学位論文要旨



No 214418
著者(漢字) 多久嶋,亮彦
著者(英字)
著者(カナ) タクシマ,アキヒコ
標題(和) 骨延長部における培養骨膜由来細胞の骨形成促進に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 214418
報告番号 乙14418
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14418号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 I.緒言

 機能的、器質的に傷害(あるいは欠損)された組織の修復は、医学において最も重要な課題の一つである。現在行われている組織移植という手段は組織採取部位の犠牲を必要とするため、これにとって代わる方法が求められている。近年新しい概念として培養細胞を利用した組織形成、すなわちTissue Engineeringの研究が進められている。しかしこのTissue Engineeringにはいくつかの問題点があり、それは細胞の分化と増殖のコントロールをいかに行うかということと、培養された細胞をどのような形で移植するか、すなわち足場(scaffold)の問題である。培養技術の発達により、脱分化を起こさないように細胞を増殖をさせることは可能となってきた。しかし生体に未分化なままの培養細胞を移植した後に、確実に分化を行わせることは困難である。一方Ilizarov、De Bastianiらによって開発された骨延長手術は、近年の創外固定器の発達に伴ない急速に普及してきた。しかし組織の損傷が高度な症例では骨新生の遷延などにより延長が失敗に終ることもまれではない。骨延長の際に骨新生に大きくかかわっているのは骨膜であるとされているが、近年、骨膜よりの細胞の分離、及び培養が可能となっている。そこでわれわれは、骨新生の乏しい骨延長部位にTissue Engineeringの概念を応用し、培養骨膜由来細胞を移植し骨新生が誘導できないかと考え、以下の実験を行った。

II.材料及び方法1.実験動物および方法

 生後12週、体重1.6〜2.2kgの白色家兎、32羽を用いて実験を行った。

1)骨延長手術及び骨膜採取

 家兎の左側下腿前面に約20mmの縦切開を加え、脛骨周囲を全周性に剥離した。次に骨切り予定部であるtibio-fibular junction直下を中心に上下1cmずつ骨膜を全周性に剥離除去した。4本のスクリューを経皮的に刺入後、脛骨をjunction直下で電動ドリルを用いて横断骨切りを行った。骨切り部を整復した後、創外固定器Orthofix M-100を装着した。同時に右側の脛骨前内側面より5×20mmの大きさの骨膜を採取した。家兎はケージ内で自由に行動させ固形飼料で飼育し、骨切りを行った左側脛骨は3日間の待機期間の後、1日2回、1mm/1回(1日2mm)の割合で10日間の延長(合計20mm)を行った。

2)骨膜由来細胞の準備及び培養

 骨膜由来細胞の培養は中原らの報告した方法に準じて行った。まず採取された骨膜をコラゲナーゼ液で2時間消化させた後、10%ウシ血清で酵素反応を抑制した。雑物除去後、遠心分離を行い、10%ウシ血清加、Ham’s F-12培地を用いてシャーレ内に播種した。37℃、5%炭酸ガスインキュベーター内で培養を行い、培地交換は3日おきに行った。約一週間の初代培養でほぼサブコンフルエントの状態となるのでこれを0.25%trypsin-EDTAにて5〜10分間処理を行い細胞を採取した後、1対5の割合で継代培養を行った。さらに、3〜4日後にはほぼサブコンフルエントとなるので同様にして1対3の割合で継代を行った。2継代目の培養細胞もほぼ3日後にはコンフルエントの状態になるため、術後13日目、延長が終了した時点で、2回継代された15のシャーレの細胞が準備できたことになった。

3)培養細胞の移植

 家兎を培養細胞移植を行う細胞移植群16例と、骨延長のみを行うコントロール群16例の2群に分けた。細胞移植群では、15のシャーレの細胞をすべてトリブシン処理を行い採取し(約5×107個の細胞数)、遠心分離した後、上清液を吸引後、1mlのHam’s F-12培地を加え、一塊となった細胞を攪拌した。最後にこれを1mlシリンジに移した後、22-Gの注射針を用いて骨延長部位に注射した。

 コントロール群では移植群と条件を揃えるため、骨膜採取を同様に行ったが、採取した骨膜は破棄した。またコントロール群では1mlのHam’s F-12培地のみを同様の方法で骨欠損部に局注した。

2.評価法1)軟X線撮影

 20例の家兎において(細胞移植群10例、コントロール群10例)骨新生は骨延長終了時より週に一度毎に4週まで軟X線撮影を行い観察した。

2)骨延長部における新生骨の定量的分析

 骨延長部位における骨塩量の定量的分析のためfree computer software systemであるNIHimage1.55を用いた。まず軟X線写真をスライド撮影し、これをフィルムスキャナーを用いて、コンピューターに取り込んだ。キャリブレーションを行った後に、骨延長部位である骨間隙における骨新生の定量を行った。NIH imageでは各々のポイントでの濃度がピクセルとして表わされるため、骨間隙の骨新生の総量を積分値として知ることができる。

3)組織学的検索(H.E.染色及びAzan-Mallory染色)

 組織学的検索のため延長終了後より1日、3日、1週間、以後1週毎に4週目まで、細胞移植群と、コントロール群より1匹づつ計2匹を屠殺した。屠殺後まず、下腿皮膚を剥離した後、70%エタノールにて固定した。固定後10日間EDTAにて脱灰し、これをパラフィン包埋した。サンプルは延長器固定用のピンを刺入した場所を結ぶように縦に切りH.E.染色及びAzan-Mallory染色を行った。

4)免疫組織学的検索(BrdU染色)

 BrdUにて培養細胞をラベルすることにより移植後の培養細胞の生存、および局在を確認した。まず移植の1日前に培地にBrdUを加えておき、細胞移植後1、3、7日後に屠殺した。家兎より摘出した骨延長部を固定、脱灰した後、3mのパラフィン切片とした。Vectastain ABC Kitを用いてAvidin Biotin peroxidase complex法にて染色した。

III.結果1.軟X線像

 細胞移植群、コントロール群共に延長終了時点においては、仮骨形成はほとんど見られなかった。その後もコントロールにおいては脛骨端部においてわずかの仮骨形成が見られるのみであった。しかし細胞移植したものでは脛骨端より骨間隙に向かって1週間後より仮骨形成が見られはじめ、2週目以降は骨間隙の仮骨は増大し、4週目ではほぼ脛骨上端よりの骨化と下端よりの骨化が接触する直前の状態になっていた。

2.骨延長部における新生骨の定量的分析

 NIH imageにより求めた骨間隙における骨新生量を、細胞移植群と、コントロール群で比較したところ、移植後1週間目より4週目まですべての週にわたって両者の間には統計学的に有意の差が認められた。

3.組織像

 移植後3日目のAzan-Mallory染色にて移植細胞の周辺部より骨化が既に始まっているのが見られた。移植後1週間目では、骨延長部における骨化はさらに進んでいるが、コントロールでは骨延長部において膠原線維の存在は見られるものの細胞成分に乏しく骨新生もあまり見られなかった。移植後2週間目では、移植した細胞はかなりばらばらになってきており、中央部においても蜂巣状に骨化が見られた。移植後4週間目では、骨新生領域は増大し、骨端同士がほとんど接触する直前の像が見られた。BrdU染色陽性の細胞は新生骨の周囲には見られたものの、骨組織中には見られなかった。

IV.考察

 放射線療法、化学療法、外傷などに伴う骨や周囲組織に対する損傷が強い場合、骨延長部位における骨新生は不良であるが、この実験では家兎の脛骨骨膜を除去することによりこの状況を作製することができた。すなわち、コントロールでは骨新生がほとんど見られない。ここに骨膜由来の培養細胞を移植することにより骨新生を促進することができたことから、培養細胞が骨誘導を行ったと考えられる。しかし組織学的には新生骨の中に培養細胞の存在を証明することができなかったため、今後はBrdUではなく別の方法で培養細胞をラベルしてその局在を確認する必要があると思われる。また骨膜由来の細胞のcharacterizationに関しても今後さらなる研究が必要であろう。

V.結語

 骨形成の不良な骨延長部において培養細胞を利用して骨新生を促進させることができないかと考え本実験を行った。骨形成の不良な骨延長部のモデルとしては白色家兎脛骨における骨延長手術の際に、骨膜除去を行いさらに速いスピードで延長を行うことにより実験モデルを作製した。そして、培養増殖された骨膜由来の細胞は骨形成能を持つことが知られているが、これを骨延長で作製した骨間隙に移植することにより以下の結果を得た。

 1.本実験モデルにおいて、コントロール群、及び培養細胞移植群共に骨延長を終了した時点ではX線上、骨延長した間隙にほとんど骨新生は見られなかった。

 2.培養細胞移植群ではX線上、延長終了後(培養細胞移植後)1週目より骨延長した間隙に骨新生が見られ始め、その後その量は増大して行く像が見られた。しかし延長終了後4週間経過した時点でも脛骨の癒合は見られなかった。

 3.コントロール群では延長終了後4週経過しても、骨延長した間隙にほとんど骨新生は見られなかった。

 4.骨延長した間隙における骨新生量をX線写真をもとにNIHimageを用いて定量したところ、コントロール群と培養細胞移植群との間に有意差(Student t検定、p<0.01)が見られた。

 5.骨延長した間隙を組織学的に検索したところ、培養細胞移植群では骨間隙において培養細胞が生存し、経過を追うことにより骨新生が生じている像がH.E.染色、Azan-Mallory染色で見られた。

 6.コントロール群では、組織学的検索において骨延長した間隙が細胞成分に乏しく膠原線維が延長方向に配列している像が見られた。

 7.BrdU染色法を用いて移植した骨膜由来の培養細胞の生存、及び局在を明らかにした。

 8.その結果培養細胞は骨組織周辺の膠原線維中には存在することが確認されたが、骨組織中にはBrdU陽性細胞は見られなかった。

 近年、あらゆる培養細胞を治療に利用することが考えられているが、臨床応用については問題点も多い。本実験はTissue Engineeringの手法を臨床応用していく上で、一つの方向を示したと考える。

審査要旨

 骨延長手術は、近年急速に普及してきた手術法であるが、組織の損傷が高度な症例では骨新生の遷延などにより延長が失敗に終ることもまれではない。本研究は、このような骨新生の乏しい骨延長部位に、培養骨膜出来細胞を移植し、骨新生を誘導することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.本実験モデルにおいて、コントロール群、及び培養細胞移植群共に骨延長を終了した時点ではX線上、骨延長した間隙にほとんど骨新生は見られなかった。

 2.培養細胞移植群ではX線上、延長終了後(培養細胞移植後)1週目より骨延長した間隙に骨新生が見られ始め、その後その量は増大して行く像が見られた。しかし延長終了後4週間経過した時点でも脛骨の癒合は見られなかった。

 3.コントロール群では延長終了後4週経過しても、骨延長した間隙にほとんど骨新生は見られなかった。

 4.骨延長した間隙における骨新生量をX線写真をもとにNIHimageを用いて定量したところ、コントロール群と培養細胞移植群との間に有意差(Student t検定、p<0.01)が見られた。

 5.骨延長した間隙を組織学的に検索したところ、培養細胞移植群では骨間隙において培養細胞が生存し、経過を追うことにより骨新生が生じている像がH.E.染色、Azan-Mallory染色で見られた。

 6.コントロール群では、組織学的検索において骨延長した間隙が細胞成分に乏しく膠原線維が延長方向に配列している像が見られた。

 7.BrdU染色法を用いて移植した骨膜由来の培養細胞の生存、及び局在を明らかにした。

 8.その結果培養細胞は骨組織周辺の膠原線維中には存在することが確認されたが、骨組織中にはBrdU陽性細胞は見られなかった。

 以上、本論文は培養骨膜由来細胞が、骨延長部位において骨形成を促進することを示した。近年、あらゆる培養細胞を治療に利用することが考えられているが、臨床応用については問題点も多い。本実験はTissue Engineeringの手法を臨床応用していく上で、一つの方向を示したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54139