初期発生において中胚葉誘導と神経発生とは2つの重要な出来事である。これらの発生過程を担う多くの遺伝子やシグナル伝達経路が同定されているが、、新しい生命が如何に誕生するかについての我々の理解は未だ十分ではない。本博士論文の研究は中胚葉誘導と神経誘導の分子メカニズムをより明らかにすることを目的としてなされたものである。本論文の内容は既に科学雑誌に発表された5編の論文、すなわち神経誘導に関する4編と中胚葉誘導に関する1編とから成る。 1.神経発生。アフリカツメガエルにおいて原腸陥入の祭に、神経板はそれに裏打ちしている背側中胚葉の誘導作用により背側外胚葉から形成される。しかし胞胚期で切り取ったアニマルキャップ(予定外胚葉外植体)は表皮組織へと分化する。このアニマルキャップにドミナントネガティブ型の骨形成蛋白質4/2(BMP-4/2)受容体(DN-BR)をmRNA微量注入法により発現させると、背側中胚葉非存在下でアニマルキャップは神経組織へと分化した。生じた組織には神経組織の一般マーカーであるNCAMと前脳(目)のマーカーであるopsinが発現していた。一方、nogginと3m(Xlim-1のLIMドメイン変異体)による神経化はBMP-4mRNAの共注入により著じく阻害された。BMP-4は原腸陥入時に神経板を除く予定外胚葉に発現していることより、我々が得た知見は、腹側化因子とされるBMP-4は神経化阻害因子としても作用することを示唆している。 その後、既知の3つの神経化因子(noggin,chordin,folllistatin)もBMP-4と結合することでBMPシグナル伝達を阻害することが、他の研究者により明らかにされた。また塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)も、解離・再凝集したアニマルキャップ細胞や低カルシウム・マグネシウム濃度で培養したアニマルキャップに対しては神経組織を誘導することが示された。しかし、このようなアニマルキャップは長時間内側の細胞が外界に曝されているため、BMP-4が外植体から拡散してそれがbFGFによる神経化に寄与していることが予想された。そこで内在性因子の拡散を避けるため、我々は2つのアニマルキャップを結合させて発生を進行させたものを用いた。この実験系ではbFGFはnogginと異なり神経化作用を示さなかった。しかしbFGFはDN-BRによる神経化作用を強く増大させたことより、FGFシグナル伝達とBMP-4シグナル伝達の活性化が神経組織への分化を協調的に引き起こすことが示唆された。さらにDN-BRまたはchordinを発現させたアニマルキャップにおいて、bFGFは後方型神経マーカーを発現させた。また神経化したアニマルキャップにおいて内在性のFGFシグナルをドミナントネガティブ型のFGFレセプター(XFD)で阻害すると、主として後方型神経組織の発生が阻害された。これらin vitroで得られた結果は、正常胚の神経外胚葉を、XFDを発現させたアニマルキャップで置き換えたin vivo実験においても確認された。このように、これらの実験系を駆使することで、FGFは、それ自身は神経化作用はないが、神経誘導と後方化の双方に関与しているという新しい実験的証拠を得ることができた。 我々はさらにBMP-4の神経化阻害作用の介在因子を解析するため、BMP-4の下流にあると考えられている核GATA因子群の検討を行った。GATA-1とGATA-2は共に赤血球系の転写因子であり、BMP-4による赤血球分化に関与すると考えられている。GATA-1は2種の亜型GATA-1aとGATA-1bがありアミノ酸配列の89%が等しい。GATA-1aとGATA-1bは共にアニマルキャップにおいてグロビン遺伝子の発現を引き起こすが、GATA-1bのみがDN-BR,3m,神経化因子nogginとchordinによる神経化を阻害することを我々は見い出した。アニマルキャップへのGATA-1b mRNAの注入は、Xbra(一般的中胚葉マーカー)の発現を誘導せず、またXK81(表皮マーカー)とBMP=4,Xvent-1(腹側のマーカー)の発現には影響を与えなかった。これらのデーターは、GATA-1bはアニマルキャップ細胞の表皮運命を保持することを示唆している。このようにGATA-1bは神経形成の阻害とグロビンの発現の双方に必要であると考えられる。GATA-1bは、DN-BRまたは3mによる神経化の場合では、chordinの発現を抑制することで神経誘導過程を阻害していると考えられる。さらに、GATA-1bを動物極領域に発現させると、神経組織を含む前方背側の構造が欠失した胚となった。GATA-1aと1bはアフリカツメガエルにおける最近のゲノムの倍加に由来すると考えられるが、我々の結果は4倍体における2つの対立遺伝子が共通の生物活性(赤血球形成の刺激)を持つと同時に異なる機能(神経形成の阻害)をもつ実例を示した。 ホメオボックス遺伝子PV.1(Xvent-1)もまたBMP-4シグナル伝達経路に関わっていることが予想されており、中胚葉においては背腹のパターン形成に関わっていることが示されている。そこで我々は、外胚葉におけるBMP-4の神経化阻害活性にもPV.1が介在しているか否かを検討した。PV.1は運命決定時期の外胚葉に発現している。BMP-4とSamd1(BMP-4の下流のエフェクター)は未分化の外胚葉にPV.1の発現を誘起し、DN-BRはそれを阻害した。アニマルキャップではPV.1はchordinとDN-BRによる神経化作用を阻害し、元の表皮への運命へと回復させた。これらの観察結果の生理的意義を調べるため、アニマルキャップを正常胚へ移植することで、PV.1を過剰発現させた神経外胚葉が正常胚による神経化作用も阻害することを示した。このようにPV.1は中胚葉と外胚葉の双方の腹側化において重要な役割を担っていると考えられる。PV.1は腹側内胚葉にも発現していることより、3つの胚葉の何れにもおいて、その腹側化に関与していることが予想される。 2.中胚葉誘導。アフリカツメガエルにおいて、正常な中胚葉形成は、レセプターチロシンキナーゼとプロト癌遺伝子産物であるRas,Raf,MAPキナーゼを介するFGFシグナル伝達経路に依存している。しかしそのシグナルの下流である核において最終的にどのような遺伝子発現を介して中胚葉形成をもたらしているかは不明である。我々はここに強いレベルのAP-1依存性の転写活性がアフリカツメガエル胚の初期発生において検出されたことに基づく実験結果を報告する。ドミナントネガティブ型のc-jun(DNM-junまたはTAM67)RNAを2細胞期の胚に注入すると内在性のAP-1活性が阻害されかつ尾芽胚期とオタマジャクシ期には極度の後方欠失となる発生異常が認められた。TAM67によるAP-1活性の阻害と表現型の変化は野生型のc-jun mRNAの共注入により回復した。FGFによる中胚葉誘導は、あらかじめTAM67 mRNAを注入した胚より切除したアニマルキャップでは強く阻害されたが、アクチビンによる中胚葉誘導は影響を受けなかった。これらの知見は、AP-1は中胚葉誘導においてアクチビンではなくFGFレセプターシグナル伝達に介在しており、またAP-1/Junは後方構造の発達において鍵となるシグナル分子であることを示唆している。 以上、本論文で示された知見は、(1)BMP-4のシグナル伝達は、下流のエフェクターである転写因子PV.1とGATA-1bも含めて、神経誘導において阻害的役割を担うこと、(2)FGFシグナルは神経誘導を増強すると共に神経組織の後方化に必要であること、(3)AP-1はFGFレセプターシグナルの下流にあり、その中胚葉誘導活性に介在していること、を示唆している。 |