内容要旨 | | これまでの研究では,天体の形状を議論するとき,自己重力を含めた重力場について論じられてきた.自己重力は天体を球形にする.天体形状の球形からのずれを取り扱う場合,自己重力を考慮する必要はないと考えられる.そこで,本研究では を定義して,その定式化に基づいて天体の形状を論じた.水星の形状を予測し,月とフォボスの形状データに定式化の結果を適用した. 残留重力場は天体に固定された座標系で と表される.右辺第1項は天体の角速度の変化,第2項は遠心力,そして第3項は潮汐力である.また,は天体に固定された座標系の原点から任意の点までの位置ベクトルである.右辺第1項は楕円軌道の効果に現れる.これは公転の一周期について平均するとゼロになるので天体の変形には影響しない. 残留重力場を自転と公転の周期の大小関係により,以下の4タイプに分類しな:(a)自転と公転の周期が同期した場合.(b)自転が支配的な場合,(c)公転が支配的な場合,および(d)自転と公転の周期の間に尽数関係がある場合.これらのタイプの残留重力と天体の形状の関係を静水圧平衡理論に基づいて論じた. 水星形状の予測 水星の自転周期は59日,公転周期は88日である.すなわち,自転と公転の周期の間に2/3の尽数関係が成立する.尽数関係がある場合の例として水星をとりあげ,定式化の結果を適用してその形状を予測した. まず,密度が一様なモデルを用いて扁平率f=2.11×10-6と重力ポテンシャル係数J2=8.45×10-7を得た.赤道面の張り出しに関係するJ2が小さいので形状は球形にかなり近いと考えられる. 水星には大きなコアが存在するといわれている,そこで,コアとマントルよりなる二層モデルについて,コアの扁平率と重力ポテンシャル係数J2の関係を定量的に考察した(図1).半径1600kmおよび密度8.0g/cm3の球形のコア(ac/a=0.66)を仮定すると二層モデルに基づいて算出された重力ポテンシャル係数は一様モデルにるものより19パーセントほど小さくなり,=(1-0.19)×J2=6.84×10-7となった,つまり,二層モデルで評価した水星の形状は更に球形に近づくことになる. 図1:コアの扁平率fcと重力ポテンシャル係数の関係,横軸はコア扁平率fcと全体の扁平率fの比,縦軸はポテンシャル係数の変化の割合(-J2)/J2である.月の形状データへの適用 月のように公転と自転の周期が同期した天体に式(1)を適用して,残留重力場を具体的に表現すると となる.ここに,Gは万有引力定数,Mは重力源の質量,rは重力源と天体の距離である.また+x軸を重力源向き,z軸を自転軸方向,それらと右手系をなす方向にy軸を設定した.式(2)より,座標原点から等距離にあるx,y,z軸上における残留重力の値をそれぞれAx,Ay,Azとすると をみたすことがわかる.静水圧平衡を仮定すると,この残留重力が球対称な等ポテンシャル面に作用したときx,y,z軸方向の形状軸は式(3)に対応した割合で変化する.したがって,残留重力と天体の形状軸には相関関係があることが予測される. 月の重力モデルGoddard Lunar Gravity Model2(GLGM-2)を用いて,残留重力とジオイドの相関を調べた.その結果,月のジオイド高と残留重力には正の相関があることがわかった.つまり,残留重力は月の形状に影響を与えている.更に詳しく調べると,y軸方向の残留重力はゼロにあるにもかかわらず張り出しが見られることがわかった.これは次のように説明される.月は非同期自転をしていて回転対称な形状をしていた時代があった(自転角速度は現在の2.1倍).その後,同期自転をするようになり回転対称な形状に式(2)の残留重力が作用して3軸不等形状になった.ただし,これは残留重力から現在のジオイド形状を説明する唯一の解釈ではない.残留重力場と静水圧平衡から予測される月のジオイド高と実際の観測値を用いて最小二乗法により地球-月距離を求めると1.81×105kmとなる.つまり,現在の月ジオイドは月が地球に近かった時代の形状を保存していると解釈することもできる. 月の地形モデルGoddard Lunar Topography Model2B(GLTM-2B)を用いて,残留重力と地形の相関を調べた.その結果,残留重力と地形の相関には地域差があることがわかった.月の表側では残留重力との相関は弱いが裏側では相関が強い(図2).これは次のように説明できる.マグマオーシャンが冷却して原始地殻ができたとき,月全体は当時の残留重力場に適合する平衡形状であった.その後,表側で玄武岩質マグマの噴出により海が形成され原始地殻が保存していた残留重力の情報が失われてしまった.このように解釈すると,表側と裏側における残留重力と地形の相関の相違を説明できる.また,このことより月の表面がマグマオーシャンに覆われていた時代には同期自転をしていたことが推定できる. 図2:月の表側と裏側における地形と重力の相関の相違.表側の相関係数R=0.20に対して裏側の相関係数はR=0.71である. 月の重心と地形中心は一致していないといわれている.これを調べるために,残留重力とジオイド・地形の相関を仮定して重心の地形中心に対するオフセット量を見積もった.その結果,月の重心は地形中心に対して1.96kmほど地球側に偏っていることがわかった. フォボスの形状データへの適用 一般に,ある下限値より小さな質量の天体の形状は重力より破壊により支配されていると考えられる.そのような天体の例として火星の衛星フォボスをとりあげ,その形状は残留重力と破壊のいずれに支配されているかを調べた.フォボスは最長軸を火星の方向に向けて同期自転している小天体である.実験結果によると破壊が支配する場合,小天体の形状軸の比は2::1をみたす.他方,残留重力が支配する場合は同期自転の場合3:0:-1である.Vikingミッションより得られているフォボスの形状にこれら2つの比を当てはめて適合性を調べた.その結果によると,フォボスの形状は残留重力より破壊のほうが支配的であるといえる. |
審査要旨 | | 本論文は8章からなる.第1章は序論である,まず,これまで測地学,地球惑星科学および宇宙工学などで行われてきた重力に関する研究がレビューされている.次に,研究の目的と手法について述べられている. 第2章では残留重力場の定義と定式化について述べられている.天体の重力場から自己重力場を取り除いた場として残留重力場が定義されている. 第3章では残留重力場の分類を行っている.天体の自転と公転の周期の大小関係により,(1)自転と公転の周期が同期した場合,(2)自転が支配的な場合,(3)公転が支配的な場合,および(4)自転と公転の周期の間に尽数関係がある場合の四つのタイプについて述べられている. 第4章では残留重力場が球対称な等ポテンシャル面に作用したとき,その形状の変化について論じられている.第3章で分類されている(1),(2)および(3)のタイプの残留重力場では,等ポテンシャル面の球形からのずれの大きさは残留重力の分布と関係がある.他方,(4)のタイプの残留重力場では,等ポテンシャル面も球形からのずれの大きさは潮汐力のみに関係していることが示されている. 第5章では尽数関係がある場合の例として水星をとりあげ,定式化の結果を適用してその形状について論じている.まず,密度が一様なモデルを用いて重力ポテンシャル係数J2=8.45E-7が得られている.赤道面の張り出しに関係するJ2が小さいので形状は球形にかなり近いことが結論されている.次に,コアとマントルよりなる二層モデルについて,コアの扁平率と重力ポテンシャル係数J2の関係が論じられている.その結果によると,半径1600kmおよび密度8.0g/cm3の球形のコアを仮定すると二層モデルに基づいて算出された重力ポテンシャル係数J2は一様モデルにるものより19%ほど小さくなり,J2=6.84E-7となる.つまり,二層モデルで評価した水星の形状は更に球形に近づくことが結論されている. 第6章では定式化で得られた結果を月の実データへ適用している.まず,月の重力モデルGoddard Lunar Gravity Model2(GLGM-2)を用いて,月のジオイド高と残留重力には正の相関があることが示されている.また,残留重力がゼロである方向にジオイドの張り出しが見られることが指摘されており,これは以下のように二通りに解釈されている.(1)月は非同期自転をしていて回転対称な形状をしていた時代があった(自転角速度は現在の2.1倍).その後,同期自転をするようになり回転対称な形状に現在の同期自転の残留重力場が作用して3軸不等形状になった.(2)現在の月ジオイドは月が地球に近かった時代の形状を保存している.ジオイド高の理論値と実際の観測値を用いて,最小二乗法により,地球-月距離は1.81E5 kmと推定されている. 次に,月の地形モデルGoddard Lunar Topography Model2B(GLTM-2B)を用いて,残留重力と地形の相関が調べられている.残留重力と地形の相関には地域差がある,月の表側では残留重力との相関は弱いが裏側では相関が強い,これは次のように説明されている.マグマオーシャンが冷却して原始地殻ができたとき,月全体は当時の残留重力場に適合する平衡形状であった.その後,表側で玄武岩質マグマの噴出により海が形成され原始地殻が保存していた残留重力の情報が失われてしまった.また,このことより月の表面がマグマオーシャンに覆われていた時代には同期自転をしていたことが推論されている. 最後に,残留重力とジオイド・地形の相関を仮定して重心の地形中心に対するオフセット量が見積もられている.その結果,月の重心は地形中心に対して1.96kmほど地球側に偏っていることが結論されている. 第7章では定式化の結果を火星の衛星フォボスの形状データへ適用している.一般に,ある下限値より小さな質量の天体の形状は重力より破壊により支配されていると考えられる.そのような天体の例としてフォボスをとりあげ,その形状は残留重力と破壊のいずれに支配されているかを考察している,フォボスは最長軸を火星の方向に向けて同期自転している小天体である.実験結果によると破壊が支配する場合,小天体の形状軸の比は2:1:1をみたす.他方,残留重力が支配する場合は同期自転の場合3:0:-1である.Vikingミッションより得られているフォボスの形状に,これら2つの比を当てはめて適合性を調べ,フォボスの形状は残留重力より破壊のほうが支配的であると結論している. 第8章は結論である.第2章から第7章で得られた結果がまとめられており,さらに今後の課題について言及している. 以上にみたように,本論文は天体の形状予測についての一般論を構築し,それを現実の天体である月・フォボスに適用した点に特長がある.また,現時点では形状パラメータがよくわかっていない水星について,2層モデルと均質モデルの差がfやJ2に関して具体的に数値として予測値を得ているのは、出色の出来と委員会は評価する. したがって,博士(理学)を授与できると認める. |