学位論文要旨



No 214436
著者(漢字) 井上,俊介
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,シュンスケ
標題(和) 出芽酵母1,3--グルカン合成酵素の構成サブユニットに関する分子生物学的研究
標題(洋) Molecular Biological Studies on Subunits of 1,3--Glucan Synthase from Saccharomyces Cerevisiae
報告番号 214436
報告番号 乙14436
学位授与日 1999.09.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14436号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 助教授 西田,生郎
内容要旨 序論

 真菌類および植物の細胞において、細胞壁は外部環境から細胞を守るだけでなく、細胞形態を規定し、形態の維持に重要な働きをしている。出芽酵母の細胞壁はグルコースの重合体であるグルカン、N-アセチルグルコサミンの重合体であるキチン、およびタンパク賃にマンノースの重合体が結合したマンナンによって主に構成されている。構成成分のうち、特に1,3--グルカンは細胞壁の乾重量の約50%を占め、直鎖状の構成成分として細胞壁の強度を保っていると考えられている。1,3--グルガンはUDP-glucoseを基質として細胞膜に存在する1,3--グルカン合成酵素によって合成されるが(図1)、その合成酵素の制御機構に関しては活性にGTPが不可欠であることは知られていたが、合成酵素の構成サブユニット等についてほとんど研究がなされていなかった。また1,3--グルカンの合成がどのような分子機構で制御されているのか、そしてどのようにして細胞壁が酵母細胞の形態を規定しているのかについては、ほとんどわかっていなかった。そこで本研究では、1,3--グルカン合成酵素の精製を行い、その研究を基盤として触媒サブユニットをコードする遺伝子の同定、制御サブユニットの同定、さらに制御サブユニットの翻訳後修飾の意義について研究を行った。

結果と考察1.1,3--グルカン合成酵素の部分精製と触媒サブユニットをコードする遺伝子のクローニング

 出芽酵母の1,3--グルカン合成酵素は、膜蛋白質であるため、まず酵素の可溶化条件について検討した。その結果、界面活性剤のCHAPSとコレステリルヘミサクシネートで処理することにより、効率よく可溶化できることを見いだした。次に可溶化した標品を、プロダクトエントラップメント法(図2)という酵素の親和性を利用した方法を用いることにより、約700倍にまで精製した(表1)。プロダクトエントラップメント法は、性生産分である1,3--グルカンが不溶性になるため、生成産物に結合した酵素を容易に回収できるようになることを利用したものである。最終的な部分精製品においては、約200kDaのタンパク質のみが特異的に濃縮されていることがわかった(図3)。そこで、そのタンパク質の部分アミノ酸配列を決定し、そのアミノ酸配列を基にこのタンパク質をコードする遺伝子をクローニングした。予想外のことに、出が酵母には互いによく似た2つの候補遺伝子が存在していた。これらの遺伝子は、ほぼ同時期に別の研究グループによりクローニングされた免疫抑制剤FK506に高感受性となる変異の原因遺伝子と同一であったため、これらをFKS1,FKS2と呼ぶことにした。遺伝子配列の解析から、FKS1,FKS2がコードするタンパク質は16回膜を貫通し、触媒ドメインと考えられる大きな細胞質側のドメインをもつ膜タンパク質であることが明らかになった。次にクローニングした遺伝子をもとに遺伝解析を行ったところ、これら2つの遺伝子は同時に破壊すると致死になることがわかった。単独破壊株が持つ性質を調べてみたところ、fks1破壊株では、成長速度の低下とともに1,3--グルカン合成酵素活性の著しい低下が観察された(図4)。FKS1,FKS2が触媒サブユニットの構造遺伝子であると推論した根拠は、上述のような遺伝子産物の構造的特徴以外に、i)200kDaの蛋白質がUDP-glucosea結合活性を有すること、ii)Fks1pとFks2pに相同性のある1,3--グルカン合成酵素のサブユニットが種をこえて存在していること、iii)fks1の変異株を用いた解析から、Fks1pの推定上の触媒ドメインが活性に必須であることがわかっていること(阿部と大矢、未発表)、等である。

2.1,3--グルカン合成酵素の制御サブユニットの同定

 出芽酵母の細胞増殖に必須な低分子GTPaseであるRho1pは、温度感受性変異株の解析から細胞表層の機能不全が示唆されていた。そこで、Rho1pが1,3--グルカン合成酵素の制御サブユニットである可能性について検討した。まず、rho1の変異株を許容温度下(23℃)で培養し、その膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性を測定した。その結果、rho1の変異体から調製した膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性が低下していることが明らかとなった(図5)。最も活性の低かったrho1-3の膜分画に昆虫細胞で発現させた組換えRho1pを加えたところ、その活性が野生型レベルまで回復した。この結果はrho1-3変異による欠損が精製したRho1p蛋白質で回復可能であることを意味している。GTPase活性が低下したRHO1の変異は活性化型RHO1変異(RHO1G19V)と呼ばれ、GTPが存在しなくても、Rho1pは活性化型になることが知られている。そこで、この活性化型RHO1変異を酵母に導入し、膜画分の1,3--グルカン合成酵素の活性がGTPに依存しなくなるかどうかを調べた。活性化型RHO1変異RHO1G19VをGAL1プロモータの下流につなぎ、ガラクトース存在下、非存在下にて培養して、その膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性を測定した。その結果、活性化型RHO1変異が発現されるガラクトース存在下で培養した場合のみ、GTPが存在しなくても1,3--グルカン合成酵素活性が観察された。この結果はRho1pが活性化型になることが1,3--グルカン合成酵素が活性を持つ必要条件であることを意味している。さらに、実際にRho1pが部分精製した1,3--グルカン合成酵素分画に存在するかどうかを検討した。特異的な抗体を用いたウェスタンプロット解析では、比活性の上昇に伴い触媒サブユニットであるFks1pとRho1pがほぼ同様の割合で濃縮された(図6)。この部分精製した酵素分画から抗Fks1pモノクローナル抗体を用いて免疫沈降実験を行ったところ、Rho1pはFks1Pとco-immunoprecipitateした(図7)。さらに、オーバーレイアッセイにより、Pho1pが直接200kDaのサブユニット(Fks1p/Fks2P)に結合することを示した。これらの結果は、Rho1pは部分精製した1,3--グルカン合成酵素分画に存在し、Fks1pと複合体を形成している事が示している。以上の遺伝学的、生化学的実験結果から、Pho1pがグルカン合成酵素の制御サブユニットであると結論した。

3.Rho1pの翻訳後修飾と1,3--グルカン合成酵素活性

 Rho1pはI型ゲラニルゲラニル転移酵素(GGTase I)により、そのC末端にイソプレノイド修飾を受ける。また、rasやrhoなどの低分子GTPaseの翻訳後修飾は、膜への移行のみならず、標的タンパク質の酵素活性に必要であるという報告がなされている。そこで、Rho1pのイソプレノイド修飾が1,3--グルカン合成酵素の活性にどのような影響を与えるかについて解析した。GGTase Iの温度感受性変異株として、Rho1pの修飾が特異的に欠損しているcal1-1と、Rho1pの修飾が比較的正常なcdc43-5が知られている(Ohya et al.1997)。そこでまず、野生型、cal1-1、cdc43-5を培養し、その膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性を測定した。その結果、Rho1pの修飾が特異的に欠損しているcal1-1では明らかな酵素活性の低下が観察された(図8)。しかしながら、cal1-1変異株における1,3--グルカン合成酵素活性の低下はRho1pの不完全な修飾のみが原因ではなく、それに起因して生じる触媒サブユニットであるFks1pの不安定性も一因になっていることを見いだした。すなわち、cal1-1変異株ではFKS1遺伝子の発現量は低下していなかったが、Fks1pが蛋白質レベルで特異的に減少していることが観察された。さらに、Rho1pの修飾の有無が1,3--グルカン合成酵素との結合およびその活性化に関与するかどうかを直接調べるために、オーバーレイアッセイで調べたところ、非修飾型Rho1pではFks1pとの結合が観察されなくなった。酵素の活性化については、rho1-3の膜分画を用いた実験系で検討した結果、修飾型であるGST-Rho1pQ68L蛋白質は試験管内で1,3--グルカン合成酵素を活性化できたが、非修飾型のGST-Rho1pQ68LC206Sでは、活性化は見られなかった(図9)。以上の結果は、Rho1pのイソプレノイド修飾がRho1pとFks1pとの結合に必要であり、同時に、1,3--グルカン合成酵素の活性化にも必要であることを示している。

図表図1.1,3--グルカン合成反応 出芽酵母の1,3--グルカン合成酵素は、UDP-グルコースを基質とし、(1→3)結合のグルカンを生成する。その反応様式を示した。 / 図2.1,3--グルカン合成酵素精製法のフローチャート 1,3-グルカン合成酵素はCHAPSとコレステリルサクシネート(CHS)により効率的に可溶化に成功した。この酵素は生成物に飽和性が有り、かつ、生成物が不溶化する事を利用し、プロダクトエントラップメント法を用いて精製を行った。右の写真は遠心操作によって沈殿した1,3--グルカンを示している。 / 図3.部分精製したグルカン合成酵素 精製の各ステップにおける試料0.5mを7.5%のSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動にて分離後、CBBにて染色した。膜分画(レーン1)、可溶化膜分画(レーン2)、1回のプロダクトエントラップメント法にて精製した試料(レーン3)、2回のプロダクトエントラップメントにより精製した試料(レーン4)をそれぞれ示した。 / 図4.fks1、fks2破壊株の表現型 (A)FKS1,FKS2の制限酵素地図と、それぞれの遺伝子破壊の方法を示した。(B)YPD培地、30℃における、野生株、fks1::URA3、fks2::LEU2の成長曲線。fks1::URA3のみが遅い成長速度を示した。野生株、fks2::LEU2のdoubling timeは約90分、一方fks1::URA3のdoubling timeは約180分であった。(C)野生株、fks1::URA3、fks2::LEU2の膜分画における1,3--グルカン合成酵素活性を示す。培養は、YPD培地、30度で行った。それぞれ6回の独立した実験の平均値とその標準偏差の値を示した。 / 図5.rho1変異株における1,3--グルカン合成酵素活性 野生株および各rho1変異株を23℃で培養し、膜分画を調製した。その1,3--グルカン合成酵素活性を示した。それぞれ4回の独立した実験の平均値とその標準偏差の値を示した。 / 図6.1,3--グルカン合成酵素の精製とRho1p (A)精製の過程におけるFks1pRho1pのウェスタンプロット。膜分画(レーン1)、可溶化膜分画(レーン2)、1回のプロダクトエントラップメント法にて精製した試料(レーン3)、2回のプロダクトエントラップメントにより精製した試料(レーン4)をそれぞれ示した。(B)各分画における1.3--グルカン合成酵素を示した。それぞれ6回の独立した実験の平均値と標準偏差で表した。 / 図7.Rho1p、Fks1p間の相互作用 精製した1,3--グルカン合成酵素を抗Fks1p抗体である1A6(レーン1)と1F4(レーン2)、及びコントロール抗体(抗ヒトエンドセリン受容体B抗体)(レーン3)を用い、免疫沈降を行った。その後、抗Rho1p抗体、抗Fks1p抗体(T2B8)を用いたウェスタンプロット解析により、co-immunoprecipitationしている事を確認した。 / 図8.GGTase 1変異株cal1-1及びcdc43-5における1,3--グルカン合成酵素活性 野生株、cdc43-5、cal1-1、rho1-3をそれぞれ23℃で培養し、膜分画を精製した。膜分画における1,3--グルカン合成酵素活性をGTPYS存在下(黒色)、非存在下(白色)で示した。それぞれ6回の独立した実験の平均値と標準偏差で表した。 / 図9.Rho1pの翻訳後修飾と1,3--グルカン合成酵素の活性化及びFks1pとの結合 (A)rho1-3細胞から精製した膜分画に、それぞれ0.06gの昆虫細胞で発現した修飾型Rho1p(黒色:GST-Rho1pQ68L)、非修飾型Pho1p(白色:GST-Pho1pQ68LC206S)、両方のタンパク質(斜線)加え、その1,3--グルカン合成活性を測定した。それぞれ、6回の独立した実験の平均値とその標準偏差で表わした。(B)部分精製した1,3--グルカン合成酵素をSDS-電気泳動にて分離し、PVDF膜にトランスファー後、[S-GTPYS]のみ(レーン1)、[S-GTPYS]でラベルしたGST-Rho1pQ68L(レーン2)、[S-GTPYS]でラベルしたGST-Rho1pQ68LC206S(レーン3)をプローブとして用い、リガンド・オーバーレイ実験を行った。矢印はFks1pのバンドを示している。 / 表1.1,3--グルカン合成酵素の精製 全活性は1分間当たりのグルコースの取り込み(nmol)で定義し、比活性は全活性をタンパク質(mg)で割った値で定義した。また、界面活性剤で処理した膜分画の回収率を1と定義した。
まとめ

 1)出芽酵母の1,3--グルカン合成酵素の可溶化、および部分精製に成功し、触媒サブユニットと推定される2つの相同遺伝子を同定した。

 2)低分子量GTPaseであるRho1pが、1,3--グルカン合成酵素の制御サブユニットであることを示した(一部、門田裕志、C.P.Pythonとの共同研究)。

 3)Rho1pのイソプレノイド修飾は、Fks1pとの結合および1,3--グルカン合成酵素活性に必要である。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第一章は1,3--グルカン合成酵素の部分精製と触媒サブユニットをコードする遺伝子のクローニング、第二章は1,3--グルカン合成酵素の制御サブユニットの同定、第三章では、Rho1pの翻訳後修飾と1,3--グルカン合成酵素活性の関係についで解析した。

 まず、第一章では出芽酵母の1,3--グルカン合成酵素の可溶化条件についで検討した。その結果、界面活性剤のCHAPSとコレステリルヘミサクシネートで処理することにより、効率よく可溶化できることを見いだした。次に可溶化した標品を、プロダクトエントラップメント法という酵素の親和性を利用した方法を用いることにより、約700倍にまで精製した。最終的な部分精製品においては、約200kDaのタンパク質のみが特異的に濃縮されていることがわかった。そこで、そのタンパク質の部分アミノ酸配列を決定し、そのアミノ酸配列を基にこのタンパク質をコードする遺伝子をクローニングした。予想外のことに、出が酵母には互いによく似た2つの候補遺伝子が存在していた。これらの遺伝子は、ほぼ同時期に別の研究グループによりクローニングされた免疫抑制剤FK506に高感受性となる変異の原因遺伝子と同一であったため、これらをFKS1,FKS2と呼ぶことにした。次にクローニングした遺伝子をもとに遺伝解析を行ったところ、これら2つの遺伝子は同時に破壊すると致死になることがわかった。単独破壊株が持つ性質を調べてみたところ、fks1破壊株では、成長速度の低下とともに1,3--グルカン合成酵素活性の著しい低下が観察された。FKS1,FKS2が触媒サブユニットの構造遺伝子であると推論した根拠は、上述のような遺伝子産物の構造的特徴以外に、i)200kDaの蛋白質がUDP-glucoseの結合活性を有すること、ii)Fks1pとFks2pに相同性のある1,3--グルカン合成酵素のサブユニットが種をこえて存在していること,iii)fks1の変異株を用いた解析から、Fks1pの推定上の触媒ドメインが活性に必須であることがわかっていること、等である。

 第二章では低分子量GTPaseであるRho1pが1,3--グルカン合成酵素の制御サブユニットである可能性について検討した。まず、rho1の変異株を許容温度下(23℃)で培養し、その膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性を測定した。その結果、rho1の変異体から調製した膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性が低下していることが明らかとなった。最も活性の低かったrho1-3の膜分画に昆虫細胞で発現させた組換えRho1pを加えたところ、その活性が野生型レベルまで回復した。この結果はrho1-3変異による欠損が精製したRho1p蛋白質で回復可能であることを意味している。GTPa父活性が低下したRHO1の変異は活性化型RHO1変異(RHO1G19V)と呼ばれ、GTPが存在しなくても、Rho1pは活性化型になることが知られている。そこで、この活性化型RHO1変異を酵母に導入し、膜画分の1,3--グルカン合成酵素の活性がGTPに依存しなくなるかどうかを調べた。活性化型RHO1変異RHO1G19VをGAL1プロモータの下流につなぎ、ガラクトース存在下、非存在下にて培養して、その膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性を測定した。その結果、活性化型RHO1変異が発現されるガラクトース存在下で培養した場合のみ、GTPが存在しなくても1,3--グルカン合成酵素活性が観察された。この結果はRho1pが活性化型になることが1,3--グルカン合成酵素が活性を持つ必要条件であることを意味している。さらに、実際にRho1pが部分精製した1,3--グルカン合成酵素分画に存在するかどうかを検討した。特異的な抗体を用いたウェスタンブロット解析では、比活性の上昇に伴い触媒サブユニットであるFks1pとRho1pがほぼ同様の割合で濃縮された。この部分精製した酵素分画から抗Fks1pモノクローナル抗体を用いて免疫沈降実験を行ったところ、Rho1pはFks1pとco-immunoprecipitateした。さらに、オーバーレイアッセイにより、Rho1pが直接200kDaのサブユニット(Fks1p/Fks2p)に結合することを示した。これらの結果は、Rho1pは部分精製した1,3--グルカン合成酵素分画に存在し、Fks1pと複合体を形成している事が示している。以上の遺伝学的、生化学的実験結果から、Rho1pがグルカン合成酵素の制御サブユニットであると結論した。

 第三章では、Rho1pのイソプレノイド修飾が1,3--グルカン合成酵素の活性にどのような影響を与えるかについて解析した。GGTase Iの温度感受性変異株として、Rho1pの修飾が特異的に欠損しているcal1-1と、Rho1pの修飾が比較的正常なcdc43-5が知られている(Ohya et al.1997)。そこでまず、野生型、cal1-1、cdc43-5を培養し、その膜分画の1,3--グルカン合成酵素活性を測定した。その結果、Rho1pの修飾が特異的に欠損しているcal1-1では明らかな酵素活性の低下が観察された。しかしながら、cal1-1変異株における1,3--グルカン合成酵素活性の低下はRho1pの不完全な修飾のみが原因ではなく、それに起因して生じる触媒サブユニットであるFks1pの不安定性も一因になっていることを見いだした。すなわち、cal1-1変異株ではFKS1遺伝子の発現量は低下していなかったが、Fks1pが蛋白質レベルで特異的に減少していることが観察された。さらに、Rho1pの修飾の有無が1,3--グルカン合成酵素との結合およびその活性化に関与するかどうかを直接調べるために、オーバーレイアッセイで調べたところ、非修飾型Rho1pではFks1pとの結合が観察されなくなった。酵素の活性化については、rho1-3の膜分画を用いた実験系で検討した結果、修飾型であるGST-Rho1pQ68L蛋白質は試験管内で1,3--グルカン合成酵素を活性化できたが、非修飾型のGST-Rho1pQ68LC206Sでは、活性化は見られなかった。以上の結果は、Rho1pのイソプレノイド修飾がRho1pとFks1pとの結合に必要であり、同時に、1,3--グルカン合成酵素の活性化にも必要であることを示している。

 なお、本論文第一章、第二章、第3章とも全て共同研究で進められたものではあるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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