学位論文要旨



No 214426
著者(漢字) 石橋,公樹
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,コウキ
標題(和) テストステロン5-レダクターゼ阻害剤の合成研究
標題(洋)
報告番号 214426
報告番号 乙14426
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14426号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 樋口,恒彦
内容要旨

 前立腺肥大症は残尿感、頻尿、尿勢の減弱などの排尿障害を主症状とする疾患であり、これらの症状は肥大した前立腺が尿道を圧迫することにより現れる。前立腺の肥大は前立腺細胞内でのジヒドロテストステロン(DHT)の過度の産生により生じることから、DHT産生に関与するtestosterone 5-reductase(以下5-Rと記す)を選択的に阻害する薬剤は、副作用の少ない有効な前立腺肥大症治療薬となりうると考えられ、その研究は近年活発に行われている。これまでに報告されている5-R阻害剤は、ステロイド型阻害剤と非ステロイド型阻害剤に分類される。ステロイド型阻害剤の一つであるMK 906(Merck,Figure 1)は、前立腺肥大症治療薬として用いられている唯一の5-R阻害剤であるが、効果、副作用(性機能障害)の面で必ずしも満足のゆくものではないことが報告されている。また、非ステロイド型阻害剤では、臨床試験においてMK 906に優る薬効を示すものは未だ見い出されていない。

 筆者は新規5-R阻害剤の研究を行うにあたり、ステロイド型阻害剤及び非ステロイド型阻害剤それぞれが有する阻害活性の強さ及び副作用の軽減という利点に着目し、まず始めに、(1)MK 906に優る5-R阻害活性及び前立腺重量抑制活性を有するステロイド型阻害剤を見い出すこと、次いで、(2)強い5-R阻害活性を示す新規骨格を有する非ステロイド型阻害剤を見い出すこと、を目的として本研究に着手した。

1.4アザアンドロスタン誘導体

 新規ステロイド型阻害剤の探索を開始するにあたり、(1)5-R阻害活性の強さ、(2)多様な骨格変換の可能性、(3)ステロイド化合物の示す生理活性と17位側鎖の構造の関連性を考慮し、さらに、(4)-電子相互作用による酵素との親和性の増大をあわせて考え、Figure 2に示す誘導体の合成と活性評価を計画した。

図表Fugure 1 / Figure 2

 まず、17位カルバモイル基の窒素上にアリール基及びアリールメチル基を導入した誘導体の合成と活性評価を行ったところ、ラット5-Rに対してはMK 906より強い阻害活性を示したが、ヒト5-Rに対する活性はMK 906以下であった。ここで、N-フェニル誘導体とMK 906などのステロイド型阻害剤の17位側鎖構造の比較から、ヒト5-Rに対する阻害活性を向上させるためには窒素上の置換基がかさ高さを有する必要があると考え、次にFigure 3に示す誘導体の合成と活性評価を行った。

 これらの誘導体はいずれもラット5-Rに対して強い阻害活性を示すと同時に、ヒト5-Rに対する阻害活性が大きく向上した。1の17位カルバモイル基については、アミド結合が形成する平面の両側の空間を満たす形で2つのフェニル基が存在することがX線結晶構造より示された(Figure 4)。

図表Figure 3 / Figure 4

 一方、17位側鎖を変換した誘導体の他にステロイド骨格を変換した誘導体の合成も実施したが、強い5-R阻害活性を示す化合物は見い出せなかった。

 これまでに合成した誘導体1、2についてラット前立腺重量抑制試験を行ったところ、それらの抑制率はMK 906より低いものであった。MK 906とのclog P値の比較から、吸収性の低下がその原因の一つであると予想されたため、ステロイド骨格あるいは17位側鎖について水溶性増大を考慮した変換を行ったが、合成した誘導体の前立腺重量抑制活性についてはMK 906との明確な差が見られなかった。

 そこで、17位カルバモイル基内のフェニル基を1つに減らした誘導体5及びその類縁体の合成と活性評価を行った(Figure 5)。投与量5mg/kgでは5及びメトキシ置換体6〜9が、1mg/kgでは6のみがMK 906と同等以上の有意な前立腺重量抑制活性を示し、さらに6は投与量0.2mg/kgにおいても有意な抑制を示した。

 以上の様な経緯で見い出された6は開発化合物(開発コード:CS 891)として選定され、現在臨床試験中である。CS 891の17位カルバモイル基については、アミド結合の形成する平面の両側の空間が1つのメチル基とメトキシフェニル基により満たされていることがX線結晶解析より示された(Figure 6)。CS 891の合成は2,4,6-トリイソプロピルベンゼンスルホニルクロリドを用いる縮合法を利用して行っている。CS 891はヒト5-Rに対してMK 906の3倍の強さの阻害活性を示すことから、ヒトにおいても優れた前立腺肥大縮小効果を示すことが期待されている。

図表Figure 5 / Figure6
2.2-フェニルベンゾフラン誘導体

 非ステロイド型構造を有する5-R阻害剤は、ホルモン作用に起因する性機能障害を発現する可能性がより小さいと期待される。そこで、ステロイド型阻害剤の研究の過程で別途見い出した7をリード化合物として、新規骨格を有する非ステロイド型阻害剤の探索を行った(Figure 7)。7のステロイド骨格部分を非ステロイド型骨格に置き換えた誘導体を種々合成したところ、2-フェニルベンゾフラン骨格を有する8がラット5-R阻害活性を示すことが明らがとなった(Figure 8)。そこで、8の5位カルバモイル基部分を変換した誘導体を合成して構造活性相関を検討した(Figure 8)。

図表Figure 7 / Figure 8

 ラット5-Rに対する阻害活性は、5-カルバモイル体が5-アルキルアミノ体よりやや強く、6-アルキルアミノ体では対応する5位置換体より低下したが、6-カルバモイル体では5位置換体と同等以上であった。一方、ヒト5-Rに対して5位置換体は全く活性を示さなかったが、6位置換体は阻害活性を示した。これらの結果から6位にカルバモイル基を有する2-フェニルベンゾフラン誘導体がラット及びヒト5-Rに対してともに阻害活性を示すことが明らかとなった。

 以上述べた様に、筆者は、17位カルバモイル基の窒素上に芳香環を含む置換基を有する新規4-アザアンドロスタン誘導体の合成と活性評価を行い、ラット及びヒト5-Rに対してともに強い阻害活性を示すために必要な立体構造的な要素を明らかにし、MK 906に優る5-R阻害活性及びラット前立腺重量抑制を示す誘導体CS 891を見い出した。また、新規骨格を有する非ステロイド型阻害剤の探索を行い、6位にカルバモイル基を有する2-フェニルベンゾフラン誘導体がラット及びヒト5-Rに対してともに阻害活性を示すことを明らかにした。ここで得られた知見をもとに優れた5-R阻害剤が創製されることを願っている。

審査要旨

 前立腺肥大症は残尿感、頻尿、尿勢の減弱などの排尿障害を主症状とする疾患であり、これらの症状は肥大した前立腺が尿道を圧迫することにより現れる。前立腺の肥大は前立腺細胞内でのジヒドロテストステロン(DHT)の過度の産生により生じることから、DHT産生に関与するtestosterone 5-reductase(以下5-Rと記す)を選択的に阻害する薬剤は、副作用の少ない有効な前立腺肥大症治療薬となりうると考えられ、その研究は近年活発に行われている。これまでに報告されている5-R阻害剤は、ステロイド型阻害剤と非ステロイド型阻害剤に分類される。ステロイド型阻害剤の一つであるMK 906(Merck,Figure 1)は、前立腺肥大症治療薬として用いられている唯一の5-R阻害剤であるが、効果、副作用(性機能障害)の面で必ずしも満足のゆくものではないことが報告されている。また、非ステロイド型阻害剤では、臨床試験においてMK 906に優る薬効を示すものは未だ見い出されていない。

 石橋公樹は新規5-R阻害剤の研究を行うにあたり、ステロイド型阻害剤及び非ステロイド型阻害剤それぞれが有する阻害活性の強さ及び副作用の軽減という利点に着目しまず始めに、(1)MK 906に優る5-R阻害活性及び前立腺重量抑制活性を有するステロイド型阻害剤を見い出すこと、次いで、(2)強い5-R阻害活性を示す新規骨格を有する非ステロイド型阻害剤を見い出すこと、を目的として本研究に着手した。

1.4アザアンドロスタン誘導体

 新規ステロイド型阻害剤の探索を開始するにあたり、(1)5-R阻害活性の強さ、(2)多様な骨格変換の可能性、(3)ステロイド化合物の示す生理活性と17立側鎖の構造の関連性を考慮し、さらに、(4)-電子相互作用による酵素との親和性の増大をあわせて考え、Figure 2に示す誘導体の合成と活性評価を計画した。

図表Figure 1 / Figure 2

 数多くの医薬化学的検討を行った結果、投与量5mg/kgでは1及びメトキシ置換体2〜5が、1mg/kgでは2のみがMK 906と同等以上の有意な前立腺重量抑制活性を示し、さらに2は投与量0.2mg/kgにおいても有意な抑制を示した。

 最終的に2が開発化合物(開発コード:CS 891)として選定され、現在臨床試験中である。CS 891の17位カルバモイル基については、アミド結合の形成する平面の両側の空間が1つのメチル基とメトキシフェニル基により満たされていることがX線結晶解析より示された(Figure 4)。なお、CS 891の合成は2,4,6-トリイソプロピルベンゼンスルホニルクロリドを用いる縮合法を利用して行っている。CS 891はヒト5-Rに対しでMK 906の3倍の強さの阻害活性を示すことから、ヒトにおいても優れた前立腺肥大縮小効果を示すことが期待されている。

図表Figure 3 / Figure 4
2.2-フェニルベンゾフラン誘導体

 非ステロイド型構造を有する5-R阻害剤は、ホルモン作用に起因する性機能障害を発現する可能性がより小さいと期待される。そこで、ステロイド型阻害剤の研究の過程で別途見い出した6をリード化合物として、新規骨格を有する非ステロイド型阻害剤の探索を行った(Figure 5)。6のステロイド骨格部分を非ステロイド型骨格に置き換えた誘導体を種々合成したところ、2-フェニルベンゾフラン骨格を有する7がラット5-R阻害活性を示すことが明らかとなった(Figure 6)。そこで、7の5位カルバモイル基部分を変換した誘導体を合成して構造活性相関を検討した(Figure 6)。

図表Figure 5 / Figure 6

 ラット5-Rに対する阻害活性は、5-カルバモイル体が5-アルキルアミノ体よりやや強く、6-アルキルアミノ体では対応する5位置換体より低下したが、6-カルバモイル体では5位置換体と同等以上であった。一方、ヒト5-Rに対して5位置換体は全く活性を示さなかったが、6位置換体は阻害活性を示した。これらの結果から6位にカルバモイル基を有する2-フェニルベンゾフラン誘導体がラット及びヒト5-Rに対してともに阻害活性を示すことが明らかとなった。

 以上のごとく、石橋公樹の研究は、新規医薬開発上重要な知見を得ており、博士(薬学)に十分値すると認められる。

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