学位論文要旨



No 214407
著者(漢字) 宮岡,久子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤオカ,ヒサコ
標題(和) 少子化に関連した子ども数の差に対する要因の検討
標題(洋)
報告番号 214407
報告番号 乙14407
学位授与日 1999.07.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14407号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 杉下,知子
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 橋本,修二
内容要旨 I.研究目的

 近年、わが国における出生率は年々低下傾向にある。少子化の進行は、労働力の減少を初めとしてわが国の将来にさまざまな影響を及ぼすことが危惧されている。

 出生率低下の影響要因については、これまで厚生省人口問題研究所による出生動向基本調査を始め、多くの研究結果が報告されている。その中でわが国の合計特殊出生率の低下は有配偶率の低下に因るものであると言われている。しかし、出生率の低下は第2子、第3子以上の出生割合の減少にも因るので、有配偶率低下の検討と合わせて有配偶出生率の低下要因についての検討も必要である。そのためには、子ども数の少ない夫婦と多い夫婦を比較し、両者の差にどのような要因が関連しているかを検討することにより、少子化対策に何らかの示唆が得られるのではないかと考える。

 また、これまでの研究内容では、婚姻率や女性の就業といった社会経済的面の要因分析に重点が置かれており、過去の妊娠・分娩体験がその後の出産意向に影響をもたらしているか否かについて明らかにしている研究は皆無と言ってよい。

 以上のことから、本研究の目的は子ども数の差に関連する要因を明らかにすることである。

II.研究方法1.調査対象地域

 愛知県A保健所管内にあるT市を選定した。A保健所は名古屋市を除いて愛知県内で最も出生率が高いが、T市は出生順位別構成割合が全国平均とほぼ同率である。

2.調査対象者

 調査対象は、平成8年度に3歳児健診の受診対象児を持つ母親である。出生順位別では、第1子が1,954(47.7%)、第2子が1,488(36.3%)、第3子以上は655(16.0%)である。

 このうち、調査票を配布したのは平成8年6月4日から10月18日の間に3歳児健診に来所した794名中749名である。その内訳は、第1子184(24.6%)、第2子408(54.5%)、第3子以上が157(20.9%)であった。

3.調査方法

 自記式質問紙を3歳児健診に来所し、調査の趣旨説明後同意の得られた母親または保護者に配布し、直接または郵送にて回収した。

 調査期間は平成8年6月〜10月である。

4.調査内容

 1)対象の属性

 夫婦の年齢、婚姻年齢、妻の学歴

 2)社会・経済的背景

 妻の職業、夫の労働時間と超過勤務時間、年収、住宅の広さ、家族構成

 3)過去の妊娠・分娩体験

 出産年齢、出産場所、異常の有無、妊娠・分娩に関わった看護職に対する満足度

 4)家族計画と母親の思い

 理想の子ども数、予定の子ども数、出産理由、出産したくない理由

 5.データの分析方法

 定量的データについては、度数分布と平均値を算出し、現在の子ども数から第1子群と第3子以上群、第1子群と第2子群に分け、平均値の差の検定を行った。また、定性的データについてはクロス表を作成し、x2検定を行った。さらに、現在の子ども数を基準変数として、多重ロジスティックモデルによる分析を行った。

 データの解析には多変量解析プログラムパッケージ「HALBAU」を用いた。

III.結果

 調査票は628回収され、回収率は83.8%であった。有効回答数は622であり、回答率は99.0%であった。対象の内訳を現在の子ども数別に見ると、第1子が101(16.2%)、第2子は364(58.5%)、第3子が142(22.8%)、第4子が13(2.1%)、第5子が2(0.3%)であった。対象の中には、第2子、第3子を妊娠中のものがいたが、その数は第2子、第3子に含めて集計した。

1.第1子群と第3子以上群の変数の比較

 現在の子ども数が一人の群と三人以上の群を比較した結果、第3子以上群では第1子出生時の夫婦の年齢は若く、理想と予定の子ども数も有意に多くなっていた。また、年収では第1子群が最も多いのは400〜500万未満であるのに対して、第3子以上群では500〜600万未満であった。住居では第3子以上群において平均居室数が多くなっていたが、子ども専用部屋を割り当てている割合は低くなっていた。

 第1子群の中で、理想よりも予定の子ども数が少なくなる理由で最も多いのは「育児や教育に費用がかかる」であった。

2.第1子群と第2子群の変数の比較

 第1子群と第2子群を比較した結果、両群で差が見られたのは理想の子ども数、予定の子ども数、現在の妻の年齢、夫の所定労働時間、妻の職業であった。理想と予定の子ども数は第2子群に多く、現在の妻の年齢も高くなっていた。夫の所定労働時間は両群とも最も多いのが40時間であるが、その割合は第1子群が32.7%であるのに比べて、第2子群は44.0%であった。また、専業主婦の割合は第1子群が74.3%であるのに対して、第2子群は86.0%であった。

3.子ども数の多少を基準変数とした多重ロジスティック分析の結果

 第1子群と第3子以上群、及び第1子群と第2子群を基準変数にし、理想の子ども数、第1子出生年齢、第1子妊娠・分娩時の異常の有無、現在の妻の年齢、夫の超過勤務、妻の最終学歴、年収、家族構成、居室数の9変数を説明変数に用いて多重ロジスティックモデルによる分析を行った。その結果、第1子群と第3子以上群の差に関連を有しているのは、理想の子ども数、第1子出生年齢、現在の妻の年齢、居室数の4因子であった。また、第1子群と第2子群の差に関連が認められたのは、理想の子ども数、第1子出生年齢、現在の妻の年齢、家族構成であった。

4.過去の妊娠・分娩体験の影響

 第1子の妊娠・分娩における看護職の関わりについて、良い印象を持っていた人が全体の約7割を占めていた。また、第1子妊娠・分娩において異常のあった群は出産意向が消極的な傾向があり、異常の種類では切迫流・早産、帝王切開が上位を占めていた。

IV.考察

 現在の子ども数が一人だけの群と二人の群、一人だけの群と三人以上の群の比較結果に基づき、多重ロジスティック分析を行った結果、子ども数の差に共通して有意な関連が認められたのは、理想の子ども数、第1子出生年齢、現在の妻の年齢であった。また、一人と三人以上の差に弱いながら関連がみられたのは居室数であり、一人と二人の差に関連が認められたのは家族構成であった。

 子どもを多く産むか否かに妻(母親)の年齢が関係することは、十分予想される。また、第1子出生年齢が子ども数の差に影響を与えていることが示唆された。これまで婚姻年齢が高くなること(晩婚化)が出生率を低下させていると言われていた。しかし、本調査結果では、子ども数の多い群と少ない群で婚姻年齢に差がなく、両者で差が生じているのは第1子出生年齢である。婚姻外出産割合が少ないわが国では、結婚後第1子を出産するまでの期間は比較的短いと言われていた。これまで第1子出生に関する要因として指摘されていたのは妻の年齢や所得であるが、それだけで第1子出産動機を説明することは困難であり、今後は、結婚後無子期間が延長している背景についてのさらなる検討が必要と考える。

 次に、子ども数の差に関連が認められたのは母親の理想の子ども数であった。子ども数が多い群では理想と予定の子ども数も有意に多くなっていたことから、理想と予定、実際とは乖離したものではないと言えよう。理想の子ども数がどのように形成されるかについては不明であるが、これまで夫婦の希望する子どもの数は経済学的な立場から説明されているものが多い。経済的な要因が子ども数の差に与える影響を否定するものではないが、今回の結果からは必ずしも経済的な要因だけが理想の子ども数の実現に寄与しているとは言い難い。子どもを3人以上持っている母親の出産理由で最も多いのは「子どもが多いほうが楽しいから」であり、出産・育児に対して「楽しさ」を見いだせるか否かも影響しているのではないだろうか。わが国では米国や韓国の母親に比べて子育てを楽しいと感じている母親の割合が少なくなっており、そのことも少子化の一因であると指摘されている。このことから、出生率を回復するためには育児における困難さを支援する体制づくりも有効と考えられる。

 居室数が子ども数に関連性を持っていることは、これまで行われている「出生動向基本調査」とも一致し、有配偶出生率を回復するために、安価で広い住宅の供給は有効な手段であることが示唆された。安価で広い住宅の確保により、出産・育児におけるサポートも得易くなると考えられる。

 第1子の妊娠・分娩体験がその後の出産意向に与える影響に関して、看護職の関わりは出産意向には直接的な影響を与えてはいないが、異常があった群に出産意向が消極的になる傾向がみられたことから、異常を予防するために保健指導の徹底が一層必要と考える。

 本研究の限界は、夫婦の完結子ども数を調査したものではないことであり、今後の課題として理想の子ども数の形成過程や子どものいない夫婦を対象にした研究の必要性を指摘した。

審査要旨

 本研究はわが国における少子化の原因のひとつである有配偶出生率の低下に関わる要因を探るために、夫婦の持つ子ども数の差にどのような要因が関連しているかを明らかにすることを目的に、愛知県A保健所管内のT市に在住し三歳児健診に来所した母親622名を対象に自記式質問紙を用いて調査を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.現在の子ども数が一人群と三人以上群の比較結果では、両群の夫婦の婚姻年齢は等しいにも拘わらず、現在の子ども数の多い群は第1子の出産時の夫婦の年齢は若く、理想と予定の子ども数も多くなっていた。また、住居では平均居室数が多くなっていたが、子ども専用部屋を割り当てている割合は低くなっていた。年収では、一人群では400〜500万未満が最も多いのに対して、三人以上群では500〜600万未満が最も多くなっていた。

 一人群の中で、理想よりも予定の子ども数が少なくなる理由で最も多いのは「育児や教育に費用がかかる」であった。

 2.現在の子ども数が一人群と二人群との比較では、理想と予定の子ども数は二人群に多くなっていた。また、専業主婦の割合と夫の所定労働時間が40時間の割合は二人群に多くなっていた。

 3.一人群と三人以上群、および一人群と二人群を基準変数とし、理想の子ども数、第1子出生年齢、第1子妊娠・分娩時の異常の有無、現在の妻の年齢、夫の超過勤務、妻の最終学歴、年収、家族構成、居室数の9項目を説明変数に用いて多重ロジスティックモデルによる解析を行った。その結果、一人群と三人以上群の差に対する関連要因として、理想の子ども数、第1子出生年齢、現在の妻の年齢、居室数の4因子が有意であり、一人群と二人群の差に及ぼす関連要因として、理想の子ども数、第1子出生年齢、現在の妻の年齢、家族構成の4因子が有意であった。

 4.第1子の妊娠・分娩における看護職の関わりについて、良い印象を持っていた人が全体の約7割を占めていた。また、第1子妊娠・分娩において異常のあった群は出産意向が消極的な傾向があり、異常の種類では切迫流・早産、帝王切開が上位を占めていた。

 以上、本論文は一人と二人、一人と三人以上の子ども数の差に、理想の子ども数、妻の第1子出生年齢、現在の妻の年齢、住居などの要因が関連していること、また、第1子妊娠・分娩体験がその後の出産意向に及ぼす影響についても示唆している。本研究は完結子ども数についての調査ではないという限界はあるが、これまで指摘されていた要因の確認とともに、新たな知見を追加しており、少子化の原因究明と対策に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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