本研究は、人工臓器における血栓形成において重要な役割を演じていると考えられる人工材料表面へのタンパク吸着の動態を明らかにするため、血漿タンパクの金、ポリウレタンへの吸着を表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance:SPR)法およびOptical Waveguide Microscope(OWM)法により実時間計測し、さらにアルブミンのポリウレタンへの吸着を電界により制御することを試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.金表面への-グロブリン吸着を表面プラズモン共鳴法で、ポリウレタン表面へのアルブミン、-グロブリン、全血の吸着反応をOWM法で観察した。その結果、吸着反応の立ち上がり時間と吸着厚みはそろぞれ、金-グロブリン界面で0.5分、12.3nm、ポリウレタン-アルブミン界面で100分、4.9nm、ポリウレタン-グロブリン界面で5分、10.8nm、ポリウレタン-全血界面で5分、10.9nmであった。入射角-反射率プロファイル形状は、金-グロブリン界面、ポリウレタン-グロブリン界面はよく理論値に一致したが、ポリウレタン-アルブミン界面、ポリウレタン-全血界面は理論値に比べて幅広く浅かった。 2.SPR法、OWM法はともに人工材料へのタンパク吸着を実時間で計測することが可能であったが、以下のような相異があった。 1)SPR法は表面プラズモン共鳴により金属薄膜表面近傍の変化を検出する。これに対し、OWM法は金属薄膜を透過したevanescent光の定在波により媒質界面の変化を検出する。 2)SPR法で、吸着厚みを算出するには吸着物の屈折率を知る必要がある。OWMでは入射角-反射率プロファイルの解析のみで試料の屈折率と厚みが算出できる。 3)計測に最適な高分子膜の膜厚はSPR法で30nm、OWM法で2mであり、OWM法では高分子膜試料の作成が容易である。 4)OWM法ではSPR法に比べて小さい入射角で計測が可能であり、試料の照射範囲が狭くできる。 5)OWM法ではSPR法に比べて計測すべき角度範囲が広く、測定精度が要求される。 3.タンパク吸着の不均一性は、不均一性の面方向の分布が表面プラズモン法で10m以上、OWM法で光源として用いているレーザー光の半波長以上であれば、計測した入射角-反射率プロファイル形状に反映される。そこで、SPR法、OWM法で計測したタンパク吸着試料の入射角-反射率プロファイル形状を吸着の不均一性が正規分布をとると仮定したモデルにあてはめることで、吸着の不均一性を数値化した。その結果、アルブミンのポリウレタンへの吸着厚みは、22±7.2nmと計算された。 4.タンパク吸着に及ぼす電界の影響をポリウレタンへのアルブミン吸着について観察を行った。その結果、電界下のポリウレタンへのアルブミン吸着は正極において抑制され、負極において促進されるという結果が得られた。この成因としてアルブミンの陰イオンとの競合吸着が想定された。本実験の結果からポリウレタン表面へのアルブミンの吸着は、初期に直流電圧を印加することで制御できる可能性があることが示された。 以上、本論文は表面プラズモン共鳴法およびOWM法を用いた実時間計測により、人工材料表面へのタンパク吸着の動態を明らかにし、さらにアルブミンのポリウレタンへの吸着を電界によって制御する可能性を示したものである。本研究は、生体における血栓形成の第一段階であるタンパク吸着の動態の解明と制御法の開発を通じて、人工臓器における血栓形成の抑制に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |