学位論文要旨



No 214402
著者(漢字) 安藤,裕一
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ユウイチ
標題(和) 臓器移植におけるHLAクラスIトランスジェニックマウスを用いた細胞性免疫反応の解析と免疫寛容誘導の検討
標題(洋)
報告番号 214402
報告番号 乙14402
学位授与日 1999.07.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14402号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 高山,忠利
 東京大学 講師 針原,康
 東京大学 講師 川内,基裕
内容要旨 緒言

 臨床の移植医療ではサイクロスポリンなどの非特異的な免疫抑制剤による免疫抑制法が主体となっており、このことに起因する合併症が問題となっている。このためドナー抗原特異的な免疫抑制状態、つまり寛容の誘導が現在の移植医療の大きな目標の一つとなっている。そして人為的に寛容を誘導する一手段として、T細胞の自己抗原に対する寛容を誘導する組織として知られている胸腺を利用した方法が報告されている。

 ところで、MHCクラスI分子は細胞傷害性T細胞に直接認識されるという点で臓器の拒絶反応に重要な役割を果たしている。つまりアロMHCクラスI分子に特異的な寛容を誘導することが可能になれば臨床に大きく貢献する。しかしMHCクラスI分子由来のペプチドの胸腺内投与によるアロMHCクラスI分子に特異的な寛容の検討を行った報告はまだみられない。このことを検討するためには、1)MHCクラスI分子以外はバックグランドが同一で、しかも、2)相異なるMHCクラスI分子のアミノ酸配列が解明されているドナーとレシピエントの一対のペアが必要であった。その点、すでにアミノ酸配列が解明されているHLA遺伝子(HLA-B*3501あるいはHLA-B*5101)をC3H/Heマウスに移入して作成された2種類のトランスジェニックマウス(C3H.B35およびC3H.B51)は、これらの2つの条件を満たすために優れた実験モデルであることが予想された。しかし、これら2種類のトランスジェニックマウスが、真に単独のアロMHCクラスIミスマッチペア(single allo-MHC-dass I mismatch pair)として移植の実験モデルに有用であるかは不明であった。そこで私は、1)臓器移植片が細胞性免疫反応により拒絶されるか、2)CD8陽性である細胞傷害性T細胞が、ドナーのHLAクラスI分子をアロMHCクラスI分子として認識するか、という二点の解析を行った。そして、C3H.B51はC3H.B35の移植片を拒絶し、なおかつ、C3H.B51の細胞傷害性T細胞がC3H.B35のHLA-B*3501分子をアロMHCクラスI分子として認識することを確認した上で、ドナー抗原であるHLAクラスI分子由来のペプチドの胸腺内投与による移植組織片の生着延長効果を評価し、アロHLAクラスI分子由来のペプチド投与による寛容誘導の可能性を検討した。

方法(1)HLAクラスIトランスジェニックマウスを用いた皮膚移植および心移植

 C3H/Heマウス(H-2k)にHLAへ-B*5101遺伝子を導入したC3H.B51をレシピエントに、C3H/HeマウスにHLA-B*3501遺伝子を導入したC3H.B35をドナーとして用いた。ドナーの全層皮膚を全身麻酔下のレシピエントの背部に移植し連日観察を行い、90%以上の壊死をもって拒絶と判定した。心移植は、レシピエントを全身麻酔下に開腹し、腹部大動脈および下大静脈にドナーより摘出された心の上行大動脈および肺動脈をそれぞれ縫合した。術後連日触診による移植心の拍動の観察を行い、拍動の停止ないし微弱をもって拒絶と判定した。

(2)共焦点レーザー顕微鏡による移植心の免疫染色標本の観察

 移植後5-7日目に犠牲死させたレシピエントの移植心の凍結切片を、FITC標識抗CD4抗体とフィコエリスリン標識抗CD3抗体、またはFITC標識抗CD8抗体とフィコエリスリン標識抗CD3抗体を用いて二重染色し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。

(3)細胞傷害性T細胞の誘導および確認

 C3H.B35の皮膚移植片を拒絶したC3H.B51の脾細胞を、放射線照射したC3H.B35の脾細胞とともに5日間培養したものをエフェクター細胞として用いた。標的細胞(target)として、マウスリンパ球のConcanavalin Aによる芽球化細胞、およびマウス由来のcell lineであるL cell(H-2k)、ヒト由来のcell lineでHLA-A,Bを発現していないHmy2C1Rそして、これらのcell lineにHLA-B*3501遺伝子をトランスフェクトしたL-B*3501、C1R-B*3501を用いた。細胞傷害性の測定は、51Crで標識した標的細胞をエフェクター細胞と培養し4時間後の上清中の51Crレベルを測定した。さらに誘導された細胞傷害性T細胞のHLA-B*3501特異性を確認するために、エフェクター細胞を51Crで標識していないcold targetと30分間培養を行ない、続いて51Crで標識したhot targetと4時間培養した後の細胞傷害性を測定した。

(4)細胞傷害性T細胞のphenotypeの確認

 上記で得られたエフェクター細胞のCD4陽性細胞、CD8陽性細胞、Thy-1陽性細胞をそれぞれ除去するために、抗CD4、抗CD8、あるいは抗Thy-1抗体とウサギ補体で処理を行ったうえで細胞傷害性を測定した。

(5)合成ペプチドの胸腺内注入および心移植

 HLA-B*3501分子のpolymorphic regionである1および2領域のうちアミノ酸置換の多い部分のアミノ酸配列を重複する形でを選択し、22〜25残基の合成ペプチド計7種類(pepA-pepG)を合成した。この合成ペプチドをPBSに溶解し、6週齢のC3H.B51の胸腺に注入し、48時間後にC3H.B35の心を移植した。

結果および考察(1)HLAクラスIトランスジェニックマウスを用いた皮膚移植および心移植

 C3H.B51は、C3H.B35の皮膚を平均11.4日で拒絶した。これは、アロの皮膚の拒絶までの期間とほぼ同等であり、2種類のHLAクラスIトランスジェニックマウスの間で、互いのHLAクラスI分子を非自己として認識することが示唆された。C3H.B51は、C3H.B35の心を平均22.8日で拒絶した。皮膚移植での結果と同様に、2種類のHLAクラスIトランスジェニックマウス間で、互いのHLAクラスI分子をアロ抗原として認識することが示唆された。

(2)移植心の免疫染色による検討

 免疫組織染色標本では、C3H.B51に移植したC3H.B35の心の心筋間に著明なCD3陽性CD8陽性細胞の浸潤がみられ、細胞傷害性T細胞が拒絶反応に重要であることが示唆された。

(3)細胞傷害性T細胞のHLA-B*3501分子特異性の確認

 C3H.B51の脾細胞より得られたエフェクター細胞は、C3H.B35のの芽球化細胞および、L-B*3501細胞に対する細胞傷害性を有していた。このエフェクター細胞が、HLA-B*3501分子自体を認識するのか、あるいはマウス(H-2)MHC分子に提示されたHLA-B*3501分子ペプチドを認識するかを確認するために、H-2分子を発現しないC1R-B*3501細胞をcold targetとして用いたところ、エフェクター細胞のC3H.B35のリンパ芽球に対する細胞傷害性は抑制された。これらの結果より、C3H.B51より得られたエフェクター細胞は、H-2分子に提示されたHLA-B*3501分子ペプチドを認識するのではなく、HLA-B*3501分子のpolymorphic regionを直接認識する、つまりアロMHCクラスI抗原として認識することが示唆された。

(4)細胞傷害性T細胞のphenotype

 上記で得られたエフェクター細胞を抗Thy-1抗体と補体で処理することによりT細胞を除去したところHLA-B*3501に特異的な細胞傷害性は見られなくなった。またこのエフェクター細胞を抗CD8抗体と補体で処理することによりCD8陽性細胞を除去した場合も細胞傷害性は見られなくなった。一方、エフェクター細胞を抗CD4抗体と補体で処理する事によりCD4陽性細胞を除去しても細胞傷害性は保たれていた。以上の結果より、この細胞傷害性細胞はCD8陽性T細胞であることが確認された。

(5)胸腺内抗原ペプチド投与による心移植組織片の生着延長の検討

 胸腺内に合成ペプチドを投与しなかった場合、C3H.B51はC3H.B35の心を28日以内に拒絶した。胸腺内に10g/マウスのpepC.(B*3501/101〜125)を投与したところ5例すべてが60日以上の移植組織片の生着がみられた。また、pepB(B*3501/81-104)の投与によっても長期生着例がみられた。しかし、他のペプチド投与による効果は明らかではなかった。以上の結果より、アロHLAクラスIペプチドを胸腺内に投与することにより移植組織片の生着延長効果を期待しうることが示唆された。

結語

 二種類のHLAクラスIトランスジェニックマウスが、HLAクラスI分子のアロ抗原としての役割の解析に有用であることが示唆された。また、ドナー抗原であるアロHLAクラスI分子由来のペプチドを、レシピエントとなるHLAクラスIトランスジェニックマウスの胸腺内に投与することにより、移植組織片の生着期間が延長することが示され、ドナーHLAクラスI分子由来ペプチドの胸腺内投与によるHLAクラスI分子に特異的な免疫寛容誘導の可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は、臓器移植における急性拒絶反応に重要な役割を演じるヒト主要組織適合抗原(HLA)クラスI分子を解析する手段として、二種類のHLAクラスIトランスジェニックマウス(C3H.B51およびC3H.B35)の有用性を解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.C3H.B51は、C3H.B35の皮膚を平均11.4日で拒絶した。これは、アロの皮膚の拒絶までの期間とほぼ同等であり、2種類のHLAクラスIトランスジェニックマウスの間で、互いのHLAクラスI分子を非自己として認識することが示された。一方C3H.B51は、C3H.B35の心を平均22.8日で拒絶した。皮膚移植での結果と同様に、2種類のHLAクラスIトランスジェニックマウス間で、互いのHLAクラスI分子をアロ抗原として認識することが示された。

 2.免疫組織染色標本では、C3H.B51に移植したC3H.B35の心に著明なCD3陽性CD8陽性細胞の浸潤がみられ、細胞傷害性T細胞が拒絶反応に重要であることが示された。

 3.C3H.B51の脾細胞より得られたエフェクター細胞は、C3H.B35リンパ芽球および、L-B*3501細胞に対する細胞傷害性を有していた。このエフェクター細胞が、HLA-B*3501分子自体を認識するのか、あるいはマウスMHC(H-2)分子に提示されたHLA-B*3501分子ペプチドを認識するかを確認するために、H-2分子を発現しないC1R-B*3501細胞をcold targetとして用いたところ、エフェクター細胞のC3H.B35リンパ芽球に対する細胞傷害性は抑制された。これらの結果より、C3H.B51より得られたエフェクター細胞は、H-2分子に提示されたHLA-B*3501分子ペプチドを認識するのではなく、HLA-B*3501分子のpolymorphic regionを直接認識する、つまりアロMHCクラスI抗原として認識することが示された。

 4.上記で得られたエフェクター細胞を抗Thy-1抗体と補体で処理することによりT細胞を除去したところ、HLA-B*3501に特異的な細胞傷害性は見られなくなった。またこのエフェクター細胞を抗CD8抗体と補体で処理することによりCD8陽性細胞を除去した場合も細胞傷害性は見られなくなった。一方、エフェクター細胞を抗CD4抗体と補体で処理する事によりCD4陽性細胞を除去しても細胞傷害性は保たれていた。以上の結果より、この細胞傷害性細胞はCD8陽性細胞であることが確認された。

 5.C3H.B51マウスのの胸腺内にHLA-*3501分子由来のペプチド(B*3501/101-125)を投与し、48時間後にC3H.B35の心を移植したところ移植組織片の生着期間が延長した。この結果より、アロHLAクラスIペプチドを胸腺内に投与することにより移植組織片の生着期間が延長しうることが示された。

 以上、本論文はHLAクラスIトランスジェニックマウスが、移植におけるHLAクラスI分子の解析を行うために有用であることを示し、また、ドナー由来のHLAクラスI分子由来のペプチド投与による寛容誘導の可能性を示唆した。本研究は、移植免疫におけるHLAクラスI分子の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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