本研究は、恥についての精神力動学的な考察を、症例を検討しつつ行なったものであり、下記の結果を得ている。 1.恥を「恥ずべき自己]と「理想自己」との葛藤の産物として捉える英国の分析家ジョーゼフ・サンドラーの視点は十分な臨床的基盤となりえ、このような自己の分極化が顕著な場合に恥の病理が明らかになるものと考えることができる。そしてそのような病理は自己愛性人格障害の中でもいわゆる「過敏型」に相当するものと考えられた。そしてそのような病理を有する患者については、患者が自分の恥をことさらに語る態度を、これらの両「自己」感の葛藤に結びついたものとして患者に示しつつ、同時に解釈が患者の恥の感情を惹起しないように留意しつつ介入を行うことの有効性が示された。 2.自己愛性人格障害においては、罪悪感の問題も非常に重要な意義を持ち、恥の病理と罪の病理の関係のダイナミズムを考慮することが患者の病理をより深く理解することにつながるという見解が示された。また「過敏型」においては二種類の罪悪感(エディプス的、前エディプス的)が見られることが症例を通して示された。そして第一のエディプス的罪悪感は父親と同等の自立した一人前の大人として決断を下すことへのエディプス的な罪悪感として捉えることができ、第二の前エディプス的罪悪感は、旅立ちや分離に関する罪悪感として理解できるという点が指摘された。 3.恥の病理が生じる原因としては、患者の幼少時の親とのかかわり合いが深く関係している点が示された。そしてアンドリュー・モリソン,フランシス・ブルーチェック等の議論をもとに、(1)親から植えつけられた恥の病理、(2)恥ずべき親に由来する恥の病理、の二種類に分けることの意義が強調された。そして(1)に関しては、投影性同一化の機制が、(2)については、取り入れ性同一化の機制が深く関与している点が示された。またこの図式はハインツ・コフートの概念とも関連づけることが可能であり、(1)は自己対象のいわゆる「ミラーリング」の機能不全、(2)は理想化されるべき自己対象の機能不全と関連しているとした。またこれらの恥の発生機序が、治療中に患者が治療者に向ける転移として繰り返し再現されることが示された。 以上、本論文は恥と自己愛の病理の精神病理学的考察と治療論について幅広く論じた。本研究は従来力動精神医学において論じられることの少なかった恥の病理について、それを近年関心を集めつつある自己愛の病理との深い係わり合いを示しつつ論じ、またそれらの議論が示す臨床上の留意点についていくつかの新しい視点を示した点が、臨床精神医学に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |