学位論文要旨



No 214442
著者(漢字) 正木,信男
著者(英字)
著者(カナ) マサキ,ノブオ
標題(和) 免震・制振用多段積層ゴムに関する研究
標題(洋)
報告番号 214442
報告番号 乙14442
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14442号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
 東京大学 助教授 須田,義大
内容要旨

 免震とは、構造物の固有周期を意図的に長くし応答加速度を低減する技術を指す。また、制振とは、構造物の減衰を何らかの手段により大きくし、発生する応答加速度を減少させる技術のことを示す。積層ゴムは、ゴム板と補強板を交互に積み重ねた構造を有し水平方向に低い剛性と大きな変位吸収能力を、鉛直方向に高い剛性をもつ。多段積層ゴムは、複数個の小さな積層ゴムを安定板を介して複数段積み重ねた構造を有し、従来の積層ゴムと比較してより低剛性で大きな変位吸収能力を有することが期待される。このような構造の積層ゴムは従来に例がなかった。そこで、本論文では、多段積層ゴムの力学特性に関する基礎的研究と構造物の免震・制振装置への適用のための各種応用研究を実施している。本論文は全8章より構成されている。各章の概要は以下のとおりである。

 第1章は序論である。本研究の背景を述べ、積層ゴムと多段積層ゴムの設計方法を論じ、さらに既往の研究を整理し、本研究の目的と位置づけを示している。

 第2章では、多段積層ゴムの復元力特性と題し、大型の制振装置(マスダンパ)に使用される多段積層ゴムを例にとり、多段積層ゴムの水平復元力特性、鉛直変位特性などにおよぼす安定板の効果を実験的に検討している。加力実験では、安定板の曲げ剛性を変化させた多段積層ゴムの復元力特性から、安定板の曲げ剛性が低下すると、多段積層ゴムの水平剛性は低下し、鉛直方向の沈み込み量も大きくなることを確認している。

 第3章では、要素積層ゴムの力学特性と題し、第2章の多段積層ゴムで用いられた要素積層ゴムの復元力特性を、新たに開発された二軸偏心試験装置を用いて、実験的に調べている。特に、積層ゴムの復元力特性におよぼす回転拘束度(通常の積層ゴムの復元力特性の評価は、常に回転が発生しないように行われている)の影響を調査している。要素積層ゴムの水平剛性の軸力依存性と回転拘束度の影響について実験と理論より検討した結果、要素積層ゴムの水平剛性の軸力依存性は、積層ゴムの1次形状係数(S1)と2次形状係数(S2)がそれぞれ影響し、1次形状係数と2次形状係数がともに小さくなるほど軸力依存性が大きくなることが確認された。実験(S1=20〜30とS2=2.5〜3.5の範囲)では、面圧0.98〜7.84MPaで、S1=25以上かつS2=3.0以上で軸力依存性がないことが示された。水平剛性の回転拘束度の影響は、軸力依存性の小さい要素積層ゴム(1次形状係数と2次形状係数がともに大きい)でも、回転拘束度が低下すると水平剛性が急激に低下していくことが示された。

 第4章では、多段積層ゴムの剛性解析と題し、多段積層ゴムの復元力特性を要素積層ゴムの力学特性と安定板の剛性から解析に求める試みをおこなっている。解析では要素積層ゴムを回転拘束度の影響を考慮できる非線形はり要素でモデル化している。さらに、非線形はり要素の剛性マトリックスを第3章で示した二軸偏心試験装置を用いて実験的に決定する手法も提案している。このモデルを用いた剛性解析を第2章の多段積層ゴムついておこない、復元力特性を求めている。解析から求められた多段積層ゴムの変形特性と水平復元力特性は実験結果を十分に再現することが示された。この結果、安定板の曲げ剛性が要素積層ゴムの回転を拘束するに十分でない場合、要素積層ゴムが回転し結果として、多段積層ゴムの水平復元力を低下させるとの予測の妥当性が検証された。以上のことから、要素積層ゴムの復元力特性を実験で確認できれば、その要素積層ゴムと種々の曲げ剛性を有する安定板から構成された多段積層ゴムの復元力特性を本提案の手法を用いることにより解析的に求めることが可能であることが示された。

 第5章では、多段積層ゴムの制振装置への適用と題し、タワー用制振装置の実用化を想定し、振動質量5ton、周期2秒、許容変形量0.6mの多段積層ゴムを用いた制振装置を製作し、多段積層ゴムの振動台による動的加力実験と静的加力実験を実施している。振動台による正弦波加振実験から、実験モデルは、微少変位入力でも応答し、制振効果が期待できることが確認された。また、静的加力実験から求められた水平復元力特性は、動的加力実験の固有周期と実験モデルの質量から計算される水平復元力特性と一致した。したがって、静的加力実験から制振装置の動特性が予測可能であることが示された。つづいて、超高層ビル用ハイブリッド制振装置の実用化研究では、定格質量33ton、水平固有周期3秒の多段積層ゴムを製作し、大変形加力実験から、水平変位1mの変位吸収能力を確認した。これらの多段積層ゴムと油圧アクチュエータを用いることによって、振動質量200ton、水平固有周期3秒、変位吸収能力1mのハイブリッド制振装置を実現することが可能となった。地上実験では、過大な外乱が入力された場合(大地震時を想定)、アクチュエータの油圧回路を切り替えることにより、電磁弁とリリーフ弁を組み合わせた油圧回路により、アクチュエータをオイルダンパのように機能させ、所定の減衰力を発生させて振動質量の過度な変形を防止できることが示された。この結果、大地震にも停止させることが必要のないアクティブ・パッシブ切替え型マスダシパが可能であることを確認した。さらに、アクティブ制御では、外乱の大きさによってフィードバックゲインを変え、外乱の大きさに関わらず、可能なかぎりアクティブ制御をつづけることのできる可変ゲイン制御を実用化した。最後に、風・地震応答観測結果から制振効果を実証した。

 第6章では、多段積層ゴムの免震装置への適用と題し、軽量建物の免震装置への多段積層ゴムの実用化について述べている。本章では、建物の水平固有周期が4秒の定格支持質量150tonと90tonの多段積層ゴムの加力実験を実施し、復元力特性を求めている。また、第4章で提案した解析手法から求められた結果と比較し、解析手法の妥当性を検証している。加力実験と解析から、これらの多段積層ゴムが建築物を免震するに十分な性能を有することを確認した。さらに、高減衰多段積層ゴムを用いた免震床を提案し、振動台実験から免震効果を検証した。振動台実験では入力床応答加速度を約1/4〜1/5に低減できることを示した。

 第7章では、多段積層ゴムの除振装置への適用と題して、多段積層ゴムの微振動除振性能の検証、除振装置に適したダンパ材料についての実験的検討をおこなっている。除振・免震床用多段積層ゴムの実用化研究では、定格支持質量と水平固有振動数がそれぞれ1.5ton-0.5Hzおよび3.0ton-0.4Hzの多段積層ゴムの静的加力試験を実施し、それぞれの定格支持質量に対して、水平変位0.2mを有することを確認している。また、振動台実験および微振動実験から、本多段積層ゴムが除振装置としても十分性能を発揮することが示された。さらに、静的加力試験より求められた水平復元力特性から計算された振動モデルの固有振動数は、振動台実験と微振動実験から実測された固有振動数と一致した。このことから、静的加力試験の水平復元力特性より、大振幅から微小振幅における動特性が予測可能であることが示された。つづいて、高減衰ゴムダンパの微少振幅領域における減衰特性の研究では、微小振幅領域から大振幅領域まで(せん断ひずみで2.5×10-4から1まで)エネルギ吸収効果を有することを実験的に確認している。さらに、高減衰ゴムダンパの減衰力が速度依存性を有し、それがほぼ速度の1乗に比例するものであることを示した。また、せん断剛性は大ひずみ領域でひずみ依存性を有するが、微小ひずみ領域ではほぼ一定の値となり線形として取り扱えることを示した。これらの実験結果より、高減衰ゴムダンパが、微振動用除振装置のエネルギ吸収部材として適用可能なことを確認した。

 第8章は、結論である。各章でえられた研究成果から、多段積層ゴムが免震・制振および除振装置として有効に機能すると結論した。

審査要旨

 本論文は、「免震・制振用多段積層ゴムに関する研究」と題し、8章から構成されている。多段積層ゴムは、複数個の要素積層ゴムを安定板を介して複数段積み重ねた構造を有し、通常の積層ゴムより低剛性で大きな変位吸収能力を有するものである。

 第1章は「序論」で、本研究の背景、積層ゴムと多段積層ゴムの設計方法、既往の研究について述べ、本研究の目的と位置付けを示している。

 第2章は「多段積層ゴムの復元力特性」と題し、制振装置に使用される多段積層ゴムを例に安定板の効果を実験的に検討し、安定板の曲げ剛性が低下すると多段積層ゴムの水平剛性は低下し、鉛直方向の沈み込み量も大きくなることを定量的に示している。

 第3章は「要素積層ゴムの力学特性」と題し、新開発の二軸偏心試験装置を用いた実験により、要素積層ゴムの水平剛性の軸力依存性は1次形状係数と2次形状係数がともに小さくなるほど大きくなること、また、要素積層ゴムの水平剛性は回転拘束度が低下すると急激に低下することを定量的に示している。

 第4章は「多段積層ゴムの剛性解析」と題し、要素積層ゴムを回転拘束度の影響を考慮できる非線形はり要素でモデル化する手法(ただし、その剛性マトリックスは実験的に決定する)を提案し、この手法による解析結果は実験結果と良く一致することを示している。

 第5章は「多段積層ゴムの制振装置への適用」と題し、超高層建物用ハイブリッド制振装置として実用化された、200tonの可動質量を6基の多段積層ゴムで支持し、油圧アクチュエータを用いた制振装置などの実用化例について述べている。

 第6章は「多段積層ゴムの免震装置への適用」と題し、多段積層ゴムによって水平固有周期4秒を実現した免震建物、高減衰多段積層ゴムを用いた免震床などの実用化例について述べている。

 第7章は「多段積層ゴムの除振装置への適用」と題し、多段積層ゴムを用いた微振動除振装置の実用化例や、微振動除振装置用のエネルギ吸収部材として適用可能な高減衷ゴムダンパについて述べている。

 第8章は「結論」であり、以上の結果を総括したものである。

 以上を要約すると、本論文は、多段積層ゴムとその要素積層ゴムの復元力特性について詳細な実験を行って、多段積層ゴムの剛性に関する実用的な予測解析手法を開発するとともに、多段積層ゴムが制振装置、免震装置、除振装置など広範囲の振動制御装置に適用し得ることを実証したものであり、振動工学に寄与するところ大と思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51131