学位論文要旨



No 214414
著者(漢字) 石川,信克
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,ノブカツ
標題(和) 在日外国人の結核に関する研究 : 最近の罹患、患者発見、治療状況
標題(洋)
報告番号 214414
報告番号 乙14414
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14414号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 助教授 中村,安秀
内容要旨 背景

 結核が減少した欧米先進諸国では、外国人の結核が結核患者の半数近くを占め、その対策には様々な方策が採られている。日本においては、外国人の結核患者は1993年の登録患者が593人で、全新登録結核患者の1.2%である。量的には末だ少ないが、年々増加傾向を示しており、質的には、高い罹患率、治療脱落率など欧米諸国と同様の課題が生まれている。また今後、国際化の流れの中で外国人の結核患者が増加する可能性が高い。しかし、その実態に関する疫学的な情報は不十分であり、そのための特別な対策も無い。

目的

 日本における外国人結核の特色を、特に罹患(発病)、発見(診断)、治療上の視点から分析し、今後の対策づくりに役立つ基礎的資料を提供すること、および、その結果に基づいて今後の対策の課題を提示することを目的とした。

対象と方法

 1987年以降に入国した在日外国人を対象に、厚生省外国人結核実態調査(1993年調査)結果や他の統計疫学資料、及び新たな調査による結果を用いて、記述的に分析した。特に、出入国人口統計資料を用いて、在日外国人母人口の推計を行い、外国人結核の罹患率の推定を行った。それらの罹患率について入国後滞在年数、出身国等の背景因子で分析し、罹患率への影響を検討した。また東京近郊の結核診療機関における外国人結核患者の臨床資料(X線所見およびその他の臨床所見)より、入国との関係で発病時期の推定を行った。発見(診断)については、結核診断の機会、場所、診断時病状、受診の遅れなどの項目について、実態調査資料を用い、性、職業、出身国、保険の有無等の背景から分析した。また実態調査の資料から保険等支払い区分が自費のものを超過滞在者(不法滞在者)とし、外国人患者の中での割合を、外国人全体での割合(法務省資料)と比較し、発見され登録され易さを見た。治療の転帰については、実態調査資料を用い、性、職業、出身国別に治療の転帰を分析した。

結果および考察

 1987年から1992年の外国人結核登録患者総数は1710人、この間の外国人累積人口は218.1万人で、結核罹患率は全体で人口十万対78.4であった。ただしこれには入国年不明者(443人)が含まれており、それを除いた罹患率は58.1であった。これらの罹患率は同期間の日本全体の平均罹患率(42.6)のそれぞれ1.9倍または、1.4倍の高さとなる。外国人年齢に合わせた20-39歳までの日本の平均(25.7)で見ると、3〜2倍となる。入国年が分かっている患者に対し、入国年別に滞在年数別罹患率を得た(表1)。入国年コホートにより罹患率の差が見られたが、概して滞在期間が短い方が羅患率が高く、期間が長い方が罹患率が低い傾向が見られた。この傾向は英国やカナダにおける外国人罹患率の推移と類似している。ただし、1987年および1988年コホートでは、初年度ないし次年度がその後より低くなっていた。これは1993年の振り返り調査による情報の漏れによる可能性が高い。同様にして主な出身国別にまとめた平均推定罹患率を得た(表2)。出身国別に罹患率の著しい差がある。これらを用い、出身国別入国者数、滞在年数を加味すれば将来予測も理論的には可能であるが、政治、経済の動きにより、外国人の出入が強く影響を受けるため、長期の予測は困難である。発病時期の推定については、入国後発見者の約半数は、入国時何らかの胸部X線異常影があったと考えられ、残りの半数は入国時胸部X線で異常なく、その後発病したと推定された(表3)。これはカナダにおける外国人結核発病の形式と類似している。このことから外国人に対しては入国後早期の検診が必要であるとともに、その後の継続的な積極的な患者発見(診断機会)も必要であることを示す。発見(診断)に関しては、発見の機会では、日本全体に比べ、外国人は健康診断の割合が高く、有症状受診による割合が低い。健康診断では、日本語学校生に高く、非学校生あるいは保険無しに低い。特に女性に低い。発見場所では、外国人は日本全体に対し医療機関がより低く、保健所、学校職場が高い。症状出現から受診までの期間(受診の遅れ)では、一ヶ月以内に受診する人の割合で見ると、外国人は、日本全体と比べ少し短い。但し女性は男性に比べ遅れが長い。出身国別では、バングラデシュ、フィリピン、等が長く、ペルーが短い。発見時の病型や重症度をさまざまな背景で見ると、病型では、外国人は、日本全体より肺外結核がやや少ないが、非日本語学校生では多い。女性は男性よりも肺外結核が多い。空洞有りの割合は、日本全体と大差ないが、非日本語学校生では、日本全体と比べても高い。菌塗抹陽性の割合は、外国人の非日本語学校生、保険無しが日本全体より高い。検診機会のない人や社会条件の悪い人に病状が進んでいると言える。超過滞在者の登録状況では、在日外国人全体の超過滞在者の推定割合(34%)に比べ、結核患者での推定割合(21%)が低く、超過滞在者は登録されにくいことが強く示唆された。不法滞在であることが、感染症である結核の登録を困難にしていると考えられる。治療結果では、治療完了率で見ると、日本全体(80.9%)に比べ、外国人患者は(63.3%)とかなり低い。出身国別では、バングラデシュ(55.2%)により低く、職業別では飲食・接客業(44.4%)により低い。また有症状発見(57.9%)、菌塗抹陽性(45.7%)に治療完了率が低いことは、周囲への感染源としても見逃せない事実である。日本語学校生のように、合法、有保険、外国人は病状も軽く、治療状況も良い。これらから、社会的経済的不利なグループに発見の遅れや未発見、治療脱落などのリスクが高いこと、特に女性は条件が悪く、発見の遅れ、重症発見が多いことが示された。これらに対し特別な対応が必要である。また本研究の過程で、明らかになったことは、現在外国人を意識した結核情報システムはなく、診療機関でも保健所でも、入国年、滞在期間、出身国、治療歴などの情報の記載が十分でないことである。対策の立案に不可欠な情報(出身国、滞在期間、治療歴など)の収集システムを強化する必要がある。

結語

 在日外国人母人口の推定を行い、患者登録数を分子にして最近の外国人結核罹患率を推定した。罹患率は日本全体と比べ、2-3倍高いが、出身国、滞在年数により異なる。将来の予測数は、出身国別入国者数、滞在年数に影響されよう。発病者の約半分は、入国時何らかの所見があり、残りは入国後発病しているので、入国後早期の検診、その後の継続的な監視の両方が必要である。日本語学校生のように、合法、有保険、外国人は病状も軽く、治療状況も良い。社会的経済的不利なグループに発見の遅れや未発見、治療脱落などのリスクが高い。概して女性は条件が悪く、発見の遅れ、重症発見が多い。これらのリスクグループに対する特別な検診や診断機会、治療支援や管理の強化、法的滞在資格を越えた対応など特別な対策が必要である。世界的な工業先進国の流れでは、結核患者数が減るにつれ相対的に外国人が増え、問題が深刻化する。日本も例外ではないであろう。有効な対策を立案するために不可欠な情報(出身国、滞在期間、治療歴など)の収集システムを強化する必要がある。本研究はそのための基礎資料を提供した。

審査要旨

 本研究は日本における最近の外国人結核の実態に関して、罹患、発見、治療上の視点から疫学的な分析を試みたものであり、従来得られていなかった下記の結果を得ている。

 1.1987年以降に入国した在日外国人の結核罹患率を推定し、全体で人口十万対78.4を得た。これは日本の平均罹患率の約2倍である。入国年コホートにより罹患率の差が見られ、概して滞在期間が短い方が罹患率が高く、期間が長い方が罹患率が低い。出身国別にも平均罹患率を算出し、罹患率の著しい差があり、高い国では6倍の差がある。

 2.外国人結核患者の発病時期に関しては、入国後発見者の約半数は、入国時何らかの胸部X線異常影があり、残りの半数は入国時異常なく、その後発病したと推定した。このことから入国後早期の検診、およびその後の継続的な積極的な診断機会が必要である。

 3.発見の機会では、日本全体に比べ、外国人は健康診断の割合が高く、有症状受診による割合が低い。健康診断では、日本語学校生に高く、非学校生あるいは保険無しに低い。特に女性に低い。発見場所では、外国人は日本全体に対し医療機関がより低く、保健所、学校職場が高い。症状出現から受診までの期間(受診の遅れ)では、一ヶ月以内に受診する人の割合は、日本全体と比べ外国人は少し短い。女性は男性に比べ遅れが長い。

 4.外国人患者の中での発見や登録され易さを超過滞在者の割合から考察し、結核の登録状況が超過滞在者に低い。

 5.治療完了率では、日本全体(80.9%)に比べ、外国人患者は(63.3%)とかなり低い。出身国別では、バングラデシュ(55.2%)により低く、職業別では飲食・接客業(44.4%)により低い。また有症状発見(57.9%)、菌塗抹陽性(45.7%)に低く、これらは周囲への感染の危険性も高い。合法、有保険の外国人は病状も軽く、治療状況も良い。

 6.これらから、社会的経済的不利なグループに発見の遅れや未発見、治療脱落などのリスクが高く、特に女性は、発見の遅れ、重症発見が多い。また本研究の過程で、日本には、これまで外国人を意識した結核情報サーベイランスシステムが無いことが明らかになり、対策の立案に不可欠な、出身国、滞在期間、治療歴などの情報収集システムの必要性が示された。

 以上、本論文は、日本における外国人の結核の実態について、従来全く得られていなかった日本における罹患率や、発見、治療に関する貴重な資料を提供し、欧米先進国のように、今後増大すると思われる外国人の結核問題に対してなされるべき対策の立案に欠かせない重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54138