学位論文要旨



No 214469
著者(漢字) 加藤,佳孝
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヨシタカ
標題(和) 遷移帯がコンクリートの物質移動現象に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 214469
報告番号 乙14469
学位授与日 1999.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14469号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 舘石,和雄
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京工業大学 助教授 坂井,悦郎
内容要旨

 コンクリート構造物の設計手法が性能照査設計法に変換しようとしている現在,コンクリート構造物の経年劣化をシミュレートすることができる手法の確立が強く望まれている.経年劣化に与える現象としては,塩害,中性化,凍害,アル骨等が考えられるが,これらの多くの事象はコンクリート内の物質移動現象が支配的であるといえる.これまで,物質移動特性の指標としては硬化体全体を表現する拡散係数等が広く用いられている.しかし,コンクリートのように様々な大きさ,形状の細孔を有する物質における移動現象は細孔径毎に決定される移動係数(拡散係数等)と細孔の空間的配列の2要因によって支配されていると考えられる.また,コンクリート中の細孔構造を司る要素はセメントペーストおよび遷移帯の2要素に大別できる.本研究では,コンクリートの内部組織構造から物質移動現象を表現することが可能となるモデルを構築することを目的とした.この時,物質移動に多大な影響を及ぼすと言われていながら,その特性に関しての情報が希薄な遷移帯の細孔構造の定量的取り扱いに関して,特に主眼をおいて研究を遂行した.

 これまで遷移帯に関する研究の多くは,遷移帯領域の確認等に代表される局所的観測が多く,定量的に取り扱っている例は極めて少ない.本研究では,遷移帯が硬化体の物質移動特性に与える影響を定量的に把握するために,遷移帯形成の一要因であるWall effectをモデル化することにより,配合条件から遷移帯の厚さを決定し,水銀圧入式ポロシメータの実験結果を用いることにより遷移帯の空隙率を算定する手法を提案した.遷移帯は硬化体中の全細骨材表面に一様に存在すると仮定した場合,遷移帯細孔量(Ptz:ml/ml)と遷移帯厚さ(Ttz:mm)の間には式(1)の関係が成立する(Ss:細骨材比表面積mm2lmm3,Vs:配合から決定される細骨材割合,Vptz:遷移帯空隙率).

 

 遷移帯厚さを解析により算出し,遷移帯細孔量を実験結果から求めると細骨材比表面積,細骨材割合は配合条件等から決定することができるため,最終的に逼移帯の空隙率を求めることが可能となる.遷移帯の空隙率を求めた結果を図-1に示す.遷移帯の空隙率は使用する骨材径およびW/Cに依存して変化し,骨材径,W/Cの増加に伴い空隙率も増加していく傾向が定量的に示すことができた.これにより,従来不可能であった遷移帯を考慮した物質移動特性のモデル化を可能とした.

図-1 遷移帯空隙率の算出結果

 硬化体中の物質移動は,上記したように構成要素の移動係数と細孔の空間的配列の2要因によって支配されていると考えられる.そこで,硬化体の物質移動を司るセメントペースト,遷移帯の移動係数をKing’s Modelを適用することにより求め,最終的に空間的特性を考慮して硬化体全体の物質移動特性をモデル化した.

 構成要素の移動係数を算出する場合,細孔構造に依存した形で表現することがより汎用性のあるモデルとなりうる.そこで,硬化体中の細孔と移動係数の間にPoiseille則とDarcy則が成立すると仮定すると,移動係数は細孔半径の2乗に比例する関係が得られ,細孔径分布が分かれば移動係数を決定することができる.決定した移動係数とKing’s Modelを用いることによってセメントペーストと遷移帯の移動係数を算出した.King’s Modelは複数の移動係数から構成される物質における全体の移動係数を算出する方法として,移動係数の違いを抵抗の違いとして捉え,直列,並列つなぎの違いを考慮することによって可能としている.算出した結果をセメントペーストに対する比率で表したものを図-2に示す.骨材径が増加すると伴に移動係数は増加していることがわかり,特に大径の場合に顕著に現れ,セメントペーストの対して最大で約15倍もの移動係数を示すことがあることがわかった.硬化体の移動を司るセメントペーストと遷移帯における移動係数を算出した結果と,実験結果による透気係数の結果をあわせて図-3に示す.従来,骨材量と移動係数の関係は図-3に示した実験結果のように,骨材量が少ない範囲内では一定を示し,ある値から急激に増加すると言われている.この理由としては,従来遷移帯の連結性が要因であるとされている.しかし,透気係数や拡散係数等に代表される物質の移動を示す指標は,本来通過する径の大きさや量に依存する物理的指標であり,連結性といった空間的問題に影響を受ける物理量ではない.一方,解析によって求めた硬化体全体の移動係数は,骨材の混入に伴う遷移帯領域(径,容量伴にセメントペースト部よりも大きい領域)の増加に伴って,単調に増加していることがわかる.これは,移動係数としての物理的意味に即している結果であるといえる.

図-2 各要素の移動係数算出結果

 以上の結果を用いて硬化体全体の物質移動現象をモデル化し,図-3に見られるような移動係数の急激な増加現象を再現することを目指した.モデルとしては,3次元空間内に配合条件に即した割合でペースト,遷移帯,骨材を配し,ペーストおよび遷移帯には上記で算出した個々の移動係数を用い,骨材は移動不可能とした。物質移動のシミュレートには森林火災理論に時間項を組み込むことによって表現した。図-4に解析結果と実験結果を示す.解析結果はほぼ実験結果の傾向を捉えており,本解析モデルの妥当性を示している.

図-3 硬化体全体の移動係数算出結果図-4 硬化体全体の物質移動特性の解析結果

 本解析手法は,硬化体を構成する要素毎に細孔構造から決定される移動係数を算出し,空間的特性を考慮して物質移動をモデル化しているため,配合条件の変化に対して柔軟な対応が可能となる点やコンクリートの宿命である不均一性を再現することが可能である点に利点がある.現時点では,物質移動現象の傾向を追う段階までであるが,今後細孔径と移動係数の関係を定量的に評画していくことによって,全ての結果が定量的レベルへと押し上げることが可能である.

審査要旨

 コンクリート構造物の設計手法が性能照査設計法に変換しようとしている現在,コンクリート構造物の経年劣化をシミュレートすることができる手法の確立が強く望まれている.経年劣化に与える現象としては,塩害,中性化,凍害,アル骨等が考えられるが,これらの多くの事象はコンクリート内の物質移動現象が支配的である.コンクリートの移動現象を代表する指標として広く用いられているのは拡敗係数や透水係数である.しかし,いずれの係数もコンクリート全体を均一体と仮定して見かけの拡散係数や透水係数が用いられているため,材料,配合,施工条件の異なるコンクリートのデータからその値を推定しているが,必ずしも良い精度が得られず,その都度試験を行って推定しているのが現状である.

 コンクリートのように物質の通り道となりうる細孔と,なりえない材料とが複雑に絡み合っているような材料では,物質移動現象(吸着や化学的要因を無視した場合)は細孔径毎に決定される移動係教(拡散係数等)と材料の空間的配列の2要因によって支配されていると考えられる.つまり,複雑な材料特性の相互作用として得られる硬化体全体の見かけの拡散係数は,配合および材料特性に大きく依存していると考えられる.そこで本研究は,コンクリートを従来のような均一体と仮定するのではなく,内部組織構造から物質移動現象を表現することが可能となるモデルを構築することを目的として実施されたものである.本研究では,コンクリートの内部組織のうち物質移動に多大な影響を及ぼすと言われていながら,その特性に関する情報が希薄な遷移帯に特に主眼をおいて,その大きさ,細孔構造の定量的取り扱いを考慮たモデルの提案とその検証行ったものである.

 第1章は序論であり,本研究の背景と必要性を示し研究の方針と対象範囲を説明している.

 第2章は遷移帯に関する既往の研究をとりまとめており,(1)遷移帯の特性,(2)遷移帯形成メカニズム,(3)遷移帯と硬化体中の物質移動現象の関係,の3つに分けて現在までに明らかになっている点と不明な点とを明確にしている.

 第3章では,遷移帯の形成メカニズムを明らかにするとともに遷移帯の厚さ,空隙率等を定量的に求める方法を検討している.まず,ブリーディングが生じない状態における,硬化体(対象はモルタル)の内部組織構造を水銀圧入式ボロシメータを用いて測定し遷移帯細孔構造を定義している.さらに,材料条件(水セメント比,骨材粒径および量)が遷移帯細孔量に与える影響に関しても実験的に明らかにしている.また,今まで不明確であった遷移帯厚さに関して材料条件に依存した形で表現する数値シミュレーション法を提案し,実験結果と解析結果を利用することにより骨材径毎に遷移帯の空隙率を定量的に評価している.以上の結果を用いて,配合条件から遷移帯の細孔量を推定する手法を提案し,推定方法の妥当性および遷移帯の厚さ,空隙率の取り扱いの妥当性を険証している.

 第4章では,遷移帯形成に影響を及ぼす一因である不確定要因の代表としてプリーディング現象をとりあげ,遷移帯厚さを定量的に算出することを行ってる.まず,プリーディング現象を定量的に把握するために水セメント比,粉体の比表面積の違いがペーストの凝集構造に与える影響をプリーディンブ試験とPowersの理論により明らかにしている.その結果,セメントの粒径が凝集体を形成することによって見かけ上粒径が増加しさらにその現象は水セメント比に依存することを明らかにしている.さらに,ペースト中の水の形態を自由水,内部拘束水,外部拘束水の3種類に分割することによりプリーディング現象をある程度説明することができることを提示している.以上の結果に基づき,自由水が骨材界面に移動することによって遷移帯が形成すると仮定し,プリーディングによる遷移帯厚さを試算している.

 第5章は遷移帯に着眼点をおいた硬化体の物質移動特性のモデル化を行っている.第3章で求めた遷移帯の細孔構造および空隙率とKingのモデルを3次元に拡張したモデルを用いることにより,セメント硬化体を構成する要素毎(セメントペースト,遷移帯)の移動係数を独立した形で算出する手法を提案している.これにより,コンクリート硬化体の不均一性を定量的に表現することを可能としている.以上の結果に基づき,配合条件を入力項目とした硬化体の物質移動特性をシミュレートする構成材料の空間的特性に着目した3次元物質移動モデルを提案し,現時点における妥当性と問題点を明らかとしている.この結果,従来言われている骨材量の増加に伴う拡算係数の急激な増加現象に関して,物理現象に即した形で表現することが可能であることを示している.

 第6章は,本論文の総括であり,本論文の成果と今後の方向性をとりまとめたものである.

 以上を要約すると,本研究はコンクリートの構成材料に着目した物質移動特性のモデル化を行った研究であり,従来のモデルに比して材料レベルとの対応がなされているため汎用性のあるモデルとして成立しているものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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