学位論文要旨



No 214405
著者(漢字) 中居,龍平
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,リュウヘイ
標題(和) 高齢者の意欲を客観的に測定する「意欲の指標」の開発
標題(洋)
報告番号 214405
報告番号 乙14405
学位授与日 1999.07.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14405号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 村嶋,幸代
 東京大学 講師 矢野,哲
 東京大学 講師 榊原,洋一
内容要旨 1.研究目的

 2000年4月からの介護保険の導入を契機に、高齢者を巡る介護療養形態は在宅療養から施設入所まで多様な療養形態が想定されているが、高齢者の機能評価法に関しても、介護環境の変化に対して一貫性をもった簡便な機能評価法の開発が求められている。

 しかしながら、介護保険で推奨されている数種の評価法は療養環境別に分類され、一貫性、簡便性においても多くの問題を含んでいる。

 本研究では、鳥羽が開発提案した「意欲の指標」について、指標実施の際の簡便性、指標の実施可能率などの予備的検討と当該指標の信頼性と妥当性および実用性などの検討を通じ、高齢者の機能指標としての「意欲の指標」の特徴を明らかにすることを目的とする。

 「意欲」の定義について

 一般的には「ある対象にたいする積極的な意思」と定義されるが、本研究では、外部に対して明確な対象を保持するか否かには問題にせず、むしろ広義に捉え、「人間の変化する心理状態のなかでもリズムをもつ『調子』」として本論文中では定義した。

II.研究方法1.対象

 対象とした患者は老人病院入院患者、老人保健施設入所者、特別養護老人ホーム入所者とし、基礎疾患、後遺症の有無及び重症度による対象例の選別はおこなわず、安定期にある患者750名を対象とした。

2.方法

 「意欲の指標」Vitality Index (VI)の評価項目1)起床 (Wake up)2)意志疎通(Communication)3)食事 (Feeding)4)排泄 (On and Off Toilet)5)リハビリ、活動(Rehabilitation,Activity)の5項目に関して0点、1点、2点の3段階で評価した。評価点の総点は0から10点まで分布し、得点が高いほど「意欲は高い。」と評価する。測定方法は全症例とも観察法により医師、看護職員、介護職員、臨床心理士によって行われ、同一患者を異なる職種者によって評価する場合は同時期評価は3日以内の評価を原則とした。

3.検討項目と結果(1)Vitality Indexの指標特性に関する予備的検討

 a.Vitality IndexとBarthel Indexの同時施行における各指標の得点分布

 療養型病床群入院患者に同時に実施したVitality IndexとBarthal Indexの得点分布は、Barthal Indexの得点分布は0点から3点の低得点患者と10点の高得点患者の2峰性の分布特性を示した。

 b.Geriatric Depression Scale施行時におけるコミュニケーション障害合併率

 実施可能例においては30%のコミュニケーション障害が合併し、実施不可能例においては48%のコミュニケーション障害の合併率を認めた。

 c.測定可能率

 Geriatric Depression Scale(GDS)の測定可能率は30%介助手段を工夫しても「回答不能」。6%は病態が悪く、検査自体「不能」であった。観察法であるVitality Indexは全例評価が可能であった。

 d.測定に要する時間

 Vitality Index測定に要した時間(秒)を職能別に測定した結果、全体の平均時間は75±3.9秒(1分15秒)であった。

(2)信頼性に対する検討

 a.再現性:

 再テスト法により1週間の間隔を置いて2回の評価を実施した総得点の間には有意な相関(R=0.98 P<0.01)を認めた。

 b.内的整合性:

 多施設集計の結果Cronbachの係数は0.88であった。

 c.評価者間信頼性:

 変動係数Interrater coefficient of variance(CV)の平均は13.8%であった。Intraclass Corelation Coefficient(ICC)の平均値は0.79で評価者間の信頼性には問題はないと考えた。

(3)妥当性についての検討

 a.Geriatric Depression Scale(GDS)との関連

 GDSとVitality Indexとの得点間には負の有意な相関(R=0.70,P<0.01)が得られた。

 b.The Philadelphia Geriatric Center Morale Scaleとの関連

 主観的幸福度を測定するMorale Scaleの得点とVitality Indexの得点には有意な相関は認めなかった。

(4)指標特性の検討

 a.Vitality Indexの機能項目別の分布

 各機能項目別との関係をみると、0点時のVitality Index総得点の平均値と2点の時のVitality Index総得点の平均値との差の最大値は「意志疎通」項目の7.25点で最小値は「排泄」項目の4.18点で項目毎の差点平均は5.9点であった。

 b.Vitality Indexの各得点における介護保険における要介護度頻度

 Vitality Indexの得点の低い患者から高得点患者に得点分布に従って、介護度は軽くなる傾向を示した。

 c.要介護度分類(介護保険)とVitality Indexとの関連。

 要介護度分類とVitality Indexとの得点との関係では要介護度5と4(P<0.05)、要介護度4と3に有意な関係(P<0.05)が得られた。

 d.病院でのVitality Indexの得点分布の特徴

 亜急性期入院患者の病棟では30%以上の患者がVitality Indexの10点満点であった。これはシーリング効果が反映していると考えられた。

 慢性期患者を主体とする療養型病床群のVitality Indexの患者得点分布は、Vitality Indexの最多頻度患者群が10点前後にある低得点から高得点へ逓増型の分布であるのに対し、ADLの分布は低得点患者頻度群と高得点頻度患者群の2峰性の分布を呈した。

 e.病棟別のVitality Indexの得点分布の特徴

 デイケア・訪問看護の外来患者を基本にした場合にVitality Indexの患者得点分布は10点満点が最っとも多く、介護度が重くなるに従い患者の最多頻度得点は低得点側に移行し、最重度の介護を要する病棟では最多得点患者は5点台に集積していた。

(5)指標の有用性に関する検討

 a.療養環境の変化によるVitality Indexの変化

 変化の前後ではVitality Indexは有意に(P<0.01)0.85点改善した。

 b.集団リハビリテーション前後におけるVitality Index変化

 前後の評価でVitality Indexでは正の相関(P<0.05)、SDSでは有意な負の相関(P<0.05)を認めた。他の西村式ADL、西村式精神状態尺度、HDS-R、Mini-Mental state、MENFIS、Barthel Index、The Philadelphia Geriatric Center Morale Scaleでの前後の評価では有意な相関は認めなかった。

III考察

 Vitality Indexの指標の特性は予備的検討でBarthel Indexとはことなる評価点分布を示したことからVitality IndexとADLとは異なる対象にした指標である事が示唆されたが、Vitality Indexの簡便性を端的にあらわす要素として指標の実施可能率と実施に要する所要時間の2つに要素に注目して検討した。

 Vitality Indexが実施可能率は100%であったのに対し、現在諸施設で心理評価法として利用されている諸指標での実施可能率は61%で、所要時間は同項目数の他の機能評価法と文献的な資料比較においても、Vitality Indexはもっとも短時間で平均1分15秒であった。これによりVitality Indexの実施負担は他の指標に比較して少ないと判断した。

 Vitality Indexの信頼性は再テスト法での検討結果、相関係数は0.98、Cronbachの係数0.88、評価者間の信頼性はIntraclass Correlation Coefficient(ICC)の平均値は0.79と高い値が得られた。

 当該指標の妥当性を検討するために既存のmoodの指標を含めた他の緒指標との関連の検討を行った結果、GDSとp<0.01で有意な負の相関が得られ、またと主観的幸福度を表すPMSとは有意な相関関係は認められなかった。これはVitality IndexがGDSとは異なる心理状態を対象にしていることが示唆された。実用性に関しては介入行為の前後で検討した結果、Vitality IndexとSDSに有意差が認められた。さらに介護保険での要介護度分類とVitality Indexと関係では要介護度1と4、1と4、2と5、3と5、4と5に有意な関係(P<0.01)が得られた。

 以上の検討より、意欲指標(Vitality Index)は観察方式の客観的な心理評価指標であり、信頼性が高く、測定項目が5項目で評価基準も3段階で行えることから、簡便で利用機会が広く期待できる有用な心理評価法であると考えられた。

審査要旨

 本研究は、高齢者の意欲を客観的に評価する指標を開発することを試みたものであり下記の結果を得ている。

1.指標開発の直接的な動機に関わる予備検討として下記項目が検討された。

 a.Vitality IndexとBarthel Indexの同時施行における各指標の得点分布の検討ではは、Barthal Indexと異なりVitality Indexは2峰性の分布特性を示した。

 b.Geriatric Depression Scale施行時におけるコミュニケーション障害合併率の検討では、実施可能例においては30%のコミュニケーション障害が合併し、実施不可能例においては48%のコミュニケーション障害の合併率を認めた。

 c.Geriatric Depression Scale(GDS)の測定可能率の検討ではは30%が介助手段を工夫しても「回答不能」。6%は病態が悪く、検査自体「不能」であった反面、観察法であるVitality Indexは全例評価が可能であった。

 d.Vitality Indexの測定に要した平均時間は75±3.9秒(1分15秒)であった。

2.指標の信頼性に対して下記3項目を検討され、基本的な条件は満たしていると判断された。

 a.再現性は再テスト法の結果、有意な相関(R=0.98 P<0.01)を認めた。

 b.内的整合性は多施設集計を行い、Cronbachの係数は0.88であった。

 c.評価者間信頼性として

 変動係数Interrater coefficient of variance(CV)の平均は13.8%であった。Intraclass Corelation Coefficient(ICC)の平均値は0.79を示した。

3.指標の妥当性についての下記2項目を検討され、基本的な条件を満たしていると判断された。

 a.GDSとの関連では負の有意な相関(R=0.70,P<0.01)を示した。

 b.The Philadelphia Geriatric Center Morale Scaleとの関連では有意な相関は認めなかった。

4.Vitality Indexの指標特性の検討として

 a.Vitality Indexの機能項目別の分布

 b.Vitality Indexの各得点における介護保険における要介護度頻度

 c.要介護度分類(介護保険)とVitality Indexとの関連。

 d.病院でのVitality Indexの得点分布の特徴

 e.病棟別のVitality Indexの得点分布の特徴

 の各項目が検討され、実践的な多様な視点からの指標検討においても一定の特性を示す成績が認められた。

5.指標の有用性に関する検討では下記2項目が検討された。

 a.療養環境の変化によるVitality Indexの変化を検討した結果、変化の前後でVitality Indexは有意に(P<0.01)0.85点改善した。

 b.集団リハビリテーション前後におけるVitality Index変化を多角的に検討し、前後の評価でVitality Indexでは正の相関(P<0.05)、SDSでは有意な負の相関(P<0.05)を認めた。他の西村式ADL、西村式精神状態尺度、HDS-R、Mini-Mental state、MENFIS、Barthel Index、The Philadelphia Geriatric Center Morale Scaleでの前後の評価では有意な相関は認めなかった。

 以上の検討より、本論文はADLの保たれた高齢者の機能評価には十分な評価が得られない欠点(天井効果)はあるものの、従来の質問紙による評価方法では測定が困難であった重介護状態の高齢者の意欲を観察法を用いることにより可能にした点と、指標の信頼性・妥当性など指標の基本的な要件を満たしており、リハビリテーション等の実践的な応用場面において一定の成績を確保している点を総合的に判断して、学位の授与に値するものと考えられる。

 今後の課題として、長期的な観察による生命予後に関して継続的に行う必要性を付言する。

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