学位論文要旨



No 214458
著者(漢字) 原田,秀幸
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ヒデユキ
標題(和) 骨組織における核内受容体リガンドの作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 214458
報告番号 乙14458
学位授与日 1999.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14458号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨

 現代は高齢化社会であると言われているが、高齢化社会の進行に伴って、骨・軟骨代謝疾患が増加してきた。それらの疾患の多くは、代謝調節因子のバランスが崩れることで引き起こされていることが知られている。例えば、骨代謝疾患の代表である骨粗鬆症は、骨形成を司る骨形成因子と骨吸収を司る骨吸収因子の作用のバランスが骨吸収側に傾き、その結果骨吸収が亢進して骨量の減少を生じる。

 骨代謝調節因子群のうち脂溶性低分子に属する核内受容体リガンドは、特に重要な因子として位置付けられる。例えば閉経期骨粗鬆症の原因は閉経に伴うエストロジェン欠乏であり、欠乏したエストロジェンを補う治療法であるホルモン補充療法は広く欧米で実施されている。

 このように核内受容体リガンドの骨代謝への関与は明らかであるにも関わらず、骨組織におけるこれらリガンドの作用機構は明らかにされているとは言えなかった。また、現在骨代謝疾患治療に利用可能な核内受容体リガンドは作用の強さや副作用面で問題があり、現在でも作用メカニズムの詳細な解析や作用プロフィールが改善されたリガンドの開発が行なわれている。

 上記背景をふまえ、本研究では、核内受容体リガンドによって骨代謝性疾患の改善が可能であるかどうか、可能だとすればどのような作用メカニズムに基づくのかに関して考察を深めることを大きな目的とした。そこでまず、核内受容体リガンドの作用発揮に必須である核内受容体群について骨組織での発現および機能解析を細胞レベル・組織レベルで検討した。すなわち、1)骨吸収促進作用を持つビタミンAの成体骨組織での作用機構を調べるため、作用伝達に必須の蛋白群(受容体・細胞内結合蛋白質)の遺伝子発現を調べ、骨組織がビタミンAの標的器官であることを分子レベルで検討した。2)骨組織への脂溶性因子の作用発揮に対して未知核内受容体リガンドの関与を予想し、種々組織由来のcDNAライブラリーより新規核内受容体の取得を試みると同時に単離した核内受容体の骨系細胞における機能解析を行なった。

 次に、これら脂溶性因子の創薬への応用という観点から核内受容体合成リガンドについての作用機構の検討を行なった。すなわち、3)骨代謝に異常をきたす疾患に応用が期待される合成ビタミンDのST630(26,26,26,27,27,27-hexafluoro-1,25-dihydroxyvitaminD3)について、天然活性型ビタミンD(1,25(OH)2D3)との作用比較考察を個体レベル・細胞レベル・転写レベルで、遺伝子発現という観点から行った。4)骨特異的作用をめざした合成エストロジェン薬剤の、骨における作用について分子レベルでの解析を行った。

1)骨組織におけるビタミンAの作用機構の解析

 ビタミンAは発生段階では四肢形成に重要な役割を果たしていることから、発生段階での受容体・細胞内結合蛋白質の発現は詳細に検討されてきた。一方で、ビタミンAは古くから骨吸収促進因子として知られてきたにも関わらず、成体動物での受容体等の発現についてはほとんど未検討であった。そこで成体ラット骨組織における受容体・細胞内結合蛋白質の発現と標的遺伝子発現調節について検討した。その結果、1)骨組織にはレチノイン酸受容体RAR ,,、レチノイドX受容体RXR ,、細胞内レチノール結合蛋白質CRBP1が発現していること、2)骨組織ではビタミンAの標的遺伝子であるRAR,CRBP1の遺伝子発現がレチノイドにより正に調節されること、3)レチノイドはビタミンD標的遺伝子であるオステオポンチンの遺伝子発現を正に調節し、ビタミンDと相加的に作用すること、を明らかにした。以上の結果は、成体骨組織がビタミンAの標的器官であること、成体でビタミンA・D情報伝達クロストークがみられること、を分子レベルで示したものであった。

2)骨組織における新規核内受容体の発現と機能解析

 骨組織は種々の核内受容体リガンドの標的器官であることが知られているが、他組織では種々のリガンド未知核内受容体(オーファン核内受容体)が発現・機能していることから、骨組織においても未知核内受容体リガンドの作用が予想された。未知リガンドの同定への足掛かりとして核内受容体ファミリー遺伝子の相同性を利用した遺伝子クローニング法により新規核内受容体遺伝子単離を試み、得られた遺伝子について骨系細胞での機能を解析した。その結果、1)骨組織においてオーファン核内受容体であるTR4およびそのアイソフォームが発現していること、2)アイソフォーム発現は組織特異的であり、骨由来細胞においては分化段階特異性が見られること、3)骨芽細胞系細胞では他組織由来の細胞と同様ビタミンD/ビタミンA/甲状腺ホルモンの各情報伝達を阻害するのに加え、エストロジェン作用も阻害すること、を明らかにした。以上の結果は、骨代謝へのオーファン核内受容体の作用の関与を示すものであった。

3)合成ビタミンDリガンドの骨代謝改善作用機構の解析

 ビタミンDは生体維持に必須の因子であることが知られ、カルシウム代謝において中心的な役割を果たすことが明らかにされている。骨代謝調節剤としても種々合成リガンドが開発されているが、リガンド間の分子メカニズムの違いという観点と、それらリガンドが動物レベルで骨への作用を強調しうるかどうかについて、遺伝子発現という観点ではこれまでほとんど考察がなされていなかった。そこで臨床応用しやすいビタミンDリガンドの創製を目的とし、高い生物活性を示す合成ビタミンDリガンドST630について、(1)1,25(OH)2D3との分子レベルでの作用機構の差異、(2)動物レベルでの骨組織におけるビタミンD標的遺伝子発現誘導能の差異、を検討した。その結果、1)ST630は生理的濃度より低い濃度から高い標的遺伝子転写活性化能を有するが、VDRE(ビタミンD応答配列)の種類によりその転写活性化能が異なること、2)骨系細胞の内在性の標的遺伝子発現に対してもST630は強い誘導能を示すこと、3)VDR(ビタミンD受容体)の機能単位であるRXR-VDRヘテロ2量体の標的遺伝子配列への結合を、ST630は1,25(OH)2D3より低い濃度から強めること、4)動物骨組織でもST630は強い活性を示し、標的遺伝子発現調節に対する作用は転写レベルであること、が明らかとなった。以上の結果は、ST630の高い生物活性が特徴的な標的遺伝子転写調節にも起因することを示すものであった。

4)骨特異的合成エストロジェンリガンドの作用機構の解析

 閉経期骨粗鬆症に対して、欠乏したエストロジェンを補うホルモン補充療法が大きな治療効果をあげているが、一方で発ガン等の副作用のリスクが低い薬剤が求められ、骨組織特異的にエストロジェン作用を発揮する薬剤が望まれている。SM16896はビスホスホネート化合物とエストロジェンのハイブリッド化合物で、骨選択的に分布し子宮への作用が少なく骨量減少抑制作用の高い化合物であるが、キャリアとして用いているビスホスホネート骨格自体が一般的に骨吸収抑制を示し、本化合物の作用がエストロジェン作用に基づくのかどうか不明であった。そこでSM16896の骨組織でのニストロジェン作用を分子レベルで検討した。その結果、1)SM16896はER(エストロジェン受容体)に結合するが親和性が非常に弱いこと、2)ERE(エストロジェン応答配列)を有するレポーター遺伝子とER発現ベクターを用いた一過性発現系でSM16896は弱いアゴニスト活性を示すこと、3)動物骨組織においてエストロジェン標的遺伝子であるクレアチンキナーゼ遺伝子発現を誘導すること、が明らかとなった。以上の結果は、SM16896が成体骨組織でエストロジェンアゴニスト作用を発揮することを示すものであった。

まとめ

 核内受容体リガンドによって骨代謝性疾患の改善が可能であるかどうかの考察を、1)核内受容体の発現や機能解析、2)核内受容体合成リガンドについての作用機構解析、という観点から検討を行った。

1)核内受容体の発現・機能解析

 RAR,RXR,TR4などの発現解析からアイソフォームやサブタイプを含めた核内受容体遺伝子の発現の組織・細胞特異性が明らかにされた。またTR4の骨における作用機構の解析から、核内オーファン受容体の骨代謝への関与が示された。これらの結果は、オーファン核内受容体を含めた核内受容体全般にわたる骨組織での発現パターンおよび機能の把握が、骨代謝疾患の改善を目指した核内受容体リガンドの創製に重要であることを示唆している。

2)核内受容体合成リガンドについての作用機構解析

 合成リガンドであるST630,SM16896の分子レベルの作用機構解析結果から、受容体結合能と生物活性が必ずしも相関しないことが示された。またST630の標的遺伝子群転写調節作用は他のビタミンDリガンドと異なっていたことも示された。これらの結果は、合成リガンド特有の生体分布・代謝が生物活性に大きく影響すること・リガンドの構造の若干の違いが標的遺伝子群の発現調節パターンの変化につながることを示し、核内受容体リガンドの創製に関して分子メカニズムの観点からは、(a)リガンドの受容体への結合、(b)受容体の2量体形成、(c)受容体の標的DNA配列への結合、(d)他の転写調節因子との相互作用、という4つの段階に着目する必要があることを示唆している。

 以上、本研究において骨組織における核内受容体を介する情報伝達機構を解析することで、骨代謝疾患の改善を目指した核内受容体リガンドの創製に重要と思われる知見を得ることができた。

審査要旨

 体を支える骨組織は、常時活発な代謝を繰り返すことで、カルシウムを始めとした血中ミネラルを調節する重要な役割を果たしている。そのため骨代謝を調節する因子は数多く存在することが知られている。中でも低分子量脂溶性生理活性物質である女性ホルモン(エストロジェン)・ビタミンA・Dは主要な調節因子である。そのため閉経に伴うエストロジェン欠乏は骨粗鬆症を引き起こし、またビタミンD欠乏は骨形成不全を伴うくる病を引き起こすことが古くから知られている。このようにこれら脂溶性生理活性物質の骨代謝への関与は明らかであり、実際関連化合物は医薬品として利用されている。しかしながら、骨組織におけるこれら脂溶性生理活性物質の分子作用機構については明らかではなかった。一般に、これら低分子量脂溶性物質は、各々核内受容体のリガンドとして働き、核内受容体は転写制御因子として標的遺伝子の発現を制御することで、作用を発現することが知られている。そこで本論文は、このような背景のもとで、骨組織における核内受容体の発現と機能の解析、更に合成リガンドの作用機構の解析を行なった結果をまとめたものである。本文は6章より構成されている。

 第1章は、研究の背景と目的を述べた緒論から構成される。第2章では骨組織におけるビタミンA受容体・ビタミンA細胞内結合蛋白質遺伝子群の発現とビタミンA標的遺伝子発現調節の検討結果が述べられている。ラット成体骨組織にはレチノイン酸受容体RAR、レチノイドX受容体RXR、細胞内レチノール結合蛋白質CRBP1が発現していることを見出した。更に、ビタミンAの標的遺伝子であるRAR、CRBP1の遺伝子発現がビタミンAにより正に調節されることを観察した。またビタミンAはビタミンD標的遺伝子であるオステオポンチンの遺伝子発現を正に調節し、ビタミンDと相加的に作用する事を示した。これらの結果は、成体骨組織がビタミンAの標的器官であることを明らかにし、また骨組織でのビタミンA・D間の情報伝達クロストークの可能性も示唆するものであった。

 第3章では、骨組織における新規な核内受容体の遺伝子クローニングとその機能解析の結果が述べられている。核内受容体スーパーファミリー間で最も高く保存されているDNA結合領域に対する合成オリゴDNAプローブを用い、ハイブリダイゼーションを繰り返すことでリガンド未知である新規な核内受容体(オーファン核内受容体)のクローニングに成功した。この後、この新規核内受容体は他の研究グループによりTR4として発表されたが、骨組織においてTR4およびそのアイソフォームの発現を確認した。TR4の転写調節機能を検討したところ、骨芽細胞系細胞においてビタミンD/ビタミンA/甲状腺ホルモン/エストロジェン受容体群の機能を阻害した。以上の結果から、骨代謝へのオーファン核内受容体関与の可能性が明らかになり、未知のリガンド同定に興味が持たれた。

 第4章では、高いビタミンD活性を示す合成ビタミンDリガンドST630について、活性型ビタミンDとの転写調節機構の差異についての解析結果が述べられている。ST630は生理的濃度より低い濃度から高い標的遺伝子転写活性化能を有するが、VDRE(ビタミンD応答配列)の種類によりその転写活性化能が異なることがわかった。また、ST630による高い転写調節能は、VDR(ビタミンD受容体)の機能単位であるRXR-VDRヘテロ2量体の標的遺伝子配列への結合能亢進によるものであることを証明した。以上の結果、ST630の高い生物活性は骨特異的な標的遺伝子転写調節にも起因することを示すものであった。このことは、合成ビタミンDの分子作用機序の一面を明らかにし、高活性合成ビタミンD開発の指標を与えるものであった。

 第5章では、骨組織特異的なエストロジェン作用が期待される薬剤であるSM16896の骨組織でのエストロジェン作用を分子レベルで検討した結果が述べられている。SM16896は骨集積型の合成エストロジェンであるが、ER(エストロジェン受容体)への結合能は弱く、また、正の転写調節作用は微弱であった。一方、ラットに投与したところ、骨組織でエストロジェン標的遺伝子(クレアチンキナーゼ)の誘導を確認することができた。また生物活性は骨組織特異的であった。これらの結果は、SM16896が骨組織特異的にエストロジェン様活性を発揮することを示すものであった。

 第6章の総合討論は論文全体の総括で、核内受容体リガンドの創薬の可能性を中心に今後の展望について考察されている。

 以上、本論文は骨組織における核内受容体の発現・機能解析を行なうとともに、合成核内受容体リガンドの作用機構を分子レベルで解析したものである。この知見は、骨代謝研究領域全般において不明瞭であった核内受容体リガンドの作用機構を明らかにしたもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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