学位論文要旨



No 214428
著者(漢字) 白神,誠
著者(英字)
著者(カナ) シラガミ,マコト
標題(和) わが国のオーファンドラッグ開発支援制度
標題(洋)
報告番号 214428
報告番号 乙14428
学位授与日 1999.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14428号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 長野,哲雄
内容要旨

 オーファンドラッグ(OD)とは、医療上の必要性が高いにもかかわらず、患者数が少ないことによりその研究開発が進んでいない医薬品のことで、具体的には、わが国での、患者数が5万人未満で代替薬や代替治療法がない重篤な疾病を対象とする医薬品と定義されている。ODは、販売しても開発経費が回収できないことから、製薬企業は積極的には開発しようとはしない。そこで、少しでも開発の支援をしようということで、厚生省は、1985年6月29日に担当課長通知を発出して添付資料の簡素化等を行った。ついで、1993年4月に薬事法を改正し、同年10月から、助成金の交付等の開発支援策を導入した。

 本研究の目的は、この支援制度がODの開発促進に与えた結果を分析し、一層の開発促進を図るための改善案を提示することである。本研究を進めるに当たり、まず支援制度導入前後を比較し、本支援制度がOD開発に真に貢献したのかどうかを分析した。次にこれまでに本制度を利用した製薬企業を対象にアンケート調査を行い、OD開発の主体である製薬企業がこれらの支援制度をどのように考えているのかを明らかにし、最後に支援制度導入後5年間のODの開発状況を分析するとともに米国の状況との比較を行い、それらも踏まえ、現在の支援制度の問題点を浮き彫りにし、今後の改善策を提案した。

結果1.オーファンドラッグ開発促進支援策の効果

 再審査制度の導入等の薬事法改正が行われた1980年6月から1985年に通知が出されるまで(第I期)、通知から改正薬事法が施行されるまで(第II期)、及び改正薬事法施行後1998年3月まで(第III期)の3つの時期に分けて承認されたOD数及び申請から承認までに要した期間を比較した。第I期については、承認された効能を現在のODの定義に当てはめ、これに該当するものをODとした。

 承認されたOD品目数は、1年当たり第I期2.4品目であるのに対して第II期は3.9品目、第III期は7.6品目であり、第I期の約3.2倍、第II期の約1.9倍に増加した。全新薬承認数に占めるODの割合も、それぞれ4.2%,6.3%,19.0%と第III期は第I期の約3.2倍、第II期の約1.9倍に増加した。これは、わが国の支援策が米国とほぼ同様の効果があったことを示している。各期間に承認されたODに占める国内開発品の割合は、33.3%、25.0%,23.5%と国内開発を促進した結果とはなっていない。全新薬では47%前後が国内開発品であり、ODの場合は半分程度に過ぎない。承認された医薬品の申請から承認までの期間の中間値は第I期26ヶ月、第II期18.5ヶ月、第III期16ヶ月であり、第II期,第III期とも第I期に比べ統計的に有意に短縮されている。さらに第III期について承認申請が行われた年毎に区分してみると、1993年に23ヶ月であったものが、1996年12ヶ月、1997年9ヶ月と大幅に短縮されてきている。他の医薬品に比べてほぼ半分の期間で承認に至っているものと思われる。なお、OD指定から承認までの期間の中間値は24ヶ月であった。

2.企業意識調査によるオーファンドラッグ開発促進支援制度の評価

 OD指定後に臨床試験等を行った87品目の申請者56社に対してアンケート調査を行った。OD指定申請に際しても指定後も支援策のうち「優先審査」、「指導・助言」の順で評価されており、両者で指定前は全体の92.0%,指定後は全体の72.0%がいずれかを第1位に挙げている。逆にメリットを感じなかったとされた支援策は、「助成金」、「税額控除」の順で全体の64.8%を占めた。

 OD開発に関連した厚生省への要望を含めアンケートからは、企業は、優先審査による開発期間の短縮と指導・助言による開発の効率化を強く望んでいることがわかる。より広範囲な指導・助言や指導・助言の内容が審査部門で尊重されることが要望されている。さらに、指導・助言に時間がかかり、優先審査が生かされていないとの苦情もある。米国で、大きなインセンティブになっている販売独占権の付与と同一趣旨の再審査期間の延長については、米国ほどの評価はされていない。再審査期間の延長が市販後調査の長期化を伴うのでかえって企業の負担を大きくしているとの指摘もある。助成金の交付と税額控除については、手続きの煩雑さもあり評価は低い。

 対象87品目のうち64品目で外部からの働きかけがあった。働きかけ件数のべ89件のうち、最多は学会からで29品目、以下厚生省、厚生省の研究班の順であった。厚生省では、1979年からODの研究開発を自ら進める新薬開発研究事業等を行ってきているが11件はそこで取り上げられたものであった。

3.わが国のオーファンドラッグ開発状況

 OD指定件数は1998年3月末までで113件であるが、厚生省からの要請で開発された7件を除いた106件を分析の対象とした。これらのうち34件が承認されている。国内開発品は31件で、33件はOD指定時に既に国外で承認されており、国内で一から開発に着手したものは9件のみであった。90成分が指定され、13成分は2回以上の指定を受けており、新規成分・新規効能は54成分であった。

 OD指定を受けた申請者は、延べ114件に対し70社であり、2回以上指定を受けた申請者は24社であった。57社は、指定までにわが国で新薬の承認取得の経験があり、29社は、外資系の企業であった。

 成分又は効能が異なる99件の指定疾患は、エイズを含む感染症及び感染症に伴う症状を目的としたものが23件と最も多かった。国の難病調査研究事業の対象118疾患のうちの15疾患に対し25成分が指定されている。指定疾患の患者数は、10000人以下が全体の91.9%を占めている。

4.米国のオーファンドラッグ開発状況との比較

 米国との比較は、Shulmanらの報告を基に行いその分析にあわせるため取り消された5件を除いた101件を対象とした。この場合指定成分数は86、申請者は68社であった。1年当たりのOD指定件数は、日本22.4件に対し米国48.5件であった。指定件数に占める承認件数の割合は日本33.7%に対し米国19.2%と、日本は米国の約1.8倍であった。米国での指定成分数は450成分であり生物学的製剤の比率は日本35.3%、米国38.2%と差はなかった。米国では、繰り返し指定を受けた成分が22.4%と日本の15.3%に比べ高い。米国での新規の成分は、全指定成分の73.8%で、日本の58.8%に比べ割合が高い。

 米国における申請者数は302で、1申請者当たりの指定件数は、日本1.5件に対し米国2.1件と米国の方が多い。日本での指定疾患を米国調査での疾患分類に合わせてみると、エイズが17件と最も多く、米国とは一部を除けば、比率には違いがあるもののほぼ同じ順となっている。

考察

 支援策の導入により開発に着手されるODが増え、審査期間も大幅に短縮されオーファン疾病に苦しむ患者がいち早く有用な医薬品にアクセスできるようになった。このようにOD開発支援制度は一定の成果をあげてきたが、1年当たりの指定件数では米国のほぼ半分に留まっている。一層の推進を図るためには、開発経費の削減や、開発期間の短縮あるいは開発経費の早期の回収が図られるような配慮が必要であり、具体的には、指導・助言の充実、その内容の審査過程への反映、海外データの積極的な活用、審査ガイドラインの弾力的な運用、厚生省の研究班での積極的な取り上げ、研究班データの承認審査への活用等を検討すべきである。

 わが国のODの特徴は、その開発が大手製薬企業により行われ、社会的要請がありかつ開発リスクが少なく開発経費の少ないものが選ばれる傾向にあることから説明できる。OD開発支援制度が国内開発の拡大には効果がなかったことも明らかとなったが、ODの国内開発の促進は、世界の医療に貢献するという観点からもまた産業育成の観点からも重要である。ODの国内開発は、ベンチャーによるところが大きい。現に米国ではOD指定申請者の77%がベンチャーと思われるが、わが国ではわずか3%に過ぎず、国産ベンチャーは1社もない。日本ではこれまでバイオベンチャーが育っていない。このため、ここ数年、ベンチャー支援の施策が次々と打ち出されてきたが、製品化までに時間のかかる医薬品ベンチャーには必ずしも十分ではない。医薬品ベンチャーに特化した支援策を検討していく必要があり、例えば、助成金のベンチャーへの重点的な配分、研究経費の50%以内という枠や原則3年間という期間にとらわれない交付も有効である。OD開発期間中に利益をあげることのないベンチャーにとっては、米国のように税額控除の繰り越しを認めることも有効である。

 最近では、医薬品開発のソースはベンチャーから得ることが多くなっている。わが国でバイオベンチャーが育つことが、わが国の医薬品産業の発展を左右することになる。ODの開発にベンチャーを引きつけることができるような制度とすることが、バイオベンチャーを育てひいてはわが国の医薬品産業の発展をもたらすことになる。OD開発支援制度のあり方をこのような観点から考えていくことも必要である。

審査要旨

 オーファンドラッグ(OD)とは日本での患者数が5万人未溝で代替薬、代替治療法がない重篤な疾病を対象とする医薬品と定義される。一般に開発経費の回収が困難であるため企業は開発に積極的ではない。OD開発の促進を目的に日本においても厚生省が中心となって、開発支援(促進)制度(優先審査、事前の指導・助言、助成金、税額控除など)が導入されすでに7年余が経過している。本研究は日本におけるOD開発促進制度が開発に有効であったかどうかを、制度導入前後での開発経緯の比較分析、企業側がこの制度をどうとらえているかの意識調査、日米間でに開発状況の比較検討などを通じて明らかにして、現在の支援(促進)制度の問題点を浮き彫りにし、今後の改善策提言へのヒントを得ようとするものである。

OD開発促進制度導入前後での開発状況

 1980-1985を制度導入前期(I期)とし、厚生省薬事審査課長通達による申請時の添付資料の簡素化(1985)から薬事法改正(1993)までを導入準備期(II期)、1993-1998を導入後期(III期)としてODの開発状況を検討した。前期については承認された効能を現在のODの定義に当てはめ、これに該当するものをODとして扱った。承認品目数/年はIII期においてI期の3.2倍に増加していた。申請から承認までの期間はI期が26ヶ月、II期18.5ヶ月、III期16ヶ月であり、統計的有意に短縮されていることが判明した。特に最近(例えば1997年)では9ヶ月と大幅に短縮されており、他の医薬品の場合と比べて半分以下の期間で承認に至っている。ただし、各期間に承認されたODに占める国内開発品の割合は33%、25%、23%となることが判明し、全新薬での47%と比較して考えるに本制度の導入はODの国内開発を促進する効果をもたらしていないと結論された。指定疾患としてはエイズを含む感染症、感染症に伴う症状が最も多く、患者数10000人以下が全体の92%を占めている。申請者は25%が外資系企業であった。

企業意識調査にもとずくOD開発促進制度の評価

 OD指定申請に際して、また指定後においても促進制度のなかで「優先審査」が最も評価が高く、次いで「事前指導・助言」が評価され、逆に「助成金」、「税額控除」の評価は意外にも低かった。「販売独占権の付与」、「再審査期間の延長」も評価は低い結果となった。企業が開発期間の短縮、開発の効率化を最も期待していることがわかった。承認された品目のうち74%は企業の自発的開発ではなく、厚生省、あるいは厚生省研究班の働きかけで開発が行われたことも判明した。

日米間でのOD開発状況の比較検討

 様様な開発状況を両者で比較したところ、米国ではOD指定申請者の77%がベンチャーであるのに対して日本では主として大手製薬企業によって行われてきた点が最も顕著な相違点であった。日本ではベンチャーと思われる申請者は3%にすぎず、純粋の国産企業は皆無であった。

 OD開発促進制度導入によって、承認ODの数が増加し、難病に苦しむ一部の患者が有用な医薬品にアクセスできるようになり、一定の成果をあげてきた。しかし、指定件数/年は今日でも米国の約50%にとどまり、前述のように国内開発の拡大効果も認められなかった。OD開発に米国でのベンチャーの貢献を考えると日本においても医薬品ベンチャーに特化した支援体制を検討していく必要がありそうである。

 以上本研究はOD開発の現状を様様な角度から統計的に分析し、問題点を指摘、将来への展望を提言したもので、今後の医薬品開発に寄与するところがあり、博士(薬学)に値すると判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51129