原子力発電に関しては、資源論的な観点、あるいは最近話題になっている地球温暖化の観点から判断して、その重要性が高まっている。しかしながら、特に先進国においては、依然として、原子力発電に対して批判的な意見が多いが、そのベースには、原子力発電の安全すなわち事故のリスクに関する根強い不安がある。一方、TMI及びチェルノブイリ事故の発生により、原子力発電所の持つ最大リスクは、シビアアクシデントすなわち炉心溶融事故であると認識され、その現象の解明に多くの研究が実施されてきた。 この炉心溶融事故の研究では、模擬試験の実施の困難さから、当初から、計算機による解析が、大きな役割を演じてきた。すなわち、炉心溶融に伴い原子炉の中で進展する物理現象を記述するために、数値流体力学、その中でも、多成分多相熱流動解析技術が大きく進歩してきた。炉心溶融事故時の原子炉内では、UO2燃料の溶融・凝固、冷却材の沸騰・凝縮及び構造材の溶融・沸騰のように、融点・沸点が異なるいくつかの物質が、お互いに熱的な相互作用をしながら、全体として非常に複雑な流れを形作っている。この物理現象を記述するには、多成分多相熱流動解析の枠組みが必須である。これ以外に、身の回りにある、雲の生成とか降雨のような自然現象あるいはボイラー内の蒸気発生や復水器内での蒸気凝縮のような人工物内での現象においても、多成分多相熱流動現象は良く見られる現象である。最近、計算機の発達と数値流体力学の進展にともない、このような複雑な熱流動現象もかなり現実的に計算機シミュレーション出来るようになってきた。対象流体から見た数値流体力学の進化を見ると、次図のようになる。 図表 本研究の目的は、上述した種々の多成分多相流れに適応可能な、汎用の解析コード(CHAMPAGNE:Code of Hydraulics for Multiphase and Genelized Component Fluid)を開発することである。ここで、汎用を主張している根拠は、 (1)相と相との相互作用については、完全にモジュール化して、解析コード内において、他の部分から完全に独立させたこと。 (2)多成分多相の複雑な流れを表現するのに必要十分な質量、運動量、エネルギー保存則の数は、一致しておらず、それぞれ異なっている(一般に、質量保存則の数が、運動量、エネルギー保存則の数よりも多い)。これに柔軟に対応するため、解くべき保存則の数を、プログラムの変更無しに、入力で指定出来るようにしたこと。 の2点である。すなわち、コード作成における、これら2つの基本方針により、CHAMPAGNEコードは、種々多様な多成分多相流れを、最小のプログラム修正(具体的には、相間相互作用を記述しているモジュールのみの変更)で解析することが可能になった。 計算の対象とする流れへの現象論的な考察により導かれた必要最小限の質量、運動量、エネルギー保存則は、偏微分方程式で記述されており、それらを、構造格子上で、コントロールボリュームの概念により、離散化する(有限体積法)。離散化に当たっては、対流項には1次風上差分法を採用した。1次風上差分法は、数値拡散が大きいため、解析の精度が悪く、最近の数値流体解析(特に乱流解析)では、3次風上差分等、高次の風上差分法を採用する例が多い。しかしながら、本研究で対象としている多成分多相流れは単相流れと比較して物理現象そのものが不安定であるため、数値精度の向上よりも数値解法そのものの安定性を最優先し、1次風上差分法を採用した。時間項評価に当たっては、完全陰解法を採用した。完全陰解法はその数値安定性の良さは十分に認識されているが、プログラミングの複雑さゆえ、陽解法、あるいは、拡散項は陰的に対流項は陽的に解く半陰解法、のいずれがを採用している数値流体解析コードが主流であるのが現状である。従って、解くべき保存則の数が従来の単相流れに比べて、飛躍的に増加する複雑な多成分多相熱流動解析に完全陰解法を採用している例は稀である。しかしながら、本研究では、可能な限りの数値的安定性を追及しているため、離散化及びプログラミングが複雑で困難になるのは十分に認識した上で、あえて完全陰解法を採用した。 以上の手続きで、離散化された多数の保存則は、IPSA法を元に本研究で改良したアルゴリズムで解かれる。改良は、主に反復過程での収束を早めるために実施した。特に、多流体解析特有の相間相互作用の数値解法上の扱いには十分に注意を払った。すなわち、CHAMPAGNEコードにおいて、多数の保存則は、順番に解かれる。この場合、大きな相間相互作用係数は相互作用する変数(保存量)を強く結びつけるため、一回の反復で一つの変数のみが更新されるアルゴリズムでは、例えて言えば2人3脚で足を強く結ばれた走者のように、ゆっくりとしか収束が進まない。これを加速するために、強く結び付いた全ての変数を同時に更新することが必要になるが、この手続きを、従来研究よりも一般化した枠組みで展開した。 コード作成においては、プログラミングの無謬性を示すことと作業の効率化とを図るために、コード作成を段階的に進めた。すなわち、コード作成の各段階において、以下のチェック計算を順次実施し、プログラミングの正しさを確認しつつ、次の段階のコード作成を進めた。 (1)1次元2相圧縮定常流れ:ノズルを流れる2相流 (2)1次元2相圧縮非定常流れ:2相流れにおける衝撃波の伝播 (3)1次元非平衡沸騰定常流れ:相変化(蒸発)を伴う流れ (4)2次元非平衡沸騰定常流れ:相変化(蒸発)を伴う2次元流れ (5)1次元非平衡凝縮非定常流れ:液相界面での凝縮現象での数値不安定(Water Packing) (6)2次元固液非定常流れ:固体粒子群の不安定流動現象(粉体流動層) 次に、複雑な流れを計算する解析コードでは、計算された結果が物理的に正しいかどうかの判断が重要になる。このために、計算体系内の質量・運動量・エネルギーの保存量が、どの程度保存されているかについて、コード内において、任意の時刻で調べることが出来るようにした。さらに、計算結果の妥当性を示すためには、試験データによる検証解析も必要である。そこで、以下の種々の試験計算を行い、試験データとの比較を行った。 (1)SCARABEE実験BF1:内部発熱を伴う溶融燃料自然対流 (2)SCARABEE実験BF2:内部発熱を伴う沸騰燃料プールの挙動 (3)Edward Pipe実験:2相噴流(配管からのブローダウン現象) (4)SEBULON試験:内部発熱を伴う水沸騰自然対流熱伝達 (5)セルフレベリング試験解析:固体粒子層の表面付近での流動化 最後に、CHAMPAGNEコードの持つ多種多様なの多成分多相流れへの適用可能性を示すために、以下の2つの応用解析を実施した。 (1)燃料集合体ピン構造への溶融燃料の噴出と凝固現象 (2)ダクト内での、水滴を含む水蒸気流れにおける、液滴の詳細な挙動の解析。 |