本論文は「微細LSI製造プロセスのための高精度数値モデルの研究」と題し,半導体集積回路(LSI)の製造工程におけるプロセスならびにデバイス開発の時間短縮および歩留まり向上の目的で使用するシミュレーション技術(TCAD)の高精度化と高効率化手法を研究したもので,6章より構成されている. 第1章は「緒論」であり,微細半導体デバイスの製造プロセスで課題となっている初期増速拡散現象,半導体デバイスのゲート酸化膜界面(Si/SiO2界面)での不純物パイルアップ現象,およびモデル式導出に必要な長時間のデバイス・プロセスシミュレーション等の本研究の背景となっている諸問題を論じ,あわせて本研究の目的と論文の構成を述べている. 第2章は「半経験的増速拡散モデルの提案」と題し,不純物の初期増速拡散過程を点欠陥モデルを基本として拡散係数の過渡応答現象としてモデル化する現象論的手法を提案している.これをもとに半導体製造工程で用いられる各種のイオン種について短時間アニール実験(RTA)および不純物分布測定実験を行い,提案したモデル式のパラメータを実験的に導出した結果を述べている.これにより広い範囲の不純物ドーズ量とアニール温度,アニール時間において0.1m程度の浅いpn接合形成における接合深さを0.01m程度の精度で予測できることを実験的に検証している. 第3章は「低ドーズ量打ち込みにおける燐のSi/SiO2界面でのパイルアップ現象の解析とモデル化」と題し,低ドーズの燐イオン注入とその後のウェット酸化工程における燐原子の再分布過程を研究している.誘導結合プラズマ質量分析(ICP),二次イオン質量分析(SIMS)広がり抵抗測定(SRP)を併用して測定を行い,Si/SiO2界面において燐原子がパイルアップする現象を明らかにし,この現象が主に界面のシリコン結晶側生ずることを明らかにしている.またパイルアップした燐原子は電気的に不活性であることを見いだし,結果的にシリコン結晶中の不純物としての電気的活性度は約60%に減少することを明らかにしている.同時にこのパイルアップ現象の数値モデルを提案し実験値と比較することで精度良く予測可能であることを実証している. 第4章は「階層レスポンスサーフェース法の提案」と題し,実験あるいはシミュレーションによるサンプル値から数値的に導出されるモデル式である2次のレスポンスサーフェース関数(RSF)を効率的に導出する手法を提案している.RSFの係数は実験計画法に基づき決定される複数の実験条件とそのときのサンプル値をもとに最小自乗法によって求められるが,実験条件を定めるパラメータ数が増えるに従い指数関数的に多くのサンプル値を必要とする欠点がある.本提案ではパラメータを多段階で導入し階層的にRSFの係数を決定することで効率的にRSFを導出できることを示している.6変数の場合には約60%程度サンプル数を少なくし効率化でき,微細CMOSプロセスのしきい電圧値に本手法を適用することで,予測誤差の点でも従来手法と同程度の0.01V程度に抑えることができることを示している. 第5章は「TCADの微細CMOS製造プロセスへの適用」と題し,本論文で提案している不純物増速拡散モデルと階層レスポンスサーフェース法を実際の微細CMOSプロセス条件の最適化とデバイス特性のバラツキ解析に適用した結果について述べている.具体的に0.4mから0.25mのCMOSプロセスのしきい電圧については平均誤差が0.02V以下となり,ドレイン電流については3%以下の誤差で予測可能なことを示している.また0.35mCMOSプロセスにおいて実験値およびシミュレーション値をもとに導出したRSFを用いてモンテカルロ法によるバラツキ予測を行い,NMOSとPMOSのそれぞれにおけるしきい電圧とドレイン電流の3値を求め実験値と比較することで,これらのデバイス特性値を高精度で予測できることを実証している.これらを通じて本論文の手法が微細CMOSLSIの生産現場でも十分利用可能な精度を有することを論じている. 第6章は「結論」であり本研究の成果をまとめると同時に,極低電圧加速イオン注入や2次元不純物プロファイルのモデル化,レスポンスサーフェース法のさらなる高速化等の今後の課題を合わせ論じている. 以上要するに,本論文は微細LSI製造プロセスのための数値モデルの研究を行い,不純物初期増速拡散モデル,Si/SiO2界面での低ドーズ不純物の活性化率モデル,ならびに階層レスポンスサーフェース法による効率的モデル式の導出手法を提案し,実際の微細CMOS製造プロセスへの適用を通じてその有効性を実証したのもで電子工学の発展に貢献するところが少なくない. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |