学位論文要旨



No 214392
著者(漢字) 山崎,基生
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,モトオ
標題(和) 修飾循環ホルモンG-CSFとエンドセリンアンタゴニストの生化学的解析と生産
標題(洋)
報告番号 214392
報告番号 乙14392
学位授与日 1999.07.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14392号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨

 本論文は顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)並びに、エンドセリンに対するアンタゴニストの生化学的解析と生産に関するものであり、8章より構成されている。

 本研究では、血液/血管関連バイオ医薬候補として、感染防御に重要な好中球の分化・増殖を促すG-CSF並びに、血管収縮において非常に強力な作用を有し、過剰産生で様々な病因物質となるエンドセリンに対するアンタゴニストに注目した。これらの因子に対し、生化学的解析を行い、活性面、安定性が改善された医療用途に適当な誘導体創製を試みた。さらに並行して、実製造を目指した生産法の確立も試みた。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、遺伝子組換え型ヒトG-CSF誘導体(KW-2228)の蛋白化学的解析を行った。好中球は全白血球の約50%を占め、細菌感染防御で重要な役割を担っている。この好中球の産生因子が顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)である。しかし、天然型G-CSFは血中安定性が低い等、改良すべき点があった。そこで、組換え技術を駆使(欠失・置換等)し、活性や安定性等で優れた誘導体創製を目指し、G-CSF誘導体を100種類以上造成した。特に、SchraderらのサイトカインのN末端部分配列相同性の報告に着目し、カセット変異法でN末端置換誘導体を造成した。その結果、ヒトG-CSFに比べ、3〜4倍比活性が高い誘導体を見出した。これらの中で、最も優れた誘導体を選択してKW-2228と命名した。KW-2228はN末端から1,3,4,5,17番目の5箇所のアミノ酸がそれぞれAla,Thr,Tyr,Arg及びSerに置換されていた。次に、KW-2228の高活性の要因を探った。まず、アミノ酸置換による立体構造への影響を調べるために、円二色性(CD)並びに1H-NMRスペクトル測定を行った。CDスペクトルはヒトG-CSFと酷似していた。一方、1H-NMR測定結果も類似していたが、高濃度においてヒトG-CSFは可逆的な会合性を示した。KW-2228では会合性は認められなかった。従って、KW-2228はアミノ酸置換による立体構造変化がなく、会合性のないrigidな構造であることが示唆された。

 第3章では、種々のG-CSFのX線結晶構造解析を行った。この結果、ヒトG-CSFは結晶化できなかったが、KW-2228並びに関連誘導体(KW-2228のCys17体)では単純な濃縮によっても可能であった。これらの結果より、安定性・活性向上はN末端から1,3,4,5の4箇所のアミノ酸置換に起因することが示唆された。さらに、KW-2228についてはX線結晶構造解析にも成功した(ほぼ完全な構造:98%)。また、本結果より、置換N末側アミノ酸残基(Tyr4,Arg5)のC末端側残基との相互作用による安定化機構も示唆された。さらに安定性を調べる指標である対プロテアーゼ安定性においても、上記の点が支持された。

 第4章では、KW-2228の大量生産を行った。大腸菌を宿主として大量発現を試みた結果、菌体内で不活性なinclusion body(顆粒)を形成した。そこで、顆粒からの再活性化を試みた結果、尿素・グルタチオンを用いる系において、実製造に耐える方法を確立した。さらに数段のクロマトグラフィーにより、高純度(>99%)精製物を得る方法も確立した。

 第5章では、ポリエチレングリコール修飾ヒトG-CSFの創製を行った。タンパク性医薬においては、i)持続性が低い、ii)低分子医薬に比べ安定性が低い等の問題点が存在する。KW2228においても、上記問題点が存在する。そこで、これらの問題点解決のため、第2世代G-CSFとして、酵素医薬で実績のあるポリエチレングリコール(PEG)を用いた化学修飾を試みた。まずPEG試薬として分子量5kのPEGカルボン酸を合成し、PEG化条件を種々検討した結果、PEG結合数(1-3結合)を制御可能な条件を見出した。結合数並びに分子量の影響を見る目的から、1から3分子の結合体を単離した。SDS-PAGE分析、ゲル濾過分析により、それぞれ単量体として存在することが判明した。さらに、CDスペクトル、NMRスペクトルを用いる分析により、2次構造・高次構造は未修飾体と変わらず、PEG修飾による立体構造変化は殆ど無いことが示唆された。また、熱安定性の向上も認められた。

 ついで、G-CSF依存増殖細胞を用いて、in vitro評価を行った。その結果、修飾率が増加するに従い、活性の減少が認められた。この活性減少はPEG分子の立体障害による受容体親和性低下と考えられた。一方、in vivo試験(マウス)においてはin vitro活性と負の相関が認められた。さらに、1分子当りPEG鎖を2本持つユニークな構造の新規PEG修飾体の合成にも成功した。このPEG修飾物はin vitro活性が従来に比べ活性低下が少なく、in vivoでの持続効果が高い特徴があった。このTriPEG(PEG試薬が3分子タンパク質に結合した修飾物)では1回投与で1週間の活性持続が達成できた。

 第6章では、エンドセリンB型受容体拮抗ペプチドの構造解明を行った。エンドセリンは主に血管内皮細胞より産生される21残基のペプチドである。エンドセリンについては医療上、G-CSFとは異なり、拮抗剤が医薬用途として注目されており、喘息・心不全等の原因の一つとして考えられている。そこで、ペプチド性拮抗剤の探索を試みた。その結果、放線菌RE-701株の培養上清中に拮抗剤を見出した。単離精製後、構造決定を行った。精製物には2種類が存在し、主成分をRES-701-1、他方をRES-701-2と名付けた。主成分はc(Gly-Asn-Trp-His-Gly-Thr-Ala-Pro-Asp)-Trp-Phe-Phe-Asn-Tyr-Tyr-Trp-OHと決定した。一方、RES-701-2は解析途中でC末アミノ酸のみ前者と異なることが判明した。そこで、C末アミノ酸分析の結果、天然界では報告の無い7位水酸化トリプトファンと同定した。エンドセリン受容体としては主に2種類の受容体が知られており、ET-1選択的なETA受容体と選択性の無いETB受容体である。RES-701-1,-2は共にETB選択的な拮抗ペプチドであった。しかも、IC50が10nMレベルと強活性を有することがわかった。

 第7章では、エンドセリンB受容体拮抗ペプチドの誘導体を造成し、その活性を評価した。エンドセリンとも共通するC末アミノ酸誘導体造成を試みた。得られたC末トリプトファン(Trp)誘導体は、ETA,ETBを共に阻害する誘導体であることが明らかになった。これより、C末アミノ酸の微妙な構造の違いにより、受容体特異性が変化することが判明した。

 第8章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。

 尚、KW-2228(商品名ノイアップ)については日本初のタンパク質工学で得られた誘導体製剤として、臨床の場に提供できた。

審査要旨

 本論文は顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)並びに、エンドセリンに対するアンタゴニストの生化学的解析と生産に関するものであり、8章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、遺伝子組換え型ヒトG-CSF誘導体(KW-2228)の蛋白化学的解析を行っている。活性や安定性等で優れた誘導体創製を目指し、組換え技術を駆使(欠失・置換等)することによって、G-CSF誘導体を100種類以上造成している。特に、SchraderらのサイトカインのN末端部分配列相同性の報告に着目し、カセット変異法でN末端置換誘導体を造成している。その結果、ヒトG-CSFに比べ、3〜4倍比活性が高い誘導体を見出したと述べている。これらの中で、最も優れた誘導体KW-2228はN末端から1,3,4,5,17番目の5箇所のアミノ酸がそれぞれAla,Thr,Tyr,Arg及びSerに置換されていたことを明らかにしている。次に、KW-2228の高活性の要因を探っている。まず、アミノ酸置換による立体構造への影響を調べるために、円二色性(CD)並びに1H-NMRスペクトル測定を行っている。この結果、CDスペクトルはヒトG-CSFと酷似していたことを明らかにしている。また、1H-NMR測定結果も類似していたが、高濃度においてヒトG-CSFは可逆的な会合性を示したと述べている。一方KW-2228では会合性は認められなかったことを明らかにしている。これらの結果は、KW-2228はアミノ酸置換による立体構造変化がなく、会合性のないrigidな構造であることを示唆している。

 第3章では、種々のG-CSFの結晶化ならびにX線結晶構造解析を行っている。この結果、ヒトG-CSFは結晶化できなかったが、KW-2228並びに関連誘導体(KW-2228のCys17体)では単純な濃縮によっても可能であることを明らかにしている。これらの結果より、安定性・活性向上はN末端から1,3,4,5の4箇所のアミノ酸置換に起因することが示唆されたと述べている。さらに、KW-2228についてはX線結晶構造解析にも成功している(ほぼ完全な構造:98%)。また本結果は、置換N末側アミノ酸残基(Tyr4,Arg5)のC末端側残基との相互作用による安定化機構も示唆している。さらに安定性を調べる指標である対プロテアーゼ安定性においても、上記の点が支持されたと述べている。

 第4章では、KW-2228の大量生産を行っている。大腸菌を宿主として大量発現を試みた結果、菌体内で不活性なinclusion body(顆粒)を形成したと述べている。そこで、顆粒からの再活性化を試みた結果、尿素・グルタチオンを用いる系において、実製造に耐える方法を確立している。さらに数段のクロマトグラフィーにより、高純度(>99%)精製物を得る方法も確立したことを明らかにしている。

 第5章では、ポリエチレングリコール修飾ヒトG-CSFの創製を行っている。KW2228が持つi)持続性が低い、ii)低分子医薬に比べ安定性が低い等の問題点を解決するため、第2世代G-CSFとして、酵素医薬で実績のあるポリエチレングリコール(PEG)を用いた化学修飾を試みている。まずPEG試薬として分子量5kのPEGカルボン酸を合成し、PEG化条件を種々検討した結果、PEG結合数(1-3結合)を制御可能な条件を見出したと述べている。結合数並びに分子量の影響を見る目的から、1から3分子の結合体を単離し、SDS-PAGE分析、ゲル濾過分析を行った結果、それぞれ単量体として存在することを明らかにしている。さらに、CDスペクトル、NMRスペクトルを用いる分析により、二次構造・高次構造は未修飾体と変わらず、PEG修飾による立体構造変化は殆ど無いことが示唆されたと述べている。また、熱安定性の向上も認められたことを明らかにしている。

 ついで、G-CSF依存増殖細胞を用いて、in vitro評価を行っている。その結果、修飾率が増加するに従い、活性の減少が認められたことを明らかにしている。この活性減少はPEG分子の立体障害による受容体親和性低下の可能性があると述べている。一方、in vivo試験(マウス)においてはin vitro活性と負の相関が認められたことを明らかにしている。さらに、1分子当りPEG鎖を2本持つユニークな構造の新規PEG修飾体の合成にも成功している。このPEG修飾物はin vitro活性が従来に比べ活性低下が少なく、in vivoでの持続効果が高い特徴があることを明らかにしている。このTriPEG(PEG試薬が3分子タンパク質に結合した修飾物)では1回投与で1週間の活性持読が達成できたと述べている。

 第6章では、エンドセリンB型受容体拮抗ペプチドの探索と構造解明を行っている。その結果、放線菌RE-701株の培養上清中に拮抗剤を見出し、単離精製後、構造決定を行ったことを明らかにしている。精製物には2種類が存在し、主成分をRES-701-1、他方をRES-701-2と名付けたと述べている。主成分はc(Gly-Asn-Trp-His-Gly-Thr-Ala-Pro-Asp)-Trp-Phe-Phe-Asn-Tyr-Tyr-Trp-OHであることを明らかにしている。一方、RES-701-2はC末アミノ酸のみ前者と異なっていたと述べている。そこで、C末アミノ酸分析の結果、天然界では報告の無い7位水酸化トリプトファンと同定したことを明らかにしている。エンドセリン受容体としては、ET-1選択的なETA受容体と選択性の無いETB受容体の2種類が主に知られているが、RES-701-1,-2は共にETB選択的な拮抗ペプチドであったと述べている。しかも、IC50が10nMレベルと強活性を有することを明らかにしている。

 第7章では、エンドセリンB受容体拮抗ペプチドの誘導体を造成し、その活性を評価している。特にエンドセリンとも共通するC末アミノ酸誘導体造成を試みている。得られたC末トリプトファン(Trp)誘導体は、ETA,ETBを共に阻害する誘導体であったと述べている。これより、C末アミノ酸の微妙な構造の違いにより、受容体特異性が変化することを明らかにしている。

 第8章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 このように本論文では、感染防御に重要な好中球の分化・増殖を促すG-CSF並びに、過剰産生で様々な病因物質となるエンドセリンに対するアンタゴニストに対し、生化学的解析を行い、さらに活性面、安定性を改善することによって、医療用途に適当な誘導体の創製に成功している。さらに並行して、実製造を目指した生産法も確立している。なお、KW-2228(商品名ノイアップ)については、日本初のタンパク質工学で得られた誘導体製剤として、すでに臨床の場に提供している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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