本研究は、寝たきりの第一の原因である脳卒中を発症した患者について、退院後の医療・保健・福祉サービスの受給状況とそれに対する必要度と満足度、および家庭・地域でのソーシャル・サポートの経時的変化を明らかにすると共に、身体機能予後および在宅継続に関連する要因を解析することを目的とした3年間のコホート研究である。 1993年に脳卒中を発症し、栃木県の6総合病院を退院した患者516人を対象に、翌年より3年間毎年1度、保健婦による訪問面接調査を行った。ADL尺度としてはKatz Indexを用い、点数化してADL得点を求め、それによりADLレベルを3群(自立群=6点、軽度群=7〜12点、重度群=13〜18点)に分けて解析をした。また、患者の保健・医療・福祉各サービスに対する主観的必要度及び満足度を測定するため、全く不必要または不満足を0、とても必要または満足を100としたVisual Analogue Scalesを用いて数量化した。 3年間生存して追跡できたのは349人で、3年間の死亡は85人、再発は86人であった。ADL改善は、退院後1年間で96人、2年目で34人、3年目38人に認められ、1年目には軽度群の77.9%、重度群の43、1%が改善していたが、1年目以降では、自立群・軽度群でも悪化する者が少なくなく、重度群では41.2%が悪化していた。 退院後1年目に、定期的に医師の診察を受けていた者は296人(84.8%)、継続リハビリは173人(49.5%)、訪問指導82人(23.5%)、福祉全般77人(22.1%)、民生委員31人(8.9%)、訪問看護19人(5.4%)、ホームヘルパー10人(2.9%)であった。ほとんどのサービスにおいて、ADLレベルが低いほど受給率は高かったが、医師の診察および訪問指導については、重度群で最もその受給率が低かった。しかし、自立群でも、訪問看護10人(4.5%)、福祉全般39人(17.6%)、ヘルパー4人(1.8%)、民生委員17人(7.7%)がサービスを受給していた。また、1年目の各サービスの受給頻度および時間は、医師の受診は月平均1.9(±2.7)回、リハビリは月平均19.1(±20.1)時間、訪問看護は月平均4.1(±5.5)回、訪問指導は月平均9.7(±9.2)回であった。すべてのサービスにおいて、1年目に比べ3年目の受給率および受給頻度とも低下していたが、ADLレベル別にみると、重度群では訪問看護、民生委員の訪問、福祉全般の受給が増加していた。 1年目の必要度は、医師の診察(平均80.8)、リハビリ(48.3)、福祉全般(40.0)、保健指導(34.1)、訪問看護(28.9)、民生委員(22.2)の順に高く、3年目も同様であったが、すべてのサービスにおいて3年目の必要度は1年目に比べ有意に低下していた。但し、重度群においては、福祉全般に対する必要度が有意に上昇し、リハビリ、民生委員に対しては上昇傾向にあった。また、必要度が高い(≧80)と答えた者は、医師の診察203人(59.6%)、リハビリ110人(31.5%)、福祉全般95人(27.2%)、保健指導61人(17.5%)、訪問看護60人(17.2%)、ヘルパー43人(12.3%)、民生委員34人(9.7%)で、3年目にはすべてのサービスで有意に減少していた。1年目には、これら必要度が高いと答えた者の中で、ヘルパーは100%、訪問看護、民生委員、保健指導については、それぞれ93.3%、91.2%、63.9%の者が、実際にはサービスを受給していなかったが、3年目では、訪問看護、福祉全般、ヘルパー、民生委員については有意にサービスを受給しない者の割合は減少した。 1年目の満足度は、医師の診察(平均85.3)、訪問看護(75.0)、リハビリ(71.3)で高かったが、3年目には医師の診察では有意に低下し、有意ではないがヘルパー、福祉全般で上昇傾向にあった。重度群のみでは、ヘルパー、民生委員、保健指導、福祉全般に対する満足度が、医師の診察よりも高くなっていた。 ソーシャル・サポートおよびネットワークとして、配偶者ありは272人(77.9%)、同居する子供あり242人(69.3%)、子や孫との接触あり273人(78.2%)、家庭内の話し相手あり290人(83.1%)、家庭外の話し相手あり229人(65.6%)、社会活動あり81人(23.2%)、介護者あり86人(24.6%)で、介護者ありの割合は重度群で多いが、他は重度群で少ない傾向にあった。また、3年目には、同居する子供あり、子や孫との接触ありの割合が有意に減少するが、社会活動ありの割合は自立群で有意に増加していた。 ADL改善に影響する要因を解析するため、退院時と1年目のADL得点差(退院後1年間のADL変化)および1年目と3年目のADL得点差(退院後1年以降3年目までのADL変化)を目的変数、サービス受給やソーシャル・サポート、住居環境などから選択した30項目を説明変数とし、変数増減法による重回帰分析を行なった。その結果、退院後1年間および1年以降共に、年齢、再発、屋内の改造、家庭内話し相手の有無がADL改善に影響し、さらに退院後1年間では、退院時ADL得点、言語障害、経済的困窮、継続リハビリ量、訪問指導、福祉サービスの有無、退院1年以降では、医師診察頻度、訪問看護頻度、ヘルパーの有無が関連していた。 また、在宅継続の阻害因子を解析するため、3年間で6ヶ月以上の入院、もしくは発症3年後の調査時点まで続く入院・入所に到った者28人をevent、在宅のまま発症3年後の調査を迎えた者はcensoredとみなし、Coxの比例ハザードモデルを使用して、在宅脱落に対してのハザード比を求めた。その結果、退院時低ADL(ハザード比:自立群に比し重度群が10.46)、高齢(10歳上がる毎に2.20)、専用居室なし(「なし」に比し「あり」が0.05)、検診受診なし(0.09)、社会活動なし(0.11)、住宅改造なし(0.19)、継続リハビリなし(0.18)、配偶者なし(0.19)、高血圧なし(0.24)、再発あり(3.95)が在宅継続を阻害する因子となっていた。 以上の結果より、ADLレベル別で各サービスの受給状況、必要度・満足度は異なっており、サービスを必要とする者に必ずしも提供されてはいないことが明らかになった。特に、保健・医療・福祉の連携を推進する要となるべき保健婦の訪問指導は、重度障害を持ち、保健・福祉ニーズを持つ者にも十分に行き渡っているとは言い難い状況である。また、自立群であっても、訪問看護や福祉サービスを必要としている者は少なくなく、住民のニーズをいかに迅速かつ的確に把握するかが今後の重要な課題である。 本研究により、ADL改善には、継続リハビリ、医師の診察頻度などの医療サービス、保健婦による訪問指導、ヘルパーの訪問などの保健・福祉サービス、家庭内の話し相手などのソーシャル・サポートが関連する一方で、在宅継続には、専用居室、住宅改造、配偶者、社会活動など、発症者を直に取り巻く家庭環境や社会支援が関連していることが明かとなった。 今後、寝たきりを予防するのみならず、障害者や高齢者がいきいきと生活できる地域をつくるためには、希薄になりつつある家庭・地域での私的サポートの再構築、そしてそれを補完する公的体制の整備が重要である。さらに、限られた社会資源を最大限に活用するため、これら私的サポートと公的サポートを包括的に捉え、医療機関、保健・福祉の行政関係者だけでなく,家族、近隣の介護者、地域組織の健康づくり推進員やヘルスボランティアも巻きこんだ総合的な取り組みへ発展させることが、今後必要になってくると思われる。 |