学位論文要旨



No 214452
著者(漢字) 山脇,寿
著者(英字)
著者(カナ) ヤマワキ,ヒサシ
標題(和) 材料の非破壊評価手法としてのレーザー超音波技術の研究
標題(洋)
報告番号 214452
報告番号 乙14452
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14452号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 構造物等の信頼性確保のため、材料や構造部材に発生した欠陥や材質劣化を検出する非破壊検査法の一つに超音波探傷法がある。超音波探傷法は、通常、圧電素子を組み込んだ超音波探触子を、材料に密着させたり水等の媒体を介して超音波を材料に入射させ、欠陥での反射波や透過波を再び探触子で受信し、その信号の振幅、伝播時間、減衰などから欠陥や劣化を判定する。このような超音波送受方法は超音波計測で広く用いられているが、探触子や媒体が計測対象に接触するため、適用可能な環境や材料形状に制限があることが問題となる。レーザー超音波は、レーザー光を用いて超音波を材料中に非接触で送受信可能な技術であり、探触子を用いる従来法と異なり、高温中の材料や、微小領域に適用が可能な非破壊検査技術としての応用が期待できる。このレーザー超音波技術の基盤技術を確立し、さらに従来の非破壊検査法では適用困難である検査対象に対し適用可能な新しい材料評価法としての応用を目的として研究を行った。

 まず、レーザー超音波技術の基礎であるパルスレーザーの照射による材料中への超音波発生と、レーザー干渉計による超音波振動の材料表面での非接触検出技術について、基礎特性の検討を行い、レーザー干渉による超音波受信が超音波振動の絶対変位計測法として有効であること、超音波探触子では計測が困難なプラズマ溶射皮膜に代表される粗面皮膜試料でも超音波検出が可能であること、900℃に達する高温中の材料へについても、問題なく超音波送受が行え、図1のように、金属材料の弾性率さらには相変態のような温度依存の現象も超音波の伝播時間計測により検出可能であることを検証した。

図1,レーザー超音波で検出した、炉中の厚さ10mmのフェライト系ステンレス鋼を伝播した超音波変位波形。高温では縦波(先頭パルス)、横波(2番目)の到達時間が増加し、弾性率の低下を示す。伝播時間が700℃近辺でステップ変化しており、キュリー点転移と考えられる

 つぎに、パルスレーザー照射による超音波発生において顕著な発生超音波の波形や伝播特性について、差分法を基本にし、レーザー照射による熱応力と溶融蒸発(溶発)の圧力を考慮した等方性固体の超音波伝播の計算機シミュレーション法を考案した。このシミュレーション法は、従来の差分法に対し境界領域の計算に優れ、表面波の楕円運動がより正確に再現でき、このシミュレーション法を用いて、レーザー照射により発生する超音波波形とその伝播の画像化に成功した。これにより、複雑に変化する、レーザー強度と超音波波形の関係、レーザーパルス幅と超音波波形との関係、図2のような、発生した超音波の音場など、レーザー超音波を計測に適用する場合に重要な、発生超音波の基本特性を明らかにした。

図2,パルスレーザー照射による熱応力で発生した超音波の変位波形の計算。厚さ10mmの鋼の裏面の検出位置による変位波形の変化を示す。探触子と異なり、位置により波形が大きく変化し、特異な音場となる。

 また、超音波振幅の定量的測定に有効な光ベテロダイン干渉法に着目し、超音波検出のための検出信号の高周波数帯域化、超音波振動による周波数変調信号の超音波振動波形への復調回路の改良を行い、超音波検出信号の定量化を確立し、これを基礎に、超音波探傷では重要であるがレーザー超音波ではほとんど検討されていなかった超音波横波の検出についても可能で、光学調整が容易な、図3に示す、試料表面の水平と垂直の振動変位の同一点での計測が可能な光学システムを考案するとともに、超音波探触子から同時に発生する縦波と横波の検出によりその基礎的性能を示した。

図3,縦波と横波の同時検出を目的とした光ヘテロダイン干渉計。試料面の面外変位と面内変位のそれぞれを検出する光学系を組み合わせ、光学系の変更無く、同一点の縦波横波の検出を可能とした。

 さらに、以上で開発・検討したレーザー超音波技術を用いて、新しい材料評価法としての応用を図り、材料表層の割れや各種の微小欠陥を画像として検出する、非接触超音波画像化システムを構築し、試料やレーザービームの2次元走査により、図4のように、材料表面直下のモデル欠陥や表面の微小疲労き裂の超音波画像による観察に成功し、レーザー超音波の非接触超音波画像検査法としての有用性を明らかにした。

図4,完全非接触の超音波画像検出装置と、透過超音波強度による画像検出例。試料は表面を厚さ0.2mmのステンレス板で覆った文字刻印をモデル欠陥として用いた。

 一方、レーザー超音波の適用などによる材質評価技術の確立が期待される新材料として、強い弾性異方性を有する繊維強化複合材料等について、その弾性異方性による超音波伝播の複雑挙動を明らかにし、超音波探傷へ役立てることを目的とし、パルスレーザー照射による超音波発生の計算用いたシミュレーション法を発展させ、弾性波動方程式の基本に基づいた考察により3次元の弾性異方性材料や複合材料に適用な超音波伝播シミュレーション法を開発した。その結果、適用可能な弾性特性(スティフネスマトリックス)には制限があるものの、差分法では困難であった異方性材料中の超音波伝播の計算による可視化に成功するとともに、図5に一部を示すように、繊維複合材料の超音波伝播特性を、その六方晶のマクロ弾性特性と、その構造的特長の両面から計算し、再現することに成功し、またクリープボイドを含んだ鋼の弾性モデルを用いた計算により、クリープボイド量の超音波音速異方性による計測についてメカニズムを明らかにした。

図5,単一配向炭素繊維強化プラスチックの構造と、実測のスティフネスマトリックスの六方晶モデルの計算による超音波伝播の可視化画像。中心に加えた応力パルスによる超音波の広がりを示す。異方性による複雑な群速度分布のみならず、応力パルス負荷方向による音場分布も忠実に再現されている。

 以上、レーザー超音波の基盤技術から非破壊評価手法への応用までの研究開発を行い、高温中の材料の弾性特性をはじめとした材質評価、金属疲労等で問題となる表層の各種欠陥の非接触画像化検出など、レーザー超音波による新しい材料評価方法の基礎を確立するとともに、レーザー超音波による非破壊評価に限らず材料の弾性特性評価など幅広い応用が期待できる新しい超音波伝播の計算機シミュレーション法の成果を得た。

審査要旨

 材料に対し非接触で超音波の送受信を可能にするレーザー超音波は、鉄鋼など実用材料の信頼性評価に広く用いられている超音波探傷法の適用範囲を大きく拡大する技術として期待されているが、非破壊検査技術としての確立にはさらなる研究開発が必要となる。本論文では、レーザー超音波の定量的非破壊評価への適用において重要となる、レーザー超音波技術の特性解析・基礎実験、超音波発生伝播のシミュレーション法の開発、超音波受信の基礎技術の開発、さらに微小欠陥評価への適用を行うことにより、材料の非破壊評価法としてのレーザー超音波の可能性を明らかにしている。

 第1章では、材料の信頼性確保のための非破壊検査の概要と、特に超音波探傷法による材料評価における利点と問題点を述べている。さらに、レーザー超音波技術の超音波探傷への適用することにより、高温中の材料の評価、材料表面の微小領域の材質評価が可能であり、非破壊材料評価の適用分野の拡大に寄与することを述べ、レーザー超音波の材料評価法としての研究の意義を示している。

 第2章では、レーザー超音波の原理と基礎技術についての実験を行い、基礎技術の確立と、材料評価のための可能性を示している。まず、パルスレーザーの固体材料への照射により超音波を発生させる技術について、超音波発生の原理と実験による得た超音波波形を示し、レーザー超音波で発生する超音波波形の一般的特長を述べている。レーザー干渉法による定量的な超音波計測法としてのホモダイン干渉法の特長を超音波振動変位の実測と圧電素子の波形シミュレーションを用いて示している。また、粗面の鋼板や溶射皮膜試料でも圧電素子による超音波受信と異なり定量的超音波検出が可能なことや、加熱炉中の固体材料を炉の外からパルスレーザーとホモダイン干渉計を用いて超音波送受を行い、温度と音速の変化から高温材料の弾性的変化や相変態の検出が可能なことを検証している。

 第3章では、パルスレーザー照射による超音波発生伝播の2次元計算機シミュレーション法の開発と、各種照射条件での計算による発生超音波の特性の解析について述べている。まず、差分法による弾性波伝播のシミュレーション法を基礎に、波動方程式の本質を考慮して新しく考案した計算法についての原理を述べ、差分法では問題のある表面境界部の超音波変位を正確に計算できる本計算法の有効性を示している。さらに、パルスレーザー照射による表面加熱の熱応力と溶融気化にともなう圧力を本計算法に取り入れてレーザー照射による超音波発生をモデル化するという方法を述べ、実験波形と計算波形との比較により、モデルの妥当性を示すとともに、さらに本方法で可能になった材料中のレーザー超音波の伝播挙動の可視化の有用性を述べている。

 第4章では、超音波の定量的検出等に優れた光ヘテロダイン干渉法を用い、超音波検出のための高性能化を図った超音波検出システムの開発について述べている。さらに、同一計測点での試料表面の面内と面外の超音波振動の検出が可能なシステムを考案し、その検出原理を述べるとともに、圧電素子より同時に発生する縦波と横波の超音波振動検出の実験によりその機能を実証し、従来では光学系の調整が容易ではない、面内と面外の超音波振動の同一点での計測が、新しい光学系により構成の変更無しにできることを示している。

 第5章では、表層微小欠陥を対象とした非接触超音波画像化システムの開発について述べている。まず、第4章で開発された光ヘテロダイン干渉システムを超音波検出に用いる、非接触超音波画像化システムの構成と、試料を動かすことなく画像化を可能にするために考案した2次元レーザービーム走査装置についてその原理を述べている。表層欠陥のモデル試料として長さ1.5mmの刻印により内部欠陥を作った金属板接着試料を用い、試料を2次元平面走査させながら、超音波透過法による画像化実験を行い、モデル試料の内部欠陥を完全に非接触で超音波強度のマッピングにより画像化することに成功している。さらに、2次元レーザービーム走査装置を用いることにより、非接触かつ試料を動かすことなく超音波画像をえることにも成功している。さらに、実際の疲労き裂試験片における深さ0.4mmのき裂の画像化を試み、目視が困難な閉じた表面き裂でもき裂の周りに超音波の干渉縞が生じ画像として非接触検出が可能なことを明らかにしている。

 第6章では、第3章の計算法の原理を発展させた、材料の結晶異方性や異種材料の組み合わせに適用可能な3次元超音波シミュレーション法の開発とその超音波材料評価への有効性について述べている。まず、3次元弾性波伝播計算機シミュレーション法の導出原理を示し、本手法の異方性材料や複合材料への適用の可能性について述べている。さらに異方性を有するステンレス柱状晶において、超音波群速度の角度分布の解析解と本手法を用いた超音波伝播の計算結果が良く一致し、さらに超音波伝播の強度分布も同時に可視化可能であることを示している。実際の非破壊評価技術への適用として、クリープボイド量と超音波音速との関係についての定量的な解析や、セラミック繊維強化金属基複合材の繊維のレーザー超音波による画像検出の際の問題点について、本手法によるシミュレーションにより検討を行っている。

 第7章では、以上の研究結果を総括するとともに、非破壊材料評価へのレーザー超音波の応用に対する将来への展望を述べている。

 以上、本論文では、非破壊材料評価への適用が期待されるレーザー超音波について、基礎計測技術の検討から材料評価のためのシステム開発までを系統的に研究し、レーザー超音波の新しい材料評価手法としての有効性を示している。また、新しい着想に基づく超音波伝播の計算機シミュレーション法も開発することにより、超音波を用いた材料評価の可能性を発展させており、これらの研究は材料研究への寄与が非常に大きいと判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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