学位論文要旨



No 214470
著者(漢字) 諸星,穂積
著者(英字)
著者(カナ) モロホシ,ホヅミ
標題(和) 擬似乱数の生成法と準乱数による数値積分の誤差推定の研究
標題(洋)
報告番号 214470
報告番号 乙14470
学位授与日 1999.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14470号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏見,正則
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 教授 小柳,義夫
 東京大学 助教授 松井,知己
 東京大学 助教授 速水,謙
内容要旨

 擬似乱数の生成法の研究は長い歴史をもっており、現在も活発に研究が進められている。

 一様擬似乱数の満たすべきランダム性の規準として、現在広く受け入れられているのはk次均等分布という考え方である。数列{xt}がk次均等分布するとは、あい続くk個の数を並べて(xt,xt+1,…,xt+1k-1)としたものをk次元空間の点とみなし、それらの点の全体がk次元超立方体の内部に一様に分布することである。できる限り大きなkに対して、この性質を満たすような擬似乱数列が望ましいと考えられる。

 一方、"部分列規準"というべきものも重要であると考えられている。これは、もともとの乱数列が満たすランダム性の規準を、その部分列も同様に満たすことを要請するものである。von Misesのコレクティフや、その影響を受けたと考えられるKolmogorov[1963]の有限乱数列の定義などに、この部分列規準の考えが見られる。

 2つの規準-k次均等分布と部分列規準-のもとで、できるだけよい擬似乱数列を設計する方法が、Fushimi[1988]により提案されている。

 さて、k次均等分布の規準については、これをより精密化した漸近的ランダム性という概念が提案されている(Tootill et al.[1973])。これは、生成される擬似乱数の上位のビットほど高い次数の均等分布を実現することを要請するものである。

 本論では、Fushimiの方法を拡張して、もとの数列のみならずその部分列も、漸近的ランダム性の意味で良い性質をもつ擬似乱数生成法を設計するアルゴリズムを提案する。このアルゴリズムは、近似解法と発見的解法を含むため、常に目的にかなった擬似乱数生成法を設計することができるわけではない。しかし、我々が行なった数値実験では、望ましいと考えられる擬似乱数生成法を、いくつか得ることができた。

 本論のもう一つの主題は、準乱数(正確にはlow-discrepancy sequence)による数値積分の実用的な誤差評価について考察を行なうことである。準乱数は、主に多次元の数値積分を目的として、積分領域内にできる限り一様に点が分布するように設計された点列である。準乱数を用いた数値積分を準モンテカルロ積分と呼ぶ。積分に用いるサンプル点数をNとするとき、通常のモンテカルロ積分の誤差が漸近的にはO(1/)で収束するのに対し、準モンテカルロ積分では、理論上はほぼO(1/N)で収束することが知られている。

 準モンテカルロ法の問題点は、計算された積分値の誤差評価を現実に行なう手法が、未だ確立していないことである。

 本論では、Owen[1997]によって提案されたscrambleという手法と、より簡便なshiftという手法を比較検討した。これらの手法は、本来決定論的な点列である準乱数をランダム化して複数の点列を作成し、それら複数の点列でそれぞれ数値積分を行なって、得られた積分の推定値のバラツキをもとに、誤差推定を行なうものである。

 Owenのscramble法は複雑で、計算にかなりの時間や記憶容量を要するので、より簡便な代替手法としてshift法の有効性を検討をするため、理論的観点からの解析と数値実験による実証的検討を行なった。

 理論的解析は、2つの手法が与える積分の推定値の分散を具体的に計算することによって行なった。解析結果からは、いずれの分散が小さくなるかについて一般的な結論は得られなかった。

 一方、さまざまな被積分関数にたいする数値実験の結果は、以下のようなものである。1)誤差評価の手法としては、どちらの手法でも、誤差は積分値の標準偏差の3倍の範囲内に概ねおさまった。2)2つの手法の与える標準偏差の大小については、被積分関数により結果が異なり、一般的な傾向を見い出すことはできない。

 一方、scramble法に対して、shift法は高速性、アルゴリズム実装の容易性などの優位点がある。以上より、準モンテカルロ積分の誤差評価手法において、Shift法は実用上有効な手法であると考られる。

審査要旨

 本論文は「擬似乱数の生成法と準乱数による数値積分の誤差推定の研究」と題し,2部10章からなる.

 第I部は,「漸近的ランダム性をもつ擬似乱数列の設計」についての研究成果を述べている.第1章「はじめに」では,本研究のねらいと基本的概念を述べている.擬似乱数の実用的生成法については,過去50年にわたってきわめて多数の研究が行なわれてきた.一方,"乱数とは何か"という根源的な間いに答えようとする研究も,フォンミーゼスやコルモゴロフ等によって行なわれてきた.しかし,これらの二つの系統の研究の間には,従来は大きな隔たりがあり,ほとんど何の関係もなかった.本研究のひとつのねらいは,これらの隔たりをほんの少しでも縮めることである.そのために,まず良い擬似乱数が満たすべき二つの基準を定義している.第一は,数列の多次元分布の均等性を最大限に要請する漸近的ランダム性の基準である、第二は,原数列から等間隔に抽出して得られる部分列が原数列と同じ分布をすべきであるという基準である.

 第2章「M系列乱数の性質」では,上記の基準を満たす擬似乱数列を作るためにM系列を利用することとし,M系列によって作られる古典的な擬似乱数列であるトーズワース列等について,その基本的な性質を述べている.

 第3章「漸近的ランダム性の実現」では,トーズワース列を改善して前記の2基準を満たす擬似乱数列を生成するアルゴリズムを設計する問題を,整数線形計画問題(ILP)として定式化している.このILPの制約条件を列挙するのは.2値マトロイドのサーキットを列挙するのと同等であること,またこのILPは集合被覆問題と呼ばれる問題であり,乱数のビット長が大きくなると,制約条件を列挙するのも,また問題を厳密に解くのもきわめて困難になることを示している.そして,いずれに対しても近似的な解決法を提案している.

 第4章「数値例」では,この解決法をいくつかの実用的な規模のM系列に適用し,その有効性を確認している.

 第5章は「まとめ」であり,上記の方法によって得られた擬似乱数列は,トーズワース列と同様な速度で生成可能であることなどを述べている。

 第II部は,「準乱数による数値積分の誤差評価」に関する研究結果である.第6章「はじめに」では.研究の目的を述べている.low-discrepancy sequenceと呼ばれる多次元空間に一様に配置される点列を用いる多次元数値積分は,擬似乱数を用いるモンテカルロ積分に比べて,収束が速いという利点があるが,実用的な誤差評価の方法が従来は知られていなかった.これに対する解決策を提案するのが本研究の目的である.

 第7章「(t,m,s)-netのランダム化」では,まず low-discrepancy sequenceの具体的構成法である(t,m,s)-netおよび(t,s)-sequenceの概念,およびその具体例であるFaure列およびSobol’列について述べ,次いでこれらのランダム化の方法として,スクランブル法およびシフト法の2つを説明している.

 第8章「誤差の確率的評価」では,ランダム化した(t,m,s)-netによる数値積分の誤差の理論的評価を行なっている.被積分関数を一般化したハール関数で展開して平均2乗誤差を計算すると,スクランブル法に比べてシフト法は消える項が少ないが,消えない項の符号は正とは限らないので,2つのランダム化法の優劣はつけられないという結果を得ている.そこで,第9章「数値実験」では,数値例によって両者の比較を行なっている.ここでも,場合によって優劣が異なるが,大きな差は観察されていない.一方,ランダム化に要する記憶容量および計算時間に関しては大きな差があり,シフト法の方が圧倒的に優れている.

 第10章は「まとめ」であり,準モンテカルロ法における誤差評価法として,シフト法が実用的な方法として推奨できると述べている.

 以上を要するに本論文は,モンテカルロ法および準モンテカルロ法における基本的課題-高精度計算および誤差評価-に対して重要な貢献をしたものであり,数理工学上の意義が大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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