学位論文要旨



No 214445
著者(漢字) 森山,繁樹
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,シゲキ
標題(和) 放送番組用ディジタル素材信号の移動体伝送に関する研究
標題(洋)
報告番号 214445
報告番号 乙14445
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14445号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 助教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨

 衛星放送や地上放送のディジタル化が推進される段階に至り,放送局の番組制作におけるディジタル素材信号の無線伝送も重要な課題となってきた,特に,中継現場から放送番組素材を伝送するためのFPU(Field Pick-up Unit)について,ディジタル化が検討されている.FPUのディジタル化に際しては,単に素材の高品質化をはかるのみならず,周波数の有効利用や中継番組制作におけるシステムの簡易化,さらに従来のアナログFPUでは伝送が困難であった劣悪な伝送路においても安定した伝送を可能とすること等が求められる.ディジタルFPUの変調方式として,移動体伝送で問題となる周波数選択性フェージングに対して強い耐性を有するOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)を用いることにより,様々な要求条件を満足する可能性がある.本研究は,マラソンや駅伝等の中継番組制作における,素材信号の安定した移動体伝送を目的として,OFDMを適用したディジタルFPUを提案し,その伝送特性を明らかにした上で有効性の検証を行った.

 まず,FPUに割り当てられたUHF800MHz帯において,標準TVクラスの番組素材を伝送することを想定し,OFDMのキャリア変調方式としてDQPSKを用いた実験装置を試作した.実験装置の伝送帯域幅は約9MHz,OFDMのキャリア数は572本,有効シンボル長64s,ガードインターバル長2sである.

 図1には.実際のマラソンコースの一部を使用して行った野外伝送実験において,送信アンテナに指向性アンテナを用いた場合と無指向性アンテナを用いた場合について,符号化率1/2の畳込み符号の訂正前後のビット誤り率の累積分布を示す.指向性アンテナの場合には,ほとんどの誤りが訂正されているが,最悪で10-4程度のビット誤りが残存してしまう.また,無指向性アンテナを使った場合には,訂正後も10-3オーダーのビット誤りが残存する.DQPSK-OFDM変調方式による移動体伝送では,畳み込み符号に加え10-3オーダーのビット誤りを訂正する能力のある符号で2重符号化し,誤り保護を施す必要がある.また,野外伝送実験で観測された遅延波の遅延広がりは,約1〜3sに分布することが分かった.周波数選択性のフェージングの影響をできるだけ分散するために,この遅延広がりから導出されるコヒーレンス帯域幅である53〜159kHzよりも,十分狭いキャリア間隔のOFDM変調方式が有効である.

図1 受信ビット誤り率の分布FEC:符号化率1/2畳み込み符号 Directional:8素子クロス八木 Non-directional:ロッドアンテナ

 DQPSK-OFDM方式のディジタルFPUと従来のFM方式のアナログFPUとの比較実験では,送信電力や送受信アンテナ等の条件が同じであれば,DQPSK-OFDMは,アナログFPUに比べ,移動体伝送時の周波数選択性フェージングに対して強い耐性を有することを確認した.DQPSK-OFDM変調方式をディジタルFPUに適用することにより,現状よりも安定した移動体伝送が可能であることが分かった.

 また,周波数共用の観点から,アナログFPUに対するOFDM信号のチャンネル間干渉について,干渉実験およびシミュレーションを行った.その結果,アナログFPUとの同一チャンネル干渉については,従来のアナログFPU同士の干渉と同程度の混信保護比約50dBを確保すればよいこと.また,隣接チャンネル干渉については,従来よりも混信保護比を約10dBだけ大きくとる必要があること,チャンネル端のガードバンドによる干渉改善の効果は小さいこと等が明らかになった.

 これらの検討結果は,日本の電波産業会(ARIB)に反映され,本研究の実験装置を基本として,UHF800MHz帯のディジタルFPUの規格化がなされた.規格化された装置の伝送パラメータを表1に示す.

表1 800MHz帯OFDM-FPUの仕様

 標準TVよりも高速の伝送速度が要求されるHDTV信号伝送用のOFDM-FPUについて,検討を行った.OFDMのキャリア変調方式として16/32DAPSKを用いたディジタルFPUを提案し,そのAWGN伝送路,マルチパス伝送路,フェージング伝送路における伝送特性を実験的に明らかにした.実験装置は,伝送帯域幅13.5MHz,OFDMのキャリア数は688本,有効シンボル長51.2s,ガードインターバル長1.6sである.

 DAPSK-OFDMの振幅成分の変調として,同期検波ASKおよび差動検波DASKの2種類の特性を比較し,位相平面における変調信号の振幅比であるリング比の影響を明らかにした.図2に,AWGN伝送路におけるリング比の影響を示す.

図2 DAPSK-OFDMのリング比の影響

 図3には,2波レイリーフェージング環境下における16DAPSK-OFDMの特性を示す.十分なインタリーブに加え,符号化率1/2の畳み込み符号(CC)とRS(204,188)符号の連接符号を用いることにより,23.7Mbpsのエラーフリーな伝送が可能である.16DAPSK-OFDMは,1/2畳み込み符号を用いることにより,符号化しないDQPSK-OFDMと伝送レートが同じになるが,フェージング環境下においては,誤り訂正符号化した16DAPSK-OFDMの方が明らかに有利であることも同図から分かる.従って,DAPSK-OFDM変調を用いたディジタルFPUにより,2波レイリーフェージングのような劣悪な環境下においても高速レートの伝送が可能であり,HDTV信号の移動体伝送が期待できる.

図3 周波数選択性レイリーフェージング環境下の特性(16DAPSK-OFDM)

 本研究の成果をもとに,ARIBで規格化されたUHF800MHz帯の標準TV用のOFDM-FPUは,実際の中継番組で使用されるに至っている.特に,マラソン等の大規模な移動中継番組制作において,中継システムの簡易化や運用性の大幅な向上が達成されている.また,HDTV用のディジタルFPUの実現に向けても,本研究で示したDAPSK-OFDMの検討が,その緒端を与えるものと考えられる.

 以上

審査要旨

 本論文は「放送番組用ディジタル素材信号の移動体伝送に関する研究」と題し,放送局の中継番組制作において素材信号の無線伝送を行うFPU(Field Pick-up Unit)装置について,OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)変調を適用したディジタル方式を提案し,その伝送特性を理論的および実験的に明らかにするとともに,実運用における有効性の検証を行ったものである.これにより,中継放送番組制作における素材信号の高品質化をはかるとともに,従来のアナログ方式FPUでは信号伝送が困難であった劣悪な伝送路にも適応できること,さらに中継システムの簡易化や運用性の改善が達成できることを示している.論文の構成は「序論」を含めて7章からなる.

 第1章は「序論」で,本研究の背景を明らかにした上で,研究の動機と目的について言及し,研究の位置付けについて整理している.

 第2章は「放送番組用ディジタル素材信号の伝送」と題し,OFDM変調方式の基本原理を概括しディジタルFPUに要求される条件と照らし合わせ,OFDM変調方式を適用した場合の伝送特性改善の可能性を示し,その設計理念を明確にしている.特に,伝送パラメータや中継ネットワークの形態などの課題を挙げ考察し,併せて従来のFPUシステムとの比較からその有用性についても考察している.

 第3章は「DQPSK-OFDM変調方式のUHF帯移動体伝送特性」と題し,DQPSK(Differential Quadrature Phase-Shift-Keying)-OFDM変調方式を用いたUHF800MHz帯のディジタルFPUを想定し,移動体伝送特性について述べている.実験装置による室内,野外伝送実験の結果から,OFDM-FPUを用いることにより移動体伝送時の安定性が従来のアナログFM方式FPUに比べ大幅に向上することを示している.併せて,放送素材の移動体伝送時の伝送路特性,ならびにDQPSK-OFDMの受信誤り率特性の解析を行い,ディジタルFPUに適したガードインターバル長,キャリア間隔などの伝送パラメータの目安を明らかにしている.

 第4章は「OFDM信号のチャンネル間干渉に関する検討」と題し,既存のアナログFM方式FPUに対するOFDM信号のチャンネル間干渉ならびにOFDM信号同士のチャンネル間干渉について,干渉実験およびシミュレーションの結果を示し,混信保護比と運用上の制限について述べている.

 第5章は「800MHz帯OFDM-FPUの規格化と運用検証」と題し,本研究の検討をもとに日本の電波産業会で規格化されたUHF800MHz帯DQPSK-OFDM変調方式ディジクルFPUの仕様について説明し,併せて,実際の中継放送番組制作における運用の具体例を示し,OFDMディジタルFPUの有効性を検証している.

 第6章は「DAPSK-OFDM変調方式を用いたHDTV信号の伝送に関する考察」と題し,HDTV信号を伝送するための多値化OFDM変調方式について考察している.OFDMのキャリア変調方式としてDAPSK(Differential Amplitude Phase Shift Keying)を用いたディジタルFPUを提案し,その基本原理と理論特性を述べ,16/32DAPSK-OFDM実験装置を用いて行った伝送実験により,加法性白色ガウス雑音伝送路,マルチパス伝送路およびフェージング伝送路における特性を明らかにし,高速のHDTV信号の移動体伝送の可能性を示している.

 最後に第7章は「結論」で,本研究の総括を行い,併せて将来展望について述べている.

 以上これを要するに,本論文は,OFDM変調方式による高速ディジタル信号伝送の基礎検討をまとめるとともに,放送番組素材伝送への応用の具体例を明示したものであり,これらのディジタル信号の移動体伝送に関する研究は,無線伝送工学特に放送技術研究分野において貢献するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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