学位論文要旨



No 214425
著者(漢字) 青沼,正志
著者(英字)
著者(カナ) アオヌマ,マサシ
標題(和) 腫瘍細胞の産生する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)および線維芽細胞増殖因子(FGF)の腫瘍血管新生ならびに癌の進展に及ぼす作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214425
報告番号 乙14425
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14425号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨

 固形腫瘍の増殖は血管新生に依存しており、血管新生を特異的に阻害する物質は新たなアプローチに基づく治療薬となる可能性がある。血管新生過程はFig.1に示すように、1)既存血管の基底膜の破壊;2)血管内皮細胞の出芽と遊走;3)血管内皮細胞の増殖;4)血管内皮細胞による管腔形成と血管網の構築という複数の事象から成っている。各ステップは種々の血管新生促進因子(血管新生因子)あるいは抑制因子により制御されており、腫瘍で見られる病的な血管新生の亢進は、これらの因子の制御バランスの破綻に基づくことが示唆されている。しかし、これまでに、腫瘍の血管新生に関与する因子としては、vascular endothelial growth factor(VEGF)およびfibroblast growth factor(FGF)を含む多種の因子が単離されているとともに産生細胞も多岐に渡っており、腫瘍の血管新生を惹起する主要な機序、ならびに、その腫瘍細胞の血管新生能や固形腫瘍形成能さらには癌の悪性度との関連性は不明確である。これらの解明は血管新生阻害剤の創薬研究を進める上でも重要であり、本論文では、腫瘍細胞の産生する血管新生因子に着目し、各種腫瘍細胞におけるFGFあるいはVEGF産生能と血管新生能ならびに固形腫瘍形成能との関連性について論じる。さらに、FGFとVEGFの重要性を解明するため、各遺伝子の導入細胞株を用いて解析を進め、これらの因子が各種細胞の血管新生能と固形腫瘍形成能さらには癌の悪性度に関与することを示す。最後に、認識エピトープの異なる抗bFGF中和モノクローナル抗体の抗腫瘍効果を解析し、血管新生因子の癌治療における標的としての可能性と有効な標的部位について論じる。

Fig.1 血管新生のステップと腫瘍による誘導機構.-第一章腫瘍細胞の血管新生因子産生能と固形腫瘍形成能との関連性に関する検討-

 ヌードマウス皮下で固形腫瘍形成能を示すヒト腫瘍細胞3株(A549肺癌、PC14肺癌、WiDr大腸癌)はいずれもマウス皮下に顕著な血管新生を誘導したのに対して,固形腫瘍形成能を示さない2株(MDA-MB-415乳癌、QG90肺癌)はBALB/c 3T3マウス線維芽細胞と同様に血管新生能をほとんど示さないことを明らかにした。RT-PCRにより、VEGF mRNA発現は検討したすべての腫瘍細胞において、また、FGF(basic FGF(bFGF)とacidic FGF(aFGF))のmRNA発現も一部の腫瘍細胞で検出され、これらの因子のmRNA発現の有無と固形腫瘍形成能との間に関連性は認められなかった。しかし、これらの腫瘍細胞の培養上清あるいは細胞抽出液中のin vitroでの血管内皮細胞増殖活性はin vivo血管新生能とよく相関しており、その増殖活性は抗bFGF、抗aFGFあるいは抗VEGF中和抗体により完全に抑制されることを見出した。さらに、ELISAにより定量したこれらの因子の産生量が血管内皮細胞増殖活性とよく相関することを明らかにし、血管内皮細胞増殖活性を有するVEGFあるいはFGFの腫瘍細胞による産生能が、腫瘍の血管新生能さらには固形腫瘍形成能を規定する重要な要因である可能性が示唆された。

-第二章hst-1遺伝子導入形質転換細胞の血管内皮細胞増殖活性と癌の悪性形質の獲得に関する解析-

 FGFファミリーの発現と癌の悪性度との関連性を検証するため、BALB/c 3T3細胞へFGFファミリーの1つであるhst-1遺伝子を導入してhst-1発現量の異なる形質転換細胞株2クローン(TC-1、TC-2)を樹立した。これら2クローンにおいて、オートクライン刺激により獲得したin vitroの悪性形質は同等であったが、パラクライン刺激による培養上清中の血管内皮細胞増殖活性はhst-1発現量と相関してTC-1の方がTC-2よりも強いことが明らかになった。いずれの株もヌードマウス皮下での固形腫瘍形成能を獲得していたが、移植細胞数を減らすに従い、TC-2の腫瘍形成はTC-1に比して有意な遅延を示し、hst-1発現量の多いTC-1の方がTC-2よりも高い固形腫瘍形成能を有することを見出した。さらに、これらのクローンをマウス尾静脈内に移入した場合、ともに肺に多数の転移結節を形成したが、TC-1移入マウスの生存日数はTC-2に比して顕著に短かった。従って、TC-1のTC-2よりも高いHST-1産生能に基づく強い血管内皮細胞増殖活性が、in vivoにおけるTC-1のより高い悪性度に寄与する可能性が示唆され、hst-1のようなFGFファミリーの過剰発現に伴う血管新生能の亢進が癌の悪性化に関与することが考えられた。

-第三章VEGF遺伝子導入の腫瘍血管新生能ならびに固形腫瘍形成能に及ぼす効果に関する解析-

 VEGFは広範な各種腫瘍で産生され、その受容体の局在から血管内皮細胞に対して選択性の高い増殖因子である。bFGF産生能および固形腫瘍形成能の異なるVEGF低産生腫瘍細胞3株(QG90肺癌、RPMI4788大腸癌、MCF-7乳癌)にVEGF遺伝子を導入することにより、いずれの細胞株も、VEGFの産生能を親株に比して3から10倍程度亢進して培養上清中に明確な血管内皮細胞増殖活性を示した。bFGF産生能が低く固形腫瘍形成能を示さないQG90は、VEGF産生能の亢進によりマウス皮下での有意な血管新生能と固形腫瘍形成能を獲得することが明らかになった。一方、QG90よりも高いbFGF産生能を有しておりマウス皮下での有意な血管新生能と固形腫瘍形成能を示すRPMI4788も、VEGF産生能の亢進により親株に比して顕著に血管に富んだ腫瘍塊を形成して固形腫瘍形成能を増大した。さらに、エストロジェン依存性増殖を示すMCF-7では、VEGF産生能の亢進によりエストロジェン非投与マウスでの固形腫瘍形成能を獲得するとともに、エストロジェン投与マウスでの固形腫瘍形成能も親株に比して顕著に増大し血管に富んだ腫瘍塊を形成することが明らかになった。以上より、VEGFは広範な腫瘍の血管新生能を顕著に増大させる強い活性を有しており、その産生能の亢進は固形腫瘍形成能の増大といった癌の悪性化に密接に関与する可能性が示唆された。

-第四章抗bFGF中和モノクローナル抗体(mAb)のin vitroおよびin vivo中和効果に関する解析-

 これまでその有効性が不明確であった抗bFGF中和抗体の効果を明らかにするため、認識エピトープの異なる2種の抗bFGF中和モノクローナル抗体2G11と1E6を作成した。これらのbFGF結合性および血管内皮細胞のbFGF依存性増殖に対する中和活性は同等であったが、各抗体を1:1で混合した場合、相乗効果を示して中和活性が10倍程度上昇することを見出した。bFGFはヘパリン結合性増殖因子であり、FGF受容体への結合には直接的結合部位に加えてFGFおよび受容体の各ヘパリン結合領域が重要であることが報告されている。1E6と異なり、2G11のbFGF結合性および中和活性はヘパリン共存下で低下したことから、2G11の認識するエピトープはbFGFのヘパリン結合領域もしくはその近傍であること、1E6の認識するエピトープはbFGFの受容体への直接的結合部位近傍であることが推察され、これらの抗体がbFGFの受容体結合に重要な異なったエピトープを認識することにより中和活性の相乗効果を示すものと考えられた。いずれの抗体もbFGF産生大腸癌株RPMI4788のin vitro増殖に対する直接的効果を示さなかったが,ヘパリンの影響を受けない1E6はヌードマウス皮下での同固形腫瘍形成に対して有意な抑制効果を示すことを見出し,RPMI4788の固形腫瘍形成におけるbFGFの血管新生誘導活性の重要性が示唆された。一方、ヘパリンにより中和活性が低下する2G11はin vivoでは無効であることが明らかになり、ヘパリン結合領域近傍を認識するような中和抗体はin vivoに多く存在するヘパラン硫酸等と拮抗するために、in vivo中和活性を発現しにくいことが推察された。従って、抗bFGF中和抗体のin vivo効果は認識するエピトープにより異なっており、抗腫瘍活性の発現にはヘパリンと競合しないエピトープの認識が重要であることが示唆された。

-結論(研究成果)-

 本研究により、腫瘍細胞のマウス皮下での固形腫瘍形成能と血管新生能が腫瘍細胞自体のVEGFあるいはFGF産生能に強く依存していることを立証した。さらにこれらの因子の産生能の増大が転移部位での増殖性の亢進やホルモン非依存性増殖性の獲得といった腫瘍の悪性度の亢進にも関与することを見出した。これらの知見は、腫瘍細胞の産生するVEGFやFGFの活性阻害によりその固形腫瘍形成能や悪性度の亢進を阻止できることを示唆しており、血管新生阻害による癌治療の可能性と有用性を支持するものと考える。臨床において、癌患者の予後の悪さと腫瘍組織の血管数の間に高い相関性が認められており、本研究で樹立、解析した一連の細胞株は、臨床を反映したモデル系としても、癌の病態解析や血管新生阻害剤の創薬研究に有用であると考えられる。また、これまで不明確であった抗bFGF中和抗体の有効性に関して、そのin vivo効果は認識するエピトープにより大きく異なり、阻害活性の発現にはヘパリンと拮抗しないエピトープの認識が重要であることを明らかにした。本知見は、中和抗体のみならず、血管新生因子阻害物質の標的部位を考える上でも有用であると考えられる。本研究で得られた成果が、腫瘍の病態の分子機構解析ならびに血管新生阻害剤の創薬研究に寄与することが期待される。

審査要旨

 固形腫瘍の増殖は血管新生に依存しており、血管新生を特異的に阻害する物質は新たなアプローチに基づく治療薬となる可能性がある。血管新生過程は、既存血管の基底膜の破壊、血管内皮細胞の出芽と遊走、血管内皮細胞の増殖、血管内皮細胞による管腔形成と血管網の構築、という複数の事象から成っている。各ステップは種々の血管新生促進因子(血管新生因子)あるいは抑制因子により制御されており、腫瘍で見られる病的な血管新生の亢進は、これらの因子の制御バランスの破綻に基づくことが示唆されている。従って、血管新生因子の活性阻害は癌治療につながる可能性がある。しかし、腫瘍の血管新生に関与する因子としては、vascular endothelial growth factor(VEGF)およびfibroblast growth factor(FGF)をはじめとして多種の因子が単離されているとともに、それらの産生細胞も多岐に渡っており、腫瘍の血管新生を惹起する主要な機序、ならびに、その血管新生能と固形腫瘍形成能さらには癌の悪性度との関連性は不明確である。

 本研究では、腫瘍細胞の産生する血管新生因子に着目して検討を進め、腫瘍細胞におけるVEGFあるいはFGFの産生能と腫瘍の血管新生能ならびに固形腫瘍形成能や悪性度との関連性について、遺伝子導入細胞を含む各種腫瘍細胞株ならびに中和抗体を用いて解析することにより、以下に示す成果を得ている。

1.腫瘍細胞の血管新生因子産生能と固形腫瘍形成能との関連性

 ヌードマウス皮下で固形腫瘍形成能を示すヒト腫瘍細胞3株はいずれもマウス皮下に顕著な血管新生を誘導するのに対して、固形腫瘍形成能を示さない2株はBALB/c 3T3マウス線維芽細胞と同様に血管新生能をほとんど示さないことが見出された。血管新生機序について解析した結果、これらの腫瘍細胞の培養上清あるいは細胞抽出液中のin vitroでの血管内皮細胞増殖活性がin vivo血管新生能とよく相関しており、その増殖活性は抗bFGF、抗aFGFあるいは抗VEGF中和抗体により完全に抑制されること、さらに、これらの因子の産生量が血管内皮細胞増殖活性とよく相関することが示された。

2.hst-1遺伝子導入形質転換細胞の血管内皮細胞増殖活性と癌の悪性形質の獲得

 FGFファミリーの1つであるhst-1遺伝子のBALB/c 3T3細胞への導入により樹立した形質転換細胞株2クローン(TC-1、TC-2)において、in vitroの悪性形質は同等であるが、培養上清中の血管内皮細胞増殖活性はhst-1発現量と相関してTC-1の方がTC-2よりも強いことが示された。これらのクローンをマウス皮下あるいは静脈内に移植した場合の細胞特性を解析した結果、hst-1発現量の高いTC-1の方がTC-2よりも高い固形腫瘍形成能ならびに悪性度を有することが見出され、hst-1のようなFGFファミリーの過剰発現に伴う血管新生能の亢進が癌の悪性化に関与する可能性が示された。

3.VEGF遺伝子導入の腫瘍血管新生能ならびに固形腫瘍形成能に及ぼす効果

 FGF産生能および固形腫瘍形成能の異なるVEGF低産生腫瘍細胞3株にVEGF遺伝子を導入することにより、いずれの細胞株もVEGFの産生能を亢進して培養上清中に明確な血管内皮細胞増殖活性を示す一方、in vitroでの増殖特性およびFGF産生能は変化しないことが示された。VEGF産生能の亢進は、これらの腫瘍細胞のマウス皮下での血管新生能を増大し、固形腫瘍形成能の獲得あるいは亢進に寄与すること、さらに、ホルモン依存性腫瘍細胞のホルモン非依存性固形腫瘍形成能の獲得にも関与することが見出された。

4.抗bFGF中和モノクローナル抗体(mAb)のin vitroおよびin vivo中和効果

 抗bFGF中和モノクローナル抗体2G11と1E6は相乗効果を示すこと、さらに、1E6と異なり2G11の活性はヘパリン共存下で低下することがら、これらはbFGFの受容体結合に重要な異なったエピトープ(bFGFのヘパリン結合領域および受容体への直接的結合領域)を認識することが推察された。ヘパリンの影響を受けない1E6は、bFGF産生大腸癌株RPMI4788のin vitro増殖に対する直接的効果を示さないが、ヌードマウス皮下での同固形腫瘍形成に対して有意な抑制効果を示すことが見出され、その固形腫瘍形成においてbFGFによる血管新生誘導活性の重要性が示唆された。一方、ヘパリンにより中和活性が低下する2G11はin vivoでは無効であることが明らかにされ、抗bFGF中和抗体のin vivo効果は認識するエピトープにより大きく異なることが示唆された。

 以上本研究は、腫瘍細胞の固形腫瘍形成能と血管新生能が腫瘍細胞自体のVEGFあるいはFGF産生能に強く依存していること、これらの因子の産生能の増大は腫瘍の悪性化にも強く関与すること、さらに、抗bFGF中和抗体の抗腫瘍活性の発現にはヘパリンと拮抗しないエピトープの認識が重要であることを明らかにしている。これらの研究成果は、血管新生阻害による癌治療の可能性と有用性ならびに阻害剤の有効な標的部位を示したものと考えられ、腫瘍血管新生の分子機構の解析ならびに血管新生阻害剤の創薬研究を進める上で重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)に値するものと判断した。

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