学位論文要旨



No 214391
著者(漢字) 木島,宣明
著者(英字)
著者(カナ) キシマ,ノブアキ
標題(和) 高温高圧水中の水素および硫化水素の熱力学 : 熱水中の酸化還元反応および硫化反応の研究のための新しい方法の提示と若干の応用
標題(洋) Thermodynamics of hydrogen and hydrogen sulfide in water at elevated temperatures and pressure : presentation and some application of a new method of studying hydrothermal redox and sulfidation reactions
報告番号 214391
報告番号 乙14391
学位授与日 1999.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14391号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 高野,穆一郎
内容要旨

 我が国で最初の「Dickson型」熱水装置(金で作られた柔らかい反応容器を備えたもので、実験の温度・圧力を保ったままそこから溶液試料を採取するができる)は鳥取県三朝町にある岡山大学温泉研究所(現在の固体地球研究センターの前身)において設計され、そこに設置された。この装置を使って500℃、1000バールまでの温度・圧力範囲内で岩石-水相互作用の研究を行っている間に、我々は溶液試料中に溶けている水素(H2)が還元的な熱水系内の酸化還元状態を示す良い指標になり得ることを認識した。

 それらの溶液試料(大きさは約1mL)に適したガスクロマトグラフ法が開発された後、測定されたH2濃度(cH2)をH2フガシティー(fH2)に変換するための係数、Y(H2)=fH2/CH2、の値を実験の温度・圧力範囲(500℃、1000バールまで)にわたって決定する試みが開始された。Y(H2)値はH2についての、被圧水および超臨界水を含む1相領域に拡張されたヘンリー定数に相当する。その値を得ることを目的として、磁鉄鉱-赤鉄鉱-水、Ni-NiO-水および水素化パラジウム(PdHx)-水系について、cH2の平衡値がいくつかのP-T点で測定された。磁鉄鉱-赤鉄鉱やNi-NiOなどの酸素バッファーの役割は、反応:H2+0.5O2=H2Oの平衡を表す関係式:fH2=fH2O/[(fO2)1/2・Kw]に従ってfH2値を決定すること、またPdHxの役割は直接それを指定することであった。それらの実験に加えて、206℃、高圧下のNaCl溶液中のY(H2)値を求めるために、PdHx-NaCl-水の系についても一つの実験を行なわれた。

 上記の測定値や、水に対するH2の溶解度や酸素バッファーのfO2などに関する文献値、600℃以上におけるH2-H2O混合物の活量-組成関係を表すShaw(1967)の表現などを基礎として、結局、水中のY(H2)の値を1000バール、900℃までのP-T項域にわたって推定した(外挿を含む)。ただし、酸素バッファーのfO2-温度関係は、従来、十分正確には決定されてはおらず、ここで改めてそれを検討し、決定した。

図1 Y(H2)値の温度・圧力依存性(圧力=水圧、bar=0.1MPa)Y(H2)値の次元:fH2(bar)/cH2(cm3 at STP/g of water)

 Y(H2)値に関する知識は熱水系のfH2およびfO2を測定する新しい、有用な手段を提供する。現在、それはまだ塩溶液には対応できていないけれども、本研究の成果の一つを、熱水条件下での酸化還元反応の研究のための新しい基礎の確立、と評価することができよう。ここではそれが、200-500℃における金や白金の水素透過能の測定、火山岩-水系の酸化還元特性の測定などに応用されている。

 しかし、これまでで最も集中的な応用は高温高圧水中のY(H2S)(=fH2S/cH2S)の値の研究である。この目的のために、まず、溶液試料(ただし、希薄溶液に限る)の中のH2、硫化物(H2S)、硫酸イオンを同時に定量する技法を開発した。実験によりY(H2S)値を得るためには、H2Sフガシティー(fH2S)の値のわかった水を用意する必要がある。反応:H2+(1/2)S2=H2Sは、fH2とfS2とを既知にすることによってそれが実現できることを示している。この原理を採用するため、300-500℃における黄鉄鉱-磁硫鉄鉱-磁鉄鉱-水系についてcHgおよびcH2Sの平衡値を、また、少量のH2SとH2を加えた黄鉄鉱-磁硫鉄絋-水系については200℃においてcH2S/cH2比の平衡値を測定した。

 これらの測定値や、水に対するH2Sの溶解度、水中のH2Sの部分モル容、黄鉄鉱-磁硫鉄鉱混合物(硫黄バッファー)のfS2などに関する文献値などを基礎にして、Y(H2S)の値も1000バール、900℃までのP-T領域にわたって推定した(外挿を含む)。ただし、その硫黄バッファーのfS2-温度関係もここで改めて検討、決定された。

 Y(H2)値とY(H2S)値に関する知識は熱水系のfS2を測定するための、あるいは熱水条件下での硫化反応を研究するための新しい手段を提供する。ここではそれが、327および380℃の水中における白鉄鉱の黄鉄鉱への転移の実験的研究や、天然の熱水系における黄鉄鉱、磁硫鉄鉱、磁鉄鉱の出現およびH2Sの濃度に関する簡単な議論などに応用された。また、この研究で得られたH2およびH2Sに関するP-T-Y関係は理論の予言するものと比較された。

 Y(H2)値に関する知識を各種のイオンの酸化還元反応の研究に応用するためには熱水中のpHの測定という問題と取り組む必要がある。その第一歩として、市販の複合ガラス電極およびジルコニア(YZS)電極を入手し、それらのための特別の装置を設計し、前の電極については150℃まで、後の電極についてはこれまでのところ212℃まで試験した。試料の一つとして海水が選ばれた。

図2 Y(H2S)値の温度・圧力依存性(圧力=水圧、bar=0.1MPa)Y(H2S)値の次元:fH2S(bar)/cH2S(molality)
審査要旨

 本論文は,高温高圧の水,すなわち熱水中における水素および硫化水素の濃度を実測して,熱水溶液の熱力学的特性を解明するとともに,それから派生するいくつかのテーマについて,応用的研究結果を示している.

 まず,熱水溶液中の水素の濃度を測定するために,特別なガスクロマトグラ法を開発した.これにより測定された結果にもとづいて,水素ガス濃度を水素ガスフガシティに変換するための係数Y(H2)=fH2/cH2の値を,実験可能な温度範囲(500℃以下,100MPa以下)で決定した.さらにこの結果にもとづいて,重要な固体酸素バッファーである磁鉄鉱-赤鉄鉱組合せおよびニッケル-ニッケル酸化物組合せの酸素フガシティと温度との関係を校正した.この結果は,鉄を含む鉱石鉱物あるいは脈石鉱物が存在する鉱床におけて,その生成条件を推定するための貴重なデータを提供している.

 次に硫化物を含む系について,硫化水素の濃度を測定するとともに,Y(H2S)=fH2S/cH2Sの値を決定した.これによって,硫黄の重要なバッファー反応である黄鉄鉱-磁硫鉄鉱組合せの硫黄フガシティと温度の関係が精度よく決められた.この結果は,硫化物を主体とする鉱床の生成機構を解明する上で,示唆にとむ情報が提供できる可能性を示している.

 さらに,上記の研究結果を踏まえて,熱水のpHの測定に取り組んだ.これまでの熱水のpHの測定は大気圧下でしか測定できなかったため,報告値は常に熱水が100℃以下に冷却されてからの値である.これに対し,本研究では,複合ガラス電極とジルコニア電極を組み合わせて,150℃までの熱水のpHが測定できる装置を開発した.この開発は,地熱資源などの開発とその資源量評価にとって大きな貢献である.

 以上の内容に関し,提出された論文を慎重に審査し,さらに口頭により関連事項の質疑応答を行った.論文には十分に独創的な点が含まれており,それらを展開するための議論も高度であることが判明した.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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