学位論文要旨



No 214448
著者(漢字) 佐藤,信彦
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ノブヒコ
標題(和) 多孔質シリコンを用いた絶縁物上シリコン単結晶膜構造(Silicon-on-insulator(SOI))作製技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 214448
報告番号 乙14448
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14448号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
内容要旨

 単結晶シリコン層が絶縁物層を介して支持基板上に配置された構造(SOI:Silicon-on-insulator)を有するSOIウエハは、シリコンウエハに代わる次世代半導体基板として、1960年代から、高品質に作製する方法が検討されてきた。本研究では、この作製方法の1つとして新たに提案された、多孔質シリコン上に形成したエピタキシャルシリコン層を支持基板上に移設する、ELTRAN(Epitaxial Layer Transfer)法の、実用化と高品質化を検討した。この方法では、多孔質シリコン上に形成されたエピタキシャルシリコン層の表面に酸化シリコン層を形成したのち、ファンデルワールス力により、支持基板と密着させる。その後、1100℃程度の熱処理により貼り合わせ強度を高めてから、多孔質シリコンを表出させ、選択的にエッチングすることにより、エピタキシャルシリコン層をSOI層とするSOIウエハを作製する。本研究では、特にSOI層の結晶性を決定づけるエピタキシャルシリコン層の結晶品質、SOI層の表面平滑性、および、膜厚均一性の高品質化をはかり、得られたSOIウエハの電気的特性を評価した。

図1 ELTRAN法によるSOIウエハ作製方法の概略図結晶品質

 多孔質シリコンは、直径数nmの孔が10〜30nm開隔で並ぶスポンジ状の構造であり、単結晶シリコンウエハの表面層を、陽極化成法によりHF水溶液中で電解エッチングして、作製される。SOI層となる単結晶シリコン層は、水素希釈したシリコン原料ガスを熱分解する化学蒸着法(CVD:Chemical Vapor Deposition)により、多孔質シリコン上にエピタキシャル成長して形成される。成長には、複数枚一括処理型装置と枚葉処理型装置を用いた。前者では、ウエハは反応容器を直接開閉して反応容器内に設置され、炉内雰囲気を水素に置換した後、10℃/分程度で昇降温する。後者では、ウエハはロードロックを介して反応容器内に設置され、10℃/秒の高速昇降温が可能である。いずれの装置でも、ウエハは水素中で昇温され、装置内に残留した水分・酸素分等によって形成された酸化物を除去するために、水素中での熱処理(プリベーク)を行った後、シリコン原料ガスを添加して、エピタキシャルシリコン層を形成する。

 本研究では、まず多孔質シリコン上のエピタキシャルシリコン層に導入される結晶欠陥は、主として多孔質シリコンとエピタキシャルシリコン層の界面近傍から導入される積層欠陥であること、および、エピタキシャル成長以後の工程では顕著な結晶欠陥導入がなく、SOI層の結晶欠陥密度が、エピタキシャル成長工程において決定づけられることを確認した。

 積層欠陥密度は、水素プリベーク条件に強く依存している。複数枚一括処理型装置では、水素プリベーク温度が950℃を越えると、多孔質シリコン表面の形状変化がはじまり、ついには、図2に示すように、表面の孔が概ね封止されることを観察した。同時に積層欠陥密度も減少し、1150℃では1x103個/cm2となった(図3)。しかし、水素プリベーク後の表面を更に詳細に高分解能走査型電子顕微鏡で観察したところ、大きさが当初の10倍程度の50nmにまで拡大した孔が残留していた。これは、孔封止の最中に、一部で孔封止のために必要なシリコン原子が欠乏するためと考えられた。そこで、不足するシリコン原子を補い、多孔質シリコン表面で表面拡散できる程度に微量のシリコン原料ガスを水素に添加する(プレインジェクション法)と、積層欠陥密度は3.5x102個/cm2になった。しかし、多孔質シリコンが高温熱処理で構造変化し、後工程のエッチング性が劣化することがあり、実用上の問題があった。

図2 多孔質シリコンの走査型電子顕微鏡による斜視図(a)水素プリベーク前、(b)水素プリベーク(950℃)後。いずれも上部が表面、下部が断面。図3 エピタキシャルシリコン層の積層欠陥密度の水素プリベーク温度依存性複数枚一括処理型装置の場合(プレインジェクション無し(□)と有り(○))と、枚葉処理型装置の場合(プレインジェクション有り(●))。

 この水素プリベーク中のシリコン減少量をELTRAN-SOIウエハのSOIウエハの膜厚変化を利用して調べたところ、昇降温中にシリコンが7nmもエッチングされることが判明した。これは、主としてウエハを炉内へ搬入する時に混入した酸素・水分による酸化・エッチングと考えられた。通常のシリコンウエハでは、高温水素プリベークで十分に酸化物を除去することで、結晶欠陥の導入を抑制するのだが、するが、多孔質シリコンでは、表面孔密度が減少する一方で、一部の孔が合体・拡大し、大きな残留孔となっていた。そこで、ロードロックを有する枚葉処理型装置を導入し、昇降温中のシリコンエッチング量を1nm以下に抑制したところ、従来より低温の水素プリベーク(950℃)で、積層欠陥密度を極小値2.9x102個/cm2にすることに成功した。されに、この水素プリベークを80秒以下とすると、積層欠陥密度は、1x102個/cm2となった。この水素プリベークでは、孔密度は3割程度しか減少せず、顕著な孔径拡大も認められなかった。

 このように、エピタキシャルシリコン層の積層欠陥密度は、多孔質シリコン表面に残留する酸化物、および、多孔質シリコン表面の孔径・孔密度の影響を強く受けていた。特に、昇温中の残留酸素・水分によるシリコンの酸化・エッチングを抑制し、孔の封止に伴う残留孔の孔径拡大が進行する前に、気相から供給するシリコンによって孔を塞ぐことにより、結晶欠陥密度を抑えたエピタキシャルシリコン層を成長することが可能となった。

 さらに、多孔質シリコンの構造を、斜め入射したレーザー光の散乱強度値(ヘイズ)が小さくなるように調整することにより、積層欠陥密度を27個/cm2まで低減した。

SOI層の表面平滑性と膜厚均一性

 多孔質シリコン除去後のSOI層表面は、原子間力顕微鏡の測定によると、高低差100nm、周期40〜50nmの凹凸を有する粗れた表面である。このSOI層表面に、エピタキシャル成長前と同様の水素中熱処理を適用したところ、図4のように、市販のシリコンウエハ並みに平滑化されることを初めて見出した。この水素中熱処理中のシリコンエッチング量は、エピタキシャル成長装置で0.08nm/minあったが、新規に開発した供給水素の純度、反応容器内への空気の混入の抑制に配慮した縦型水素中熱処理装置では、酸素分・水分の混入を抑えることはもちろん、シリコン表面でのガス流速を抑制し、対向面をシリコンとすることで、シリコンエッチング速度を1100℃で0.0022nm/min、4時間の熱処理における総エッチング量を、1nm未満に抑制できた。このようなシリコンエッチング抑制下でもシリコン表面の平滑化されることを確認し、水素中熱処理によるシリコン表面の平滑化は、シリコンの表面拡散によると結論した。

図4 ELTRAN法によるSOIウエハの走査型電子顕微鏡による斜視図(a)多孔質シリコンのエッチング後、(b)水素中熱処理後。いずれも上部が表面、下部が断面。

 また多孔質シリコンが、単結晶シリコンに対して104-5倍選択的にエッチングされることに加え、水素中熱処理での膜厚減少量を1nm未満に抑制できることから、エピタキシャル成長工程以後のSOI層の膜厚分布の劣化は、上記両工程を合わせても、±1nm以内となった。したがって、ELTRAN法では、SOI層の膜厚均一性は、エピタキシャルシリコン層の膜厚分布の改善に伴い、向上することとなる。

ELTRAN法によるSOIウエハの電気的特性

 こうして形成されたELTRAN-SOIウエハ上に、ダイオードや、金属-酸化物-半導体電界効果型トランジスタ(MOSFET)等を作製し、電気的特性を評価した。pn接合の電流-電圧特性、および、SOI層表面に形成した酸化シリコン膜の絶縁耐圧が、他のSOIウエハと同等、または、それ以上の特性を有することを確認した。さらに、集積回路として1001段のリングオシレータを作製し、正常動作を確認した。これらの評価から、ELTRAN法によるSOIウエハが、次世代半導体基板の候補として、必要とされる基本的な品質を満たしていることが明らかになった。先端デバイスでは、ゲート長の縮小に伴う短チャネル効果を抑制するために、チャネル部のSOI層膜厚を10nmないしはそれ以下にすることが検討されている。SOI層の膜厚均一性と良好な表面平滑性を有するELTRAN-SOIウエハは、このように極薄SOI層にMOSFETを形成する上でも有利である。

まとめ

 本研究では、特にシリコンの水素中熱処理挙動を制御することで、多孔質シリコン上に形成するエピタキシャルシリコン層の結晶品質向上、および、ELTRAN法によるSOI層の表面平滑性、膜厚均一性を向上した。水素プリベーク工程の検討中に発見された多孔質シリコン表面孔の封止現象は、SOI層に応用され、多孔質シリコン除去後の表面粗れを平滑化することに成功した。このSOI層の表面平滑化では、シリコンエッチングを抑えることで、SOI層の膜厚均一性を向上した。水素中熱処理中のシリコンエッチングに関する知見からは、エピタキシャル成長前の水素プリベーク中の残留酸素分、水分によるシリコン酸化・エッチングが示唆された。このような炉内の残留不純物を減らすことで、多孔質シリコンの表面形状制御を容易にし、積層欠陥密度の導入を抑制した。以上に述べたように、ELTRAN法によるSOIウエハは、水素中熱処理中のシリコン表面の形状変化挙動を見い出し、これを水素中熱処理中のシリコンエッチング量を抑制できる環境下で実施することにより、高品質化された。

審査要旨

 本論文は、「多孔質シリコンを用いた絶縁物上シリコン単結晶膜構造(Silicon-on-insulator(SOI))に関する研究」と題し、多孔質シリコン上に形成されたエピタキシャルシリコン層(以下、エピ層)を支持基板と貼り合わせたのち、多孔質シリコンを選択エッチングして絶縁物上に移設する、新規なSOIウエハ作製技術「ELTRAN(Epitaxial Layer Transfer)」を開発し、その高品質化技術を詳細に検討したものであり、六章から構成されている。

 第一章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。MOSFET等のデバイスをSOIウエハ上に形成する利点と課題を説明した上で、SOIウエハ作製技術研究の経緯を説明している。また、デバイスの微細化に伴い、ウエハ作製時の導入欠陥が極めて少ないエピ層がSOI層として必要となることを述べ、これに適うELTRAN法によるSOIウエハの実用化研究として、SOI層の結晶高品質化、多孔質選択エッチング後のSOI層表面粗れの平滑化、膜厚均一性の向上を図り、先端デバイスの特性評価が可能な程度に完成させることが、本研究の目的であることを述べている。

 第二章では、SOI層の結晶品質を担う、多孔質シリコン上のエピ層の高品質化が、報告されている。まず、化学気相法で形成される多孔質シリコン上のエピ層に導入される主たる結晶欠陥が、積層欠陥であることを明らかにしている。積層欠陥の導入は、多孔質シリコン表面近傍における酸化物の残留、および、エピ層成長前の水素中熱処理における多孔質シリコン層の表面構造の変質と深く相関していることを述べている。そして、装置内残留酸素分・水分によるシリコンの酸化・エッチングの抑制が必要であること、次に、エピ層形成前の水素プリベーク中に、多孔質シリコンの大半の表面孔がシリコン原子の表面拡散により封止され、同時に径の大きな孔が残留するような構造変化が生じるが、この前にエピ層の成長を開始することが、欠陥密度低減の鍵であると説明している。その結果、積層欠陥密度は、2.7x101個/cm2にまで低減されている。

 第三章では、多孔質シリコンの選択エッチング後の高低差100nmに及ぶ表面粗さが、水素中熱処理により平滑化されることを初めて報告している。水素中熱処理による粗表面の表面平滑化は、SOI層の膜厚減少が1nmであっても進行することから、シリコン原子の表面拡散によると述べている。また、この水素中熱処理では、SOI層中に多孔質シリコンから固相拡散されたホウ素も、外方拡散によって除去されることを示している。

 第四章では、SOI層の膜厚ばらつきが、エピ層の膜厚分布、および、多孔質シリコンの選択エッチングと、水素中熱処理における膜厚分布の劣化からなることを明らかにしている。多孔質シリコンの増速エッチングは、多孔質の孔への液の染み込みと、孔壁のエッチングの2つによって説明している。また、水素中熱処理においては、被エッチング面と対向する面の材質を酸化シリコンとした場合、両表面が気相の水素を介して反応し、エッチングが促進されることを発見している。これらを制御することで、膜厚分布の劣化は±1nm以下に抑制され、エピ層の膜厚分布がほぼ保存されることを明らかにしている。

 第五章では、ELTRAN法によって作製されたSOIウエハの品質評価と、デバイス動作の確認を行っている。まず、第二章から第四章に述べた方法によって高品質化されたSOIウエハが、先端MOSFETデバイスの要求品質に合致していることを述べている。次にELTRANウエハ上に作製したpnダイオード、酸化シリコン膜の耐圧特性が、市販のシリコンウエハ、他のSOIウエハと遜色ないことを示した上で、1001段のリングオシレータ回路が正常動作することを述べている。

 第六章は、総括であり、ELTRAN法によるSOIウエハが、単結晶シリコン、および、多孔質シリコンの水素中熱処理における構造変化を制御することによって、先端デバイスの要求を満たすように高品質化されたと結論している。

 以上をまとめると、本論文では次世代半導体基板であるSOIウエハの作製技術として、品質の向上とコスト低減の両立が期待されるELTRAN法を開発し、主に水素中熱処理工程を制御することによって、結晶性、表面平滑性、膜厚均一性を先端デバイスの作製が可能な程度にまで高品質化している。特に、水素中熱処理における多孔質シリコン、単結晶シリコンの表面構造変化挙動を明らかにし、これを応用した点で、物理工学への寄与は非常に大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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