学位論文要旨



No 214416
著者(漢字) 清水,一之
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,カズユキ
標題(和) ぶどう膜炎における視細胞障害に対する一酸化窒素の関与についての基礎的研究
標題(洋)
報告番号 214416
報告番号 乙14416
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14416号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 大鹿,哲郎
 東京大学 講師 滝沢,始
 東京大学 講師 角田,俊信
内容要旨 研究背景

 ぶどう膜炎は、ぶどう膜の炎症性疾患の総称であり、本邦においてはベーチェット病、サルコイドーシス、Vogt-小柳-原田病の頻度が高く3大主要疾患となっている。ぶどう膜炎の治療にはステロイド剤、免疫抑制剤が主に用いられ効果を挙げているが、これらの治療にも関わらず、眼内の炎症発作を繰り返し、視力予後不良となる症例が存在する。これらの症例では局所に浸潤した炎症細胞により視細胞が不可逆的に障害を受けることが視力予後不良の一因となっていると考えられる。

 炎症時の細胞障害において活性酸素種は連鎖的な細胞膜の不飽和脂肪酸の過酸化や蛋白、核酸の障害を引き起こすことにより中心的な役割を果たしていると考えられている。ぶどう膜炎の動物実験モデルである自己免疫性実験的ぶどう膜炎(experimental autoimmune uveitis;EAU)においても、炎症部位にスーパーオキシドや過酸化水素が発現していることや過酸化脂質が角膜、虹彩、毛様体、網膜、脈絡膜から検出されることが報告されており、ぶどう膜炎における細胞障害に活性酸素が関与していると考えられている。

 近年、一酸化窒素(nitric oxide;NO)の炎症時の細胞障害に対する関与が注目されている。NOはスーパーオキシドと反応し、活性の高いペルオキシナイトライトを生成することにより、組織の蛋白のニトロ化や脂質の過酸化を引き起こすと考えられている。炎症部位に浸潤した炎症細胞はサイトカインや細菌毒素などの刺激により誘導型一酸化窒素合成酵素(NOS-2)を発現し、多量のNOを生成する。ぶどう膜炎におけるNOの関与について、ラットのEAUにおいて、NOS-2を発現しているマクロファージが網膜外層に集中していること、ペルオキシナイトライトによるニトロ化産物であるニトロチロシンが視細胞外節に集中していることなどが報告されている。これらの報告からNOがぶどう膜炎における組織障害に関与していること、また、網膜外層にマクロファージのNOS-2発現を誘導する局所因子が存在する可能性が示唆される。

 また、近年、細胞外マトリックス蛋白や自己抗原に2-6-11モチーフと呼ばれるヒト末梢血単球のNOS-2発現を誘導する共通のアミノ酸配列が存在することが報告されている。これまでに報告されたアミノ酸配列を検索したところ、網膜の自己抗原である網膜S抗原(arrestin)や光受容体間レチノイド結合蛋白(IRBP)はこの2-6-11モチーフをアミノ酸配列中に含んでいる。このことから、網膜外層に局在するこれらの網膜自己抗原が炎症部位に浸潤したマクロファージのNOS-2発現を誘導し視細胞障害に関与している可能性が示唆された。

研究目的

 本研究では、ぶどう膜炎においてNO産生が誘導されるメカニズムを明らかにし、ぶどう膜炎におけるNOの関与を検討するために以下の実験を行った。

 (1)in vitroの実験系で網膜自己抗原や2-6-11モチーフを含む合成ペプチドがマクロファージのNO産生を誘導するかを検討した。マクロファージには市販のcell lineのRAW 264.7とラットと有色家兎の腹腔内滲出細胞より分離したマクロファージを使用した。

 (2)マクロファージのNOS-2の発現を制御していると考えられている転写因子であるNF-kBの活性化を網膜S抗原がRAW 264.7において誘導するかを検討した。

 (3)網膜自己抗原がマクロファージのスーパーオキシド産生を誘導するかを検討した。

 (4)NOS-2を比較的選択的に阻害すると考えられているアミノグアニジンのEAUにおける視細胞障害に対する治療効果を検討した。

 これらの検討はぶどう膜炎の病態生理の理解やぶどう膜炎の新しい治療法の開発にとって重要であると考えられる。

網膜自己抗原及び合成ペプチドによるマクロファージのNO産生誘導

 マクロファージを網膜自己抗原、合成ペプチドと共に培養し、培養上清中のnitrite濃度をNO産生の指標としてGriess反応を用いて測定した。BAW 264.7において網膜S抗原とIRBPは1g/mlから50g/mlの濃度で容量依存的にnitrite産生を誘導したが、ロドプシン、リカバリン、フォスデューシンなどの網膜自己抗原やmyelin basic proteinはnitrite産生を誘導しなかった。また、2-6-11モチーフを含む合成ペプチドとコントロールの合成ペプチドによる誘導されたnitrite産生量に有意差は認められなかった。NOS-2を比較的選択的に阻害すると考えられているaminoguanidineやチロシンキナーゼの阻害剤であるgenisteinはS抗原により誘導されたRAW 264.7のNO産生を阻害した。ラットのチオグリコレート誘発腹腔のマクロファージにおいてもS抗原とIRBPはnitrite産生を誘導したが、有色家兎のチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいては両者ともnitrite産生を誘導しなかった。

網膜S抗原による転写因子NF-kBの活性化

 NF-kBの活性化はelectrophoretic mobility shift assayを用いて検出した。NF-kB活性化は網膜S抗原による刺激後30分から120分の間認められ、NF-kB阻害剤(PDTC)、チロシンキナーゼ阻害剤(Herbimycin A)、MAPキナーゼ阻害剤(PD98059)、プロテインキナーゼC阻害剤(GF109203X)はNF-kB活性化を阻害した。

網膜自己抗原によるマクロファージのスーパーオキシド産生誘導

 スーパーオキシド産生はチトクロームC法を用いて測定した。有色家兎のチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいて網膜S抗原はスーパーオキシド産生を誘導したが、IRBPにはこの誘導能は認められなかった。ラットのチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージはS抗原の刺激により少量のスーパーオキシドを生成し、RAW 264.7においてはS抗原、IRBPともスーパーオキシド産生を誘導しなかった。

NOS-2の選択的阻害剤であるaminoguanidineによるマウスEAUの治療

 マウスEAUはCaspi等の方法で誘導した。aminoguanidineを腹腔内に投与した治療群とPBSを投与した対照群において病理組織の視細胞層の厚さを測定し比較したところ、治療群にて有意に視細胞層は厚くなっていた。

考按

 本研究で、網膜S抗原とIRBPはRAW 264.7とラットチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいてNO産生を誘導すること、網膜S抗原が有色家兎のチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいてスーパーオキシド産生を誘導することが明らかになった。また、網膜S抗原は転写因子NF-kB活性化を誘導した。これまでのサイトカインなどでのNO産生誘導の報告と今回の結果より、網膜S抗原はマクロファージのリセプターに結合しチロシンキナーゼなどの細胞内情報伝達経路を活性化し、NF-kB活性化を引き起こすことによりNO産生を誘導するのではないかと推測された。今回の検討ではNO産生誘導における2-6-11モチーフの関与は証明されなかった。NOS-2を比較的選択的に阻害するaminguanidineがマウスEAUの視細胞障害を抑制することから、NO産生の抑制がぶどう膜炎の組織障害を軽減する可能性があると考えられた。

 ぶどう膜炎において網膜外層に浸潤したマクロファージは網膜S抗原やIRBPによる刺激を受け、NOやスーパーオキシドを産生し、視細胞障害を引き起こしている可能性が示唆された。また、NO産生を抑制することは、視細胞障害を軽減させ、ぶどう膜炎における視力予後を改善する可能性があると考えられた。

審査要旨

 本研究はぶどう膜炎における視細胞障害に対する一酸化窒素(NO)の関与について検討したものである。過去にぶどう膜炎の動物実験モデルにおいて、誘導型一酸化窒素合成酵素(NOS-2)を発現しているマクロファージが視細胞外節に局在する事が報告されており、本研究では視細胞外節に局在する網膜自己抗原のマクロファージ活性能について培養マクロファージを用いた検討を行っている。また、マウスの実験的自己免疫性ぶどう膜炎にNOS-2の選択的阻害剤であると考えられているaminoguanidineを投与し、視細胞障害に対する影響を検討している。本研究では、下記の結果が得られている。

 1.マクロファージを網膜自己抗原、合成ペプチドと共に培養し、培養上清中のnitrite濃度をNO産生の指標としてGriess反応を用いて測定したところ、RAW 264.7において網膜S抗原とIRBPは1g/mlから50g/mlの濃度で容量依存的にnitrite産生を誘導したが、ロドプシン、リカバリン、フォスデューシンなどの網膜自己抗原やmyelin basic proteinはnitrite産生を誘導しなかった。また、2-6-11モチーフを含む合成ペプチドとコントロールの合成ペプチドによる誘導されたnitrite産生量に有意差は認められなかった。NOS-2を比較的選択的に阻害すると考えられているaminoguanidineやチロシンキナーゼの阻害剤であるgenisteinはS抗原により誘導されたRAW 264.7のNO産生を阻害した。ラットのチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいてもS抗原とIRBPはnitrite産生を誘導したが、有色家兎のチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいては両者ともnitrite産生を誘導しなかった。

 2.網膜S抗原によるNF-kBの活性化をelectrophoretic mobility shift assayにより検出した。NF-kB活性化は網膜S抗原による刺激後30分から120分の間認められ、NF-kB阻害剤(PDTC)、チロシンキナーゼ阻害剤(Herbimycin A)、MAPキナーゼ阻害剤(PD98059)、プロテインキナーゼC阻害剤(GF109203X)はNF-kB活性化を阻害した。

 3.網膜自己抗原によるマクロファージのスーパーオキシド産生をチトクロームC法を用いて測定した。有色家兎のチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージにおいて網膜S抗原はスーパーオキシド産生を誘導したが、IRBPにはこの誘導能は認められなかった。ラットのチオグリコレート誘発腹腔内マクロファージはS抗原の刺激により少量のスーパーオキシドを生成し、RAW 264.7においてはS抗原、IRBPともスーパーオキシド産生を誘導しなかった。

 4.マウスの実験的自己免疫性ぶどう膜炎において、NOS-2の選択的阻害剤であるaminoguanidineを腹腔内に投与した治療群とPBSを投与した対照群において病理組織の視細胞層の厚さを測定し比較したところ、治療群にて有意に視細胞層は厚くなっており、aminoguanidineの視細胞障害に対する治療効果が認められた。

 以上、本論文は、網膜視細胞層に局在する網膜自己抗原が培養マクロファージにおいて一酸化窒素産生を誘導することを明らかにし、NOS-2の阻害剤がマウスの実験的自己免疫性ぶどう膜炎において視細胞障害を軽減することを明らかにした。本研究はぶどう膜炎における視細胞障害のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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