学位論文要旨



No 214471
著者(漢字) 田中,義和
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨシカズ
標題(和) 粉末押出法によるMnAlC磁石合金に関する研究
標題(洋)
報告番号 214471
報告番号 乙14471
学位授与日 1999.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14471号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 山本,良一
内容要旨

 MnAlC合金磁石は,機械強度,耐候性に優れ,比重が5g/cm3と小さく,良好な機械加工性を備えており,たとえば,自動車搭載用をはじめとする高速回転による信号の検出など,動的な負荷応力の下での信頼性あるいは耐食性の要求される用途に適した磁石のひとつとして注目され,独自の応用分野が拓けつつある.MnAlC合金の工業的価値を高め,広範な分野に使用できる磁石材料に育て上げることは社会的に見て意義のあることと思われる.

 従来,MnAlC磁石は鋳塊→均質化熱処理→押出により実用化されてきたが,広く工業的に利用されるためには量産性に問題があり,より量産性に優れた製造法の開発が望まれていた.この状況を背景として,著者らはガス噴霧粉末を用いる「粉末押出法」の研究を行ない,粉末押出工法は従来の鋳塊押出工法に比べて量産性に優れた工法であり,同時に,機械的強度および磁気特性の改善されうることを見いだした.

 しかし,ガス噴霧粉末あるいは急冷リボンのような急冷凝固粉末を用い温間押出成形されたMnAlC合金磁石の磁気特性はプロセスパラメータに対して敏感であり,さらなる特性向上の可能性を探るためには,プロセスパラメータとの関連性を明確にすることが重要な課題となった.

 MnAlC合金の強磁性相(相)は高温相相が常温平衡相(r相,相,および炭化物相Mn3AlC)に変態するの際に中間相として形成され,準安定相である.

 従来のMnAlC合金の研究は鋳塊→均質化熱処理→温間押出に関するものであり,その場合の相形成の母相は,鋳塊を均質化処理して得られる高温平衡相相で,組成的に均質で,結晶粒の粗大化した相単相である.一方,本研究の粉末押出法(急冷凝固粉末→温間押出)においては,急冷凝固粉末の構成相は相が主相で,急冷凝固された相が強磁性相(相)形成の母相となる.

 急冷凝固相には微視的な凝固偏析があり,組成の異なる微細結晶粒で構成され,共存相としてr相をともなっている.急冷凝固時の相状態及び組成偏析は急冷粉末作製条件に強く影響されるため、それから変態生成される相にも粉末作製条件の影響が現れる.それゆえ,急冷凝固粉末を用いた粉末押出法によるMnAlC合金の磁気特性については,粉末凝固状態から押出に至る,個々のプロセスパラメータとの関連性を明らかにすることが重要であることがわかる.しかし,従来の研究ではこのような観点からはほとんど論じられていない.

 本研究では粉末押出法によるMnAlC合金磁石の磁気特性と粉末押出工法のプロネスパラメータとの関連性を明らかにし,高性能MnAlC磁石作製の技術指針を明確にすることを目的とした.

 第2章では,ガス噴霧粉末の作製条件と凝固組織との関係を考察し,粉末の作製条件が押出後の磁気特性に与える影響を明らかにした.

 ガス噴霧粉末の凝固組織は初晶と残液部(包晶部)に分離され,凝固偏析を生じている.主相は高温相の相で,r相および極微量の相が形成されている.他の高温相h相は認められなかったが凝固時の相の形成過程を考察し,高温相h相からの変態によると考えた.

 ガス噴霧条件(噴霧時溶湯温度,比ガス量(溶湯流量/噴霧ガス流量)および噴霧ガス種など)と粉末凝固組織および凝固偏析の関係を調べ,急冷凝固粉末の利用によって押出後の磁気特性の向上することを明らかにした.例えば,単ロール急冷リボンの場合にリボン厚さが薄くなるとともに押出後の磁気特性の向上することを確認し,粉末作製時には急冷凝固を実現することが効果的であり,凝固偏析の低減ならびに凝固組織の微細化が押出後の性能向上をもたらすことを明らかにした.

 第3章では,ガス噴霧粉末の熱処理に伴う凝固組織,凝固偏析,相変態および共存相の変化挙動を明らかにし,押出後の磁気特性との関連性を考察した.

 ガス噴霧粉末の急冷凝固状態の相は熱処理により,’→のように規則相相を経て準安定規則相相に変態することが確認された.Ni添加は’→の変態開始を高温長時間側にシフトさせた.-’→変態の規則相’の生成過程を不均質核生成・成長機構で整理すると活性化エネルギーQ=277kJ/molの拡散過程であり,Ni添加は’→変態の進行を遅らせるが,活性化エネルギーには影響せず,Frequency Factorを小さくする作用を持つことがわかった.

 773K〜973Kの恒温熱処理は凝固時の偏析の軽減とr相の減少による相の構成比の増加と均質化を生じる.973K〜1023Kの熱処理ではr相が増加し,相構成比が減少した.1023K以下の熱処理では,粉末の相構成比を高めると押出後の最大エネルギー積の向上する傾向が認められた.

 ガス噴霧粉末に鋳塊と同様の高温相温度領域(1373K)で均質化熱処理を施した場合の押出後の磁気特性を評価したが,その場合には成分偏析は解消され成分均質性が極めて良好で,r相が極少量に低減し相構成比が高められるため,飽和磁化および残留磁化は高められたが,保磁力が低くなり,最大エネルギー積も低下した.

 これらの結果から,残留磁化と保磁力をともに高く維持するためには,凝固組織を微細に保持した状態で組成の均質化をはかることが効果的であり,そのためには熱処理および押出において,なるべく低い温度で,しかも十分に凝固偏析を解消させうるような拡散均質化効果を与える処理の望ましいことが明確になった.

 MnAlC合金への添加元素の影響についてはNiおよびSiの場合を示した.適量のNiは磁性相相の安定性を高めるが,Si添加は相を不安定化し,常温平衡相への変態が促進され,相を低減し,磁気特性を低下させることがわかった.

 第4章では粉末押出後の磁気特性と粉末の性状(粒子径,凝固偏析)および温間押出条件(温度,歪速度など)との関連性を検討した.押出途中に数回の休止をとる多段階押出の影響についても考察を行った.押出変形にともなう異方性化の発達挙動について考察し,さらなる高性能化のための方策を示した.

 飽和磁化は押出時の粉末の相構成比に依存し,残留磁化は相量および相c軸の押出軸方向への配向度(異方性化度)に依存する.押出後の相量は押出による凝固偏析の軽減度および準安定相相の安定度によって支配される.押出温度が変態TTT図のnose温度(973K)以下の場合には,相が安定な温度範囲であるため,高温側および低ひずみ速度で押出を行うことにより,変形時の拡散均質化がよく進み凝固偏析が軽減され,均質な相の構成比が高まる.また,押出温度がnose温度(973K)以上の場合には相が不安定な温度領域であるため,nose温度により近い低温側および高ひずみ速度の押出において相構成比が多くなる事がわかった.

 異方性化度は微細凝固組織の凝固偏析の軽度な粉末を用いると高くなった.低温押出あるいは相の組成均質性を高めるような押出条件,たとえばnose温度以下の高温側の973Kでの低ひずみ速度の押出,あるいは多段押出の場合に異方性化度は高められた.

 保磁力は急冷凝固の微細粒子粉末を用いると高められた.鋳塊→均質化→押出あるいは粉末→均質化→押出のように粗粒化された相から形成される相は押出後の保磁力が低くなる傾向が認められた. 保磁力を高める押出条件としては低温押出の効果が大きい.急冷凝固相から形成された相を極力低い温度で押出変形させた場合には保磁力は顕著に高められた.相の微細化,共存析出相の微細分散が磁壁の移動に対するピンニング作用を持ち,保磁力を維持すると考えられる.

 以上の結果から,粉末押出法によるMnAlC合金の磁石特性を高める方法としては,急冷凝固粉末の微細な粒子を用い,組織微細化を保ちつつ相構成比の極大化する熱処理を施し,押出時に保磁力および異方性化度を向上させるためにnose温度以下・低ひずみ速度の押出あるいは多段押出を行うことが効果的な方法と考えられる.

 押出による相の異方性化挙動を考察し,動的再結晶による説明を試みた.

 コニカルダイスによる連続押出において変形帯内(コニカル部)の変形量の異なる各部位の異方性化度を測定した結果,変形帯の前半部では変形量増加とともに異方性化度は高くなるが,途中で飽和に達し,それ以降の変形は異方性化度の向上に寄与しないことが示された.この現象は従来の双晶変形機構だけでは説明できない.引張変形の応力ひずみ曲線は動的再結晶を示しており,TEM観察により押出開始直後に再結晶双晶が形成されており,変形後の相結晶粒は押出方向に延伸せず等軸粒であることが明らかにされた.それゆえ押出変形時に動的再結晶が生じていると考えられる.押出時には双晶変形にともなって動的再結晶が生じ,双晶変形の結晶配向性を継承発展させる.「ひずみ誘起粒界移動機購」による動的再結晶はそのような結晶配向性を継承する動的再結晶であり,この機構が働くと考えれば変形量の増加にともなう異方性化度の向上は説明できる.押出変形帯の後半部の飽和現象は,異方性化を継承しない機構の関与と考えられ,この場合には「ひずみ誘起粒界移動機構」と同時に「核生成成長機構」による動的再結晶が関与すると考えた.

 第5章は結言であり,本研究の結果を総括した.

審査要旨

 MnAlC磁石は鋳塊→均質化熱処理→押出法により製造されてきたが,特性を改善し量産性により優れた製造法の開発が望まれていた.提出者はガス噴霧粉末を用いる「粉末押出法」を開発・実用化した.本論文は粉末押出法によるMnAlC合金磁石の磁気特性と粉末押と法のプロセスバラメタとの関連性を明らかにした.

 第1章においては,既往のMnAlC合金に関する研究,すなわち開発経緯・平衡状態図ならびに構成相・変態特性・磁性特性・異方性化を概観し,本論文の目的・構成を述べた.特に,強磁性相(相)は高温相相が常温平衡相(r相,相,および炭化物相Mn3AlC)に変態する際に中間・準安定相相として形成され,本研究の粉末押出法の各工程(急冷凝固粉末→熱処理→温間押出)における相の形成条件と磁気特性の関係を明らかにする必要を述べた.

 第2章では,ガス噴霧粉末の作製条件と凝固組織との関係を調べ,粉末の作製条件が押出後の磁気特性に与える影響を明らかにした.ガス噴霧粉末の凝固組織は,初晶と残液部(包晶部)に分離され凝固偏析が認められ,主相は高温相の相で,r相および極微量の相が存在した.ガス噴霧条件(噴霧時溶湯温度,比ガス量(溶湯流量/噴霧ガス流量)および噴霧ガス種など)と粉末凝固組織および凝固偏析の関係を調べ,微細急冷凝因粉末ほど押出後の磁気特性は向上した.さらに単ロール急冷リボンのリボン厚さが薄くなるほど押出後の磁気特性は向上し,粉末作製時に急冷凝固させ.凝固偏折の低減ならびに凝固組織の微細化が押出続の性能向上をもたらすことを明らかにした.

 第3章では,ガス噴霧粉未の熱処理に伴う凝固組織,凝固偏析,相変態および共存相の変化挙動を明らかにし,押出後の磁気特性との関連性を検討した.ガス噴霧粉末の凝固状態の相は熱処理により,’→のように規則相’相を経て準安定規則相相に変態することが確認された.適量のNi添加は’→変態の進行を遅らせ,相の安定性を高めるが,Si添加は相を不安定化し,常温平衡相へのS態が促進され,相は低滅し,磁気特性が低下した.773K〜973Kの恒温熱処理は凝固時の偏析の軽減とr相の減少による相の構成比を増加させた.973K〜1023Kの熱処理ではr相が増加し,相構成比が減少した.1023K以下の熱処理では,粉末の相構成比を高めると押出陸の最大エネルギー積が向上した.高温相温度領域で均質化熱処理をした場合(1373K),成分偏析は解消され,r相は著減し相構成比が高められ,飽和磁化および残留磁化は向上したが,結晶粒粗大化のため保磁力が低くなり,最大エネルギー積も低下した.残留磁化と保磁力をともに高く維持するためには,凝固組識を微細に保持した状態で組成の均質化を図ることが効果的であり,そのためには熱処理および押出時,なるべく低い温度で,しかも十分に凝固偏析を解消させうる拡散均質化効果を与える処理が望ましいことが明確になった.

 第4章では粉末押出後の磁気特性と粉末の性状(粒子径,凝固偏析)および温間押出条件(温度,歪速度など)との関連性を検討した.飽和磁化は押出時の粉末の相構成比に依存し,残留磁化は相量および相c軸の押出軸方向への配向度(異方性化度)に依存する.押出後の相量は押出による凝固偏析の軽減度および相の安定度によって支配される.押出温度が変態TTT図のnose温度(973K)以下の場合には,相が安定な温度範囲であるため,高温側および低ひずみ速度で押出を行うことにより,変形時の拡散均質化がよく進み凝固偏析が軽減され,均質な相の構成比が高まる.また,押出温度がnose温度(973K)以上の場合には相が不安定な温度領域であるため,nose温度により近い低温測および高ひずみ速度の押出において相構成比が多くなった.異方性化度は微細凝固組織の凝固偏析の軽度な粉末を用いると高くなった.低温押出あるいは相の組成均質性を高めるような押出条件,たとえばnose温度以下の高温側の973Kでの低ひずみ速度の押出.あるいは多段押出の場合に異方性化度は高められた.保磁力は急冷凝固の微細粒子粉末を用いると高められた.粗粒化された相から形成される相は押出後の保磁力が低くなった.保磁力を高めるには低温押出の効果が大きく,相の微細化・共存析出相の微細分散が磁壁の移動に対するビンニング作用を持ち,保磁力を維持すると考えられた.従来の製造法と比較すると,量産性に優れ,最大磁気エネルギー積はは3割程度向上した、また,押出による相の異方性化挙動を考察し,変形量増加とともに異方性化度は高くなるが,途中で飽和し,それ以降の変形は異方性化度の向上に寄与しないことが示された.この現象は従来の双晶変形成構だけでは説明できず,また引張変形の応力ひずみ曲線は動的再結晶を示しており,TEM観察により押出開始直後に再結晶双晶が認められ,変形後の相結晶粒は押出方向に延伸せず等軸粒であることが明らかにされた.それゆえ押出変形時にひずみ誘起粒界移動機構による動的再結晶が生じていると考えられた.

 第5章は結言であり,本研究の結果を総括した.

 以上を要するに,粉末押出法によるMnAlC磁石合金を実用化させ,プロセスパラメタと磁性特性の関連を明らかにし,その製造指針を明示したもので金属工学に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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