学位論文要旨



No 214421
著者(漢字) 梶尾,裕
著者(英字)
著者(カナ) カジオ,ヒロシ
標題(和) インスリン依存型糖尿病(IDDM)患者の両親におけるインスリン分泌能及び、免疫学的、遺伝学的検討からみたインスリン依存型糖尿病(IDDM)とインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)との関係
標題(洋)
報告番号 214421
報告番号 乙14421
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14421号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 金子,義保
 東京大学 講師 橋本,佳明
 東京大学 講師 榊原,洋一
内容要旨

 糖尿病は、インスリン依存型糖尿病(IDDM)あるいは1型糖尿病と、インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)あるいは2型糖尿病に大別している。これまで、糖尿病の分類は、患者が生存するためのインスリン依存の程度という臨床的な観点及び成因的な観点の両面から、議論されてきた。NIDDMは比較的インスリン依存度が低いものであるが、成因の点では多様な症例が集まっており、成因が明確になれば、その他の糖尿病に分類されることになる。一方、IDDMの成因として、主に自己免疫学的機序が想定されており、患者血清中に膵ラ氏島細胞に対する自己抗体(ICA)が存在する場合が多く、特定のHLAタイプの関連が示唆されている。IDDMは一様な臨床経過をとるものではなく、急性発症する場合もあれば、当初、NIDDM像を呈しながらも、徐々にIDDMに移行していく場合もあり、IDDMの多様性について、ICAやHLAについての知見も集まってきている。最近、家族調査の結果、IDDM患者の近親者における糖尿病の頻度、特にNIDDMの頻度が高いことがわかってきた。このことは、逆に、NIDDMの中にはIDDMと共通の遺伝的背景を持つものがあることを示唆しており、我々は、IDDM患者の両親におけるインスリン分泌能やICA、HLAなどを検討し、IDDMとNIDDMの関係について考察を加えた。

 急性発症IDDM患者の両親中のICA陽性者の割合(21%、11名中52名)は、正常対照群(0.9%、112名中1名)と比べ有意に高く(P<0.01)、両親の血糖値は対照群よりも高かった。ICA陽性の両親は、ICA陰性の両親や対照群と比較して有意に血糖値が高く、インスリン分泌の初期反応の低下を認めた(図1)。OGTTで糖尿病型を示した両親のICAの陽性率は50%(12名中6名)と高く、糖尿病型でICA陽性の両親は、糖尿病型でICA陰性の両親と比較してインスリン低反応を認めた。以上より、IDDM患者の両親にNIDDMが多いのは、膵細胞に対する免疫学的破壊機序のためインスリン分泌が低下することと関連することが明らかとなった。

図1.OGTTの結果。(A)は、IDDM発端者の両親(n=52,●)と対照群(n=52,●)の血糖値(BG)とIRI反応を、(B)は、ICA陽性の両親(n=11,●)とICA陰性の両親(n=41,▲)の血糖値(BG)とIRI反応を示す。各時点で両者を比較し、有意差を検討した。★P<0.05,★★p<0.01,★★★P<0.001

 また、IDDM患者の両親におけるICA陽性率(21%)は、白人についての以前の報告(ICA陽性率0.7-15.7%)と比較して高く、この高いICA陽性率の理由として、ICAの測定法の感度が優れていること、日本人は白人と比較してIDDMを発症しにくい傾向が遺伝的に規定されていることが考えられた。つまり、白人では、通常、IDDMの遺伝的背景として2個のHLAハプロタイプ(HLA-DR3-DQA1*0501-DQB1*0201およびHLA-DR4-DQA1*0301-DQB1*0302)を認めるのに対し、日本人IDDM患者においては糖尿病発症と関連するHLAハプロタイプとしては唯一つのHLAハプロタイプ、HLA-DR4-DQA1*0301-DQB1*0401のみを認める。実際、日本人では膵細胞機能不全が緩徐に進行する症例を稀ならず見受ける。

 両親におけるICAと耐糖能異常の関係を明らかにするため、ICAとOGTT時のCPR反応(CPR:OGTT各時点でのC-ペプチド値の総和)の変化について経過観察した。両親52名中27名が参加し、期間は、最長113ヵ月で、平均49+/-6ヵ月(3-113ヵ月)であった。

 経過中のICAの陽性度の変化に応じて3群に分類し、グループ1は経過観察中持続的にICAが陽性を示した群、グループ2は経過観察中ICAの陽性度が陽性と陰性の間で変化を示した群、グループ3は経過観察中持続的にICAが陰性を示した群とした。図2に、各グループ毎の初回および最終検査時の糖負荷2時間後の血糖値(2h-BG)とCPR値を示す。

図2.ICAの変化によって分類した各グループの初回検査時および最終検査時のOGTTの結果を示す。上段は負荷後2時間血糖値(2h-BG)、下段はCペプチド反応(CPR)を示す。有意差は★P<0.05,★★p<0.01であった。

 血糖値は、経過を通じ、グループ1と2はともにグループ3よりも高く、これらの耐糖能異常に免疫学的機序の関与が示唆された。当初NIDDMであったが、徐々に膵細胞機能の低下が進展し、最終的にインスリン依存状態になった3名の両親をグループ1に認めた。これらの両親では、ICAが持続的に陽性であり、ICAは持続的に緩徐に進行している膵細胞破壊のマーカーであった。グループ2では、1名の母親に徐々に血糖値の上昇とインスリン分泌の低下を認めた他は、経過中、血糖値およびCPR値には変化は認めなかった。これによって、ICA陽性のNIDDM患者において、膵細胞機能すなわちインスリン分泌反応不全の進展を認めない場合が多いが、経過中、ICAが陽性と陰性の間で変化し、自己免疫的な膵細胞の破壊が急速には進行しないことが原因である可能性が示唆された。またグループ2でインスリン分泌の低下を認めた 一例にミトコンドリア遺伝子の3243位の遺伝子変異があり、膵細胞機能の増悪因子について検討を加える必要があることが示唆された。グループ3は、経過を通じて変化は認めなかった。

 表1に両親における ICAの有無とHLAタイプの頻度の関係、OGTTでの糖尿病型の有無とHLAタイプの頻度の関係についてまとめた。日本人IDDMと正相関を示すHLA-Bw54は、糖尿病型を示す両親に高頻度に存在し、日本人IDDMと相関のあるHLA-A24、DR2、DR4の頻度は、両親における糖尿病型の有無と有意な相関は認めなかった。ICA陽性の有無とHLAタイプの頻度には有意な相関は認めなかった。また、追跡調査した3グループ間でHLAタイプの頻度には統計的な有意差は認めなかった。もっとも、グループ2が3グループのうちでDR2やDR4の頻度(DR2:4/6(60%),DR4:4/6(60%);対照群DR2:68/203(33%),DR:81/203(40%))が一番高い傾向を示し、ICAが陽性と陰性の間で変化する両親において、HLA-DR2は膵細胞破壊に対し防御的マーカーである可能性が示唆された。

表1.ICA陽性の有無および耐糖能の結果に応じて、両親のHLA抗原の頻度を比較した。

 ハプトグロビンフェノタイプの頻度については、糖尿病型の両親は1-2型の頻度が高かったが、同時にHLA-Bw54の出現頻度も高く、今後の検討の必要性が示唆された。

 現在、糖尿病の分類が見直されつつあり、最近、病型分類についてアメリカ糖尿病学会(ADA)は新しい提言を発表した。それによると、病型分類は基本的に成因に基づき、IDDM、NIDDMのかわりに膵細胞破壊による絶対的インスリン欠乏が原因である1型糖尿病(type1)と、インスリン抵抗性とインスリン分泌不全による相対的インスリン欠乏が原因である2型糖尿病(type2)を用い、従来のインスリン依存の程度という臨床的な観点は病期(stage)として並記することとしている。しかしながら、1型、2型の糖尿病とも必ずしも均一の成因とはいえず、また、糖尿病の成因が複数重なっている場合もありえる。

 これまでNIDDMとしてきたもののうち、グルコキナーゼ遺伝子、ミトコンドリア遺伝子および転写因子HNF-1などの遺伝子異常が発見されたが、その頻度は合わせてNIDDM症例全体の高々2%である。一方、ICAはNIDDM症例全体の3.2%に見い出され、ICAは経過によって陽性にも陰性にもなる場合があることを考え合わせると、実際に膵細胞に対する免疫学的機序がNIDDMの成因である頻度はそれ以上と推定される。

 膵ラ氏島に対する自己抗体は、ICA以外にインスリン自己抗体(IAA)、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)抗体、ICA512/IA-2抗体の三者が注目されており、これらの自己抗体はIDDM発症の予知マーカーとして有用である。IDDMの治療は、インスリンによる対症的な治療のみだが、IDDMの成因に基づく治療法も検討されている。本邦では、特に緩徐に進行するIDDMが多く、こうした症例のインスリン依存化を阻止することが重要で、その意味でも予知マーカーとしての抗体の意義は大きい。

 本研究では、IDDM患者の両親における耐糖能異常について解析を試みたが、これはIDDM患者の両親における病態像を明らかにするのみならず、NIDDM患者において、免疫学的、遺伝学的指標を手がかりに経過を追うことで、IDDMと共通した素因を持つ症例を明らかにし、その後の治療や予後の改善に寄与する可能性を示した貴重な知見である。

審査要旨

 本研究は、インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)あるいは2型糖尿病とインスリン依存型糖尿病(IDDM)あるいは1型糖尿病の関連を明らかにするため、IDDM患者の両親における耐糖能、インスリン分泌能や膵ラ氏島細胞に対する自己抗体(ICA)、HLAなどについて追跡研究を行い、下記の結果を得ている。

I.登録時の耐糖能、インスリン分泌能、ICAの検討

 1.急性発症IDDM患者の両親中のICA陽性者の割合(21%、11名中52名)は、正常対照群(0.9%、112名中1名)と比べ有意に高かった(P<0.01)。

 2.ICA陽性の両親は、IC陰性の親や対照群と比較して有意に血糖値が高く、インスリン分泌の初期反応の低下を認めた。

 3.OGTTで糖尿病型を示した両親のICAbフ陽性率は50%(12名中6名)と高く、糖尿病型でICA陽性の両親は、糖尿病型でICA陰性の両親と比較してインスリン低反応を認めた。

 以上より、IDDM患者の両親にNIDDMが多いのは、膵細胞に対する免疫学的破壊機序のためインスリン分泌が低下することと関連することが明らかとなった。

II.経過観察からの検討

 両親52名中27名が参加し、期間は、最長113ヵ月で、平均49+/-6ヵ月(3-113ヵ月)であった。経過中のICAの陽性度の変化に応じて3群に分類し、グループ1は経過観察中持続的にICAが陽性を示した群,グループ2は経過観察中ICAの陽性度が陽性と陰性の間で変化を示した群、グループ3は経過観察中持続的にICAが陰性を示した群とした。

 1.血糖値は、経過を通じ、グループ1と2はともにグループ3よりも高く、これらの耐糖能異常に免疫学的機序の関与が示唆された。

 2.当初NIDDMであったが、徐々に膵細胞機能の低下が進展し、最終的にインスリン依存状態になった3名の両親をグループ1に認めた。これらの両親では、ICAが持続的に陽性であり、ICAは持続的に緩徐に進行している膵細胞破壊のマーカーであった。

 3.グループ2では、1名の母親に徐々に血糖値の上昇とインスリン分泌の低下を認めた他は、経過中、血糖値およびCPR値(OGTT各時点でのC-ペプチド値の総和)には変化は認めなかった。

 以上より、ICA陽性のNIDDM患者において、膵細胞機能すなわちインスリン分泌反応不全の進展を認めない場合が多いが、経過中、ICAが陽性と陰性の間で変化し、自己免疫的な膵細胞の破壊が急速には進行しないことが原因である可能性が示唆された。

III.HLAの検討

 1.糖尿病型を示す両親は,糖尿病型を示さない両親と比べで,IDDMと正相関を示すHLA-Bw54が、高頻度に存在するが,HLA-A24、DR2、DR4の頻度は、有無と有意な相関は認めなかった。

 2.ICA陽性の有無とHLAタイプの頻度には有意な相関は認めなかった。

 3.グループ2が3グループのうちでDR2やDR4の頻度(DR2:4/6(60%),DR4:4/6(60%);対照群DR2:68/203(33%),DR:81/203(40%))が一番高い傾向を示した。

 以上より、糖尿病型を示す両親は,特定のHLAと相関し,ICAが陽性と陰性の間で変化する両親において、HLA-DR2は膵細胞破壊に対し防御的マーカーである可能性が示唆された。

 以上,本論文は、免疫学的、遺伝学的指標を手がかりに経過を追うことで、IDDM患者の両親における病態像を明らかにした。本研究は,IDDMと共通した素因を持つNIDDM患者の糖尿病発症機構の解明とともに,これらの患者の治療や予後の改善にもつながる重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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