学位論文要旨



No 214459
著者(漢字) 橋口,賢一
著者(英字)
著者(カナ) ハシグチ,ケンイチ
標題(和) L-イソロイシン高生産性Escherichia coli K-12株の造成
標題(洋)
報告番号 214459
報告番号 乙14459
学位授与日 1999.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14459号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 1.阻害解除型スレオニンデアミナーゼ遺伝子ilvA*の取得

 E.coliにおけるL-イソロイシン生合成の経路及びその制御については、既に多くの研究があり、詳細に明らかにされている。E.coliにおいてL-イソロイシンを過剰生成させるには、その生合成の第一鍵酵素であるThreonine deaminase (TD)のL-イソロイシンによる阻害を解除し、更にL-バリンとの共通生合成酵素であるAcetohydroxy acid synthase (AHAS)のL-バリンによる制御を解除した株を造成することが必要であると考えられる。従来行われてきた遺伝子操作を用いるアミノ酸生産菌の育種では、目的アミノ酸のアナログに耐性な変異株等から得られる目的アミノ酸の生産株から、変異型の鍵酵素の遺伝子をクローニングして適当なベクターにて宿主に導入、強化する方法が採られてきたが、E.coli K-12においてはそのようなL-イソロイシン生産株は得られていなかった。そこでまず、ilvA欠損かつ制限系欠損かつrecA欠損の株を造成し、L-イソロイシン要求性の相補を指標として、E.coli MC1061株の染色体DNAから野生型ilvA遺伝子をクローニングした。得られたプラスミド(pILVA1)の保持株を、N-methyl-N’-nitro-N-nitrosoguanidine (NTG)にて変異処理を行い、プラスミドを抽出した。その中から、野生株に10mM Glycyl-L-leucine (GL)に対する耐性を与えるクローンとして、阻害解除型ilvA遺伝子を取得した。

 得られた阻害解除変異遺伝子の発現するTDはin vitroでのL-イソロイシン濃度に対する阻害パターンから3グループに分けられたが、in vivoでL-イソロイシンを過剰生成、蓄積させるためには、L-イソロイシン非存在下での活性は野生型よりも低いが、L-イソロイシン濃度の増加に伴って活性がやや上昇してくるものが最も有利であり、必ずしも活性が高いことが有利なのではないことが判明した。阻害解除の様式として、L-イソロイシン濃度の増加に伴って活性が減少するのではなく、逆に活性が増加する性質が、トータルのL-イソロイシン発酵にとっては有利であるのではないかと考えられた。この変異型ilvA遺伝子をilvA*と名付け、以後の検討はこのilvA*遺伝子を用いて行った。

 取得したilvA*遺伝子が実際にL-イソロイシンの生産に寄与することを確認するため、まず、歴史的に優秀なアミノ酸生産菌が育種されてきたBrevibacterium属細菌において、ilvA*遺伝子がコードする阻害解除型スレオニンデアミナーゼがその機能を発揮し、L-イソロイシンの過剰生成に寄与しうるか否かを試験した。

 Brevibacterim中で機能するE.coliのtrpプロモーター下にilvA*遺伝子を発現するプラスミドpDRIA4を作製し、B.flavum野生株であるAJ1510株に導入したところ、pDRIA4導入株では、5倍以上のThreonine deaminase活性が得られ、L-イソロイシン1mM存在下での残存活性も著しく増大していた。このとき、野生株やベクターのみの導入株ではL-イソロイシンの培地への蓄積は見られなかったが、pDRIA4導入株では、約1.9g/lのL-イソロイシンが蓄積した。

 培地に前駆体であるL-スレオニンと、更にその前駆体であるL-ホモセリンを加えた場合、培養後ほとんどが消失するが、野生株やベクターのみの導入株ではL-イソロイシンの蓄積にはほとんど至らないのに対し、pDRIA4導入株ではモルベースで約70%の効率でL-イソロイシンに転換した。これらのことは、E.coliのilvA*遺伝子にコードされる阻害解除型スレオニンデアミナーゼがB.flavum中で機能し、L-スレオニンやL-ホモセリンのL-イソロイシンへの転換、過剰生成に効果があることを示している。

 実際に、B.flavumのL-スレオニン、L-ホモセリン両生産株TB-1にpDRIA4を導入すると、100g/lのグルコースから21g/lのL-スレオニンを蓄積する生産菌であるTB-1はL-スレオニンを蓄積しなくなり、代わってL-イソロイシンを約20g/l蓄積する、L-イソロイシン生産菌となり得た。

2.E.coli K-12系列株におけるL-イソロイシン生産菌の構築

 L-イソロイシンの生合成はスレオニンデアミナーゼ(TD)の後、L-バリン生合成と共通の酵素であるアセトヒドロキシ酸シンターゼ(AHAS)、アセトヒドロキシ酸レダクトイソメラーゼ(RI)、ジヒドロキシ酸デヒドロゲナーゼ(DH)、トランスアミナーゼB(TA-B)を経て行われる。第二の律速段階であるAcetohydroxy acid synthase (AHAS)の、L-バリンによる阻害を受けないアイソザイムであるAHAS IIの遺伝子ilvGM(通常、E.coli K-12ではフレームシフト変異により機能していないが、復帰変異株MI162株よりクローニングした)と上記ilvA*遺伝子とを、E.coli K-12のL-スレオニン生産菌であるTDH6/pVIC40株にプラスミドによって導入すると、L-イソロイシン生産菌となったが、その生産効率は低かった。13C-NMRによる解析の結果、この状態では2つの中間体,-dihydroxy--methylvalerate (DHMV)と-keto--methylvalerate (KMV)が、合わせてL-イソロイシンと同レベルの量蓄積することを見いだした。即ち、第一、第二律速段階であるTDとAHASを阻害解除型で強化すると、L-イソロイシン生合成の律速段階は、Dihydroxy acid dehydratase (DH,ilvD)とTransaminase-B (TA-B,ilvE)に移ること、AHASの次段であるDihydroxy acid reductoisomerase (RI,ilvC)は律速とはならないことが明らかとなった。

 阻害解除TD、AHAS II、DH、TA-Bを同時に強化した株では、もはや中間体の蓄積はほとんど見られなくなり、阻害解除TDとAHAS IIのみを強化した株での蓄積中間体が滞留することなくL-イソロシシンにまで合成された場合に予想されるとおりに、L-イソロシシンの生産能は2倍となった。

 このようにして造成されたL-イソロシシン生産菌TDH6/pVIC40,pMWD5株は、これまで報告されたSerratia marcescensやcoryneform bacteriaのL-イソロイシン生産菌株の収率を上回る最高収率(25%)を示す菌株となり得た。

3.基質のIleとValへの分配の改善とIle生成能の向上

 一般論として、一定の原料から高効率で特定のアミノ酸を発酵生産しようとすれば、基質が副生物の生成に回るのを抑制することが望ましい。このために、アミノ酸生産菌の育種において目的アミノ酸以外の方向への生合成経路を遮断する操作がしばしば行われてきた。本研究でここまでに構築したIle高生産菌TDH6/pVIC40,pMWD5株は、Ile/Val共通系酵素を強化しているためか、最大の副生アミノ酸はValであった(Val/Ile重量比約12%)。IleはValと共通の生合成酵素で合成されるので、Val生合成経路を遮断する事による解決は原理的に不可能であり、生合成をValからIle側へ傾けることが必要であった。

 AHAS反応における2つの反応生成物Acetohydroxy butyrateとAcetolactateの生成速度比が、基質である-ケト酪酸とピルビン酸の濃度比に比例するという、Barakらのin vitroでの結果をもとに、TDH6/pVIC40,pMWD5株と同様にAHAS II、DH、TA-Bを同時に強化した株の静止菌体を用いて、-ケト酪酸とピルビン酸からL-イソロイシンとL-バリンを生成するin vivoの実験を行い、-ケト酪酸の供給がわずかに向上することでL-バリンの副生を抑え、L-イソロイシンの生成能を向上させ得ること、適切な-ケト酪酸とピルビン酸の菌体内濃度比を実現できれば、生成Val/Ile重量比を10%未満に抑え得ることをin vivoにおいて示した。更にTDH6/pVIC40,pMWD5株のAK反応に於いてAK IIIの寄与が大きいことをつかみ、-ケト酪酸の供給量増加の手段として、尾川らの取得した阻害解除型AK IIIを導入したTDH6/pVICLC80A,pMWD5株を造成した。同株は、実際にL-バリンの副生が抑えられ、L-イソロイシンの生成能が向上して、その収率は30%に達した。

 以上のように、新規な阻害解除型TD遺伝子ilvA*の取得、生合成fluxの解析に基づく律速部位の段階的な解除、生合成fluxのL-バリンからL-イソロイシンへの傾注を行い、糖からの生成効率がこれまで報告されたものを大きく上回る能力を持った、実用レベルのL-イソロイシン生産能をもつ菌株を、E.coli K-12にて造成することに成功した。

審査要旨

 ヒトの必須アミノ酸の1つであるL-イソロイシンは、従来から手術後の栄養補給輸液など主に医薬用に用いられ、最近では運動後の栄養補給ドリンク剤の成分としての需要も増している。現在はSerratia marcescensやコリネ型細菌による発酵生産で年間400トン余りが供給されているが、これからはより効率の良い生産技術が求められている。本論文は、代謝経路の詳細が明らかであり高い安全性が保証されているEscherichia coli K-12株から、従来菌を凌駕するようなイソロイシン生産菌株を開発するべく行われた研究をまとめたもので、本文は3章からなっている。

 研究の背景と意義を述べた序論に続き、第1章では、第一鍵酵素であるスレオニンデアミナーゼの改良について検討を行った。前駆体アミノ酸であるスレオニンを脱アミノ化する本酵素は、最終産物であるイソロイシンによるフィードバック阻害を受けることが知られている。従来の育種法では、細菌を変異処理し多数のアナログ耐性変異株を分離して阻害解除株を得るのであるが、ここでは、まず本酵素をコードしているilvA野生型遺伝子をクローン化し、変異処理を行ってから、10mM Glycyl-L-leucineに耐性な形質転換体を調べて、効率よく阻害解除型遺伝子を取得した。変異酵素の阻害パターンは、イソロイシン濃度の増加に対して、最初の活性は高いが徐々に減少するもの、活性が増加の後に減少するもの、活性はやや低いが徐々に増加するものの3グループに分けられたが、イソロイシン最終生成量では最後のパターンのものが優れていた。この遺伝子(ilvA*)は、スレオニン生産菌として育種されたコリネ型細菌で発現させると、それをイソロイシン生産菌に転換することができた。

 第2章では、次の段階の反応を触媒するアセトヒドロキシ酸デヒドロゲナーゼ(AHAS)の改良について検討した。この反応以下3段階は、バリン生合成と同じ酵素が反応に関与する。E.coliではAHASに3つのアイソザイムがあるが、野生型K-12株ではバリンによるフィードバック阻害を受けないAHAS II遺伝子にフレームシフト変異があり発現していない。この変異の復帰体ilvGMをクローン化し先のilvA*と組み合わせて導入したところ、イソロイシンの生産性は増加したが、スレオニンからの変換効率は予想されるより低かった。13C同位体で反応を追跡すると、次の2段階の2中間体が著量蓄積し、これらが律速となっていることが分かった。この2段階の遺伝子もクローン化し多コピーで導入したところ、予想されるようなイソロイシンの生産(対糖収率25%)が達成された。本株での最大の副生アミノ酸はバリンであった。

 第3章では、同じ酵素が触媒するバリンとイソロイシンの合成系で、どうすればバリンの量を減らし、イソロイシンを増やすことができるか、検討を行った。スレオニンが脱アミノ化した-ケト酪酸とピルビン酸とを縮合してイソロイシンに向かう反応と、ピルビン酸2分子を縮合してバリンに向かう反応は、上記のAHASによりともに触媒される。第2章でクローン化したAHASIIはE.coliの3つのアイソザイムのうちイソロイシン側へ向かう効率が最良のものであるが、更にこれをイソロイシン側へ向けるには、-ケト酪酸/ピルビン酸の量比が高ければ高いほどよいと予想される。そこで、-ケト酪酸の前駆体であるスレオニンの生産系を再検討したところ、最上流にあるアスパルトキナーゼの3つのアイソザイムのうち、リジンで阻害されるアスパルトキナーゼIIIの関与が大きいことが明らかになった。そこで、これをコードするlysC遺伝子の阻害解除型変異体を多コピー導入したところ、バリンの量は1/3に減り、イソロイシンの対糖収量が30%を越すこれまでにない高い値になった。結論では、本研究のまとめとその成果の意義が論じられている。

 以上、本論文は、生合成に共通の酵素が関わるアミノ酸について、抑制解除変異、アイソザイムの選択、前駆体供給比の改善などをクローン化した遺伝子により行うことで、高収率のL-イソロイシン生産菌株が造成できることを明らかにしたものであり,学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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