学位論文要旨



No 214460
著者(漢字) 劉,凌
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,リョウ
標題(和) 界面前進凍結濃縮法に関する基礎的原理の解明とその応用
標題(洋)
報告番号 214460
報告番号 乙14460
学位授与日 1999.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14460号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 吉村,悦郎
 東京大学 助教授 大久保,明
内容要旨

 濃縮は液状食品加工において重要な単位操作のひとつである。濃縮には溶媒としての水を気相状態で取り除く蒸発法、水を液体のままで相変化なしで取り除く膜濃縮法、水を固相状態で取り除く凍結濃縮法の三つの方法がある。このうち凍結濃縮法は低温操作で、成分変性やフレーバーのロスや微生物汚染が少なく、品質面からは最も優れた方法である。しかも、原理的にエネルギー消費量は蒸発法に比較して少なく、注目されている単位操作法である。

 しかしながら現在実用化されている凍結濃縮法は懸濁結晶法に基づいており、これは1970年代にオランダのThijssenらによって提案された方法で、最初に微細な氷結品を多数生成させ、これを再結晶槽中でオストワルドライプニング効果を利用して、小さい結晶を取り除き、大きい結晶をゆっくりと母液中で成長させる方法で、複雑な制御を必要とし、しかも、氷結晶の母液からの分離が困難なため氷洗浄塔を必要とするなど、システム構成も複雑なものとなり、その結果、非常にコストの高いプロセスとなっており、現在、その実用化は高級インスタントコーヒーと一部の果汁などにとどまっており、それほど広い応用範囲を見出せないでいるのが実情である。

 これに対して本研究においては現在実用化される懸濁結晶法とは全く異なった原理に基づく、界面前進凍結濃縮法により液状食品を濃縮することを提案する。界面前進凍結濃縮は凍結容器冷却面から単一氷結晶の成長をさせるとき、操作条件によっては固液相界面において溶質が氷相に取り込まれず液相側に押し出されることを利用する凍結濃縮法であり、懸濁結晶法と比較して、系に唯一個の氷結晶しか生成しないため、固液分離が容易で、システム的にもはるかに単純化し、このため凍結濃縮のコストを大幅に低減できる可能性がある。

 界面前進凍結濃縮法の基礎的原理の解明のために、先ず、界面前進凍結濃縮試験装置の設計を試み、そのために氷核生成理論および氷結晶成長理論を検討した結果、界面前進凍結濃縮においては、初期過冷却と凍結界面近傍の濃度分布が原因となって生じる構成的過冷却の抑制が重要であり、このうち構成的過冷却を抑制し、良好な界面前進凍結濃縮効果を得るためには、凍結界面付近での物質移動および凍結界面進行速度の影響が重要であることが推定された。以上の知見より、界面前進凍結濃縮試験装置としては、界面付近での物質移動および凍結界面進行速度が広範囲で制御できる必要があり、この要件を満足する小型試験装置として長円筒状の試料容器を凍結界面近傍を撹拌しながら一定速度で冷媒中に落とし込んでゆくことによって凍結界面進行速度を制御する方式の装置を試作し、この小型試験装置を用いて、操作条件を工夫することにより、モデル溶液について良好な界面前進凍結濃縮効果が得られることを確認した。

 次に界面前進凍結濃縮法において、初期過冷却は、過冷却解消の瞬間に超急速凍結が起こり、このため溶質は分離する時間的余裕を与えられずに氷相に取り込まれて凍結濃縮効率を大きく低下させるため、初期過冷却抑制を目的として(1)アイスライニング法、(2)氷核タンパク添加法、(3)多孔板冷却面法の三つの方法について検討した。アイスライニング法は植氷してから、界面前進凍結濃縮を開始する方法で、信頼性は高い。しかし、操作面から考えれば、やや複雑であることが欠点であった。氷結晶核形成物質としての氷核タンパクを添加する方法も初期過冷却防止と氷相純度向上のためには有効な方法であった。しかしながら、氷核タンパク自体のコストおよびこのものは食品添加剤としてすでに認められているものの食品に対して新たな添加剤を加えること自体にマイナス要因があった。最後の多孔板冷却面法は冷却面に多数の細孔を穿孔することにより、細孔内はバルク液よりも冷媒に近いため、早く冷却されて、氷結晶核形成の確率が高くなることを利用する方法で、操作が簡単であるうえに、信頼性も高く、しかも物理的方法であるため添加剤の必要がない。しかしながら、サニタリー仕様を考える場合には洗浄性において問題がある可能性があり、実際には初期過冷却の制御にはこれらの方法をケースバイケースで用いることが必要であると思われる。

 界面前進凍結濃縮法を種種の溶液に適用した結果、適当な操作条件を選択することにより、溶液相と氷相の溶質濃度の差は大きくなり、ブルーデキストラン、グルコース溶液などが効率よく濃縮できることがわかった。界面前進凍結濃縮効果の評価パラメーターとして、界面における溶質の固液間有効分配係数K(=CS/CL;CS,氷相濃度;CL,液相濃度)の概念を導入した。これは凍結濃縮の際の物質収支式より得られる以下の式を用いるによって測定することができる。

 

 ここにVO、COはそれぞれ初期体積および初期濃度である。この固液間有効分配係数Kにより、凍結濃縮効率を正確に評価することができた。Kの値は0(純度100%の氷結晶生成)と1(凍結濃縮は全く起こらない)の間で変化する。実験結果から濃縮効果は攪拌速度が高ければ高いほど、凍結界面進行速度が低ければ低いほど、低いK値が得られ、良好な凍結濃縮効果が得られることが明らかとなった。界面前進凍結濃縮法は、これまでに極めて遅い凍結界面進行速度の場合にのみ有効であるとされてきたが、本研究で得られた結果は、それよりもはるかに速い氷相成長速度においても、十分に良好な凍結濃縮が可能であることを示しており、このことは装置の生産性に関わるものとして実用上、重要な意味を有する。

 界面前進凍結濃縮における固液間溶質有効分配係数に対する操作条件、すなわち、凍結界面進行速度および凍結界面近傍での攪拌速度の影響を界面濃度分極モデルにより理論的に説明することを試みた。界面濃度分極とは、固液界面付近において氷結晶の成長により溶質が排除されるために、強い濃度勾配の境界層が形成されることで、この濃度分布の微分方程式を解くことによって、固液間有効分配係数Kと固液間における真の分配係数KOとのあいだには次のような関係式が得られる。

 

 ここでuは凍結界面進行速度で、kは固液界面付近の物質移動係数で、これは攪拌速度Nとは次式によって関係づけられる。

 

 式(2)(3)は凍結界面進行速度が小さく、攪拌速度が大きいほどKの値が小さく、良好な凍結濃縮が行われ、逆に、凍結界面進行速度が大きく、攪拌速度が小さいほどKの値は大きく、濃縮効率は低下することを意味している。Kの値はKOと1の間で変化する。以上の界面濃度分極モデルをグルコース溶液の界面前進凍結に適用したところ、実験結果を良好に説明することができ、このことは界面前進凍結濃縮現象のメカニズムに界面濃度分極現象が深くかかわっていることを示している。

 界面前進凍結濃縮法の応用としてトマト果汁の濃縮を試みた。トマト果汁の界面前進凍結濃縮においても凍結界面付近での攪拌速度を高めること、さらに凍結界面進行速度を低くすることにより、高い凍結濃縮効率を得ることができたが、実験におけるいずれの場合においても塩分に関するK値は、固形分の値と比較してはるかに高い値であった。このことは、塩分が固形分よりも氷相に取り込まれやすいことを意味している。界面前進凍結濃縮法により2.7倍または4.1倍濃縮したトマト果汁をBrix基準で希釈還元したものについて成分分析を行った結果、イオン濃度はやや低下したものの、酸度、ビタミンC含量、色度においては濃縮前のコントロールと比較してほとんど差はみられず、極めて良好な品質の濃縮操作が行われていることがわかった。

 最後に試料を管内流動させながら壁面で氷結晶を生成させる循環流壁面凍結方式による界面前進凍結濃縮法のスケールアップを試みた。その結果、高い凍結速度で良好な氷相純度を得ることができ、懸濁結晶法に比較して凍結界面面積が小さい界面前進凍結法の欠点を本方式によって克服できる可能性が示された。以上のことは界面前進凍結法の実用上重要な意味を有している。界面前進凍結濃縮法は懸濁結晶法と比較して、はるかにシステム構成が単純であるため、凍結濃縮法の大幅なコストダウンを可能とすることが期待される。

 界面前進凍結濃縮法は、食品分野以外でも、海水淡水化、廃水処理・再利用など広い範囲での応用可能性が期待される。理想的にはこのような凍結濃縮システムは単なる濃縮手段であるのみならず、氷溶解液の中水としての利用も可能であり、さらに凍結濃縮を氷蓄熱の手段とみなして冷熱システムとのエネルギー的統合化をはかることによって一石三鳥の利用が可能となる。このことは凍結濃縮のエネルギーコストを大きく低減させ、凍結濃縮法の適用範囲のより一層の拡大をもたらすものであろう。

審査要旨

 凍結濃縮法は低温操作で、品質面からは最も優れた濃縮法でありながら、非常にコストの高いプロセスであることが知られており、その応用範囲は極めて限られている。本論文では現在実用化される懸濁結晶法とは全く異なった原理に基づく、界面前進凍結濃縮法が提案された。界面前進凍結濃縮は懸濁結晶法と比較して、系に唯一個の氷結晶しか生成しないため、固液分離が容易で、システム的にもはるかに単純化し、凍結濃縮のコストを大幅に低減できる可能性がある。本論文は6章より成る。

 第1章では、先ず、界面前進凍結濃縮試験装置の設計を試みた。界面前進凍結濃縮においては、凍結界面近傍の濃度分布が原因となって生じる構成的過冷却の抑制が重要で、界面前進凍結濃縮試験装置としては、界面付近での物質移動および凍結界面進行速度が広範囲で制御できる必要があり、この要件を満たす小型試験装置を試作した。

 第2章では初期過冷却の抑制について検討を加えた。界面前進凍結濃縮法において、初期過冷却は、過冷却解消の瞬間の超急速凍結により、凍結濃縮効率を大きく低下させるため、この初期過冷却抑制を目的として(1)アイスライニング法、(2)氷核タンパク添加法、(3)多孔板冷却面法の三つの方法について検討した。その結果いずれの方法とも有効であったが、それらは一長一短があり、これらの方法をケースバイケースで用いることの必要性を示した。

 第3章では、界面前進凍結濃縮効果の評価パラメーターとして、界面における溶質の固液間有効分配係数K(=CS/CL;CS,氷相濃度,CL,液相濃度)の概念を導入した。これは凍結濃縮の際の物質収支式より得られる以下の式を用いることによって測定することができた。

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 ここにVO、COはそれぞれ初期体積および初期濃度である。この固液間有効分配係数Kにより、凍結濃縮効率を正確に評価することができた。Kの値は0(純度100%の氷結晶生成)と1(凍結濃縮は全く起こらない)の間で変化する。

 第4章では、界面前進凍結濃縮における固液間溶質有効分配係数に対する操作条件、すなわち、凍結界面進行速度および凍結界面近傍での攪拌速度の影響を界面濃度分極モデルにより理論的に説明することが試みられた。界面濃度分極とは、固液界面付近において氷結晶の成長により溶質が排除されることにより強い濃度勾配の境界層が形成されることで、この濃度分布の微分方程式を解くことによって、固液間有効分配係数Kと固液間における真の分配係数KOとのあいだには次のような関係式が得られた。

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 ここでuは凍結界面進行速度で、kは固液界面付近の物質移動係数で、これは攪拌速度Nとは次式によって関係づけられた。

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 式(2)(3)は凍結界面進行速度が小さく、攪拌速度が大きいほどKの値が小さく、良好な凍結濃縮が行われ、逆に、凍結界面進行速度が大きく、攪拌速度が小さいほどKの値は大きく、濃縮効率は低下することを意味している。以上の界面濃度分極モデルをグルコース溶液の界面前進凍結濃縮に適用し、実験結果に対する良好な説明を得ることができた。

 第5章では界面前進凍結濃縮法の応用としてトマト果汁の濃縮を試みた。トマト果汁の界面前進凍結濃縮においても凍結界面付近での攪拌速度と凍結界面進行速度を最適化することにより、高い凍結濃縮効率を得ることができた。界面前進凍結濃縮したトマト果汁をBrix基準で希釈還元したものについて成分分析を行った結果、イオン濃度はやや低下したものの、酸度、ビタミンC含量、色度においては濃縮前のコントロールと比較してほとんど差はみられず、極めて良好な品質が得られることが述べられた。

 第6章においては、試料を管内流動させ壁面で氷結晶を生成させる循環流壁面凍結方式による界面前進凍結濃縮法のスケールアップを試みた。その結果、高い凍結速度で良好な氷相純度を得ることができ、懸濁結晶法に比較して凍結界面面積が小さい界面前進凍結法の欠点を本方式によって克服できる可能性を示した。界面前進凍結濃縮法は懸濁結晶法と比較して、はるかにシステム構成が単純であるため、凍結濃縮法の大幅なコストダウンへの可能性が示された。

 以上、本論文は新しい凍結濃縮法としての界面前進凍結濃縮法について、その基礎的原理を明らかにし、その実用化への可能性を示したものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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