アポリポタンパクE(以下、アポE)は血中リポタンパク代謝に重要な役割を演ずるアポタンパクであるとともに、リポタンパク代謝以外にも重要な生物学的機能を有すると考えられている。ヒトには3つの主要アポEアイソフォームが存在するが、それぞれのアイソフォームは血中脂質レベル及び動脈硬化症発症に異なった関連を示すことが疫学的に判明している。しかし、リポタンパク代謝と動脈硬化症に対して各アイソフォームがどのような効果を生体内において有するかを直接検討した研究はなかった。そこでアポEアイソフォームの生体内における効果を検討するために、各アイソフォームをコードする第二世代の組換型アデノウイルスを作成し、これらアデノウイルスを高脂肪食および正常食にて飼ったアポE欠損マウスに投与して、内因性アポEの欠損した状態でのこれらアイソフォームの脂質代謝および動脈硬化に対する効果を調べた。 ウイルス投与後の血漿アポE濃度は、全経過を通じてアポE2群はアポE3群の約5-10倍であり、またアポE3群はアポE4群の約1.3倍であった。この相違は、肝臓における発現量によるものではなく、その代謝速度の相違によるものと考えられた。また、アポEタンパク質は、第二世代アデノウイルスを用いることにより、どのアイソフォームにおいてもウイルス投与3カ月後にも血漿中に認められており、第一世代アデノウイルスを使用した場合と比較して有意に長期間のタンパク質発現をみることが可能であった。 高脂肪食で飼ったマウス(ウイルス投与前平均血漿コレステロール値:1401mg/dL)にアポE3およびアポE4を発現させることにより、ウイルス投与後3日目には血漿コレステロール値は正常化し(投与後3日目;アポE3群:194mg/dL、アポE4群:217mg/dL)、このコレステロール低下作用は少なくとも6週間持続した。一方アポE2の血漿濃度はアポE3・E4に比し有意に高かったにもかかわらず、その血漿コレステロール値に対する効果は緩徐でかつ弱く(投与後3日目:752mg/dL,14日目:452mg/dL)、しかも6週間後には実験開始時のレベルに戻った。一方、HDLコレステロール値はどのアイソフォームを発現させた場合にも投与前の約3倍に増加していた。正常食にて飼ったマウス(ウイルス投与前平均血漿コレステロール値631mg/dL)においてはその血漿コレステロール値はアポE3・E4群において6週間の研究期間の間正常化しており、またアポE2群ではアポE3・E4群と比較して高い値を呈したが、その血漿コレステロール値は研究期間の間常に低い値を保っていた。 血漿中性脂肪値に関しては、高脂肪食にて飼ったマウスではアポE2群はウイルス投与後3日目に有意な上昇を示し、一方正常食にて飼ったマウスにおいてはウイルス投与後3日目にアポE2群・E4群において有意な上昇が観察された。正常食マウスにおいて調べたところ、アポE2群およびアポE4群におけるこの中性脂肪値上昇は、血中アポタンパクE濃度と有意な相関を示した。 これらアイソフォームが、どのリポタンパク分画に分布しているかを検討した結果、アポE2はすべてのリポタンパク分画にアポE3・E4と比較して高濃度に分布していること、またアポE2はHDL分画に、アポE4はVLDL分画に分布する傾向があることがわかった。 動脈硬化巣に対する効果を正常食で飼育したマウスにて検討したところ、どのアイソフォームを発現させた場合にも、動脈硬化巣の進展抑制が認められた。さらには、アポE3群において動脈硬化巣の退縮がみられた。免疫組織学的検討の結果、動脈硬化巣には肝臓で発現したアポEが沈着しており、しかもすべてのアポEウイルス投与マウスで、動脈硬化巣の安定化を示唆する組織学的変化が認められた。 以上の研究より1)第二世代アデノウイルスを用いることにより、アポE欠損マウスにヒトアポEアイソフォームを長期にわたり発現させることが可能であること、2)生体内においてアポE2はアポE3・E4と比較しその代謝は遅く、またレムナントリポタンパクの代謝に対する効果が有意に弱いこと、3)アポE発現により動脈硬化の進展抑制、更にはアポE3発現により動脈硬化退縮をアポE欠損マウスにおいて認めること、が証明された。 |