学位論文要旨



No 214446
著者(漢字) 大倉,康幸
著者(英字)
著者(カナ) オオクラ,ヤスユキ
標題(和) 微細電界効果トランジスタにおける電子輸送の理論的研究
標題(洋)
報告番号 214446
報告番号 乙14446
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14446号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 平本,俊郎
内容要旨

 本論文は、半導体微細電界効果トランジスタにおける電子輸送についてデバイスの微細化、不純物高濃度化に伴う問題を明らかにすることを目的として行われた研究をまとめたものである。

 電界効果トランジスタのキャリアは絶縁膜の界面に近い非常に狭い領域を反転層を形成しており、反転層では表面の量子化の影響が現れる。従来から、表面の量子化を取り入れた自己無撞着な計算が数多くなされてきたが、微細化に伴い、デバイスの特性を理解するのに検討すべき問題が新たに現れてきた。例えば、表面の量子化のしきい値への影響については本論文以前には、触れられていなかった。また、反転層の移動度は、低電子濃度で、不純物による散乱のため電子濃度とともに大きくなることが知られていたが、しきい値付近の非常に電子濃度の低い領域の移動度は、まだ不明確であった。更に、ソースからドレインへの横方向のキャリアの輸送における表面の量子化の影響、例えばキャリアのエネルギー分布への影響はまだ不明確である。本論文はデバイスの微細化、不純物高濃度化に伴い顕著になる、しきい値及び低電子濃度での反転層移動度、キャリアのエネルギー分布への表面の量子化の影響を明らかにしたものであり、6章より構成される。

 まず第1章で、半導体でのキャリア輸送現象解析の歴史、半導体デバイス開発における輸送理論の位置付け、デバイスシミュレータの重要さなど、本研究の背景について述べる。そして本研究の目的と論文の構成を述べる。

 第2章では、不純物濃度が高濃度化している最近の電界効果デバイスの特性予測には深さ方向量子化の影響が重要であり、しきい値の大きなシフトにつながることを示す。すなわち、第2章では、半導体と絶縁膜との界面の電子の電荷分布を、(100)結晶面の場合について、量子論に基づきフェルミディラック統計を考慮して波動方程式とポアソン方程式を自己無撞着に解くことにより計算した。いくつかの基板不純物濃度の場合について古典論的計算結果との比較を行った。その結果、量子力学的に計算した反転層電荷密度は古典的に計算した場合に比べて小さく、その結果サブスレッショルド特性がずれているように挙動する。2つの計算結果は基板濃度が高くなるほど差が広がり、基板不純物濃度が1017cm-3を上回ると顕著になることを初めて示し、また、デバイスを試作し、測定結果とシミュレーションとの伝導度の違いを比較すると、量子力学的計算結果が良く一致していた。また、反転層深さを比較することにより、表面の量子化の効果を酸化膜厚とフラットバンド電圧に古典論的定式化に繰り込む方法を新たに提案した。この新しい方法の結果は、量子力学的計算結果と良く一致することを示した。

 第3章では、モンテカルロシミュレーションにより高濃度ドープチャネル構造での低電界特性の解析を行なった。2次元電子ガスの遮蔽効果を考慮したフーリエ変換したクーロンポテンシャルにより電子不純物相互作用を求めた。遮蔽効果と不純物分布の効果を論じた。シート電子濃度が低い時は移動度はシート電子濃度とともに増加し、n-GaAs層厚によらない。シート電子濃度が高くなると移動度はバルクのものに近づく。これは2次元と3次元との間の遷移であるということを初めて理論的に説明し、実験的にも確かめた。

 第4章では、第3章に引き続いて、キャリア濃度が非常に低いときの表面移動度における、不純物散乱の遮蔽効果をより広い範囲について取り入れることにより得られた解析結果を示す。2次元電子ガスの遮蔽効果を考慮したクーロンポテンシャルに、ゲート電極、及び、空乏層端での鏡像効果を組み入れて、MOSFETの表面移動度における不純物散乱の効果を検討した。しきい値電圧付近では非常に電子濃度が低いため、電子による遮蔽は弱く、電子濃度が下がるほど不純物散乱は増大するが、ゲート電極、及び、空乏層端に誘起される鏡像電荷による遮蔽を考慮すると、不純物散乱の影響が抑えられることを示した。移動度の低下によりしきい値電圧が高い値にシフトする。しきい値電圧のシフトは、現在通常使われているデバイスでも数十mV程度であり、不純物濃度が高いほど顕著になるため、不純物散乱を正しく取り入れたしきい値電圧予測が重要になることを示した。

 第5章では、ウインドウモンテカルロ法をベースに深さ方向の量子化を取り入れた新しい粒子モデルによる2次元デバイスシミュレータを新たに開発した。開発したシミュレータを用いて、ドレイン電流の評価を行い、シングルドレイン構造MOSFETの測定データを再現することを確認した。更に基板電流の評価を行った。量子効果を考慮するとキャリアのエネルギー分布が高エネルギーのテイルの部分で高エネルギー側に平行移動しており、キャリア生成が始まる場所がソース側にシフトすること、その結果、低ドレイン電圧で相対的に基板電流が大きくなることがわかった。低電圧動作での信頼性予測に、量子効果を考慮することが重要であり、今回開発したシミュレータが有効であることを示せた。

 第6章では、本研究のまとめを行う。また、本研究に触発されて盛んになった不純物濃度の高濃度化に伴う表面量子化についての研究の流れについて述べ、微細電界効果トランジスタのモデリングにおける今後の課題を述べる。

 以上のように本論文は、半導体微細デバイスにおける寸法の縮小と不純物濃度の高濃度化に従い、深さ方向のキャリア状態の量子化現象が顕著となり、デバイスの電気的特性を支配するパラメータの一つであるトランジスタしきい値がシフトすることを理論的に初めて明らかにしたものである。同時に電流電圧特性に関係する移動度の電子濃度依存性を解析し、特にしきい値付近の低電子濃度状態での不純物散乱に対する遮蔽効果の影響を詳細に明らかにするとともに、深さ方向の量子化がキャリアのエネルギー分布に及ぼす影響を論じ、従来の基板電流に基づくデバイスの信頼性評価における精度を向上するための、低電圧動作時特有の重要な留意点を明らかにしたものである。

審査要旨

 本論文は「微細電界効果トランジスタにおける電子輸送の理論的研究」と題し、半導体微細電界効果トランジスタにおける電子輸送現象についてデバイス微細化と不純物高濃度化に伴う問題に関する研究成果をまとめたのもで、6章より構成されている。

 第1章は序論であり、半導体キャリア輸送現象研究の歴史、半導体デバイス開発での輸送理論の役割、デバイスシミュレータの必要性等の本研究の背景について述べ、本研究の目的と論文の構成を述べている。

 第2章は「基板不純物濃度高濃度化に伴う反転層量子化の効果」と題し、不純物高濃度化が電界効果トランジスタの深さ方向量子化に影響を与え、しきい値のシフトにつながることを示している。半導体と絶縁膜との界面での電子分布を、(100)結晶界面の場合について量子論に基づき波動方程式とポアソン方程式を自己無撞着に解き古典論的計算結果と比較することで、量子力学的に計算した反転層電荷密度が古典的に計算した場合に比べて小さくなり、基板不純物濃度が1017cm-3を上回るとその差が顕著になることを示している。同時に試作デバイスの測定結果と計算結果との伝導度における違いを比較し、量子力学的計算結果が測定結果とより良く一致することを示している。また、界面量子化効果を酸化膜厚とフラットバンド電圧値として古典論的モデル式に繰り込む便宜的方法を新たに提案している。

 第3章は「高濃度ドープチャンネル移動度の電子濃度依存性解析」と題し、モンテカルロシミュレーションによる高濃度ドープチャネルの低電界特性の解析を行なっている。2次元電子ガスの遮蔽効果を考慮したクーロンポテンシャルにより電子不純物相互作用を求め、遮蔽効果への不純物分布の効果を検討し、低電子濃度時は活性層厚にはよらず移動度が電子濃度とともに増加し、高電子濃度時の移動度はバルクの値に近づくことを示している。これにより電子移動度の電子濃度依存特性が2次元状態から3次元状態への遷移現象で説明できることを明らかにし、実験的にも確かめている。

 第4章は「SiMOSFETのしきい電圧付近における電子移動度への遮蔽および鏡像効果の解折」と題し、前章に続いて極低キャリア濃度時での界面移動度への不純物散乱現象の遮蔽効果をより広い範囲について検討し解析している。2次元電子ガスの遮蔽効果を考慮したクーロンポテンシャルにゲート電極と空乏層端での鏡像効果を組み入れ、金属酸化膜電界効果トランジスタ(MOSFET)の界面移動度への不純物散乱の効果を検討し、しきい値電圧付近の極低電子濃度時には電子による遮蔽効果が弱く電子濃度が低下するほど不純物散乱効果が増大すること、ゲート電極と空乏層端の鏡像電荷による遮蔽を考慮すると不純物散乱の影響が抑えられることを示している。移動度の低下はしきい値電圧の高い値へのシフトを生じさせるが、しきい値電圧シフト量は現在通常使われているデバイスでは数十mV程度となり、不純物濃度が高いほど不純物散乱効果を考慮したしきい値電圧予測が重要になることを示している。

 第5章は「反転層量子化を取り入れたSi-n-MOSFETsのモンテカルロシミュレーション」と題し、ウインドウモンテカルロ法を基本として深さ方向の量子化効果を取り入れた新しい粒子モデルを提案し、それに基づき新たに開発した2次元デバイスシミュレータを用いてドレイン電流の計算を行い、シングルドレイン構造MOSFETの測定データとよく一致することを示している。また基板電流の計算を行い、量子効果を考慮した場合はキャリアのエネルギー分布の高エネルギー側のテイル部分がより高エネルギー側へと平行移動しており、キャリア生成場所がソース電極側にシフトし、その結果として低いドレイン電圧で基板電流が大きくなることを予想している。これにより低電圧動作時のデバイス信頼性予測には量子効果を考慮した評価が重要であることを示している。

 第6章結論であり本研究をまとめると同時に、本研究が契機となって盛んとなった高不純物濃度時における界面量子化の研究のその後の発展について述べ、微細電界効果トランジスタのモデリングにおける今後の課題を合わせ論じている。

 以上要するに、本論文は微細電界効果トランジスタに関して、高不純物濃度化に伴い発生する深さ方向量子化の影響でしきい値がシフトする現象を明らかにし、低電子濃度時の移動度の電子濃度依存性を計算することでしきい値付近での遮蔽効果の影響を明らかにし、また深さ方向の量子化がキャリアのエネルギー分布に与える影響を計算しデバイス信頼性に及ぼす効果を予測したもので、電子工学の発展に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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