学位論文要旨



No 214444
著者(漢字) 橋本,明
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,アキラ
標題(和) 半固定無線通信方式の回線品質設計と評価パラメータに関する研究
標題(洋)
報告番号 214444
報告番号 乙14444
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14444号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,忠夫
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨

 無線通信方式は通信形態により、2つの固定地点間(point-to-point)の通信を行う固定通信方式、固定された基地局と不特定多地点を移動する端末の通信を行う移動通信方式に分類される。前者はマイクロ波無線中継方式、後者はセルラー型携帯電話方式が代表的な実例である。近年これらに加えて、無線端末の小型化が実現されつつあることから、端末が多地点を移動するものの、通信時には静止して基地局と通信を行う可搬型の半固定通信(Nomadic)というべき方式が注目を浴びている。固定通信(Fixed)方式、及び移動通信(Mobile)方式についてはその回線品質設計手法が従来の研究により確立されている。本研究では、電波伝搬モードが前2者とは異なる半固定通信方式について、その受信電力(瞬時値)の確率分布が図1のようなGamma分布で近似できることを示し、これに基づいて初めて回線品質設計手法を明かにした。

図1.半固定通信方式の受信電力分布

 またNomadicがFixed,Mobileの中間的性質を有することに着目し、回線断率を3種の方式に共通に表わし得る式(1)を導出した。

 

 これにより従来異なるアプローチで議論されて来た固定・移動通信の品質設計手法の統合化が図られた。

 ディジタル無線通信方式の品質評価ファクターとしてはビット誤り率(BER)が広く用いられている。この理由は、評価法が容易で測定しやすいこと、変復調方式を選定すれば信号対雑音比と直接関連づけられるため品質設計の基本パラメータに適していることである。近年、音声以外のマルチメディア信号伝送やこれを効率的に転送するための非同期転送モード(ATM:Asynchronous Transfer Mode)におけるセル伝送のために、有線系ではBER以外の評価ファクターも使用されるようになった。代表的なものは、定常時品質を規定するESR(Errored Second Ratio:1秒間に少なくとも1個以上のビットエラーを含む状態の全時間に対する比率)、及び限界品質を規定するSESR(Severely Errored Second:1秒間に一定比率以上のビットエラーを含む状態の全時間に対する比率)、さらにATM Cell伝送におけるCLR(Cell Loss Ratio:送信セル数と受信されなかったセル数の比率)などである。無線通信方式におけるこれらのパラメータとBERとの関係はこれまで定量的、体系的に検討されたことはなかった。したがってBERを基準に設計されたシステムにおいて、どれほどのESR,SESRが得られるのかは不明であった。本研究ではこの点に着目し、まずSESRの等価BERを導出し、次いで3種の通信方式の電波伝搬特性に応じてBERの確率分布を解析的に求めた(図2 半固定通信方式のBER確率分布)。

図2.半固定通信方式のBER確率分布

 この分布を基にESR,あるいはCLRを計算する手法を示し、複数の品質評価パラメータのうち方式のフェードマージン、送信出力を決定する支配的要因は何であるかを明らかにした。実用的な方式を設計する際には、目標とすべき品質の規格が国際標準化機関により勧告値として定められているので、これに準ずることが多い。固定通信(Fixed)では有線系と同等の品質が求められるが、半固定通信(Nomadic)方式が果たして有線網の国際品質規格を満足しうるか否かについては、未だ定量的な研究がなされていなかったが、本研究ではどのような条件を与えれば有線網の一端を担うことが可能になるかを明かにした。例えば表1のごとく通常の半固定通信方式ではSESRの規格が品質設計の支配的要因であり、これを満たす方式ではESR規格、CLR規格が余裕をもって満足されることを明らかにした。

表2 勧告G826 SESR規格を満たす方式の実現品質と所要フェードマージン

 最後に上記結果をふまえて、品質を規定する3要素である「ビット誤り率」、「受信信号電力対雑音比」及びそれらの累積「時間率」を3つの直交軸とする図3のような3次元空間において、全てのディジタル無線通信方式のエラー品質はこの空間内の曲線として記述できることを示し、品質設計研究の意義と評価パラメータの相互関係に関する理論的体系づけを行った。

図3.品質空間の概念
審査要旨

 本論文は「半固定無線通信方式の回線品質設計と評価パラメータに関する研究」と題し、携帯型端末を用いる高速無線通信のための無線回線設計とその品質について論じたものであって全7章より成る。

 第1章は「緒論」であって、無線方式を固定通信、移動通信、半固定通信に分類している。半固定通信ではパーソナルコンピュータ等を端末とし、端末は自由に移動するが、通信時に一時停止して基地局と通信を行なう。本論文ではこの半固定通信(Nomadic)を対象として研究を行なうとして本論文の扱う範囲を明かにし、本論文の構成を示している。

 第2章は「品質規格の概要」と題し、無線通信の回線品質評価に用いられる品質パラメータについて解説している。エラー品質パラメータとしては、SESR(severely errored second ratio),ESR(errored second ratio),CLR(cell loss ratio),CER(Cell error ratio)がある。本章では半固定通信ではランダム雑音が支配的品質劣化の要因であるとして、ビット誤り率(BER)とこれらの品質パラメータの間の関係を明らかにしている。

 第3章は「半固定通信方式の回線断率推定法」と題し、SES(severely errored second)を半固定通信環境で求める方法について述べている。まず半固定通信の端末使用環境において受信電力の分布の実測を行ない、ガンマ分布の理論曲線に合うことを示している。半固定通信方式では移動通信に比べて変動サイクルがゆるやかなフェージング特性を有している。この特性を利用してビット誤り率10-3、回線断率1%を実現するには、所要信号対雑音比は25〜30dBである。移動通信環境ではこれに対して32〜44dBが主要であるとして、半固定通信の特徴を示している。

 第4章は「半固定通信方式における品質パラメータ解析」と題し、無線アクセス区間の品質パラメータを明らかにしている。まずITU-T勧告を根拠として無線区間に配分されるSESR,ESR,CLRの設計目標を示し、QPSK方式で156Mb/sまでの伝送を行なうとして、SESR,ESR,CLRを理論的に求める式を明らかにしている。これにもとずいて、分布フェージングでは=6以下ではSESR規格を満足すれば、ESR,CLRは自動的に満足されることを示し、目標値を実現するフェードマージンを伝送速度ごとに明らかにしている。

 第5章は「固定通信方式における品質パラメータ解析」と題し、固定通信の特性を解析し、これと対比して本論文の主題とする半固定通信の特質を明らかにしている。16QAMで50kmの区間のリンクについて、SESRの規格を満たすフェードマージン、ESR,CLRとBERの関係を求めている。

 第6章は「品貿設計に関する統合的考察」と題し、BER,S/N,時間率の3者の関係を品質空間として定義し、これらを統合的に評価する方法を明らかにしている。半固定通信/固定通信/移動通信におけるS/N比,BER,時間率の関係をQPSKおよび16QAMについて定通信/移動通信におけるS/N比,BER,時間率の関係をQPSKおよび16QAMについてとりまとめ、品質設計の支配的要因を考察している。

 第7章は「結言」であり本論文の成果をとりまとめている。

 以上のように本論文では半固定通信について、所要の品質を満足する無線回線設計の方法を明らかにしたものであって通信工学に寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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