学位論文要旨



No 214390
著者(漢字) 石塚,悦男
著者(英字)
著者(カナ) イシツカ,エツオ
標題(和) 核融合炉用金属ベリリウムの中性子照射効果
標題(洋)
報告番号 214390
報告番号 乙14390
学位授与日 1999.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14390号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 山口,憲司
内容要旨 1.はじめに

 ベリリウムは、核特性に優れていることや低原子番号材料等であることから、核融合炉ブランケットの中性子増倍材及びプラズマ対向材料として注目されている。しかし、核融合炉材料として必要とされる中性子照射データは、従来取得されていた領域よりも、高照射量・高温領域であるばかりでなく、機械的特性以外にも、熱的特性、トリチウム挙動、熱衝撃性、スパッタリング等が必要とされている。しかし、これまでの報告は、信頼性に欠けていることが多く、また、データそのものが得られていない事も多かった。このため、本研究では、ベリリウムの中性子照射効果に関する研究として、微細構造の変化、機械的特性、熱的特性及びトリチウム放出特性等のデータ取得を行い、核融合炉ブランケット及びプラズマ対向機器の設計に資するとともに、これらのデータを総合的な知見でまとめ、中性子照射下での総合的な挙動を予測し、今後の問題点等を明らかにすることを目的とした。

2.微細構造に及ぼす影響

 製造法及び粒径の異なるベリリウム試料をJMTRで中性子照射し、密度測定、破壊強度測定後の破面SEM観察及び金相観察を行った。密度測定結果から求めたスエリングの結果を第1図に示す[1.2]。照射試料は、ホットプレス及び真空鋳造法で製作した曲げ試験片(BHP及びBVCと表記)、ホットプレス及び等方加圧法で製作した引張試験片(THP及びTHIPと表記)、回転電極法で製作したベリリウム微小球(Pと表記)である。また、同図には比較のため、Beeston及びSemyaev[3]の式を用いたスエリング評価式の計算結果も併せて示す。Beestonの式は低めの値になったが、Semyaevの式は構造感度因子の範囲(図中に"min"と"max"で表記)で実験結果とよい相関を示た。この図から、結晶粒径が大きいほど、また、純度が高いほどスエリングが小さくなる傾向が明らかになった。また、SEM観察等から、約600℃で照射した試料の結晶粒界には多くのヘリウムバブルが観察された。

第1図 照射温度とスエリングの関係

 更に、結晶粒径がほぼ等しいBVC及びPの結晶粒界に生じたヘリウムバブルの大きさを比較したところ、PがBVCより小さいことが明らかとなった。この理由は、微小球の形状が小さいためにヘリウムが球外に放出したためと考えられる。また、この原因に加えて、回転電極法によって製造した微小球は、急冷のために生じた製造時の初期結晶欠陥が多いことが明らかとなっており、これらの初期欠陥がスエリングを緩和させた可能性もある。

3.械的特性に及ぼす影響

 前述の曲げ、引張及び圧潰試験片の強度を測定した。曲げ試験の結果を第2図に示す。この結果から、結晶粒径の小さい試料では、照射温度が高くなると急激に強度が低下することが明らかとなった。この原因は、結晶粒界のヘリウムバブルが破壊機構を粒界割れに変化させたためである[1.2]。これに対して、結晶粒径の大きな試料では、強度の変化が少なく、結晶粒界のヘリウムバブルの影響を受けにくいことが明らかになった。また、結晶粒径の大きなベリリウム微小球についても、圧潰強度の急激な低下は見られなかった。更に、JMTRのベリリウムサーベランス試験結果から、Fe不純物の多い試料の強度が低下することが明らかになった[1]

第2図 曲げ試験結果
4.熱的特性に及ぼす影響

 レーザフラッシュ法を用いて、中性子照射したベリリウムの熱拡散率及び比熱を測定した。試料はディスク状のホットプレス製ベリリウムであり、照射条件は、高速中性子照射量が4.5×1020n/cm2(E>1 MeV)、照射温度が約200℃である。また、同試料を照射後に加熱することによりスエリングさせた試料についても同様な測定を行った。熱拡散率及び比熱の測定結果から求めた熱伝導率を第3図に示す。中性子照射により、熱伝導率が僅かに低下することが明らかとなった。また、スエリングさせた試料に関しては、スエリングが0.29及び0.63V/Vになると、各々約7割及び4割に低下した。このようにスエリングの効果が顕著に表れたのは、スエリングによって密度が低下したためである。更に、スエリングさせた試料の熱伝導率とMeredithの式から求めた計算結果を比較したところ、スエリングの効果はMeredithの式で予測できることが明らかとなった[4]

第3図 ベリリウムの熱伝導率
5.トリチウム放出特性

 中性子照射量したベリリウムディスク及び微小球からのトリチウム放出特性を調べた。ベリリウムディスク及び微小球の照射条件は、各々、高速中性子が4.5×1020及び8.5×1019n/cm2(E>1 MeV)であり、照射温度が約200℃である。トリチウム放出曲線から求めたベリリウムディスク(Diskと表記)及び微小球(Pebbleと表記)のみかけのトリチウム拡散係数及び各種文献値を図4に示す。この結果、ベリリウムのトリチウム放出挙動は、活性化エネルギが酸化ベリリウムの拡散係数に近いことから、表面酸化膜の影響が大きいことが明らかとなった。また、微小球に関して、表面酸化膜とトリチウム放出挙動について検討したところ、ガススイープ中での加熱によって、表面酸化膜厚が増加することが明らかとなった。このため、表面酸化膜が増加するモデルで用いて計算したところ、ベリリウム金属と表面酸化膜(Be及びBeOと表記)の拡散係数を推定することができ、推定値は文献値とほぼ一致した[5]

第4図 トリチウムの拡散係数
6.まとめ

 ベリリウムの中性子照射効果に関する研究を行った結果、スエリングは結晶粒径が大きいほど、不純物が少ないほど小さくなることを明らかにした。また、機械的特性に関しては、結晶粒径が大きいほど結晶粒界のヘリウムバブルの影響を受けにくいこと、Fe不純物が多いと強度が低下することを明かにした。熱的特性に関しては、熱伝導率がスエリングによって大きく低下すること、熱伝導率の低下は、Meredithの式で予測できること明らかにした。トリチウム放出特性に関しては、トリチウムの拡散係数が表面酸化膜に大きく影響されること、表面酸化膜厚が増加するモデルによってベリリウムの拡散係数を推定できることを明らかにした。

 以上の結果を総合的な知見でまとめ、核融合炉へのベリリウム利用の問題点についてまとめると以下の様になる。

 ブランケット(微小球)に於ては、スエリングによる熱伝導率の低下と微小球同志の接触面積の増大の効果が競合するため、充填層の有効熱伝導率の評価は複雑と考えられる。また、共用中に表面酸化膜厚が増加するため、トリチウムインベントリの評価に注意が必要である。プラズマ対向材(ブロック材)に於ては、結晶粒径の小さい材料が候補材であるため、中性子照射による急激な強度低下に注意する必要があると考えられる。

参考文献[1]E.Ishitsuka,H.Kawamaura,T.Terai and S.Tanaka,"Microsructure and Mechanical Properties of Neutron Irradiated Beryllium"(ICFRM-8),J.Nucl.Mater.に掲載予定.[2]E.Ishitsuka and H.Kawamaura,"Beryllium neutron irradiation study in Japan Materials Testing Reactor"(ISFNT-4),Fusion Engrg.Des.に掲載予定.[3]D.S.Gelles,G.A.Semyaev,M.Dalle Donne and H.Kawamura,J.Nucl.Mater.,212-215(1994)29.[4]E.Ishitsuka,H.Kawamaura,T.Terai and S.Tanaka,Fusion technology 1996,Vol.2(1997)1503.[5]E.Ishitsuka,H.Kawamaura and T.Terai,Fusion technology 1994,Vol.2(1995)1345.
審査要旨

 ベリリウムは、核特性に優れていることや低原子番号材料等であることから、核融合炉ブランケットの中性子増倍材料及びプラズマ対向材料として注目されている。しかし、核融合炉材料として必要とされる中性子照射条件は、従来データが取得されていた領域よりも高照射量・高温領域であるばかりでなく、必要な特性データもさまざまなものがある。しかも、これまでの報告は信頼性に欠けるものもあり、必要なデータそのものが得られていない事も多かった。

 本研究は、これらの状況に鑑み、ベリリウムの中性子照射効果に関する研究として、微細構造、機械的特性、熱的特性及びトリチウム放出特性に着目し、そのデータ取得を行い、核融合炉ブランケット及びプラズマ対向機器の設計に資するとともに、これらのデータを総合的な知見でまとめ、中性子照射下での総合的な挙動を予測し、今後の問題点等を明らかにしたものであり、全部で6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景・目的・概要について述べている。

 第2章では、微細構造変化に及ぼす中性子照射の影響について述べている。ホットプレス・真空鋳造法・回転電極法により製造した結晶粒径の異なるベリリウム試料をJMTRで中性子照射(高速中性子照射量:1.3〜4.3×1021n/cm2(E>1 MeV)、照射温度:327〜616℃)し、密度測定、破壊強度測定後の破面SEM観察及び金相観察を行った。これらの試料のスエリングは、結晶粒径が大きいほど、また純度が高いほど小さくなる傾向が見られた。SEM観察等の結果とあわせて、結晶粒からのヘリウムガスの放出や製造時に導入される初期欠陥量によって、スエリングが影響を受けると結論している。

 第3章では、機械的特性に及ぼす中性子照射の影響について議論している。前章で述べた試料について、曲げ・引張・圧潰試験片の強度を測定した結果、結晶粒径の小さい試料では、照射温度が高くなると急激に強度が低下することが明らかとなった。この原因は、結晶粒界のヘリウムガスバブルが破壊機構を粒界割れに変化させたためであるとしている。これに対して、結晶粒径の大きな試料では強度の変化が少なく、結晶粒界のヘリウムバブルの影響を受けにくいことが明らかになった。また、結晶粒径の大きなベリリウム微小球についても、圧潰強度の急激な低下は見られなかった。更に、JMTRのベリリウムサーベランス試験結果から、Fe不純物の多い試料の強度が低下することが明らかになった。

 第4章では、熱的特性に及ぼす中性子照射の影響について述べている。レーザフラッシュ法を用いて、中性子照射したベリリウム試料および照射後に加熱することによりスエリングを起こさせた試料の熱拡散率及び比熱を測定した。試料はディスク状のホットプレス製ベリリウムであり、照射条件は、高速中性子照射量が4.5×1020n/cm2(E>1 MeV)、照射温度が約200℃である。この結果、中性子照射により、熱伝導率が僅かに低下することが明らかとなった。また、スエリングを起こさせた試料に関しては、スエリング量の増加に応じて熱伝導率が低下した。このようにスエリングの効果が顕著に表れたのは、スエリングによって密度が低下したためである。更に、スエリングさせた試料の熱伝導率をモデル計算の結果と比較することにより、スエリングの効果はMeredithの式で予測できることを結論している。

 第5章では、中性子照射したベリリウムディスク及び微小球からのトリチウム放出特性について述べている。ベリリウムディスク及び微小球の照射条件は、高速中性子が4.5×1020及び8.5×1019n/cm2(E>1 MeV)であり、照射温度は約200℃である。トリチウム放出曲線からこれらの試料中のみかけのトリチウム拡散係数を求めた結果、ベリリウムのトリチウム放出挙動は表面酸化膜の影響を大きく受けることが明らかとなった。また、表面酸化膜とトリチウム放出挙動についての関係を詳細に検討したところ、ガススイープ中での加熱によって、表面酸化膜厚が増加するモデルを用いることにより、ベリリウム金属と表面酸化膜の拡散係数を推定することができた。

 第6章は結言であり、本研究の成果を要約するとともに、金属ベリリウムが実際の核融合炉ブランケット環境で用いられる際の挙動について推察することにより、その際の問題点について検討を行い、今後の研究課題についての提案を行っている。

 以上を要約すると、本論文は、核融合炉用金属ベリリウムの中性子照射効果に関して、各特性についての学問上および設計上重要なデータを取得するとともに、これらの結果を総合的な知見でまとめ、中性子照射下での金属ベリリウムの挙動予測を行うと共に、今後の問題点の摘出を試みたものであり、システム量子工学、とりわけ核融合炉工学に寄与するところが大きいと考えられる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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