,酸素濃度の分布が異なることを明らかにし,それぞれの流れにおいて酸素濃度分布が異なる原因について考察している.次に,固液界面形状も軸対称流と非軸対称流の条件下では異なることを示し,育成したシリコン単結晶中の成長縞の形状と結晶育成炉内総合伝熱解析モデルを用いた数値計算による固液界面形状の比較から,固液界面がそれぞれの流れの条件で異なる原因が,シリコン融液内の熱輸送が融液流れのモードにより変化することにあることを明らかにした.また,カスプ磁場の印加配置の違いによる流れの変化と酸素濃度分布の変化の相関を詳しく調べ,シリコン融液流れと結晶中酸素濃度分布の関係から,カスプ磁場中心が融液表面よりも内部に印加される配置において,最も均一な酸素濃度分布を持った結晶が得られることを示した.

 第6章は結論であり,本研究で明らかになった知見をまとめ今後の展望を述べている.

 以上,これを要するに,本論文は結晶引き上げ法によりシリコン単結晶を育成する場合の融液内熱物質輸送およびその磁場印加効果をX線透視法により調べ,酸素濃度分布と熱物質輸送の関係を明らかにすることにより,結晶中の酸素濃度分布を均一化するシリコン単結晶成長技術を確立したもので電子工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51126