学位論文要旨



No 214451
著者(漢字) ビィーロー,カレン
著者(英字)
著者(カナ) ビィーロー,カレン
標題(和) VESUVIUSコードによる水蒸気爆発の統合解析
標題(洋) Integrated Steam Explosion Analysis with the VESUVIUS Code
報告番号 214451
報告番号 乙14451
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14451号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 陳,ゆう
内容要旨

 本論文は、軽水型原子力発電所において想定されるシビアアクシデント事故条件下で、圧力容器から格納容器内に落下する溶融物ジェットのブレークアップに関する研究と、水蒸気爆発の諸過程を統合解析で評価できるVESUVIUS解析コードの開発について述べるものである。以下、論文の各章ごとに主要な内容を要約する。

1.緒言

 水蒸気爆発は、初期粗混合、トリガリング、細粒化および圧力伝播過程からなる複雑な現象である。初期粗混合過程では、溶融物と冷却材が接触し、極めて高い熱伝達率をもって熱が伝達し、冷却材が沸騰し蒸気が爆発的に速い速度で生成される。分散相の溶融物は蒸気膜で覆われ、溶融物から冷却材への熱伝達が制限されることにより溶融物と冷却材の混合は熱的に準安定状態に至る。一方、連続相の溶融物ジェットはレーリー・テーラー不安定やケルビン・ヘルムホルツ不安定等により多数の粒子に分裂する。この現象は以下に「ブレークアップ」と称する。溶融物ジェットブレークアップは水蒸気爆発の事象進展に大きく影響し、その定量的な評価は重要である。本研究は、格納容器内のジェットブレークアップの物理的なメカニズムを解明し、その解析モデルを開発することを目的にしたものである。

 また、従来の代表的な水蒸気爆発解析コードでは、それぞれの過程を個別に計算しているため、各過程の間の連統性が保たれるという保証がなかった。水蒸気爆発から発生する圧力波が格納容器内の構造物に与える負荷を評価するために、水蒸気爆発の統合解析が望まれている。本研究は、VESUVIUSコードにおいて、水蒸気爆発の各過程に対して個別にモデル化と検証解析を行い、最終的に、個々のモデルを統合化して水蒸気現象を統合して解析する機能を確認することをもうひとつの目的としている。

2.初期粗混合過程における溶融物粒子ブレークアップのモデル化と解析

 本章では、初期粗混合過程における粒子ブレークアップの機構と従来のモデル化の手法について検討し、それに基づいて採用したモデル化について説明した。レーリー・テーラー不安定による粒子ブレークアップをモデル化するためにPilch式を採用し、それと初期粗混合の固有現象に妥当な構成方程式をVESUVIUSコードに組み込んだ。AEA(英国)のMIXA06実験を検証例題に、解析結果と実験データの比較を示した。

3.等温条件下でのジェットブレークアップの検討

 等温ジェットブレークアップは、単純に力学的な機構による現象であり、高温ジェットブレークアップとの共通点があるため、等温条件下でのブレークアップを把握すればよい。ジェットブレークアップ機構に関するこれまでの研究のほとんどはGinsbergによってまとめられており、周囲ウェーバー数に対する無次元ブレークアップ長さ及びジェットブレークアップモードのマッピングとして整理されている。

 しかし、格納容器内のシナリオには、等温ジェットフルークアップの起きる領域は、ジェットが圧力容器から冷却水プールへと落下するときに通過するガス領域しかないことが分かった。また、ブレークアップ長さを計算し、顕著なプレークアップを起こすほどジェットの落下距離は十分長くないことを示した。この結果から、等温ジェットブレークアップは無視できる程度であることを示した。

4.高温ジェットブレークアップのデータベース作成とマッピング

 この章では、等温条件下でのジェットブレークアップと高温ジェットブレークアップとの違いを述べた。異なる点が多いため、膜沸騰条件下でのジェットブレークアップのモードを確認する必要がある。

 高温ジェットブレークアップの実験データは等温条件下でのデータのように整備されていなかったため、データの調査を実施し、データベースを作成した。異なる条件下でのデータを比較することによって、ジェットブレークアップの事象進展を明らかにした。その進展の一部を図1に示す。

図1 ジェットブレークアップの事象進展の一部

 ジェットブレークアップモードは周辺の流れの特徴や熱的な機構に大きく影響される。流れの特徴については、ジェットの注入時間が長くてブレークアップが定常状態のものであるが、注入時間が短くてブレークアップが過度的なものであるかによってブレークアップモードが大きく変わってくることを説明した。この判定を行うために、定常状態指標(SSI:Steady-State Index,)を提案した。熱的な機構については、蒸気発生量指標(CVI:Coolant Vaporization Index)を提案した。各実験データのSSIとCVIを計算し、SSI対CVIの関係を通じて、ブレークアップモードのマッピングをまとめた。格納容器内の支配的なジェットブレークアップモードは先端位置でのレーリー・テーラー不安定と、ジェット表面上のケルビン・ヘルムホルツ不安定であることを説明した。

5.格納容器内における高温ジェットブレークアップの検討

 粒子ブレークアップ、等温条件下のジェットブレークアップ及び高温ジェットブレークアップに関する知見を整理し、格納容器内のシナリオを計算する際、評価すべきブレークアップモードについて述べた。また、計算手法の流れについて説明した。

6.初期粗混合過程における溶融物ジェットブレークアップのモデル化と解析

 本章で、ジェット表面上のケルビン・ヘルムホルツ不安定によるブレークアップのモデルを説明した。それに1次元定常状態の蒸気膜モデルを加え、2つのモデルからなるジェットブレークアップモデルをVESUVIUSコードに組み込んだ。ジェットを覆う蒸気膜の速度と厚さに関する保存式を解き、その解を用いてジェット表面の不安定化とジェットから離れる粒子の生成項を評価している。解析結果をFZK(ドイツ)のPREMIX PM10実験データとJRC-Ispra(EC)のFARO L-14実験データと比較し、本モデルの検証解析を示した。

7.VESUVIUSコードの統合化(1)トリガリングのモデル化と解析

 トリガリング現象の物理的な機構が解明されていないため、VESUVIUSコードにはトリガリングの判定として論理的なモデルを組み込んだ。すなわち、溶融物の局所的な濃度、温度、圧力等に対する判定条件を5つ立て、全ての条件が成立した場合、トリガリングが発生したと判定する。実験データにおけるランダム性が大きいため、モデルの検証が困難であるが、判定条件と実験条件に対する感度解析を実施し、本モデルが条件変更に対してトリガリング発生の傾向を正しく評価していることを確認した。

(2)細粒化・伝播過程のモデル化と解析

 細粒化のモデルとして、Theofanousらの流体力学的な細粒化モデルをVESUVIUSコードに組み込み、また、超臨界を含む広い範囲で適用できるように構成方程式と状態方程式の改良を行った。JRC-Ispra(EC)のKROTOS44実験データと解析結果を比較し、本モデルを検証した。

(3)VESUVIUSコードの統合化と統合解析

 統合化した水蒸気爆発解析コードでは、初期粗混合過程の計算中に逐一トリガーの有無を判定していき、トリガーが発生した場合には、その時刻の初期粗混合過程解析モジュールの解析結果を初期条件として、細粒化・伝播過程の計算を開始する。

 統合化した水蒸気爆発解析コードを検証するために、KROTOS44実験を解析した。トリガリング以降の各測定位置における圧力履歴を図2に示す。VESUVIUSコードの統合解析の計算機能を確認し、解析結果が実験データとよく一致していることを示した。

図2 KROTOS44実験の各測定位置における圧力の時間変化
8.決言

 本研究では、ジェットブレークアップの進展を解明し、格納容器内の支配的なブレークアップメカニズムを解明した。この結果に基づいて、ケルビン・ヘルムホルツ不安定によるジェットブレークアップモデルを開発した。また、統合化した水蒸気爆発解析コードによって水蒸気5発現象の統合した解析が可能であることを確認した。今後、解析精度向上のために、ジェットブレークアップモデルに他のブレークアップモードのモデルを組み込むことや、統合解析における溶融物の数値拡散の抑制が必要である。

審査要旨

 水蒸気爆発現象は、溶融炉心と水の相互作用として原子炉過酷事故に現れ、その影響の程度を支配する現象であり、原子炉の安全評価において水蒸気爆発と関連する事象を正しく評価することが重要である。このため理論解析、実験研究と並んで水蒸気爆発のモデル化と数値解析研究が進められてきている。数値解析の対象として水蒸気爆発を見ると、非平衡性が大きく高速で起こる現象であり、また、様々な物理が複合して複雑な様相を示す現象であるので、これまでは、水蒸気爆発を構成すると考えられるいくつかの段階のどれかについてのみの研究が個別に進められてきた。また、解析の実証という点とも相俟って、解析対象は中小規模の実験体系であることがほとんどであった。今後、これまでに得られた知見を活かし、原子炉過酷事故における水蒸気爆発を正しく評価し、影響の把握と防護策の有効性を確認していくためには、溶融炉心の落下に始まり粗混合へ至る初期過程を解析に含め、その後に続いて終息に至るまでの一貫する過程をシームレスに解析する手法を整え、現実の体系に即して様々な状況を解析できる枠組みを準備していく必要性が高くなってきている。

 本論文は、以上の観点より、まず、落下する溶融物ジェットがブレークアップする初期過程の解明とモデル化を行い、次に、これを利用して水蒸気爆発の諸過程を統合して解析できるVESUVIUSコードを開発して原子炉安全解析の高度化に資することを目的に行った研究の成果をまとめたものであり、全体で8つの章から構成されている。

 第1章は緒言であり、研究の背景をまとめ従来の研究を整理した上で、本研究の目的と意義を述べたものである。

 第2章は溶融物粒子のブレークアップのモデル化と解析について述べた章である。レーリー・テーラー不安定性によるブレークアップをPilch式と構成方程式を組み合わせてモデル化し、MIXA06実験を対象として解析と実験データとの比較を行っている。

 第3章はジェットブレークアップの力学的な機構を抽出して等温条件下でのブレークアップを検討した章である。これまでの知見を整理し、原子炉格納容器内で起こりうるシナリオに適用して考察し、落下距離の長さからこのモードでの顕著なブレークアップは生じないと評価している。

 第4章は高温ジェットブレークアップに関する章である。まず、実験データをデータベースとして整理し、事象進展の過程を明らかにしている。ブレークアップの特性は流れの時間オーダーと熱的機構に支配されることから、このふたつに関する指標を提案し、指標の値によってモードが分類できること、格納容器内の支配的なモードはジェット先頭でのレーリー・テーラー不安定性とジェットバルク表面でのケルビン・ヘルムホルツ不安定性であることを示している。

 第5章は格納容器内の高温ジェットブレークアップを検討し、また、計算の流れについて説明した章で、第2〜4章の結果から格納容器内のシナリオを評価し、考慮すべきモードを明らかにしている。

 第6章はジェットブレークアップのモデル化と解析についてまとめている。ジェット表面上のケルビン・ヘルムホルツ不安定性による溶融物ブレークアップのモデルに蒸気膜モデルを加えてVESUVIUSコードに組み込んでいる。解析結果を複数の実験データと比較し、モデルの妥当性を検証している。

 第7章はVESUVIUSコードの統合化と統合解析について述べた章である。まず、トリガリング、細粒化、伝播の過程をモデル化し、感度解析および実験との比較により検証している。次に、統合化したコードの構造と特性について述べ、全体の検証としてKROTOS44実験の解析を行っている。これにより統合解析の計算機能を確認し、また、実験と解析で結果が良く一致する結果が得られることを示している。

 第8章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は水蒸気爆発現象の数値解析に関して、溶融物ジェットがブレークアップしていく過程を解明し、原子炉格納容器内での支配的なブレークアップメカニズムを明らかにして解析モデルを開発し、さらにこれらを組み込んだ統合解析コードを開発して実験との比較によりモデルおよび統合解析の妥当性と有効性を合わせて示したものであり、工学における数値解析および原子力安全解析の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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