学位論文要旨



No 214453
著者(漢字) 角田,勝
著者(英字)
著者(カナ) ツノダ,マサル
標題(和) 新しい創傷被覆材の開発
標題(洋)
報告番号 214453
報告番号 乙14453
学位授与日 1999.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14453号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 白石,振作
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨

 日本では、高齢化社会を迎え、寝たきり老人の増加とそれに伴う床ずれの発生が社会問題となっている。本研究は、床ずれ(褥瘡)および重度の熱傷に有用で、従来品にない特徴を持つ、新規な創傷被覆材を開発することを目的とした。他材にない特徴を持たせるためには、ユニークなアイデアとそれを具現化するための技術的な裏付けが必要であった。本論文では、技術的な検討内容を中心として、新規創傷被覆材開発の結果について記述した。

 本論文は6章から成る。第1章では、新しい創傷被覆材開発を目指した社会的背景を述べるとともに、新規に開発した創傷被覆材の概要・特徴・適応症について記述した。さらに、本被覆材作製に関する学術的意義についても記述した。本被覆材の特徴として、1)高水蒸気透過性、2)高保水性、3)伸展性とフィットネス性、4)細菌増殖抑制・侵入阻止効果、5)滲出液のドレナージ効果を列挙した。

 本被覆材は、抗菌剤(スルファージアジン銀;SSD)を含有したポリウレタン/ウレアフィルムと不織布とのラミネートから成り立っている。第2章では、1)創傷被覆材として適切なポリウレタン/ウレアの選択と合成、フィルム化、物性、2)創傷被覆材として適切な不織布の選択と作製、3)含有させた抗菌剤の選択とポリウレタン/ウレアフィルム中への均一分散、4)本被覆材の工業的な生産プロセスの確立に関する検討結果について述べた。

 ポリウレタン/ウレアフィルムの作製については、まず、ポリウレタン/ウレア合成のための原料と合成反応条件を詳細に検討した。即ち、原料としてポリエーテルジオール(これはテトラヒドロフランとエチレンオキシドより合成した)、ジシクロジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアナート、イソホロンジアミンの3化合物を用い、DMF中BF3・OEt2を触媒としてポリウレタン/ウレアのDMF溶液を作製した。次いで、これを脱DMFした後に加工して、13〜36mの厚さの時に創傷被覆材として適切な水蒸気透過性(3600〜4300g/m2/24h)を持ち、かつ水浸漬時にも寸法安定性の高い(縮みのない)ポリウレタン/ウレアの薄膜シートを作製した。また、不織布については、原料の、ポリエステルのコンジュゲイト糸とレーヨンとから成る混合糸を加熱処理して、保水性(自重の約20倍)と伸展性の高い不織布シートを得た。次に、この2つのシートのラミネート化について、各プロセス毎に最適条件を検討し、最終的に工業的スケールでの製造条件を決定した。

 本被覆材の模式的な工業的製造方法を下図に示した。

創傷被覆材の製造

 抗菌剤のポリウレタン/ウレアフィルム中への均一分散は、品質管理上からも重要で、その分散法を確立し、均一に分散していることを2つの分析手法を用いて確認した。また、抗菌剤の生理食塩液中への放出は、時間依存的で24時間後には65〜70%が放出されることを明らかにした。

 これらの結果を基に、将来検討すべき課題を含めて、本被覆材の特徴を考察した。

 床ずれ(褥瘡)・熱傷とも創面に存在する菌の増殖を抑制し、かつ創面への外部からの細菌の侵入を阻止することが重要である。第3章では、本被覆材の抗菌活性、即ちポリウレタン/ウレアフィルム中に含有させたSSDの抗菌活性について述べた。具体的な実験としては、1cm2当たり102〜106個を播種した寒天上の細菌に対する増殖抑制効果、被覆材上に載せた細菌の、被覆材下寒天面への侵入阻止効果 の2つを調べた。

 本被覆材中のSSDの含有量は、1cm2当たり50gと少量ながら、in vitro試験において、感受性ブドウ球菌(MSSA)は勿論のこと、メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)に対しても有効であった。抗菌剤を含有する創傷被覆材がMRSAに有効であることを明らかにした初めての知見である。また、SSDが耐性菌にも有効である機構についての考察を加えた。

 一方、ポリウレタン/ウレアフィルム中のSSD含有量を25〜100g/cm2に変化させた際に、寒天培地上に表れた阻止円直径と含有量との間に正の相関性があることを明らかにし、阻止円直径の測定が簡便なSSD含有量測定法になることを見出した。また、抗菌活性は、含有させた用量に依存的であることが示唆された。

 医療現場で使用される製品は安全であることが前提である。第3章では、本被覆材の安全性を確かめるために実施した全9項目の安全性試験の結果を示した。試験方法の殆ど全ては、厚生省のガイドラインに従った。9項目の試験は、以下にに示した通りである(カッコ内は使用動物ないしは細胞;観察項目)。

 1)急性毒性(マウス;一般状態および体重変化)、2)皮内反応(ウサギ;注入部の紅斑、出血、壊死)、3)発熱性物質(ウサギ;体温上昇)、4)変異原性(細菌;変異コロニー数)、5)埋植(ウサギ:組織の出血、被包形成)、6)皮膚感作(モルモット;皮膚表面の紅斑、浮腫)、7)皮膚一次刺激性(ウサギ;擦過傷部の紅斑、浮腫)、8)溶血性(ウサギ血液;血液の溶解性)、9)細胞毒性(チャイニーズハムスター細胞;コロニー形成阻害)。

 本被覆材は、1)〜7)の各試験が陰性で、8)および9)の2試験が弱い陽性であった。この弱い陽性の原因は、SSDに起因していることを比較試験によって証明した。

 第5章では、12施設の、延べ22名の医師によって実施された臨床試験結果を示した。試験のプロトコールは、本被覆材の床ずれ(褥瘡)・熱傷に対する効果と副作用が判定し易くなるように作成した。即ち、1)包帯交換頻度の軽減、2)疼痛の軽減、3)創部への密着性、4)ドレナージ効果、5)被覆材除去の容易性、6)感染防御、7)肉芽の形成・上皮化の促進、8)被覆材の取り扱い性の各項目をスコア化評価した。

 適用した総患者数128例中、118例に有用で、92%という極めて高い有用率が得られた。重篤な副作用は、全くなかった。

 第6章では、床ずれ(褥瘡)・熱傷の治療として将来使用される可能性のある最先端の培養皮膚細胞技術の現状について概括し、創傷被覆材と比較し、それぞれの問題点を指摘した。

 以上

審査要旨

 本論文は,床ずれおよび重度の熱傷に有効な新規創傷被覆材の開発に関する研究について述べたものであり,6章より構成されている。

 第1章は序論であり,新しい創傷被覆材の開発を目指した社会的背景と学術的意義を述べると共に,新規に開発した創傷被覆材の概要,特徴,適応症について述べている。

 第2章では,1)創傷被覆材として適切なポリウレタン/ウレアの選択と合成,フィルム化,フィルム物性,2)創傷被覆材裏打用不織布の選択と作成,3)含有させる抗菌剤の選択とポリウレタン/ウレアフィルム中への均一分散,4)本創傷被覆材の工業生産プロセスの確立について述べている。即ち,三フッ化ホウ素・エーテル錯体を触媒とするテトラヒドロフランとエチレンオキシドの共重合条件を詳細に検討し,最適条件によって得られたポリエーテルジオールと安全性の極めて高いジシクロヘキシルメタン-4,4’-ジイソシアナート,イソホロンジアミンの3者の共重合によって,創傷被覆材として適切な水蒸気透過性と水侵漬時寸法安定性を併せ持つポリウレタン/ウレアの合成に成功している。また,ポリエステルのコンジュゲイト糸とレーヨンから成る混合糸を最適温度で加熱すると,保水性が極めて高く,且つ伸展性の高い不織布が得られることを見出している。一方,抗菌剤としては,安全性,汎用性など多方面からの検討を加えた結果スルファージアジン銀(SSD)を選択し,超音波を用いるSSDのポリウレタン/ウレア中への均一分散法を確立している。これらの知見を基に,また,2つの素材のラミネート化,溶媒の完全除去法などの問題も解決して,本創傷被覆材の工業的製造プロセスを確立している。

 床ずれ,熱傷ともに,創面に存在する細菌の増殖を抑制し,且つ外部から創面への細菌の侵入を阻止することが重要である。そこで第3章では,本創傷被覆材の抗菌活性,即ちポリウレタン/ウレア中に分散させたSSDの抗菌活性について検討した結果を述べている。まず,本創傷被覆材中のSSDは,その含量が50g/20m×1cm2と極めて少量ながら,in vitro試験において感受性ブドウ球菌(MSSA)は勿論のことメチシリン耐性球菌(MRSA)に対しても有効であることを明らかにし,その機構について考察している。ここで得られた結果は,抗菌剤を含有する創傷被覆材がMRSAにも有効であることを明らかにした最初の例として,重要な知見である。また,ポリウレタン/ウレア中のSSD濃度と寒天培地上に現れる阻止円直径との間に正の相関があることを見出している。この相関を利用することによって,工業規模による生産過程におけるSSD濃度の見積もりが容易になった点も意義深い。

 第4章では,本創傷被覆材の実用化を目指して行った安全性試験の結果について述べている。安全性試験としては,1)急性毒性,2)皮内反応,3)発熱性,4)変異原性,5)埋植出血,被包形成,6)皮膚感作,7)皮膚一次刺激性,8)溶血性,9)細胞毒性の9項目を行なっている。その結果,1)〜7)の各試験が陰性,8)および9)の試験が弱い陽性であることを明らかにし,この弱い陽性はSSDに起因していることを比較試験によって証明している。以上の結果およびSSDは古くから汎用されているものの重篤な副作用の例が報告されていないことから,本創傷被覆材は,実用面から安全であると結論している。

 第5章では,12施設,延べ22名の医師によって実施された臨床試験結果の概略を述べている。総患者数128例中118例(92%)で有効と判定され,重篤な副作用は全く見られないことから,本創傷被覆材は極めて有効な被覆材であると結論付けている。

 第6章では,本論文を総括すると共に,将来使用される可能性のある培養皮膚と合成創傷被覆材を比較し,それぞれの問題点を指摘している。

 以上のように,本論文では,創傷被覆材として有効なポリウレタン/ウレアおよび裏打用不織布の調製,抗菌剤の選択と分散,得られた創傷被覆材の安全性などについて新しい知見を得ると共に,新規創傷被覆材の工業生産プロセスを確立している。その成果は,高分子合成化学および医用材料科学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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